日本の製薬企業が躍進するための切り札に!「AI創薬」の道を切り開くTokyo-1プロジェクト

製薬業界の一大潮流になりつつあるAI創薬。海外ではAI創薬関連の投資が積極的に進められている一方で、日本はグローバルに後れを取っている。この状況を脱却するためには、国内の製薬関連企業とIT企業が一丸となって取り組む必要があるだろう。そこで今、注目されているプロジェクトが「Tokyo-1」である。日本企業のAI創薬を強力に支援するゼウレカと三井情報、そしてパートナーのNVIDIAに話を聞いた。

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三井情報株式会社
代表取締役
社長執行役員
浅野 謙吾
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株式会社ゼウレカ
代表取締役社長
務台 明子
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エヌビディア合同会社
エンタープライズ事業本部
事業本部長
井﨑 武士

世界に広がるAI創薬への期待と、大きく後れる日本

三井情報株式会社 代表取締役 社長執行役員 浅野 謙吾氏
三井情報株式会社
代表取締役
社長執行役員
浅野 謙吾

―創薬の世界におけるデジタルテクノロジーの活用が進んでいます。「バイオインフォマティクス」について、まずは概要を教えてください。

浅野DNAやRNA、タンパク質など、生物が持つ様々な情報をコンピュータで解析し、生命現象の解明を目指すのがバイオインフォマティクスです。機械学習やディープラーニングなどのテクノロジーと、それを支えるハードウエアの進化によって近年大きく一般化しつつあります。

既に社会実装も進んでおり、代表例の1つが新薬の開発プロセスにAIを用いる「AI創薬」です。膨大な原料の組み合わせをAIによって試行することで、効率的かつ高精度なスクリーニング(選別)を実現するといったことがその例です。

―ただ、AI創薬は海外で活用が加速している一方で、日本は大きく後れを取っているという指摘もあります。現状と課題をどのように見ていますか。

務台前提として、1つの新薬開発には数百億~1千億規模の研究開発費と、10~15年単位の開発期間が必要です。しかも、最終的に薬として承認されて市場に出回るまでの成功確率は、3万分の1程度と言われています。長い開発期間とコスト、低い成功確率が構造的な課題でした。

この状況を変えるため、海外ではAI創薬を導入する動きが加速しています。ある米国のバイオ医薬品会社は、スクリーニングのプロセスにAIを活用することで開発費を従来の6割、開発期間を1/3まで圧縮しています。グローバルでは、AIドリブンでつくられた新薬候補が既に20品以上臨床試験入りしています。

株式会社ゼウレカ 代表取締役社長 務台 明子氏
株式会社ゼウレカ
代表取締役社長
務台 明子

一方、昨今の日本では、創薬における社会的な課題として、コロナ禍でワクチンを海外に依存せざるを得なかったことや、ドラッグラグやドラッグロスといった医薬品格差などの問題があります。こうした中で、日本の創薬開発力を高めていく必要性が高まっており、その手法の1つとしてAI創薬への期待が高まっています。ところが、国内のAI創薬への取り組みは海外に比して後れを取っており、必要な人材や計算環境への投資は、米国などの海外勢と比べて大きな差がある状況です。

井﨑要因の1つには、日本の製薬が職人の技を強みとしてきたことがあると思います。ラボで実験を重ねて成果を積み上げる手法が主流だった時代は強かったのですが、ある時点から世界の潮流はコンピュータでの計算を軸にする手法に変わりました。スタンフォード大学の調査※2によると、日本の民間企業のAI投資額は米国の1%程度で、欧州やアジアの主要な国と比べても半分以下という状況です。このようなことも関係して、アナログからデジタルへの潮目の変化に乗り遅れた面があると感じます。

浅野おっしゃる通りですね。さらに、デジタル化の潮流を捉えるために不可欠なAI、データサイエンス人材が不足していることも大きいと思います。加えて、AI活用を支える超高性能な計算環境も整えなければなりません。

―いかに大手の製薬会社といえども、それらすべてを1社で行うのは難しそうです。

務台その通りです。ならば、複数社でリソースをシェアできる仕組みをつくれないだろうか。そのような考えから、当社が同じ三井物産グループの三井情報とのパートナーシップの下で立ち上げたのが「Tokyo-1」プロジェクトです。

