2024年9月12日
識者に聞く

DXの鍵はテトリスと「人間力」にあり
東大森川教授が説く、技術よりも大切なこと

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企業や人材、テクノロジーといった個々の要素を上手に組み合わせてこそ、全体としての力を最大化できる——。東京大学大学院工学系研究科教授で、デジタルテクノロジーの専門家である森川博之氏は、理想的なDX(デジタルトランスフォーメーション)の進め方をコンピューターゲームの「テトリス」に例えて説明する。技術への深い理解よりも、人間力が成否のカギを握るともいう。(聞き手は日経BP総合研究所 イノベーションICTラボ 大和田尚孝)

——DXに取り組む企業が増えています。その真意はどこにありますか。

DXをはじめとしたデジタルテクノロジーを活用する理由は生産性の向上です。それがうまく進めば、新しい価値の創出にもつながります。

日本は人口が減り続けており、年々採用が難しくなっています。7〜8年くらい前から経営者が「デジタルテクノロジーを活用して生産性を上げなくてはならない」と言い始めたように感じます。

——DXに取り組んだ方がよい、ではなく取り組まなければならないという状況だと。

はい。そうなのですが、一方で違和感を覚えていることがあります。デジタルテクノロジーを活用する、いわゆるデジタル人材に対するイメージです。

「デジタルテクノロジーの活用にはデジタル人材が欠かせない」というのはその通りなのですが、デジタル人材を専門性が高い、すごい能力がある人だと思い過ぎているように感じるのです。プログラミングができる、深層学習に詳しい、といった具合です。

必要なのは全社員がデジタルに親近感を持つこと。みんなが「私もデジタルを仕事に活用してみよう」と考えるようになる形です。「デジタル社会人材」といった具合でしょうか。

——一部のスペシャルな人材がけん引して、他の人が付いていくのではなく、一人ひとりがデジタルテクノロジーをある程度活用できるように、ということですか。

東京大学 大学院工学系研究科電気工学専攻 教授 森川 博之 氏
東京大学
大学院工学系研究科電気工学専攻
教授
森川 博之

そうです。なぜそれが必要かというと、専門的な人材が社内にいても、その人だけでは「どの業務にデジタルテクノロジーを活用すべきか」が分からないからです。

各事業部や工場など、現場にいる人たちがデジタルテクノロジーによって生産性を高められる仕事を見つけなければなりません。経営陣が「DXをやろう」と言い出して、本社に専門人材をたくさん集めても、それではDXは進まないわけです。

要するに現場が大切ということです。現場の社員が主役となってデジタルテクノロジーを活用する仕事を決め、それを専門的な人材がサポートする、という流れが必要です。

四国で生まれた、
古紙回収起点のDX

——現場が主役となったデジタルテクノロジー活用の事例を教えてください。

四国の地場スーパーである「フレッシュバリュー」の三島店が、地元の事業者などと協力し、古紙の回収にデジタルテクノロジーを活用した事例があります。古紙の回収箱に重量センサーとSIMカードを設置し、リアルタイムでデータを送信します。これにより、資源を適切なタイミングで回収できるようになり、定期巡回に比べてコストを削減しています。

ここまでであれば、多くの人が考えつくでしょう。この事例が面白いのはここからです。古紙を持ってきた顧客に対して、その量に応じてスーパーで使えるポイントを付与しているのです。ポイント還元の費用は古紙回収事業者が負担します。それでも、この仕組みによって下がった回収コストでポイントの還元分を十分に補えるため、メリットが大きいそうです。スーパーの集客にもつながります。

仕組み自体は簡単です。最先端のテクノロジーを駆使しているわけではありません。でも、自分で思い付くのは簡単ではないですよね。店舗業務と古紙回収の流れなどを把握している現場の人が、デジタルの知識を持っていて初めて思い付くものでしょう。

スペイン第2の都市であるバルセロナのお笑いの劇場が始めた「Pay-Per-Laugh」という仕組みも優れた事例だと思います。この劇場は無料で入場できますが、客が1回笑うごとに料金が加算されます。1席ごとに設置しているタブレットのカメラで笑顔を認識することで、この仕組みを実現しています。

これも面白いし、簡単な仕組みですが、なかなか思い付けるものではないですよね。正直に言って、初めて聞いたときは「やられた」と思いました。

こうした発想を増やすには一人ひとりが「私もデジタルを使うことができるんだ」という気持ちになることが大切です。実装など先の工程はスキルのある別の人に頼ればいいのですから。

——そう考えるとデジタルテクノロジー活用は、トヨタ自動車のカイゼンのように、日本が従来、現場手動で進めてきた取り組みと近いところがありそうですね。

その通りです。デジタルテクノロジーの活用についても発想を転換できれば、むしろ日本の強みにできるはずなのです。

——ではデジタル社会人材になるためには、教育にどれくらいの時間がかかるのでしょうか。

1時間で十分じゃないか、と思っています(笑)。例えばAI(人工知能)は基本的に分類に使うテクノロジーです。生成AIのような例外はありますが、基本は分類です。ですから、「分類をしたかったらAIを使えばよい」、で教育は終わりです。それ以上は専門家任せで大丈夫です。

