農林水産業は、我々の生活に欠かせない基盤でありながら、その持続可能性に対する危機が増大している。例えば人材不足は、農林水産業においても深刻な問題となっており、それは農林水産業が若者にとって魅力がないものであることや、都市部への若者の流出などが理由にあるかもしれない。しかし、希望はある。自然環境や地域社会の持続可能性が問われる中、関わりの深い農林水産業には新たな役割が期待される。6次産業化や先端技術の活用などで「みらい」への道筋を描けるようにもなってきた。

そこに「あと一歩の後押し」をするのが、2014年3月設立の一般社団法人農林水産業みらい基金だ。2024年には設立10周年を迎え、地域の課題解決に挑戦する事業者を公募選考に基づく助成金を通じて支援してきた。そのリアルな姿を、審査を担当する事業運営委員会で委員長を務める氏、2015年度の助成先であるグリーンズ北見(北海道北見市)の丸山勇太氏、2022年度の助成先である人と農・自然をつなぐ会(静岡県藤枝市)の杵塚民子氏、この3者が率直に語り合う。

一般社団法人農林水産業みらい基金
代表理事 兼 事業運営委員会 委員長

山口 お二人とも、お久しぶりです。まず自己紹介を兼ねて、助成金申請につながる課題意識を教えてください。

一般社団法人農林水産業みらい基金
代表理事 兼 事業運営委員会 委員長

丸山 当社は北見地方産の玉ねぎを主に業務用の冷凍加工品として製造・販売するメーカーです。地元の北見市や農業協同組合などが1987年に設立しました。この北見たまねぎ、生産量は日本一なのですが、知名度はあまり高くないのが現状です。北見たまねぎのブランド化に向け、まず地元に知ってもらおうと、玉ねぎを主原料に使用した業務用コロッケを「たまコロ」という名前に改め、2015年5月から市販品として再ブランド化する試みを始めていました。

杵塚 当社は1976年に父が創業した家族経営の会社です。お茶を有機栽培し販売してきました。この有機茶は、最近では海外からの引き合いも多く、注目されています。ところが加工工場が老朽化し、供給が間に合わない。一方、有機茶栽培への就農希望者も少なくないのですが、そのサポートにも課題を感じていました。そこで、工場を建て替え、そこを観光拠点化し、地域を「有機の郷(さと)」として盛り上げたい、と考えていました。

山口 地域の内側から湧き上がってくる噴水のような力を感じますね。みらい基金の助成はまさに、そんな熱意を支援してきました。もちろん、熱意だけではうまくいきません。熱意にほだされて集まる人のネットワークも欠かせない。書類選考の後には、現地実査も行います。熱意やネットワークの存在を、そこで実感しようという狙いもあります。お二人の場合、どんなきっかけから助成の応募に踏み切ったのですか。

株式会社グリーンズ北見
営業開発部 営業課 課長
丸山 勇太 氏

丸山 再ブランド化の試みを新聞報道で知ったメインバンクの担当者から、助成金の存在を教えてもらいました。「今後の取り組みに生かせるのでは?」と。当時、たまコロの認知拡大に向け、ご当地コロッケ全国一を決めるイベントである全国コロッケフェスティバルへの出場をもくろんでいました。目標は、もちろん優勝です。ただそれには、多くの人員を会場に派遣し、たくさんの人にコロッケを提供しないと、来場者は投票してくれない。そこで、助成金で出張費用を賄おうと。

株式会社グリーンズ北見
営業開発部 営業課 課長
丸山 勇太 氏

ただ募集要項を読んでいくと、助成対象が幅広い。助成金の後押しを受ければ、たまコロの認知拡大だけでなく、北見たまねぎのブランド化という最終ゴールまで近づけるのではないか、とワクワクしてきました。そこで、このゴールまで見据えたものに事業計画を練り直し申請しました。たまコロの再ブランド化は、一社員である私個人の思いから取り組み始めた挑戦でしたが、北見たまねぎのブランド化を目指すべく組織的な取り組みにまで発展させるには、何か後ろ盾が欲しい。そんな思いもありました。

