
生成AI(人工知能)やAIエージェントの導入によって、企業にはどのようなメリットがあり、働き方はどう変わるのか、注意すべき点は何なのか——。ベトナムのICTリーディングカンパニーであるFPTコーポレーションは2026年7月にベトナム北東部に位置する世界遺産ハロン湾で日本企業の経営層・技術責任者・DX責任者などを招いたイベントを開催した。企業のAI活用をテーマにしたパネルディスカッションには、三島光産の溝本義史氏、古野電気の木村考伸氏、NECネクサソリューションズの本田啓氏が登壇した。議論から見えてきたのは、AI活用の論点が単なる業務効率化や生産性向上にとどまらず、経営判断、人材育成、組織運営、さらにはAIエージェントの管理へと広がっていることだ。3社の実践と議論を通じて、AI時代に企業が問われる組織運営、人材育成、そして経営のあり方を探る。
——会社紹介と自己紹介をお願いします。

溝本 義史 氏
溝本:三島光産の溝本です。当社は鉄鋼や化学、ガラス、自動車などの製造ライン請負が主な事業で売り上げの50%を占めます。残りは、25%がメーカーとして鉄鋼製造用部品などの自社製品による売り上げで、25%がファクトリーオートメーションをはじめとしたエンジニアリングによるものです。
私は5年前に日本製鉄から出向してきました。その関係もあり、鉄鋼君津事業本部長を務めています。
木村:古野電気の木村です。当社は1948年に世界で初めて魚群探知機の実用化に成功したのを皮切りに、各種の航海機器を開発してきた電機メーカーです。
2010年代からは「フルノオープンプラットフォーム(FOP)」という、本船の航海計器やエンジンのデータを陸上のクラウドに集約する仕組みを提供しており、船の運航状況を陸上からリアルタイムに把握できるようにしています。
私は技術研究所で研究者およびマネージャーをしていまして、要素技術の開発に取り組んでいます。日頃の業務で生成AIをはじめとした各種のAIを盛んに使っています。
本田:NECネクサソリューションズの本田です。当社は社名の通り、NECの関連会社です。NEC本体が大手のお客様をターゲットにしているのに対し、我々は主に中堅のマーケットをターゲットに、上流から下流まで、ワンストップでシステムインテグレーションを提供しています。
私個人は、以前はエンタープライズ領域におけるERP(統合基幹業務システム)を長年担当していて、2021年にDX(デジタルトランスフォーメーション)ソリューションの開発部隊立ち上げに参加しました。それ以降、DXやAIなどの領域を中心にビジネスに関わっています。
——AI活用において、どのようなことが重要だとお考えですか。
溝本:AIを使うことで、エンジニアでない社員であっても、これまでにない生産性で仕事ができるようになっていると感じます。実感としては10倍くらい能力が拡張している人もいて、「覚醒」と言えるほどです。見方を変えると、覚醒している社員が一定数出てきているかどうかが、AIを活用できているかを測るうえで重要だと考えています。
社員が覚醒すると新たな課題が出てきます。彼らは普通の仕事をアサインすると、すぐに終えるようになります。ですから、彼らが興奮できるような仕事を上司が与え続けられるかも重要になります。例えば、ベンダーに頼らずシステムを全て作らせる、新規事業を立ち上げさせる、といったことです。
実際にこの3〜4カ月でものすごく成長した部下が複数人おり、室長などより上の役割を担ってもらうようにしました。今後は、AI活用によって人の能力が拡大することを前提に、人事などヒューマンリソースについての判断も変えていく必要があると考えています。

木村 考伸 氏
木村:私が所属している研究部門ではAIをバリバリ使う人が多いのですが、そこから全社に広げるとなるとなかなか難しいと感じています。AIを使えるように業務プロセスを変えたり、データを整備するための基盤を作ったりといったことが必要になるので、多くの時間がかかるのです。やはり全社展開となると経営者の方が覚悟を持って取り組めるかが重要だと感じています。
AIはありとあらゆるところに汎用的に使えます。コストダウンにも使えるし、新規事業を生み出すことにも使えます。AIを使いこなせるかどうかがこれからの10〜20年に大きく効いてくると考えています。
本田:AIに関して、事前の期待値をそろえる、目線を合わせるということが重要だと感じます。皆が、現在のAIはどこまで進化していて、どういったことが実現できるかを共通認識として持つことが、導入後のアクションを成功させるために欠かせません。そのうえで、ゴールをどこにセットし、そこまでの過程をどう進めるかを経営がトップダウンで進めることが大切だと考えています。
お二人のお話と重なりますが、AIによって企業や組織のケイパビリティそのものが変わるし、それによって事業モデルも変わりますよね。そういったことを意識して、これからを考えることが重要だと思います。
——企業や組織が大きく変わるということでしたが、生成AIは従来の技術と全く違うものなのでしょうか。
木村:技術的な視点から見ると、基本的には従来のニューラルネットワーク技術の延長線上だと捉えていますが、得られる成果によって結果的にこれまでと全く違うユースケースが実現できる、といったことですかね。
例えば天気予報などに用いる気流の流体計算を行う際に、従来はスーパーコンピューターを使って大きな計算を実行する必要があったアプリケーションに対して、AIにパターンを学習させることで計算コストを数百分の1にできる可能性もあります。これによって従来はコストの点で現実的でなかった様々な機能を実現できる、といったケースも増えてくると思われます。
AIエージェントについても、従来のルールベースのソフトウエアでは難しかった「判断」という要素が入ってくるため、得られる結果が全く違うと言えます。AIエージェントが実行する(連続)処理に対して、人間が随時節目で確認しながら伴走する、といった流れになると考えています。

