労働力人口不足時代には人的資本経営が不可欠! 人事のプロとして人的資本経営をリードせよ 「 戦略人事部」に変貌するための要諦は?労働力人口不足時代には人的資本経営が不可欠! 人事のプロとして人的資本経営をリードせよ 「 戦略人事部」に変貌するための要諦は?

総務省の調査によれば、日本の生産年齢人口は2050年に現在の7割の5200万人程度まで減少するという。この状況で企業が持続的成長を実現するには、人材開発やリスキリングによって人の能力を引き出すことが欠かせない。この「人的資本経営」の推進役となるのが人事部である。これからの時代の人事部の役目と現状の課題について、慶應義塾大学大学院の岩本 隆氏とペイロールの湯浅 哲哉氏が語り合った。

求められる「戦略人事部」への転換

―― 大手企業を中心に、人的資本経営が注目を集めています。

岩本 人的資本経営は、英語では「Human Capital Management」で、以前からカタカナでは使われていました。漢字で取り上げられるようになったのが最近なので新しいもののように受け止められていますが、考え方自体は昔からあるものです。人材を、使えばなくなる「資源」ではなく、育てて増やす「資本」と捉え、積極的に投資して価値を高める。人の成長が組織の成長に直結するという考え方です。

湯浅 組織の成長戦略を明確にし、配置転換やリスキリングを促して人材を育てることが大切ですね。ただ、これを実践できている日本企業はまだ少ないように思います。

岩本 “失われた30数年”の間、日本企業は人への積極的な投資を行ってきませんでした。雇用維持を重視して利益を犠牲にしてきた結果、欧米のトップ企業に比べて利益率も株価も低い。その状態に慣れてしまった日本企業は“ゆでガエル”状態で、いま人的資本経営に本腰を入れなければ、挽回はもう望めないでしょう。

―― どうすればこの状況を打開できるのでしょうか。

湯浅 重要な役目を担うのが人事部です。人事のプロとして、ダイバーシティー&インクルージョン、健康経営、リスキリングなど、経営に求められる様々な対応を支援するのがこれからの人事部の役割です。

 しかし、現在の人事部では仕事の6割を労務管理や給与計算などの事務系業務が占めており、先に上げたような戦略的業務の割合は4割程度といわれています。「大量の事務系業務に追われて戦略的業務に関わる暇がない」。これが多くの企業の人事部の率直な感覚ではないでしょうか。

岩本 おっしゃる通りですね。人材の配置転換やリスキリングには緻密な計画と腰を据えた実践が不可欠で、リソースがない状況ではなかなか取り組むことができません。人事部の担当者も定期的に入れ替わるので、その度に計画がリセットされてしまう。私も多くの企業の相談を受けますが、そんなケースが多いです。

湯浅 事務系業務に対する経営者の関心が低いことも問題です。例えば「毎月給料が振り込まれる」のは当たり前で、その業務が負担になっているという発想自体がない。経営者はこの意識を変え、人事部を人的資本経営のパートナーになる「戦略人事部」に変貌させることが肝心です。

給与計算業務はアウトソースする

―― 人事部が人的資本経営に深く関わるのは、海外では一般的なのですか。

岩本 業界のトップ企業や成長企業はその形が多いと思います。人事部が事業部門のビジネスパートナーとなって、人のマネジメントや育成を担います。社員一人ひとりの特性や経験を踏まえ、採用やリスキリングを体系的にサポートするのです。

湯浅 それを勘や経験ではなくデータ起点で行っていますね。これからは日本企業も、そういった形を目指すことが重要です。

―― 日本企業の人事部が戦略人事部へ転換するために、何から手を付けるべきでしょうか。

湯浅 まずは事務系業務を効率化し、人事部の負荷を減らすことです。

 ここで難しいのは、ほかの多くの業務と異なり、人事部の業務にはITだけで解決できない部分があります。例えば日本企業の給与計算は非常に複雑です。税金や社会保険料の納付先が細かく分かれていて、個別に処理しなければいけません。給与制度も会社ごとに様々で、100社に100通りの給与計算ロジックがある。行政への提出書類には紙が多く残っているため、すべて電子化するわけにもいきません。

 このような負担の大きい給与計算業務は、アウトソースして手離れさせるのが最善策です。そこで当社は、これを支える仕組みとして「給与計算SaaS」と「人手による業務請負」を組み合わせた新しいサービスを提供しています。

 給与計算業務をSaaSで効率化しつつ、残ったアナログな作業は人が請け負います。高度なセキュリティーや100万人規模の給与計算を支えるキャパシティを備えており、大手企業や急成長中の企業も安心してご利用いただけます。当社はこれを「HR BPaaS(エイチアール・ビーパース:Human Resources Business Process as a Service)」と呼んでいますが、おかげ様で、現在までに100社以上のお客様に採用いただいています。

―― 成果を上げている企業の事例を教えてください。

湯浅 1つは三井不動産レジデンシャルサービス様です。利用開始から現在までの間に、社員数が1000人から約3000人に増えましたが、給与計算担当者は変わらず3人のまま。業務量が増える年末も含めて、当面は現行の体制で対応できる見通しが立っています。

 もう1つはグループ全体で5000人の社員を抱えるあるお客様のケースです。12人いた給与計算担当者を4人に絞り、8人を戦略的業務に配置転換されました。まさしく、ここまで紹介してきたような変革を推進している事例だと思います。

求められる経営トップのリーダーシップ

―― 戦略人事部への変革を成功させるポイントは何だと思いますか。

湯浅 必須なのは経営トップのリーダーシップです。例えば、アウトソースをする際は現場から反対の声が上がることがあります。人事部の方は自分の仕事に誇りを持っている方ばかりだからです。もっと言えば、どの組織も変革を拒む力学が働きがちなので、人事部の変革を人事部長だけに任せるのではなく、経営企画部など会社の変革をミッションにする部門にリードさせることもポイントです。

 しかし、労働生産人口が減る中、変革はもはや不可避です。様々な法令を確認して、正確に仕事を進める資質を持った人材は、戦略人事領域でも必ず活躍します。「アウトソースができるか、できないか」を検討するのではなく、「会社の成長により一層貢献して欲しいから、事務系業務をアウトソースするのだ」という明確な戦略方針の下、経営トップが真摯に説明することが大切です。実際、欧米では多くの企業が給与計算をアウトソースしていますが、日本企業はまだ1割程度に留まっています(図)。この比率が変われば、組織全体の変革も加速するはずです。

欧米と日本との間で給与計算業務をアウトソースしている比率には大きな開きがある

―― 情報開示などの取り組みにとどまらず、本質的な人的資本経営を推進する上で、HR BPaaSは強力な武器になりそうです。

岩本 欧米の先進企業の中には、既に日本的な人事部が存在せず、CHRO(最高人事責任者)と戦略人事担当者だけがいる企業もあります。そうした企業は、事務系業務はペイロールのような企業に委託して、人の価値最大化に専念しています。日本企業も、今後はそのような体制への移行を真剣に考えるべきではないでしょうか。

湯浅 当社は2024年6月に東証グロース市場の上場を廃止し、非上場化しました。市場の変化により俊敏に対応するためです。ソリューション開発への投資も増強しながら、より一層優れたサービスを具現化していければと思います。

 繰り返しになりますが、日本企業の人事部に、高負荷な業務を抱えている余裕はもうありません。限られた人材を戦略的業務に割り振るため、経営トップの決断がいま求められています。

※総務省 情報通信白書 令和4年版 https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r04/html/nd121110.html