新しい通信規格である5Gも「通信速度が速い」「低遅延」くらいのキーワードを抑えれば十分だと思います。

デジタルテクノロジーに関する知識はその程度で問題ないので、後は簡単に相談できる窓口などがあるとよいですね。都道府県単位で持っている工業試験場や産業技術センターのような組織を窓口にして、中小企業の方がデジタル活用に関して思い付いたことを相談できるようになればよいのかなと思います。

DX推進に最も必要なのは
「人間力」

——デジタルに関する勉強がそれほど短時間で済むとなると、これまで日本で活用が進まなかった原因はどこにあるのでしょうか。海外ではデジタル教育がうまくいっているということですか。

海外でもDXがそれほど成功しているわけではありません。シニアの経営層がデジタルを理解するのは、日本と同様に簡単ではないようです。

ただしデジタルに向き合うスタンスは違います。海外の経営者は、うまくいくか分からないけど取りあえずやってみよう、という意識が強くあります。たとえ失敗しても、そこから得られたデータが次につながるはずだと考えます。一方で日本は失敗を許さない気質が強くありますよね。

DXをはじめとしたデジタルテクノロジーの活用は、新規事業に取り組むのと似たところがあります。新規事業は必ずしも成功するわけではありませんよね。ですから、そういった意識でDXにも取り組んでほしいと思います。

教育に関してもう一つ重要なのが、現場の方々を教育して考え方を変えてもらうことです。これが最もハードルが高く、日本だけではない万国共通の課題です。

——どんな点が難しいのでしょうか。

これまで続けてきた仕事のやり方に誇りを持っていますからね。これを変えたくないのは、人間のさが。仕方のない部分があります。

百数十年前に電気が発明された際、電灯にはすぐに電気が使われるようになりました。しかし、工場の電化はそこから30〜40年かかっています。それまで使っていた蒸気機関から電気に変えようとすると、工場の機械の配置を全て変え、働き方を変え、給与体系まで変える必要があります。そういったことを終えるのに、かなりの時間がかかったということです。

デジタル活用も同様で、人が変わっていく必要があるのですから10年単位で考える必要があるでしょう。粘り強く進めていくことが大切です。その際に最も重要なのは人間力だと考えています。

——具体的にどのような力のことですか。

東京大学 大学院工学系研究科電気工学専攻 教授 森川 博之 氏

DXを進める上で、変わりたくないと思っている現場の社員とコミュニケーションを取る人材が必ず必要になります。その人材が、現場からDXのヒントをもらったり、現場に考え方を変えてもらうきっかけを作ったり、といった役割を担います。そのために必要な能力を、人間力と言っています。具体的には相手の考えに共感したり、現場の人と一緒に盛り上げていったりする力ですね。

この好例が、NTTドコモの「アグリガール」の取り組みです。畜産農家の方々の生産性向上をデジタルテクノロジーによって実現しています。デジタル導入を支援するだけでなく、畜産農家の方と友人のような関係を築き「子牛が生まれた」「おめでとう」といったやり取りを日常的にしています。このように築いた信頼関係があるために、農家のデジタル化がより進んでいきます。優れた人間力を備えていたことにより、取り組みがうまくいったのだと思います。

既存パーツを組み合わせて
価値を生む

私はこれからの価値創出を、コンピューターゲームの「テトリス」のように考えると分かりやすいと思っています。テトリスは様々な形をしたパーツを、くるくると回転させて組み合わせますよね。

価値創出のパーツは企業や人、テクノロジーなどです。DXももちろんパーツの1つです。どれも1つだけでは何も生むことはできず、うまく組み合わせることで力を発揮します。

日本は個々のパーツは重視しますが、組み合わせるのが得意ではないと感じます。一方で「GAFAM」と呼ばれる米テック大手などはほとんど自社でパーツを作らず、外のものを組み合わせることで成果を挙げていますよね。

——確かに日本は個々のテクノロジーを洗練させることは得意ですが、既にあるものを組み合わせて新しいものを作ることは苦手な印象があります。

DXを成功させるために必要なことはパーツの組み合わせであり、その過程でテトリスのようにパーツを回転させることが重要です。現場で「絶対に回らないぞ」と意地を張っている人を、なんとかして回転させなくてはなりません。

畜産農家を変えたNTTドコモの事例のように、人間力を備えた人材が触媒となって現場の人材やテクノロジーなどのパーツをくるくると回転させる。そしてパーツ同士を上手にはめることができれば、全体として大きな力を発揮できるはずです。

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