田に水を張らない、画期的なコメ作り 田に水を張らない、画期的なコメ作り
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ビール酵母資材で稲作に変革

環境負荷の大幅低減と生産性向上に寄与するアサヒバイオサイクルの農業イノベーションとは?

アサヒバイオサイクル 
代表取締役社長

千林 紀子

近年の常態化する異常気象、インバウンド需要の増加などの複合的な要因を背景に、2024年の夏ごろから日本のコメ不足は深刻な社会問題となっている。そのような中で注目を集めているのが、水の使用や温室効果ガス排出といった環境負荷の大幅な低減やコメの生産性向上に寄与する「節水型乾田直播」という新しいコメの栽培法だ。従来、水張り期間を短縮した乾田直播などの栽培法では「品質の良いコメづくり」や「安定的な収量の確保」が課題とされてきた。「節水型乾田直播栽培」では、全工程を通してほとんど水を張らない上に、品質や収量の課題を解決してきている。それを可能とした技術の1つが、アサヒバイオサイクルが特許技術を活用して開発した「ビール酵母細胞壁由来の農業資材(以下、ビール酵母資材)」である。昨年から実証実験を行い、水田と同等の生産ができる見通しが立ってきた。国内外での栽培が始まり、続々とあがっている成果と今後の展望について、代表取締役社長の千林紀子氏に訊いた。

Innovation

01 画期的な栽培方法で労力・時間・コストを大きく低減

「今年に入り、問い合わせの数が20倍以上に増えています」と、千林氏は話す。コメ不足が社会問題化し、また、今年の深刻な水不足への不安などで注目が高まったという背景がある。生産者からは「栽培にどのように取り組めばよいか」「ビール酵母資材はどこで買えるのか」といった問い合わせが来ている。一方、脱炭素化に取り組む大手外食チェーンからは、「気候変動下でも安定的に調達でき、温室効果ガスを出さない栽培法で生産されたコメを買いたい」という問い合わせがある。

アサヒバイオサイクルは、ビール製造時の副産物であるビール酵母資材の研究開発と製品化に取り組んできた。植物の成長や免疫力を高める効果が確認されており、農作物の成長を促す農業資材「バイオスティミュラント」としての活用が進んでいる。特にコメの生産では、「節水型乾田直播栽培」において、重要な課題である初期成育を促すバイオスティミュラントとして注目を集めている。

「通常の水田栽培では、発芽させて15~20cmまで成長させた苗を水田に植えます。一方、『節水型乾田直播栽培』では、稲の種子を農地に直接まいて発芽させ、水を張らずにそのまま収穫期まで数回の走水程度で育てます。水田管理の労力を大幅に削減し、収穫までのリードタイムを短縮できるとして、大きな期待を寄せていただいています」(千林氏)

アサヒバイオサイクル 代表取締役社長

千林 紀子

近年、企業が農家から農地の管理や生産を委託される「委託型農業」が増えている。農業への参入を考える企業も多い。そうした中で、ビール酵母資材は稲作の省力化、省人化、低コスト化を図るバイオスティミュラントとして期待されている。また、中山間地などの水田栽培が難しい地域でもコメの生産が可能になり、世界的な食料課題の解決に貢献できる可能性がある。

農林水産省は2024年4月から、官民連携のタスクフォース「国内産輸出用米などの栽培技術のマニュアル化及び輸出可能性の検討・調査プロジェクト」を始めた。アサヒバイオサイクルはその中心メンバーとして、ビール酵母資材の実証実験を続けている。ビール酵母資材の効果を立証する様々なデータが得られており、ビール酵母資材は本プロジェクトの推奨資材となっている。

Practice

02 労務コストを7割削減 ヤマザキライスでの実践

「当社のビール酵母資材を使った『節水型乾田直播栽培』に積極的に取り組んで成果を出していらっしゃるのが、ヤマザキライスさんです」(千林氏)

ヤマザキライスは、埼玉県杉戸町に本社を構える農業生産法人で、代表取締役の山﨑能央氏が率いる革新的な稲作経営で注目されている。同社は、DXやスマート農業技術を積極的に導入し、持続可能で高収益な農業モデルを実現している。

同社が位置する埼玉県東部の杉戸町はコメ作りにとって、決して恵まれた環境ではない。日本でも有数の暑さで、夏場の気温が39℃を超えることもある。そういった環境の中でも効率的な稲作ができる方法を模索する中で山﨑氏が出会ったのが、「節水型乾田直播栽培」だった。