※1
ドラッグラグ:海外で承認済みの薬が日本で使えるようになるまでの時間差のこと/ドラッグロス:海外で承認済みの薬が日本では使えず開発の見込みもないこと
※2
2024 AI Index Report, Stanford University

3社の強みを生かし、日本の創薬にデジタル変革を

―プロジェクトの概要と、3社の役割を教えてください。

務台まずTokyo-1は、創薬をはじめとするヘルスケア産業をデジタルで変革する「イノベーションハブ」として、最新のスーパーコンピュータ、最先端の創薬DXソリューション、情報コミュニティの3つを包括的に提供するプロジェクトです(図1)。2022年から、ゼウレカと三井情報の親会社である三井物産が主体となって検討を始め、理念に共感・賛同いただいたパートナー企業や製薬会社と協議を重ねながら具体化させてきました。ゼウレカは本プロジェクトの運営主体として、スーパーコンピュータへの投資と運営、DXソリュ―ションの開発や発掘・紹介、コミュニティ運営などのサービス提供全般を担っています。

図1 「Tokyo-1」プロジェクトの概要

図1 「Tokyo-1」プロジェクトの概要

計算環境、AIソリューション、コミュニティを包括的に提供、共有することで、創薬をデジタル変革する試み。新たな価値を生み出す、イノベーションハブの形成を目指している


エヌビディア合同会社 エンタープライズ事業本部 事業本部長 井﨑 武士氏
エヌビディア合同会社
エンタープライズ事業本部
事業本部長
井﨑 武士

井﨑NVIDIAは以前から「スパコンを創薬現場で活用すべき」という提案を製薬業界に対して行っていました。その中で三井物産と接点があり、グループ企業のゼウレカと出合いました。計算創薬に関するゼウレカの知見・技術力と、当社のプラットフォームを組み合わせることで製薬業界に新たな価値を提供できないか。そのような会話がTokyo-1プロジェクトの起点になった認識です。

当社は主にハードウエアとAIソリューションの提供を担います。計算環境はAIインフラストラクチャとして「NVIDIA DGX H100」を導入しました。AIソリューションには、創薬向けの生成AIプラットフォーム「NVIDIA BioNeMo」や、AIの利活用に関する問い合わせ対応などが含まれています。

浅野三井情報は1967年に三井物産の情報システム部門から独立して誕生したシステムインテグレーター(SIer)です。創業以来、三井物産の基幹システムを構築・運用してきたほか、業務アプリケーションからIT基盤まで広範囲なサービスを提供。三井物産のグローバルビジネスを支える役割を担っています。

また、バイオインフォマティクス(バイオヘルスケア)事業には1975年から取り組んでいます。約半世紀にわたり培ってきた知見と、SIerとして培ってきた技術力を生かし、計算環境の構築を担うことでプロジェクトの基盤を支えています。

当社のミッションは、グローバルに事業展開する三井物産のアセットとデジタルテクノロジーを掛け合わせることで、新たな事業価値を生み出すこと。効率化やカイゼンだけでなく、トップラインを引き上げることが社会課題の解決に貢献する上で不可欠だと考えています。

Tokyo-1にもその意識で向き合っています。AI創薬は、まだ明確な答えや指針がなく、成果を上げるには多くのトライアル&エラーが必要な世界です。より良い未来を目指し、業界各社と協力してチャレンジすることで、日本の製薬企業が国際競争力を取り戻す手助けをしたい。その意味で、Tokyo-1の試みは日本の産業界全体の未来を切り開くものでもあると考えています。

―ゼウレカの技術的な強みは、どのような点にあるのでしょうか。

務台当社は、最新テクノロジーを活用したAI創薬支援サービスと共同研究を目的に、2021年に三井物産の100%子会社として設立された会社です。三井情報が有するバイオインフォマティクス領域の人材、技術と連携することで、創薬DXソリューションの開発も手がけています。これらを基に、病気の原因となる標的タンパク質の立体構造予測、何十億もの仮想化合物ライブラリーを用いたバーチャルスクリーニングや薬剤候補物質との結合シミュレーションなど、AI創薬の具体的な取り組みを支援します。

浅野より具体的には、三井情報のエンジニアがソリューション基盤の構築や運用を支える仕組みです。計算環境を複数社でシェアする考えは合理的で、製薬会社にとっては魅力的に映るはずですが、ハイスペックなハードウエアをマルチテナントで運用するオペレーションは決して簡単ではありません。そのような点に三井情報のノウハウや技術力が生きています。

