2024年7月31日
新潮流

オフショア開発の委託先として期待集まるASEAN
日本語の「伝道師」が現地で奮闘、若手の語学研修に熱気

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吉田洋平=フリーライター

世界情勢の混乱が日本企業のシステム開発にも影響を及ぼしている。これまで日本企業の多くが、海外にシステム開発をアウトソーシングする「オフショア開発」において中国のIT企業を中心に利用してきた。しかし昨今の状況から、今後も同じ関係が続けられるか不透明になっている。代替先として期待されているのが東南アジア諸国連合(ASEAN)各国だ。現地ではオフショア開発を担うエンジニアが日本語の習得に力を入れる。日本語教育で奮闘する日本人の姿もあった。

米中関係の悪化やロシアのウクライナ侵攻などにより世界の分断が進んでいる。日本企業のビジネスにも影響が出ており、日本政府は経済安全保障推進法の改正を進めるなど対策を強化しているところだ。

サプライチェーンの見直しを検討する企業も増えている。地政学的リスクをはらんだ国の中においても特に中国は、世界中の様々な企業にとってサプライチェーンの要衝といえる場所だ。グローバルのサプライチェーンに詳しい国士舘大学経営学部経営学科の税所哲郎教授は、「中国の企業や従業員を活用してきた企業は、今後見直しを求められる可能性がある」と指摘する。

デジタル分野においても日本企業への影響が懸念される。日本企業はオフショア開発の多くを中国に委託してきた。もし今後不測の事態が起きた場合、中国に頼り切っていると、システムの開発・維持ができず、事業が止まってしまう恐れがある。そのため、早い段階で中国以外への委託を模索する意味はあるといえる。

代替先の有力候補が東南アジア諸国連合(ASEAN)各国だ。税所教授は「ASEANにおいてビジネス面、文化面から日本語教育の人気が増している」と説明する。日本とのビジネス面でのつながりを先読みした動きといえる。

中でもベトナムは有力な候補と目される。人口が約1億人とASEANで3番目であり、平均年齢が30代前半と若い。IT人材の育成にも熱心だ。

日本に好意的な思いを持つ人が多いといわれ、国を挙げて日本語教育にも力を入れている。例えば2008年に国策として、日本語教育を小学校から始める「国家外国語プロジェクト」を始めた。現在は小学校2校、中学校81校、高校36校が日本語教育を導入しているという。

IT企業が日本人を
語学講師として雇用

日本企業からオフショア開発を受託するベトナムのIT企業が、社内で独自に日本語教育を実施しているケースもある。

FPTソフトウェア 一之瀬 進 氏
FPTソフトウェア
一之瀬 進

例えば、ベトナム最大手グローバルITサービスプロバイダーのFPTソフトウェアは社員の日本語教育のために日本人を講師として雇用している。その一人である一之瀬進氏はNTT研究所の出身で、NTT横須賀研究開発センタで所長を務めた経験を持つ。NTT研究所在籍時にハノイ工科大学と共同研究をした際、FPTがプロジェクトに参加したことから関係が始まったという。

一之瀬氏はNTT研究所を定年退職後、ベトナムでの大学の日本語講師を経て、10年前にFPT社員向けの日本語講師になり、現在も講師を続けている。「FPTには3万人の社員がおり、日本語を話すことができるエンジニアも多くいる。どんな日本企業からの依頼にも対応できるレベルだ」(一之瀬氏)。

FPTソフトウェア 言語教育部 小玉 太 氏
FPTソフトウェア
言語教育部
小玉 太

2024年1月にFPTに入社した小玉太氏は、前職もベトナムで日本語を教える講師をしていた。ベトナム在住は10年になる。転職を考えていたタイミングで知人からFPTを紹介されたという。「デジタル分野の可能性の高さと、より上のレベルの日本語を教えられることが魅力だった」(小玉氏)ために転職を決めた。小玉氏はそれまで、「N3」と呼ばれる日常的な場面で使われる日本語を中心に教えていたが、より上のレベルに当たる「N1」や「N2」の教育に関わりたいと考えていたという。

