
「企業が持続的に成長し続けるためには、ダイバーシティー(多様性)を確保することが欠かせない」という考え方が広く浸透してきた。多様性を確保するうえで重要なことの1つが、女性の活躍だ。多くの日本企業が女性社員や女性管理職の比率を高める取り組みを強化しているが、国際的な水準に比べるとまだまだ道半ばと言える状況である。実際に企業で経営者やリーダーとして活躍している女性は、これまでどのようなキャリアを歩み、現在の女性活躍の取り組みについてどう考えているのか。ベトナムのFPTソフトウェアのチュー・ティ・タン・ハ 取締役会長、FPTソフトウェアのグェン・ホアン・リン バイスプレジデント兼FPTジャパンCRO(最高収益責任者)、SUBARUの辻裕里 執行役員CIO(最高情報責任者)IT戦略本部長、日本マイクロソフトの岡寛美 業務執行役エンタープライズパートナーソリューション本部統括本部長Women at Microsoft Leadの4人に話を聞いた。
——まずは簡単に自己紹介をお願いします。
ハ:FPTコーポレーションの子会社であるFPTソフトウェアの会長を務めているハです。FPTソフトウェアは全世界30カ国以上で事業を展開しており、私の役割はそれらの地域をまたがった持続可能な長期戦略の設定、グローバルなデリバリー能力の強化、大規模なイノベーションを可能にする人材を育む文化の形成です。
日本法人のFPTソフトウェアジャパンは現地法人の中で最も規模が大きく、5000人の従業員が働いています。
私は19歳でFPTに入社し、それ以来32年以上にわたって様々な事業に関わって成長してきました。PC販売の営業からスタートし、今ではベトナムでトップ3の規模になったFPTテレコムの共同構築、マスマーケティング部隊の拡大などを担当した後、2020年からFPTソフトウェアに移りました。
辻:SUBARUでCIOをしている辻です。日本IBMからキャリアをスタートし、子育てを機に地元である群馬の製造業、サンデンに移りました。一般社員で入社して十数年在籍し、最後の3年間はCIOを担当しました。
SUBARUに移ったのは50歳の時です。現在はCIOと、IT戦略本部長を兼任しています。SUBARUにはITに関連する領域が大きく3つあります。社内システムと、「In Car」と呼ばれる「走る」「曲がる」「止まる」といった車の制御に関わる部分、「Out Car」と呼ばれるコネクティッドサービスです。このうち、私は社内システムとOut Carを担当しています。
岡:日本マイクロソフトのエンタープライズパートナーソリューション本部で統括本部長をしている岡です。京セラに入社し、日本と北米での事業に7年携わった後、2006年にマイクロソフトに入社しました。
その後、マイクロソフトのパートナーであったアイスランドの企業に転職し、日本事業の立ち上げを担当しました。しばらく勤めた後に、再度マイクロソフトに戻り、今に至ります。
リン:FPTジャパンでCROをしているリンです。13年前に日本の大学を卒業後、FPTジャパンに入社しました。これまで一貫して営業畑を歩んできており、その中で様々なポジションを経験し、KPIや職責は年々大きくなってきました。2026年には売上高1000億円の大台を目指すFPTジャパンで、現在は約200人の営業組織を率いています。会社の売上責任を担いながら、持続的な成長率の維持、大手顧客との戦略的パートナーシップの構築、そして営業組織のさらなる強化と拡大が私の主な任務です。
——これまで関わった中で最も印象に残っている仕事やプロジェクトについて教えてください。

チュー・ティ・タン・ハ 氏
ハ:2つあります。1つ目は1996年に初めてシンガポールに出張し、イベントでインターネットについての展示を見たことです。そこで初めてインターネットに触れ、「魔法のようだ」と感じたことを今でもはっきりと覚えています。
まだベトナムにはインターネットがない時期だったので、「いつかベトナムに持ち帰り、皆さんに使っていただけるようにしたい」と夢を持ちました。その1年後の1997年に、ベトナムで初のインターネットサービスを開始しました。現在、ベトナムにはインターネットサービスを提供するライセンスを持つ会社が4つあり、FPTテレコムはそのうちの1つです。数千万人がFPTテレコムのサービスを利用しています。
