リンナイ SAFULL+
官と民が思いをつないで開発
認知症当事者のモニタリングを重ねて製品化

高齢者に
「使いやすさと安心」を
提供するガスコンロ

SAFULL+商品イメージ
モニタリングの様子 SAFULL+操作スイッチ ARゴーグル体験の様子

認知症当事者が参加したモニタリングやARデバイスを用いた疑似体験を行い、開発されたガスコンロ「SAFULL+(セイフル・プラス)」。20年に発売された「SAFULL(セイフル)」をベースに、より高齢者や認知症の人に配慮した改良がなされた。認知症当事者も見やすいように、配色や文字の大きさを工夫している

2040年、軽度認知障害(MCI)を含めた認知機能に問題を抱える人が1000万人を超える─*1。認知症当事者が自分らしく暮らすための環境整備は急務。そんななか、今年2月リンナイ(本社・名古屋市)が高齢者や認知症に配慮したガスコンロ「SAFULL+(セイフル・プラス)」を発売した。本製品は官民一体で開発に取り組み、「当事者参画型開発」の先行事例としても注目される。誕生の経緯、そして込められた思いを探る。

来るべき時代に
いち早く対応

──認知症患者数増加に対する環境整備が社会的な課題となるなか、福岡市、西部ガス(本社・福岡市)、リンナイ(本社・名古屋市)、そして認知症当事者に向けたデザインなどの知見を持つメディヴァ(本社・東京都)が共同で、高齢者や認知症当事者が安心して調理を楽しめるガスコンロを開発した。認知症当事者が開発に参加し、その声を取り入れた製品として注目を集めたこの製品は、発売を発表するや、高齢者やその家族からの問い合わせや期待の声が相次いでいる。

河野雄彦(以下、河野)ある認知症フォーラムで当事者の「今後もガスの炎で大好きな料理を作りたい」との話を受け実現させたいと思いました。また「今後、国民の1割が認知症になる」との説明を受け、今から当事者も使える製品を開発しないと手遅れになると感じました。

住田篤(以下、住田)福岡市では、認知症の人や高齢者が使いやすい製品やサービスを増やすことで、自分らしく今までの生活を続けることができると考え、福岡オレンジパートナーズを設立、民間と協力した製品開発などの取り組みを始めたところでした。

河野認知症は発症後の記憶が残りにくく、ガスコンロを使い慣れた当事者がIHに変えても、使えずに元に戻したという話を聞きます。認知症とガスコンロは親和性が高いにもかかわらず「炎は危ない」とされ「ガスで料理したい」との本人の思いとは別でガス離れが進む状況に危機感を抱き、リンナイの伊集院さんに相談しました。

伊集院章福岡市の現状や認知症の全国的な増加傾向を聞いて、他人事ではないと感じました。自分の母親も認知症が進んでいるのですが、火の消し忘れを頻発することを話すと、IHを勧められる事が多い。後世のために、ガスコンロからIHコンロに切り替えが進む状況を食い止めなければならないという使命感もあり、「安全で使いやすいガスコンロ」の開発を会社に上申しました。

  • 住田篤氏
    福岡市 福祉局
    ユマニュチュード推進部
    認知症支援課 主査
    住田 篤
  • 河野雄彦氏
    西部ガス佐世保
    お客さま保安部長
    河野 雄彦
  • 伊集院章氏
    リンナイ
    九州支社
    リビング営業室 参事
    伊集院 章
●官民一体で共同開発
GOAL:誰もが使いやすいガスコンロ 福岡市:広報・普及啓発、認知症の方との連絡調整 Rinnai:商品開発・販売 西部ガス:調査・PR・導入促進 MEDIVA:知見の提供
認知症当事者の「活躍」を
サポートする福岡市

福岡市では、認知症の人の「支援」から「活躍」へのステップアップを図る新たなチャレンジとして、21年に「福岡オレンジパートナーズ」を設立。認知症の人とその家族、企業・団体、医療・介護・福祉事業者、行政で構成し、認知症の人が「自分らしく」暮らすことを目指している。福岡市の取り組みは「2024グッドデザイン・ベスト100」にも選出された。