本田 啓 氏
本田:決められたルールの通りやるのが従来のソフトウエアで、それに対してAIエージェントは確率的に判断する点が違いますよね。例えばERPであれば、受注金額や生産数量といった数字は絶対間違えてはいけないので、正確にその数字を計算するのがソフトの役割です。これに対してAIエージェントは「いま在庫がこれくらいで、こういういくつかの要素を考慮すると、これくらい出荷した方が良い」といった判断ができます。これは、答えのない問題に対して、確率的にできるだけ良さそうな答えを選択している、ということです。
こうした形でAIエージェントは、従来は人が担っていた判断をある程度代替できるようになっています。その結果としてビジネスプロセスそのものが変わっていきます。
溝本:私がAIエージェントと接していて感じるのは、AIエージェントのマネジメントと部下のマネジメントには共通点が多いということです。このため、AIエージェントはIT部門より経営層に親和性が高いと感じています。
今後、社内でたくさんのAIエージェントが動くようになると、それをどうマネジメントするかが課題になるはずです。うまくできないことに悩むケースも多いかと思うのですが、経営者の方がAIエージェントのマネジメントに積極的に関われば、課題は解消できるはずだと思うのです。
本田:AIエージェントの管理については、たしかに部下の管理と共通するものがあると感じます。部下に教えるように仕事の手順を教え、実行した処理をレビューする形になります。
一方で少し違うかな、と感じているのが、AIの判断ミスを予測しにくいことです。部下のするミスは、経験的に何故そうなったか理解できるものが多いですよね。しかし、AIは確率的に判断するため、ミスの背景を理解しにくいし、予想できないと感じます。
AIエージェントをうまく活用していくためには、AIがどういう判断をしがちで、どういうミスをするのか、経験して覚えていくしかないと感じます。
木村:私も生成AIを使っていて、人間っぽい反応はするし、言葉も通じるが、実際には根底でどう思っているか分からないし結局宇宙人のようだと感じることがあります。(笑)。
やはり、人間とは異なるものとして管理することが必要だなと考えています。社内のAIエージェントたちを管理する専門の部署も作る必要があるでしょうね。
——AIエージェントの管理以外に、企業にとってAI活用で大きな課題になると感じていることはありますか。
溝本:AIを使うと、より少ない時間で高い成果を出そうという考えになります。ある程度精度の高い結果をAIが出してきたのを見て、「100点にはいかないけれど、80点に達しているからこれでよいか」といった具合に、人間が判断してマネジメントすることになります。
これは、過去に従来の業務を経験してきた人なら、「今までとあまり変わらないな」と感じると思いますし、それで問題ないと思います。一方で、これから仕事を始める人の場合、AIが出してきた結果だけを見て判断するという経験しかしないことになるので、本人が失敗をする機会が得られませんよね。それが、どれくらいの問題になるか分かりませんが、大きな課題になり得るのではないかと感じています。
本田:自分たちが汗水垂らして失敗したという経験をせず、結果が出る確率が高いものをAIにやらせる形になる訳ですからね。結果として、イレギュラーが起きたときに弱い人材ばかりになってしまう可能性が高いと感じます。5〜10年後を見据えたときに、今どういった手を打てば良いのだろうかと考えてもやもやしますね。
木村:企業に入る前の、学生時代にどう勉強するか、といったことも大きく変わりますよね。以前は、「できるだけ正確に(間違えないように)計算できるようにしよう」「規則に沿った正確な判断や理解ができるようにしよう」といったことを目標にしていましたが、現在のAIがそれら定型的な判断が正確にできるような状況になってくるとこれまでの教育内容のままで良いのかと疑問に思う人も多いでしょうし、では実際にどうすれば良いかは今後の課題として難しい問題と思います。
職場での教育も同じで、今までは自分の手で積み重ねて刻み付けたようなことが、丸々経験できなくなる訳です。そうしたことを前提に、今までと全く違う教育のやり方を発想していかないと、必ずうまく行かなくなるときがきますよね。
溝本:今はAI活用を突っ走った会社が強くなりますし、実際にそれで良いと思うのですが、その先に顕在化するであろう課題にも早い段階で意識を向ける必要がある、ということですね。
AIを使っていく中で、人間がどう関わっていくのかは非常に重要なテーマです。AIによって生産性や能力は大きく拡張されますが、現場をどう動かすのか、そこで生まれる課題やその先の変化にどう向き合い対応していくのかという部分には、人間が関与し続ける必要があると思っています。