三菱商事の財務経理部門が目指す業務変革「三角形を逆三角形に」
――三菱商事の財務経理業務ではどんな課題を抱えていましたか。
西原 当社は2022年、「中期経営戦略2024 MC Shared Value(共創価値)の創出」を策定しました。当社がこれまで培ったトレーディングや事業経営のノウハウ、グローバルに張り巡らされたネットワークから得られる知見などをつなぎ、改めてグループの総合力を発揮することで、新しい価値を生み出すことを目的とした取り組みです。
主計部
部長代行 兼 業務プロセス統括室長
“商社は人こそが最大の財産”と言われますが、それは社内にいてひしひしと感じます。戦略を進めるうえでの要である、社員一人ひとりが価値の創出に専念する環境を整えるには、まずは業務プロセスを改革し、無駄な作業を減らしていくことが求められていました。
私たち財務経理部門が所管する業務の現場では、社員は多くの手作業に追われ、煩雑で属人的な作業も多く残っている実態がありました。しかし、当然これらは、毎日の出納から決算、税務申告など、定型業務でありながら会社にとって必要不可欠な仕事です。これらの業務を財務経理部門だけでなく会社全体として、いかに効率よく行うかが課題でした。
業務プロセス変革にあたり、私たちが意識していたのは、「三角形を逆三角形に」というフレーズです。従来の業務の比重を三角形にして表すと、一番下にある定型業務の量が一番多い。そして一番上には、会計データなどを分析して洞察を得るという、本来社員が注力すべき仕事があるのですが、そういったクリエーティブな業務に十分に時間を使うことができません。これを逆さにして、財務戦略の洞察などに使う時間を増やす、すなわち「三角形を逆三角形に」という発想です。そして、それを実現させるための重要な要素の一つがAIだと思っていました。
時期尚早に思われた生成AIの経理業務への応用
――PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)は、三菱商事の財務経理部門の業務プロセス変革を支援されていたそうですね。
坂元 はい、当社で私は総合商社に対するコンサルティングサービスの担当をしており、2023年から、三菱商事の財務経理部門の業務効率化、生産性向上について一緒に検討させていただいてきました。
三菱商事では基幹システム(ERP)の刷新も計画されていたため、これを業務変革のチャンスと捉え、2030年を見据えた業務モデル変革を進めるうえで、基幹システムとその周辺の業務プロセスをどう設計すればいいか両社で協議を進めていました。その中で、変革のカギを握るのはテクノロジーの動向ではないかということで一致しました。
西原 昨今の生成AIの急速な進化を調べ上げていく中で、生成AIは使い方次第で経理業務との相性が非常にいいのではないかと直感的に感じました。
これまでも、財務経理に関わる構造化されたデータの自動処理や、データ連携の仕組みは積極的に導入してきました。ですが、構造化されていない請求書、契約書などの帳票類は、これまで自動化のスコープ外でした。生成AIは、そこを自動化する突破口になるのではないかと思い、そのアイデアをPwCコンサルティングにぶつけてみたのです。
――その意見を聞いてどう感じましたか。
坂元 2024年の現時点で、2030年にAIがどう進化し、業務でどこまで使えるようになるのかを正確に予想することはできません。また、財務経理業務に生成AIを使うことは少し時期が早いのではないかという意見もありました。
しかし、まず今できることを知らなければ、2030年の業務プロセスの将来像を描くこともできないだろうという三菱商事の考えには賛同しました。そこで、現時点でどこまでできるかを確認するため実証実験(PoC)を行うことが決まりました。
言語も書式も異なる数千種類の帳票がターゲット
――実証実験では、どういった業務を効率化しようと考えましたか。
高橋 経理業務の中で多くの時間を占めているのは、資料を見て、そこから財務、会計、税務に必要な情報を抽出する、といった、目視や手作業を必要とする属人的な業務です。非常に手間を要するここの業務を自動化できないかと考えました。
当社は国内だけで、年間数千社の企業から請求書を頂いています。つまり、数千種類の書式が存在しています。従来「AI-OCR(AI搭載型光学式文字読み取りシステム)」と呼ばれるシステムでは、1つひとつのデータの位置を合わせなければ読み取ることができませんでした。これを数千種類に対応させることはもちろん不可能です。しかし生成AIを使うことで、個別の指定がなくても読み取れるのではないかという期待がありました。
――PwC Japanグループではどのような体制で実証実験に臨みましたか。
坂元 今回の実験は、技術的な開発だけでなく、より財務経理の実務に精通したチームが必要だと考え、グループ内で探したところ、PwC税理士法人に適任の部門が存在することが分かりました。早速彼らも合流してプロジェクトがスタートしました。
川崎 PwC税理士法人は、クライアントから資料を預かり、記帳代行や税務申告業務を日常的に行っています。PDFや紙の資料からの情報抽出およびその後の会計・税務処理を自動化できないかと、所内でもOCRやAIの活用について研究していましたので、今回のプロジェクトは、この取り組みを発展させるイメージでもあり非常に有意義だと感じました。
また、AIを導入するにあたっては当然リスクも伴います。今回の件でも「ハルシネーション」など、いわゆるAIが間違いを犯すといったことも考えられますし、著作権の問題などもある。セキュリティーにおいても財務経理部門では機密情報が非常に多い。そういったところで、財務経理の経験・知見が豊富な私たちだからこそカバーできる点があったと思います。
パートナー
税務レポーティング・ストラテジー