2つ目は、2020年にFPTテレコムからFPTソフトウェアに移った際のことです。会長に就任して10日くらいでコロナ禍になりました。ベトナム全体がロックダウンされるなどとても厳しい時期であり、お客様とどうやって関係を保ち続けるかが課題でした。
特に日本はFPTソフトウェアにとって最大規模のビジネスをしている大事な市場なので、日本のお客様との関係についても真剣に考えました。より強力なサポートを望まれているお客様が多いことが分かったこともあり、「日本に行こう」と決めました。
当時は日本へ行く航空便自体が非常に減っていたのですが、それにも関わらず、同じ便に私を含めて8人しか乗っていなかったことをよく覚えています。それから6カ月日本に滞在し、多くの日本のお客様をご支援させていただきました。その時のつながりが、現在まで続く日本のお客様との強固な関係の礎になっています。
今年でFPTソフトウェアの会長に就任して6年目になります。従業員は就任した当時の倍に、売り上げは3倍に成長しました。これはコロナ禍という厳しい時期を乗り越え、いろいろなことにチャレンジした成果だと感じています。
辻:自分が最も成長できたということで言うと、2009年ごろに当時勤めていた製造業の企業で携わった基幹システム刷新プロジェクトですね。まだクラウドという言葉が世の中に広がっていない時期でしたが、独SAPのERP(統合基幹業務システム)をクラウド志向型でグローバル導入する、という内容でした。
数十カ国にある、商習慣も使っているシステムも違う拠点のメンバーに対し、まだ概念として根付いていないクラウドを説明して理解してもらう、という大きな困難が伴うプロジェクトでした。いろいろな国の方と仕事をする難しさと同時に、ワクワク感も覚えました。
困難を乗り越えることができたのは、一緒に汗をかいていただけるITベンダーやコンサルティング会社の方と出会えたことが大きいですね。強い絆ができ、「この人たちとならば難しいプロジェクトも乗り越えられる」と思えました。この時の体験が、現在でも外部のITベンダーやコンサルタントの方とお付き合いするうえでのベースになっていると感じます。
岡:私は、5年ほど前に関わったInternet Explorer(IE)のサポート終了の取り組みです。2022年6月のIE 11のサポート終了をもって、長く続いたIEのサポートが完全に終了しました。私はサポート終了の影響をできる限り減らせるよう、日本の法人のお客様のご支援を担当しました。
当時、グローバルでIEのユーザーが最も多く残っていたのが日本でした。マイクロソフトの米国本社は「1年くらいのうちにIEを全て削除したい」という意向があったのですが、日本は新しいブラウザーへの移行が遅れていて、1年以内に移行を終えるのは難しい状況でした。
そこで、本社を説得するために「なぜ短期での移行が難しいか」を様々なケースについてまとめるなど、日本のお客様のために努力しました。本社からは「日本だけがスペシャルだという考えは認められない」と怒られました。多くの困難が伴った大変なチャレンジでしたが、結果としてサポート終了までの期間を延ばすことができ、全てのお客様の移行をしっかりサポートすることができました。
日本のお客様からクレームをいただくこともほとんどなく、結果的に世界で1番クレームが少ない国であったとして社内でも称賛を得ることができました。このプロジェクトではお客様をしっかりご支援できたと感じたので、誇ることができる経験だったと大切に思っています。
リン:これまで多くのプロジェクトに携わってきましたが、やはり「初めて」の体験が最も強く記憶に残りますね。営業として初めて獲得した100万ドル規模の案件が最も印象に残っています。
営業に就いたばかりの頃、FPTの会長と一緒にいくつかのパートナー企業を訪問する機会がありました。その中に、日本の大手教育出版社がありました。当初は紙の書籍を主体とする出版社で、FPTの顧客になるとは誰も想像していませんでした。しかし先方と向き合い続ける中で、私は紙の教科書から電子書籍への巨大な転換需要を見出しました。特に小学生向けのデジタル教材の領域です。
先方をベトナムに招いてハノイの開発チームと交流を深め、満足のいく成果が得られるまで何度もPoC(Proof of Concept : 概念実証)を繰り返しました。わずか1年も経たないうちに、この顧客専属の開発チームは0人からほぼ200人規模に成長しました。メンバーの多くは30歳以下の若手エンジニアたちでした。FPTはこの実績を機に「グローバル教育ユニット」という専門組織を立ち上げ、日本の教育分野における顧客開拓に本腰を入れるようになりました。