福岡市認知症フレンドリーセンター
ARゴーグル体験
拠点施設「福岡市認知症フレンドリーセンター」ではARゴーグルも体験できる

認知症当事者の声を
開発に生かす

──伊集院氏の熱い思いが社内を動かし異例となる営業拠点発の製品開発がスタートした。その過程では、認知症当事者の声を聞くモニタリングを4回実施。当事者が試作機などを使用する際の目線や動作を確認し、改良を重ねた。

山田勇雄(以下、山田)モニタリングの場で福岡市の笠井さんから「当事者の行動ではなく、何を考えているかを見てほしい」とご指導いただきました。モニタリングが進むにつれて、その意義が次第に見えてきました。例えば使用したガスコンロのグリルのスイッチ部分には魚マークがついていて、ユニバーサルデザインの考えでは、「これは魚を焼くグリルのボタンだ」とわかりやすい。しかし認知症の人にとっては、この魚のマークが製品全体の中で強い印象を与えるため「コンロの火をつけてください」と伝えても、魚マークを押してしまいます。

木内大介(以下、木内)認知症の人は情報の選択が苦手で、1番目立つものを選んでしまう。モニタリングを行うとそれがよくわかりました。

──開発スタッフはARデバイスを用いて、認知症当事者がどのように見えているかの疑似体験も行った。

ゴトクの形、配色、文字の配置など、モニタリングで得た様々な情報をデザインに生かすため、山田氏はつぶさに書き留めた

木内私も含めて開発スタッフは、認知症の人の世界を体験していません。自分だったらどう感じるのかと確認すると、当事者の迷いや悩みが理解しやすくなります。

加藤認知症の人は視界が狭くなり、距離感もつかみにくくなります。そうすると、まず点火ボタンが押せないのです。また鍋を置こうとしても真ん中に置けない。

山田あいまいな配色だと立体物という情報がなくなるという気づきもありました。そのため、例えば白黒など、色のコントラストをはっきりさせる。ユニバーサルデザインにプラスしてコグニティブデザイン*2を取り入れながら改良に取り組みました。

加藤様々な気づきを得て、目指したのは、「安全が担保された上で、火をつけ、消せる」というシンプルなものです。先代の「セイフル」には温度調節など色々な機能がついていますが、今回は「タイマー」やお湯が湧いたら自動的に火が消える「湯沸かしボタン」など、とにかく「消し忘れに関係した機能」に絞りました。

笠井浩一(以下、笠井)最新機種ですから、普通なら色々な機能を盛り込みたくなりますよね。様々な企業とお話する中でも、業界のトップランナーが思い切って機能を削ぎ落とした点に驚かれます。

  • 笠井浩一氏
    福岡市 福祉局
    ユマニュチュード推進部
    部長
    笠井 浩一
  • 木内大介氏
    メディヴァ
    コンサルティング事業部
    グループリーダー
    木内 大介
  • 山田勇雄氏
    リンナイ
    開発本部
    デザイン室 課長
    山田 勇雄
  • 加藤定基氏
    リンナイ
    開発本部 第二商品開発部
    厨房機器設計室 課長
    加藤 定基

大きい「セイフル・プラス」
開発の意義

木内認知症の人をエンドユーザー、つまり「顧客」として見はじめていることは、大きな転機だと思います。
今回は、通常の開発プロセスと同じようにユーザーの視点の検証ということで当事者が関わっています。

住田「セイフル・プラス」が注目を集め、その後オレンジパートナーズでは、認知症当事者が開発に参加した製品が色々と開発されています。

笠井福岡市が目指しているのは、認知症になっても慣れた地域で自分らしく暮らしていけること。認知症の施策は「支援する」という文脈が強くなりますが、当事者からは、「自分でできることは取り上げてほしくない」という話をよく聞きます。そのためには認知症になっても使い続けることができる製品が不可欠です。
「こういう社会にしていきたい」という企業の皆さんの熱意と、認知症の当事者の皆さんの思いが、きちんと噛み合った製品開発の好例だと思います。