「あと一歩の後押し」としての助成 

有限会社人と農・自然をつなぐ会
杵塚 民子 氏

杵塚 申請の1年前、老朽化した加工工場の建て替え費用をどう調達しようか、インターネット上で補助金の情報を調べていたところ、検索に引っかかったのです。国の補助金は使い道に制約があるのに、この助成金にはそれがほとんどない。しかも、助成金の上限額は経費の9割です。補助金なら2分の1程度ですからね。

有限会社人と農・自然をつなぐ会
杵塚 民子 氏

工場を観光拠点化し、地域を「有機の郷」とする構想は思い付きではありません。私は静岡県の藤枝出身ですが、高校卒業後は海外に留学していました。そこで地域の外に一度出てみて、初めて有機茶や地域の魅力に気付かされました。ただ地元には、農山村に共通の課題が山積みです。そこで家業を継いでからは、地域を盛り上げようと異分野の仲間づくりにも努めてきました。そうした活動の拠点が前々から欲しかった。「あと一歩の後押し」の精神は、そこにぴたっとはまったのです。

山口 グリーンズ北見の取り組みは、業務用のBtoBビジネスから市販用のBtoCビジネスに乗り出し、北見たまねぎのブランド化を果たそう、というものでしたね。最終消費者と直接のつながりを持ちながら消費拡大を仕掛け、玉ねぎの増産を目指すという戦略は、北海道のような原料供給基地で一つのモデルになる可能性があると評価し、基金からの助成を決めました。

一方、人と農・自然をつなぐ会の取り組みは、有機茶の加工工場を建て替え、生産能力を向上させるとともに、就農希望者を受け入れ、有機栽培農家の増加につなげようとするものです。工場を一般公開し、緑茶以外の有機農産物の販売所も併設する。これらの取り組みが「有機の郷」という地域ブランドの確立につながる可能性を評価し、基金として後押しを決めています。

農林水産業(事業実施主体は法人に限る)のフィールドでチャレンジしている担い手の【あと一歩】の後押しを行うことで、
みらいの農林水産業につなげていく

印象に残る親身で 目標達成のための道筋を一緒に模索

丸山 助成事業の期間である3年の間には、全国コロッケフェスティバルに出場しただけでなく、「たまコロ」の生産能力増強に向けた設備投資を実施し、北見たまねぎのブランド化に欠かせないロゴマークなど各種のPRツールも制作しました。フェスティバルでは初出場・初優勝を遂げたので、反響は大きかったですよ。「たまコロ」の注文が殺到し、売り上げはそれまでの5倍以上に伸びました。「コロッケ、もうありません!」と、寝言でうなされていたほどです。でも生産能力を増強していたおかげで、そんな事態にもある程度まで対応できました。そこは、助成金に助けられましたね。

グリーンズ北見で原料に使用される北見たまねぎ(写真左)グリーンズ北見が販売するたまコロ(写真右)

杵塚 私たちも助成事業の期間は3年間で、今は2年目を迎えたところです。老朽化した工場は新茶の収穫を終えた5月に取り壊し、跡地に新工場を建設します。来年春までには完成の見込みです。一方、就農希望者の受け入れにはすでに取り組んでいます。以前は農作業を手伝う援農ボランティアとして受け入れていた程度ですが、2023年度からは助成金の受給をきっかけに研修生として国内外から本格的に受け入れ始めています。2024年度は研修生の受け入れと並行して、地元の藤枝市や農協などと共同で地域就農セミナーを8月に開催する予定です。就農希望者は栽培への意欲はあっても、経営に対する不安は大きいものなのです。そこで、セミナーには経営の専門家を講師として招き、経営への意識を高めてもらおう、と準備を進めています。

人と農・自然をつなぐ会のみなさん(写真左)人と農・自然をつなぐ会が販売する有機茶(写真右)

山口 率直なところ、みらい基金の助成の使い勝手をどう感じていますか。

丸山 親身な対応が印象に残っています。ただ経費を機械的に補助してくれるのとは違います。例えば「北見たまねぎのブランド化」を最終ゴールに掲げましたが、そこに至るまでの道筋には途中で見直しも生じます。そんなとき、最終ゴールにたどり着くために必要であれば、と費目の変更を認めてくれました。その柔軟性は素晴らしいですよ。最終ゴールに向かうための最善の方法を、一緒に模索してくれました。

