来るべき時代に
いち早く対応
──認知症患者数増加に対する環境整備が社会的な課題となるなか、福岡市、西部ガス(本社・福岡市)、リンナイ(本社・名古屋市)、そして認知症当事者に向けたデザインなどの知見を持つメディヴァ(本社・東京都)が共同で、高齢者や認知症当事者が安心して調理を楽しめるガスコンロを開発した。認知症当事者が開発に参加し、その声を取り入れた製品として注目を集めたこの製品は、発売を発表するや、高齢者やその家族からの問い合わせや期待の声が相次いでいる。
河野雄彦(以下、河野)ある認知症フォーラムで当事者の「今後もガスの炎で大好きな料理を作りたい」との話を受け実現させたいと思いました。また「今後、国民の1割が認知症になる」との説明を受け、今から当事者も使える製品を開発しないと手遅れになると感じました。
住田篤(以下、住田)福岡市では、認知症の人や高齢者が使いやすい製品やサービスを増やすことで、自分らしく今までの生活を続けることができると考え、福岡オレンジパートナーズを設立、民間と協力した製品開発などの取り組みを始めたところでした。
河野認知症は発症後の記憶が残りにくく、ガスコンロを使い慣れた当事者がIHに変えても、使えずに元に戻したという話を聞きます。認知症とガスコンロは親和性が高いにもかかわらず「炎は危ない」とされ「ガスで料理したい」との本人の思いとは別でガス離れが進む状況に危機感を抱き、リンナイの伊集院さんに相談しました。
伊集院章福岡市の現状や認知症の全国的な増加傾向を聞いて、他人事ではないと感じました。自分の母親も認知症が進んでいるのですが、火の消し忘れを頻発することを話すと、IHを勧められる事が多い。後世のために、ガスコンロからIHコンロに切り替えが進む状況を食い止めなければならないという使命感もあり、「安全で使いやすいガスコンロ」の開発を会社に上申しました。
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福岡市 福祉局
ユマニュチュード推進部
認知症支援課 主査住田 篤 氏 -
西部ガス佐世保
お客さま保安部長河野 雄彦 氏 -
リンナイ
九州支社
リビング営業室 参事伊集院 章 氏
サポートする福岡市
福岡市では、認知症の人の「支援」から「活躍」へのステップアップを図る新たなチャレンジとして、21年に「福岡オレンジパートナーズ」を設立。認知症の人とその家族、企業・団体、医療・介護・福祉事業者、行政で構成し、認知症の人が「自分らしく」暮らすことを目指している。福岡市の取り組みは「2024グッドデザイン・ベスト100」にも選出された。
認知症当事者の声を
開発に生かす
──伊集院氏の熱い思いが社内を動かし異例となる営業拠点発の製品開発がスタートした。その過程では、認知症当事者の声を聞くモニタリングを4回実施。当事者が試作機などを使用する際の目線や動作を確認し、改良を重ねた。
山田勇雄(以下、山田)モニタリングの場で福岡市の笠井さんから「当事者の行動ではなく、何を考えているかを見てほしい」とご指導いただきました。モニタリングが進むにつれて、その意義が次第に見えてきました。例えば使用したガスコンロのグリルのスイッチ部分には魚マークがついていて、ユニバーサルデザインの考えでは、「これは魚を焼くグリルのボタンだ」とわかりやすい。しかし認知症の人にとっては、この魚のマークが製品全体の中で強い印象を与えるため「コンロの火をつけてください」と伝えても、魚マークを押してしまいます。
木内大介(以下、木内)認知症の人は情報の選択が苦手で、1番目立つものを選んでしまう。モニタリングを行うとそれがよくわかりました。
──開発スタッフはARデバイスを用いて、認知症当事者がどのように見えているかの疑似体験も行った。
ゴトクの形、配色、文字の配置など、モニタリングで得た様々な情報をデザインに生かすため、山田氏はつぶさに書き留めた
木内私も含めて開発スタッフは、認知症の人の世界を体験していません。自分だったらどう感じるのかと確認すると、当事者の迷いや悩みが理解しやすくなります。
加藤認知症の人は視界が狭くなり、距離感もつかみにくくなります。そうすると、まず点火ボタンが押せないのです。また鍋を置こうとしても真ん中に置けない。
山田あいまいな配色だと立体物という情報がなくなるという気づきもありました。そのため、例えば白黒など、色のコントラストをはっきりさせる。ユニバーサルデザインにプラスしてコグニティブデザイン*2を取り入れながら改良に取り組みました。
加藤様々な気づきを得て、目指したのは、「安全が担保された上で、火をつけ、消せる」というシンプルなものです。先代の「セイフル」には温度調節など色々な機能がついていますが、今回は「タイマー」やお湯が湧いたら自動的に火が消える「湯沸かしボタン」など、とにかく「消し忘れに関係した機能」に絞りました。
笠井浩一(以下、笠井)最新機種ですから、普通なら色々な機能を盛り込みたくなりますよね。様々な企業とお話する中でも、業界のトップランナーが思い切って機能を削ぎ落とした点に驚かれます。
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福岡市 福祉局
ユマニュチュード推進部
部長笠井 浩一 氏 -
メディヴァ
コンサルティング事業部
グループリーダー木内 大介 氏 -
リンナイ
開発本部
デザイン室 課長山田 勇雄 氏 -
リンナイ
開発本部 第二商品開発部
厨房機器設計室 課長加藤 定基 氏
大きい「セイフル・プラス」
開発の意義
木内認知症の人をエンドユーザー、つまり「顧客」として見はじめていることは、大きな転機だと思います。
今回は、通常の開発プロセスと同じようにユーザーの視点の検証ということで当事者が関わっています。
住田「セイフル・プラス」が注目を集め、その後オレンジパートナーズでは、認知症当事者が開発に参加した製品が色々と開発されています。
笠井福岡市が目指しているのは、認知症になっても慣れた地域で自分らしく暮らしていけること。認知症の施策は「支援する」という文脈が強くなりますが、当事者からは、「自分でできることは取り上げてほしくない」という話をよく聞きます。そのためには認知症になっても使い続けることができる製品が不可欠です。
「こういう社会にしていきたい」という企業の皆さんの熱意と、認知症の当事者の皆さんの思いが、きちんと噛み合った製品開発の好例だと思います。
- *1 厚生労働省2024年5月8日発表「認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計」
- *2 コグニティブデザインとはユーザーの認知プロセスや操作心理に基づく設計手法