認知症当事者のモニタリングと
ARを使った疑似体験

2方向のアプローチで開発の精度を高める

実際の行動を見て、
当事者の真の悩み事を知る

製品の開発期間は、22年7月から約1年半。その間モニタリングが4回行われた。メディヴァの木内氏は「私たちが勝手に想像したり、認知症の人に質問に答えてもらうだけでは気づけなかったことが、実際の環境で試してもらい、会話や観察を通して本当の課題が何かを理解することができました。」と語る。また福岡市の笠井氏は当事者が参加したモニタリングについて「自分に役割がある、必要とされているということは、認知症の人にとって大変励みになり、自己肯定感に繋がったと思います」と別の効果があったと評価する。

カラーリング検討の様子
重要なポイントの1つ「カラーリング」は様々なパターンを検討
検討ポイントがぎっしりと書かれたシート
検討ポイントがぎっしりと書かれたシート
試作機の説明をする様子
試作機の説明をする様子
試作機を用いた調理の様子
実際に試作機を用いて調理も行われた

距離感や色の見分けの
難しさを知る

認知症を発症すると、「距離感がつかめない」「色を識別しにくくなる」といった視覚的困難が生じる。メディヴァが慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科と共同開発したARデバイス「Dementia Eyes」は、認知症の視覚症状をシミュレートするもので、ゴーグルをつけて体感できる。開発スタッフもこれを用いて、ガスコンロの動作、色の見え方などを確認した「Dementia Eyes」は、空間・環境のデザイン、そして周囲の人の対応の両面の気づきを与えてくれます。認知症の人の視点を体験できるので、使う人の身になるという意味では、製品の開発にも効果的だと実感しました」(木内氏)

ARデバイス Dementia Eyes
ARデバイス体験の様子
距離感がつかめず、コンロを触るのも一苦労する
通常の見え方
コンロ操作部 通常の見え方
認知症の見え方
コンロ操作部 認知症の見え方
認知症当事者を発症すると、色のコントラストがはっきりしなくなる。
体験したことで、開発スタッフは配色の重要性を認識した

改良を重ねて誕生した
SAFULL+

SAFULL+商品画像
SAFULL+商品画像(俯瞰)
右コンロの点火スイッチ画像
使用頻度の高い右コンロの点火スイッチをオレンジ、グリルはグレーにした

1991年に初代機が誕生したセイフル。その最新モデル「セイフル・プラス」はモニタリングを通して様々な改良が加えられた。その一つがカラーリング。点火、消化という基本操作で迷わないよう、右コンロの点火スイッチをオレンジ、左コンロの点火スイッチを緑という認知症当事者でも区別しやすい配色にした。ごとくは、安定と置きやすさを重視し、一般的な製品より大きい四角形を採用、白い天板と識別できるよう黒にしている。バーナー周りの部品を黒色に統一したことに加え、ごとくの枠が背景を遮ることで、弱火でも炎が認識しやすくした。音声も「点火しません」ではなく「火がつきません」といったわかりやすい口語表現を採用し、ゆっくりとした口調にして聞き取りやすさにこだわっている。

SAFULL+の特徴

安心・安全

  • ・大型ゴトク
  • ・コンロ・グリル使用時間お知らせ
  • ・左右標準バーナ
  • ・ハンドル式グリル扉
  • ・鍋無し検知機能
  • ・消し忘れ消火機能

利便性・操作の分かりやすさ

  • ・分かりやすい配色
  • ・点火確認LED搭載
  • ・音声ガイダンス(高齢者が聞き取りやすい音声)
  • ・湯沸かし機能(温度調節機能廃止)
  • ・グリル下火カバー廃止
  • ※取り外して掃除できることより、着脱部品を減らすことを優先
赤字が前モデルからの改良点)
2020年発売の先代「セイフル」イメージ
2020年発売の先代「セイフル」
メンバー集合写真

「セイフル ・ プラス」の開発に携わった福岡市、 西部ガス、 メディヴァ、 リンナイのメンバー