杵塚 柔軟な対応には私も助けられています。例えば加工工場の建て替え費用です。建築工事費が急上昇している時期ですから、いざ見積もりを取ると当初の見込みを上回る金額になってしまった。そこで事務局に相談したところ、事業計画の変更届を提出することで対応していただけることになったのです。ありがたかったですね。

山口 基金設立以来の10年を振り返ると、農林水産業に対する社会の見方はポジティブなものに変わってきたように思います。6次産業化や持続可能性という視点からも、将来に明るい見通しを描けるようになりました。

申請案件にも変化が見られます。一つは、ESG(環境・社会・企業統治)に対する意識の高まりです。もう一つ、ICT(情報通信技術)化をはじめとする技術革新への取り組みも、強く意識されるようになっています。

 迷うことなく、みらい基金の扉をノックして

山口 今、申請者側のリーダーの年齢層を調べると、30~40代が中心です。その年齢層が農林水産業に強い関心を持ち始めています。それだけ、農林水産業が手触り感のある、魅力的なビジネスである、と思います。その魅力を、もっと高めていきたいですね。

丸山 可能性はあると思います。例えばデザインやデジタルといった領域は若者の得意とするものです。当社の場合で言えば、北見たまねぎのブランド化という目標を達成するうえでも、デザイン性の豊かな販促ツールやデジタルツールを活用したPRは重要な取り組みです。農林水産業にとって、これからはデジタル化やブランディングなどは、若者の力を借りて取り組んでいくということも必要ではないかと思います。

杵塚 私自身は得意の外国語を生かせることに魅力を覚えています。研修生には海外からの参加者もいますから。また農林水産業は、女性が従事するうえで不利な面がある一方で、有利な面もあります。信頼を得られれば多くのサポートを受けられる。それが、一つです。そうした有利な面に、もっと目を向けていきたいですね。

——では最後に、読者に向けてメッセージをいただけますか。

丸山 熱く強い思いを持ちながら資金面の理由がネックになって周囲を説得できない——。そんな悩みをお持ちの方は、その思いをみらい基金にぶつけてみてください。「あと一歩」を、きっと後押ししてくれると思います。

杵塚 農林水産業は苦労が多々あります。しかし取り組み次第では、将来性を大いに見込める産業です。ぜひ一緒に盛り上げていきましょう。

山口 お二人ともありがとうございました。最近は、アイデアの面白さに魅力を感じる申請案件が目立ってきました。農林水産業の豊かな成長にとって、こうしたアイデアは貴重です。新たな挑戦は大歓迎です。迷うことなく基金の扉をノックしてみてください。

また、基金ではこの5月、助成事業の紹介を目的とするシリーズ3冊目の書籍『農林水産業のみらいの宝石箱③変わる! 農・林・水ビジネス』を刊行しました。「農林水産業の豊かな成長を支援する」という私たち基金の使命感の下、各地で展開してきた「あと一歩の後押し」の活動を、広くお伝えする狙いです。“全国にはこんな素晴らしいことにチャレンジしている人たちがいるのか。自分もみらい基金のサポートを受けてビジョン実現に向けて頑張ってみよう!”と皆さんの背中を押すきっかけになるような書籍となれば、うれしい限りです。ぜひ、お手に取ってご覧ください。

新しい農林水産業にチャレンジしている方、地域金融機関などの職員・行員、新規事業開発担当者、サステナビリティ推進担当者、必読の1冊

『農林水産業のみらいの宝石箱③変わる! 農・林・水ビジネス』

「次の時代の農・林・水が芽吹いている」
農林水産業を取り巻く環境は、生産者数が減少し、高齢化も進むなど、さらに厳しさを増している中、農林水産業者の積極果敢な取り組みは各方面で進められています。農業では、技術革新が進むと同時に、品質の高い作物が効率的に供給され、林業や水産業においても、持続可能な資源管理が行われ、豊かな森林や海洋環境を保全しつつ、生産性を向上しています。本書では農林水産業の現場で行われている新たな取り組み、新技術の活用事例などを多数紹介しています。

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