メディアが多様化し、市場が拡大するにつれ、クリエイターの活動領域は広がる一方だ。その仕事は単なる広告表現のレベルを超え、顧客と向き合い、ビジネスの課題ひいては社会課題を見つけ出すところから始まる。「常識にとらわれない目線」や「意外なアイデア」で企業と社会の新たな接点を発見し、ビジネス変革を加速するクリエイティビティに期待が集まる。クリエイティビティの変化と新たな役割について、電通グループのクリエイティブビジネスを率いる佐々木康晴氏に訊いた。
聞き手 日経ビジネス発行人 松井健
主に3つの点で、社会が大きく変化している。1つ目は「メディアと消費行動の変化」だ。メディアの情報発信力が突出していた時代には、クリエイターの仕事は、メディアを通して人々の記憶に残る表現を作ることだった。しかし、商品やサービスのコモディティ化が進み、面白い広告だけで買ってくれる人は少なくなった。より人々の心の深いところに触れられないと、消費者の行動には結びつかない。
2つ目は「デジタルの普及」だ。「伝える」だけでなく、アプリなどを通じて「体験させる」ことが可能になり、クリエイターが活躍できる領域が広がった。誰もが発信できる時代では、SNSで共有・再発信したいと思ってもらえるようなコンテンツでなければ、人々は反応してくれない。
3つ目は「課題の複雑化」だ。以前は商品の良さを的確に広告で表現すれば、売り上げが伸びた。しかし今は、環境面はどうか、温暖化や国際紛争との関係はどうかなど、生活者の問題意識は多岐に渡り、複雑化している。それらを解決できる常識にとらわれない視点や、既存に捉われないアイデアが求められている。
「求められるクリエイティビティは拡張していますが、根幹は変わっていません。クリエイターの使命は、世の中にアンテナを立ててものごとの本質を見極め、人の心が動くことに貢献することです。時代や舞台が変わっても、クリエイターに求められる素養は変わりません」(佐々木氏)

(株)電通グループ グローバル・チーフ・クリエーティブ・オフィサー
dentsu Japan チーフ・クリエーティブ・オフィサー
(株)電通 統括執行役員(クリエーティブ)
佐々木 康晴 氏
「社長やCEOといった経営トップと、クリエイターがじかに向き合う機会が増えています」(佐々木氏)
かつては、「この商品を売りたい」など、課題は顧客から明確に出ていた。しかし最近の仕事は、顧客と向き合い、共に課題を探すところから始まる。
課題は商品だと思っていたのに、実はサプライチェーンだった、組織のカルチャーだったなど、意外な結論になることが多い。また、どうすればその企業に人々が共感してくれるのか、企業のパーパスや位置づけから考える機会も増えている。
例えば、競合がひしめく中で自動車メーカーが提供すべき価値は何か。「実はクルマの性能ではなく、移動の楽しさではないか。移動の新しい価値を創る会社になりましょう」という視点だ。社会との接点を新たに定義し、そこに人々の参加を促す製品、仕組み、コミュニケーションを中長期的な視点からクリエイターも一緒に考えていく。他の企業を巻き込んでチームを組み、社会課題に向き合うこともある。
これを表現した言葉が「Transformative Creativity」だ。表現のレベルにとどまらず、人、企業(ブランド)、社会にインパクトを与えられる、変革力のある広義のクリエイティビティとして再定義した。
その意味で、佐々木氏はクリエイティブ部門のメンバーだけがクリエイターだとは思っていない。「営業やマーケティング、エンジニアを含め、何らかの企画を実現するという意味で、みな広義のクリエイターです」と語る。
Transformative Creativityの成功事例を、佐々木氏は2つ挙げた。
1つは電通の社内横断組織である「Future Creative Center」と「Startup Growth Partners」が共同で取り組んだWOTAの事例だ。同社が独自開発した「水循環型手洗いスタンド」をどう広めるか。技術の優位性を訴えても、人の心は動かない。そこで考えたのが「手洗いは、おもてなし」というストーリーだ。コロナ禍の中、企業やお店が、顧客へのおもてなしとして同社の技術を導入する。体験した人々が喜び、賛同した企業が、また技術を導入する。単なる技術広告ではなく、社会に広く実装されていくストーリーを描いた。
もう1つは、Dentsu Lab TokyoとNTT、WITH ALSが共創した「Project Humanity」だ。指定難病とされるALS(筋萎縮性側索硬化症)共生者が、身体に生体情報を取得する筋電(筋肉を動かした時に発生する電気信号)センサーを装着し、自身の微細な筋活動によって得られる生体情報を操作情報に変換することで、デジタル空間におけるアバターの自由な操作を実現している。身体的な制約に関わらず、DJとして活躍したり、eスポーツを楽しんだりすることができる。

Project Humanity: SXSWなど世界的イベントでDJパフォーマンスを実施し、好評を得た
「技術が進めばコミュニケーションは楽になると思っていましたが、逆でした」(佐々木氏)。メディアが多様化し進化するほど、クリエイティビティは「人の心が動く」という根源的な価値へと向かう。
人工知能(AI)の活用でも、この根底は変わらない。「電通グループのAIは、人の心が動くためのAIです。『AI For Growth』のビジョンの下、人とAIが、お互いに成長していくというコンセプトで開発を進めています」(佐々木氏)。
例えば、広告コピー生成ツール「AICO2」では、過去のコピーに加えて「コピーライターの意図や思考プロセス」を学習させることで、性能を飛躍的に向上させた。AICO2が作成した質の高いコピー案をもとに、人間のコピーライターがさらに高い次元の発想作業に取りかかる。人とAIが互いに高め合うことを目指している。
「拡張されたクリエイティビティは、人や世の中が動く、最もクリーンなエネルギーです。人の心が動き、それによって事業が成長するようなアイデアを企業の皆さんと一緒につくっていきたい。それが、電通グループが提唱するクリエイティビティです」(佐々木氏)。国内外の企業の成長の原動力となるべく、電通グループのクリエイティビティは進化を続ける。
佐々木氏は、仏カンヌライオンズ金賞を始め数々の賞を受賞し、近年では審査員も務める。日本と世界のクリエイティビティに通じ、日本独自の強みと弱みを知る。日本の強みは「ディテールへの気配り」と「技術を意外な組み合わせでイノベーションにつなげる力」。その半面、事業成長につなげるプロデュース力は海外の方が先行していると述べる。グローバルでも展開する電通グループは、その両方の強みを合わせ持つという。今後も電通グループが発揮するビジネスの変革におけるクリエイティブビジネスに注目したい。
日経ビジネス発行人松井 健