図2 三井情報のバイオインフォマティクス領域の取り組みの歴史

図2 三井情報のバイオインフォマティクス領域の取り組みの歴史

1975年に参入して以来、約半世紀にわたり三井情報は多くのプレーヤーと協力しながら成果を生み出してきた。その経験、知見がTokyo-1にも注がれている

強い危機感を背景に、参加企業同士が手を組んでいる

―Tokyo-1での事例や、現在までに得られている成果を教えてください。

務台2024年2月から本格運用を開始し、7月現在で製薬会社3社が参加しています。分かりやすく効果が出ているのはコミュニティ活動ですね。Tokyo-1のメンバー間での意見交換、知見の共有の場として、月2回のワーキンググループに加えて、テーマ毎のサブワーキンググループなども定期的に開催しています。海外AI創薬の動向の定期的なご紹介や、AI・GPUの専門家によるワークショップ、経営層を対象としたExecutive Boardなども開催しており、参加企業の意思決定者から研究者の方まで、各レイヤーにおいて、双方向で密度の高いコミュニケーションが行われています。

―普段はライバル企業同士だと思いますが、参加者の様子はいかがですか。

務台皆さん非常にモチベーションが高く、競合同士とは思えないほど「みんなでやろう」というムードが生まれています。非競争領域において、最新技術の共同検証なども行われており、個々人の組織内での立場・役職にも関係なく、フラットな議論が交わされています。その背景には、やはりグローバルのAI創薬の潮流にキャッチアップしたいという強い思いがあるのではないでしょうか。

井﨑私もそう感じます。自社の競争優位性を保つだけなら、情報は秘密にしておいたほうがよいはずですが、もはやそんなことは言っていられません。「どうやって海外企業に追い付くか」「その先に行くか」を共に考えるため、誰もが積極的に情報を提供しながら活動しています。

最終的に目指すのは、世の中の人々のQOLを高めること

―AI創薬が活発化することで、日本の創薬・医療はどのように変わっていくのでしょうか。プロジェクトを通じて実現したい未来像を聞かせてください。

井﨑創薬にかかるコストと期間を大きく抑制できれば、既存の病気はもちろん、新しい病気や感染症の薬も素早く開発できるようになります。また、バイオインフォマティクスは創薬だけでなくゲノム領域も関わってきます。ゲノムの解析にはこれまで数年かかっていましたが、数分で完結できるようになれば、「将来どのような病気にかかる可能性があるか」を誰もが簡単に把握できる時代がやってくるかもしれません。治療と予防の両面で新しい価値を生み出し、人々の健康寿命をのばすことに貢献できると思います。

務台AIの活用により、創薬の期間とコストが圧縮されることで、様々な病気の薬が開発できるようになるでしょう。例えば、市場規模が小さいために、従来は優先度を下げざるを得なかった希少疾患の治療薬開発を加速することもできるはずです。今まで助けられなかった人にフォーカスを当てることができ、医療サービスのすそ野を広げることができるでしょう。

浅野IMF(国際通貨基金)が発表した2023年度の名目GDPランキングで、日本はドイツに抜かれて4位に後退しました。このような状況で日本の企業が成長していくためには、生産性・効率性を高めることでリソースを抑え、それにより生まれたリソースを新たなビジネス価値の創出に再配分して企業収益を増やすことが不可欠です。

Tokyo-1におけるAI活用は、まさしくその実現に資する取り組みといえます。当社は三井物産のネットワークを活用することで、様々な企業・組織の新たなビジネス価値創出をお手伝いしたいと考えています。

日本企業が持つ品質へのこだわりとクオリティに、テクノロジーによってもたらされるスピード、柔軟性をかけ合わせれば、どこの国にも負けない競争力を実現できると私は確信しています。Tokyo-1によって製薬業界での成功モデルをつくれば、それがあらゆる産業に役立つ可能性があるでしょう。日本経済の発展に向けても、一層貢献していきたいと考えています。

務台当社も同じ思いです。最終的に目指すのは世の中の人々全員のQOL(Quality of Life)向上です。三井情報、NVIDIAとのパートナーシップを引き続き強化しながら、新しい世界を切り開いていければと思います。

浅野 謙吾氏/務台 明子氏/井﨑 武士氏