この案件は大きな規模のビジネスであり、新たな組織の立ち上げにもつながりましたが、それ以上に私が嬉しく、誇りに思っているのはお客様と特別な関係を築けたことです。プロジェクトを進めた十数年前当時にお世話になった方々は今では定年退職されていますが、現在も連絡をくださいます。私の結婚式にはベトナムまで足を運んでくださり、今でも家族ぐるみでお付き合いをしています。
昨年、息子が小学校に入学し、授業参観に参加した際に、教室で使われていた当社が作った算数のデジタル教材を見て、胸が熱くなりました。あの教材の一部が、ベトナムの若いエンジニアたちの手によって作られていることはクラスの誰も知らないと思いますが、日本の教育を陰から支えることができていることを実感し、誇らしさを感じました。
——最も大変だった経験やプロジェクトについても教えてください。先ほど挙げていただいたものと同じでも結構です。困難を乗り越えた方法についてもお話しいただけたらと思います。
ハ:これまでいろいろな職種や立場を経験してきて、最も難しく、かつ面白いと思っているのは営業です。
お話ししたように、キャリアの最初はPCの販売からスタートしました。「飛び込み営業」と呼ばれるスタイルでの営業です。ベトナムの各企業にアポなしでPCを売り込みました。
その後もベトナム国内でのインターネット回線の営業も経験しましたし、現在はグローバルのお客様相手にIT・デジタルの営業をしています。FPTは30カ国以上で事業を展開しているので、文化や働き方が異なるそれぞれの国について深く理解することを今なお面白く、かつ難しく感じています。
これまでの長い営業経験から、日本でビジネスをする当社の若手営業担当者に対して、必ず守るべきルールを設定しています。1つ目は、お客様とは1回限りではなく、できるだけ長く戦略的なパートナーシップを結ぶようにしよう、ということです。現在のような順調な時期だけでなく、コロナ禍や東日本大震災のような厳しい時期もお客様と一緒に乗り越えるためには、そういったパートナーシップが必要不可欠です。
2つ目は日本のお客様が求める「メイドインジャパン」の品質をしっかり理解し、お客様の期待に応えることです。
3つ目は日本語でコミュニケーションを取るようにするということです。お客様との間にコミュニケーションのギャップを発生させないために、日本語は欠かせないと認識しています。FPTコーポレーションが2006年にベトナムで開校したFPT大学においても、英語だけでなく日本語教育も重視しています。こうした取り組みの成果として、日本のお客様にもご信頼いただけるようになったと感じています。
営業に加えてもう1つ、とても大変だと感じているのが若いITエンジニアの育成です。先ほどお話ししたFPT大学でエンジニアの育成に取り組んでいます。FPT大学の各キャンパスはFPTソフトウェアの開発センターの隣にあり、インターンシップという形で在学中に就業経験を積みやすいようにしています。
FPT大学では、お話しした英語や日本語以外にも、韓国語、中国語、フランス語、ドイツ語なども教えています。技術領域ではAI(人工知能)をはじめ様々な最新テクノロジーについて学んでもらい、マイクロソフトなどFPTのパートナー企業の技術についても理解してもらいます。業務領域についても、例えば「自動車産業について専門的に学んでもらう」といった具合に、専攻ごとに専門的な業務知識を身に付けられるようにしています。
FPT大学の卒業生の上位3割ほどの学生には、FPTグループに入社してもらっています。

辻 裕里 氏
辻:私がSUBARUに入社して少ししてからコロナ禍になりました。当社の場合、自動車の開発や製造工程においては、 当時から最新のデジタルテクノロジーを取り入れていたのですが、バックオフィスについては紙の資料が残るなどアナログ文化が残っていました。 給与明細や決裁書も全て紙でしたし、リモートワークの仕組みもありませんでした。
コロナ禍において当社の社員約1万人がリモートで働けるようにする必要がありましたが、VPNは社内に100アカウントの契約しかありませんでした。ですから最初は、10人の部署にVPNのアカウントを2つだけ配り、「奇数時間と偶数時間で交代で使って」といった具合に依頼するところからのスタートでした。
コロナ禍で業務継続の難易度が高まった一方で、密な環境を避けられることから自家用車への需要はかえって高まりました。そうした状況の中 、工場を止めるわけにはいきませんし、できるだけ早くお客様に当社の自動車をお届けすることが必要でした。
