
米中衝突による「地政学リスク」の影響は、サプライチェーンや販売先の市況などについての話題で取り上げられることが多い。しかし、システム開発にも大きな影響が出ている。連載の第1回では、海外へソフト開発を委託する「オフショア開発」がはらむリスクについて取り上げた。続いて今回は、リスクを避けるために委託先の見直しや変更に動き出す日本企業の最新動向を示す。
2020年以降、地政学リスクを考慮してサプライチェーンの多様化を進める製造系企業は多くなっている。
パナソニック ホールディングスは2023年6月、中国で生産していた中価格帯と高価格帯のエアコンの生産について、中国から日本に移管すると発表した。国内生産の比率を高め、地政学リスクに対応することが狙いの1つだ。
マツダは2022年8月、部品メーカーに対して中国以外での生産や、日本国内への在庫移転を求めるなどとした。上海市のロックダウンで影響を受けたためだという。
同様の動きが、システム開発の世界でも見られる。日本はこれまで、オフショア開発の多くを中国に委託してきたが、リスクの低減を狙い開発拠点の多様化を進める企業が多くなっているのだ。
例えば、日立製作所は2025年6月11日に開催した「Hitachi Investor Day 2025」において、代表執行役 執行役副社長 社長補佐 デジタルシステム&サービス事業責任者の阿部淳氏が「今後はベトナム、インド、東欧などのリソースをより多く活用する」と語った。これらの国・地域のリソース活用は、2024年度には1カ月当たり650人だったが、これを2027年度には同3500人にまで増やす計画だという。
同社は、2010年代から中国国内の人件費の高騰などを理由に、中国でオフショア開発をしていたグループ会社を清算するなど、リスクヘッジに取り組んできた経緯がある。ここにきて中国以外の国・地域への委託を拡大することで、リソース確保とリスク分散の両立を図ると見られる。
日立以外にも様々な委託先を活用するシステム開発会社が増えている。その際の有力な選択肢となっているのがベトナムだ。
SCSKは2024年10月、ベトナムICTのリーディングカンパニーであるFPTコーポレーションと、合弁会社「COBOL PARK」の設立に向けた協議を開始したと発表した。「COBOL PARK」は、主にメインフレームを利用している金融機関などに対して、既存システムの維持やマイグレーションのサービスを提供するとしており、FPTのベトナムのリソースを活用する。
TISは2024年12月、ベトナムの大手ITベンダーNTQ SOLUTION JOINT STOCK COMPANYと資本業務提携し、持ち分法適用会社とした。
米国のIT企業も、リスク回避のために動き出している。大連のソフトウエア開発拠点の動向に詳しい関係者によると、米国のIT大手が技術者の数を減らしたり、拠点を縮小したりする動きがあるという。大連には米IBMや米アクセンチュアなどが20年ほど前から拠点を構えている。
米国のIT大手が中国にリソースを抱えていたのは、日本企業からの受注が主な目的だ。英語が使える人材が多い他国企業からのオフショアであれば、インドなど様々な場所が委託先の候補になる。だが日本企業はオフショア委託先に対し、日本語でのコミュニケーションを求める。そのため日本語力が高い人材が多い、中国の活用が欠かせなかったわけだ。
米国のIT企業が中国のソフト開発拠点を縮小するのは、米中の衝突に伴う戦略的な判断と見られる。一方で「日本語力が高いところにオフショア開発を委託したい」という日本企業のニーズは減ってはいないはずだ。つまり多くの米国IT企業は、中国に代わるオフショア開発の受け入れ先を早急に確保する必要に迫られていることになるだろう。
前述した通り、日本の大手IT企業の動きを見ると、ベトナムへのオフショア委託を拡大している傾向が強い。ベトナムは日本語対応力が高く、IT人材も豊富であることが主な理由だ。IT企業ほどではないが、一般企業が自らベトナムへのオフショア委託を増やす動きも出てきている。
楽天カードは2021年と、いち早くベトナム南部の商都ホーチミンにシステム開発子会社を設立し、現地でITエンジニアの採用を開始した。2023年11月には拠点拡大のため、同市内の別拠点に移るなど、順調にリソースを拡大している模様だ。同社で、消費者向けアプリに搭載するサービスや、加盟店向けシステム、業務効率化のための自動化ツールなどを開発してきたという。
コニカミノルタは、複合機向けのソフトなどの開発に関して、中国・インドへの委託割合を減らし、ベトナムへの委託を増やす取り組みを進めている。同社は2017年からベトナムへの委託を開始し、年々規模を拡大しているという。
SCSKの親会社である住友商事は2024年11月、ベトナムのIT企業Rikkeisoft(リッケイソフト)との資本業務提携を発表した。住友商事グループ企業のシステム開発をリッケイソフトが担うなどとしている。
本サイトが2024年10月に実施した調査においても、今後はベトナムへの委託が伸びていく可能性が高いことが分かった。(https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/ONB/24/fptjapan_gih/p23/)ベトナムについては、現在委託している人の5割以上が今後委託を拡大する意向を持っていた。
米中衝突による地政学リスクの影響は、既にソフト開発にも及んでおり、IT企業だけでなく一般企業も対応に動き始めている。今後、国内のIT人材不足がより深刻化していく中で、多くの日本企業にとって、リスクを避けながら国外のリソースを有効活用することは必須になるだろう。コスト削減からリソース確保へと、オフショア開発の目的がシフトしつつあると、言い換えることができる。
もっと言えば、日本企業が「発注してあげる」という態度では、委託先を見つけられなくなる恐れがある。委託先の立場に立ってみたとき、自社の仕事を請け負うメリットはどこにあるのか。安定的な発注か、それとも委託規模の段階的な拡大なのか。あるいは高単価など気前の良い契約条件なのか――。
ベトナムのIT人材と信頼構築を進めることは、企業の持続可能な成長への礎となるだろう。