小玉氏はベトナムのエンジニアについて、「意欲的で自主的に勉強する。講義の出席率も高い」と称賛する。日本が好きで、日本で働くことを希望する人が多いという。

社内に語学学校を設置、
日本文化も教える

FPTは社内に「FPTソフトウェア言語教育学院(Language Training Institute:LTI)」という名称の組織を設置している。このLTIが中心となり、日本語をはじめとした外国語教育を進めている。

LTIは現在、日本語、韓国語、英語、中国語、フランス語、ドイツ語と6つの言語を教えている。中でも日本語教育に最も力を入れているという。現在の日本語講師の人数は6つの言語の中で最も多い42人で、うち19人が日本人だ。今年中に日本語講師を110人に増やす計画だという。講師のほかにも、各国で働く各言語のネーティブスピーカーの社員がメンターとして教育に加わる。

講師を採用する際は、語学力だけを見るわけではないという。LTIのダン・カイ・ホアン氏は「ITスキルがどれくらいあるか、ベトナムの発展に対してどのような思いを持っているか、我々のトレーニングの内容を理解してくれているか、といったことを重視している」と明かす。

FPTソフトウェア言語教育学院 ダン・カイ・ホアン 氏
FPTソフトウェア言語教育学院
ダン・カイ・ホアン

教育プログラムについても、より高い効果が出るように見直しを繰り返している。ホアン氏は「2024年4月に新しいプログラムをスタートした」と語る。現在の授業時間は1回30分で、1つの授業を2〜3人が受講する。受講者は講師のカレンダーを見て、好きな時間に授業を設定できるという。以前は、1回1.5時間の授業に10〜20人が参加し、時間割も前もって組んでいた。だが「仕事の都合で欠席者が多く出たため、形式を見直した」(ホアン氏)。

社内で独自に日本語教育に取り組むベトナムIT企業は、FPT以外にも複数ある。そういった企業は日本独自の商習慣や品質基準を理解しようという意識も高い。このようにベトナムにおいては日本向けビジネスに優先的に取り組むIT企業が増えており、日本からの多くのオフショア案件に対応できる体制が整いつつある状況だ。

国内で不足する
IT人材を補う意味も

前述した通り、オフショア開発を中国に依存することのリスクが高まっている。一方で税所教授は「日本企業はそれなりの規模の仕事を中国に委託しているので、その全てを他国に切り替えるのは、現実的ではない」とも指摘する。「今すぐ全てのオフショアを中国以外に」と考えるのは勇み足だが、ベトナムなど他の候補を検討することは、将来のリスクヘッジにつながるはずだ。

オフショア開発には国内で不足しているIT人材を補えるというメリットもある。これまでオフショア開発を利用していない日本企業にとっても、その価値は高まっているといえる。

しかし、委託先のリスクについてはしっかりと検討する必要がある。例えばミャンマーは2011年以降の政治改革や経済改革により西側諸国の企業が進出し、「アジア最後のフロンティア」と呼ばれるなど発展の兆しを見せた。オフショア開発の委託先としても期待され、拠点を開設した日本企業もある。

しかし2021年2月の軍事クーデターを機に状況は変わった。治安の悪化や人道上の問題などから撤退を進める海外企業が続出。2024年4月には国軍が徴兵を開始し、男性国民の海外就労のための手続きを一部停止するなど、先行きが不透明な状況だ。オフショア開発を細々と続ける日本企業もあるが、継続リスクは以前よりも高まっているといえる。

オフショア開発は従来のようにコストの削減だけでなく、今後深刻さが増す日本のIT人材不足解消の有効な手段になり得る。そのため、多くの企業の情報システム部門にとって無関係ではないはずだ。

一方でオフショア開発は、世界情勢の変化の影響を受ける。そのため1つの国に全てを頼るリスクは大きい。オフショア開発の検討を進める場合は様々な情報にアンテナを張り、複数の選択肢を持てるようにすべきだろう。

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