私は情報システム部門の長として入社し、社内システムの責任者だったので、社内のシステム環境をコロナ禍に対応できるよう急速に整えることに注力しました。「10年くらいのことを1年でやり遂げなくてはならない」と考え、本当に大きな覚悟で取り組みました。
入社してからほとんど日がたっていなかったので、知っている人もほぼいない状況でした。それ以前は「リーダーとして先頭を走る」というイメージで組織を率いてきたのですが、今回の状況ではそれは無理だと思いました。そこで、社内の方から優れたアイデアを集め、それをリスペクトして応援するというマネジメントスタイルに切り替えるようにしました。
本当に様々なことに取り組みました。例えばPC向けのカメラの対応です。当時導入していたPCにはデフォルトでカメラが付いていたものの、社内でWeb会議を全くしていなかったので、セキュリティのリスクを下げるために全て使えないようにしていたのです。これは当社だけでなく業界標準の取り組みでした。このルールを変更し、Web会議ができる環境を整えました。
当時、会計システムや人事システム、工場の部品表のシステムなど、様々な構築中の基幹システムがありました。数年先の稼働予定のものが多かったのですが、それらの稼働を急ぎ、決裁もできる限り早めるなどして、リモート業務にスムーズに対応できるようにしました。
結果として、1年で見違えるように社内のデジタル化が進みました。とても良い思い出であり、つらい思い出です(笑)。
岡:私は同じプロジェクトの話になってしまいますが、IEのサポート終了プロジェクトですね。私は当時、まだマネジメントとしてではなく、組織横断のバーチャルチームのリーダーとしてプロジェクトに関わりました。自分に大きな権限がない中で、チーム全体でどうやって同じ方向性に進んでいくかについて頭を悩ませたのは、とても大変な経験でしたが、大きな成長につながったと感じています。
チームには営業部門や技術部門、サポート部門など様々なメンバーがいました。そのチームと本社、お客様で同じ方向を向かないとうまくいかないわけです。2年間、週に2〜3回会議して、チーム全員にとっての利益となるゴールは何なのか、真剣に話し合いを続けました。今振り返っても、困難を乗り越えることができたのは、最終的に確かなチームワークを発揮できるようになれたからだと思いますね。
リン:コロナ禍で売上が落ち込んだ時のことです。新しい営業スタイルへの対応を迫られる一方で、FPTジャパンの営業組織そのものが時代に合わなくなっていることに気づきました。
では、あるべき姿とは何か。その答えを探るために、当時120人近くいた日本人・ベトナム人の全営業メンバーと1対1で面談しました。現場の困りごと、お客様から感じていること、組織への本音を直接聞きたかったのです。
そこから見えてきたのは、FPTジャパンの営業メンバーはエネルギッシュで前向きな若手が多い一方、経験不足という共通課題があるということです。彼らには、より密な、そしてタイムリーな指導が必要でした。この問題を解消できれば、商談の成約率は大きく向上するはずだと確信しました。
そこで営業部門の組織体制を全面的に見直しました。最大の変更点は、営業リードが最大5人のメンバーを直接指導する小規模チーム制の導入です。多くの小規模顧客を広く担当するのではなく、戦略的な顧客に集中して深く取り組む体制に切り替えました。今振り返ると、あの時最も成功した組織変革の一つだったと感じています。
この経験から大切な教訓を得ました。効果的な戦略を考えたいとき、あるいは様々な課題を解決したいときも、まずコミュニケーションを増やすこと。そして現場の声こそが、多くの問題を解く重要なのカギだということです。
——組織のリーダーとして性別以外の部分でも多様性を確保していくことが必要かと思います。多様性についてのお考えをお話しいただけますか。
ハ:企業が持続的に成長するうえで、多様性の確保は不可欠だと考えています。FPTグループは30カ国以上で事業を展開しており、約80カ国の国籍を持った従業員が働くグローバル企業です。
FPTソフトウェアにおいて女性の比率は38%程度です。業界平均が25%なので、それを大きく上回っています。管理職における女性比率も36%で、業界平均である14%の2倍以上です。
私は28歳の時に、FPTジャパンの営業全体の統括を担当しました。当時の取締役会で私が最も若く、それまでで最も若い取締役でもありました。就任時は難しいことがたくさんありましたね。営業や開発には倍近い年齢の部下もいました。
でも今振り返ると、当時は若くアグレッシブだったので、何も恐れていなかったように思います(笑)。多様なメンバーがいるチームと連携して、目標である毎年30%以上の売り上げ増を達成するためにまい進し、実現してきました。

グェン・ホアン・リン 氏
リン:先ほどハ会長からお話があったコロナ禍での来日の際、最初のお客様へのご訪問は私と2人でした。当時、ほとんどのお客様はWeb会議を望まれていましたが、このアパレル企業様は対面でのコミュニケーションを希望されました。まだお取引もしていない、完全に初めてのミーティングの段階でしたが、我々がスピーディーに動き、オンラインではくみ取りにくいお客様の意図を捉えることができたことにより、受注に至ることができました。
この企業様とのお取引は今年で4年目になります。今ではFPTのベトナムの拠点に、この会社様のシステム開発を専門に担当する巨大なチームがあります。
——リンさんも若くして取締役に就かれていますが、年上の部下の方やお客様とのコミュニケーションについてはどうお考えですか。
リン:私もハ会長の若い頃と同じで、怖いものなしを武器にしていますね(笑)。経験不足で知らないことがあるのは確かですが、知らないからこそ思い切って言えることもあると思っていますので、お客様にははっきり自分の感じたことをお伝えするようにしています。
自分より年上の部下に対しては、それぞれの経験を尊重し、私が知らないことは学ばせてもらうようにしています。そうやって関係を築き、上司と部下というより、相棒となれるように努力していますね。
——辻さん、岡さんは多様性についてどうお考えですか。
辻:製造業が全体的にそうなのですが、自動車会社はまだまだ男性中心の社会です。その中で、女性ならではの感性が貴重なところもあると感じますので、女性を増やしたいと考えていますし、女性が遠慮せずに意見を言える環境も整えるよう努力しています。IT戦略本部の女性比率は20%程度あり、全社は8%なので、全社よりも高い数字になっています。
これは多様性確保のための取り組みと言えるか分からないのですが、今、当社は1つの分野で突出した能力を持っている社員を「とんでもない人財」と呼び、その人財を生かすことに注力しています。
とんでもない人財とは、技術的なことにはとことん強い、といったように、特定分野で際立った強みを持つ人財を指します。従来の日本企業は、幅広いスキルをバランスよく備えた人財を育ててきたと思いますが、当社はそうした人財に加えて、突出した強みを持つ人財をとんでもない人財としてモチベートしています。IT分野は、特にとんでもない人財が多い分野だと思いますので、私もやりがいを持って取り組んでいるところです。
——長所に目を向けていこうということですね。
辻:そうです。私は過去に、「女性による、女性のための会社」を標榜して、週末だけ事業をする会社を起業した経験があります。その際に、オールマイティーでなくても特定分野で優れた能力をもつ人がたくさんいることに気が付きました。それぞれの良いところを伸ばし、それを組織に還元してもらえば企業全体で良い仕事ができます。
とんでもない人財のような取り組みが、世間一般の多様性の考え方と合致するか分かりませんが、多様な人財を生かすという視点で取り組んでいるため、お話しさせていただきました。

岡 寛美 氏
岡:私はマイクロソフトからアイスランドの企業に転職した際に、多様性についての印象深い出来事がありました。アイスランドは世界平等ランキングで15年ほどトップを取り続けている、男女平等の国で、多様性についての取り組みが進んでいます。ちなみに日本は120位前後です。
私は冒頭でお話ししたように日本でのビジネスの立ち上げを担当しました。事業を開始してからしばらくして、もう1人メンバーを採用することが決まりました。
採用を任されたので、私は過去に一緒に仕事をしたことがあり、すごく尊敬していた知人に声を掛けました。前向きな返事をもらうことができ、ものすごくうれしかったのですが、それをアイスランド人の上司に伝えたところ、採用を認めてもらえませんでした。「あなたをもう1人欲しいわけではない」という理由でした。
私は困惑して、「ではどういう人が良いの」と尋ねました。すると「あなたと真逆の能力を持っているけれども、あなたと相性が良い人だ」と言われました。なんて変なことを言うんだ、とその時は思ったのですが、少ししてから考えると、私が持っていない経験やスキルがあり、より多角的な視点で物事を進められるような人材が必要だということかなと理解しました。それはやはり、多様性を大事にしていたということなのだと思います。
辻さんのお話にもありましたが、私も今のチームで、自分と違う、良い意味で変わった人を大事にしようと考えています。それは先ほどの経験から、自分とは違うタイプの人材が重要だと考えるようになったためです。そういう人こそ、突き抜けたイノベーションを起こせるのではないかと思うのです。
辻:とてもよく分かります。私たちも同じ考えで取り組んでいます。
岡:そういう人材がいると、もちろん快適でない時もあります(笑)。しかしそれこそ成長のタイミングだと思うのです。過去を振り返っても、心地よくない、厳しい環境で過ごした時に自分が伸びたと感じています。
——ハ会長は日本企業の多様性への取り組みについてどのように見ていますか。
ハ:多くの日本企業が重要性を認識している一方で、いくつかの原因によって進展が遅れていると感じます。
例えば均一性や年功序列を重視すること、女性リーダーのロールモデルが限られていること、従来からのキャリアパスから社員が外れることを避ける企業文化、などです。
こうした問題を解消するためには、トップがリーダーシップを発揮し、女性が意義あるプロジェクトを率いる機会を創出することが重要です。FPTでは女性リーダーが代表となって外部イベントや女性活躍のイベントに参加する機会が多くあります。
——エンジニアは男性が多い職種ですが、女性エンジニアに特有の強みと言えるところはありますか。
ハ:確かにIT産業はまだ男性の比率が高いです。私が感じる男性エンジニアの強みは、方向性や戦略を考えられる点です。
一方で女性エンジニアはコミュニケーションが強いと感じます。FPTでは特に異文化コミュニケーションで女性が力を発揮しています。例えばクライアントに対して複雑な技術的課題を説明しなくてはならない際、平易で明確な言葉に言い換えて話すことが得意な人が多いです。
今後AIによる自動化が進んだ際に、女性エンジニアの持つコミュニケーションの力は更に価値を増すと考えています。AIは速度や効率を高めることはできても、クライアントへの共感や文化の理解を代替することはできないからです。
辻:いろいろ考えたのですが、はっきりこれだと思うことはありません。ごめんなさい。成果を出してくれるのであれば男性でも女性でも良い、というのが結論ではあります(笑)。
当社の場合、女性比率が低いので、その中で頑張っている女性社員はとてもしっかりしています。そういった社員は共通してかわいげがあり、高いコミュニケーション能力や気遣いする力があるのは確かなのですが、それが女性という性別によるものか、単に優秀だからなのかは判断に迷いますね(笑)。いずれにしろ、そういった女性社員が備えている力は自動車業界ではとても貴重だと捉えています。
岡:私が女性エンジニアならではの強みだと感じるのは、「周囲を幸せにしたい」という気持ちが強いことです。チーム全体でうまく仕事を進めるためにどんな役割を担うべきかを自然に考えられる人が多いと思いますし、それ故にいろいろな人の声を聞ける人も多いと感じますね。
ただし、その能力がうまく機能しないと、「男性がやりやすいように私ばかり我慢している」といったネガティブな方向になってしまうこともあります。私はマネジメントとして、女性のこういった力をうまく生かせるような組織にしていきたいと考えています。
リン:私は女性ですから、やはり女性を応援したいと思っています(笑)。私が感じるのは、女性は男性に比べてコミュニケーションが柔らかく、特に対話の場での存在感が大きいということです。100%男性だけの会議と、たった1人でも女性が加わって意見を述べる会議では、場の雰囲気がまるで違います。
開発プロジェクトの現場では、問題が起きると議論が白熱することも少なくありません。そんな時、担当エンジニアが女性だと、柔らかいコミュニケーションで場の緊張をほぐし、アイスブレイクが自然とできるため、みんながより率直に意見を出しやすくなると感じています。
加えて、いまAIが急速に発展する中で、AIを使いこなす力が成果を大きく左右する時代になっています。AIを効果的に活用できる女性は、時に男性を上回る成果を出せる——私はそう確信しています。