従来の水稲栽培では、水管理に膨大な労力と時間がかかっていた。「節水型乾田直播栽培」の導入により、水張りや代掻きが不要になった他、年間70日間を費やしていた水管理が、計画的な5回程度の水供給で済むようになった。その結果、労働時間が70%削減されたうえに、設備稼働時間も短縮。労力・時間・コストの削減という成果があがった。

ヤマザキライスでは広大な農地で「節水型乾田直播栽培」を実践している
Effect

03 実証実験で明らかになるビール酵母資材の効果

従来の乾田直播栽培(水を張らない田に種をまき、出芽後は田に水を入れて、通常の水田とする栽培方法)でもコメを作ることはできていたが、大きな課題があった。苗を使う水田に比べて発芽の確度が低く、成長も良くないことだ。その結果、単位面積当たりの収量が、水田の半分以下になることもあった。

しかし、「節水型乾田直播栽培」でビール酵母資材を使用すると、水田と同等の収量を得られることが、今回の実証実験によって明らかになった。加えて、水田が排出する温室効果ガスを大きく削減できる。

実証実験は、ヤマザキライスの協力によって行われた。「ビール酵母資材を使った節水型乾田直播」「ビール酵母資材を使わない節水型乾田直播」「通常の水田栽培」の3通りで、全く同じ種類のコメを栽培した。その結果を比較したところ、「ビール酵母資材を使った節水型乾田直播」と「通常の水田栽培」はほぼ同等の収量になった。その上、「ビール酵母資材を使った節水型乾田直播」は単位生産量当たりの温室効果ガス排出量を「通常の水田栽培」より65%ほど削減できた。ビール酵母資材を使わなかった節水型乾田直播は、「通常の水田栽培」や「ビール酵母資材を使った節水型乾田直播」と比べると収量は半分以下となった。

ビール酵母資材を使った節水型乾田直播は水田栽培と同等の収量が得られ、
生産物当たりの温室効果ガスの発生を水田より65%抑えた

「節水型乾田直播では、メタンガスが抑制できる代わりに、畑地で問題となる一酸化二窒素(N2O)の排出が懸念されます。本実証試験のLCA(ライフサイクルアセスメント)ベースの算定は、栽培工程において発生する全ての温室効果ガスを算定し、全体として65%の削減を実現しているという結果でした」(千林氏)

これまで定量化されていなかったビール酵母資材の様々な効果が、今回の実証実験でわかってきた。ビール酵母資材は、大きく2つの効果を発揮する。1つは、種子の発芽と発根を促進することだ。ビール酵母資材の液体を、種籾1㎏当たり10mlを10~100倍に希釈して、畑にまく前の種子に振りかける。もう1つの効果は、稲の生育や免疫力を高めることだ。種子をまいた後、出芽期、幼穂形成期、出穂期など、数回にわたって1000倍程度に希釈したビール酵母資材の液体を散布する。

ビール酵母資材をまぶした種子を、機械で直接畑にまいている様子(左)。
ヤマザキライスの試験ではビール酵母資材の力で発芽・発根が促進され、水田と同等の収量が得られた
Mechanism

04 徐々に解明される発芽促進のメカニズム

ビール酵母資材は、なぜ発芽と発根を促進するのか。そのメカニズムも明らかになってきた。発芽は「種子の酸化」が引き金となって起きる。酸素、水、温度が整った環境に種子を植えると、種子の内部で活性酸素種(ROS:Reactive Oxygen Species)が発生する。これが一定レベルに達すると種子は発芽する。アサヒバイオサイクルはビール酵母資材中に長寿命の活性炭素種(RCS:Reactive Carbon Species)が大量に含まれていることを発見し、「活性炭素種発生剤及びその製造方法、並びに活性炭素種の濃度を高めた組成物及びその製造方法、並びに活性炭素種の濃度を高める方法」として特許を出願した。ビール酵母資材を種子に接触させると種子内のROSを誘導し、それが種子の発芽を促していることがわかった。

種子は通常、完璧に近い環境が整わないとなかなか発芽しない。しかし、ビール酵母資材は半ば強制的に発芽を促す。環境の影響をあまり受けず、必要な時に高い確率で発芽を誘導できる。

「ビール酵母資材が誘発する植物活性化のメカニズム解明に向けて研究中ですが、技術的な裏付けがまた1つ得られました」(千林氏)。このメカニズムを「X-RCS(クロス アール・シー・エス)」と名付け、ビール酵母資材のさらなる普及を目指している。

ビール酵母資材に含まれる活性炭素種(RCS)が種子内部に活性酸素種(ROS)を生成し、発芽を促進する

ビール酵母資材が稲の生育や免疫力を高める理由も、RCSを介した反応である可能性がある。ビール酵母資材によって植物がポジティブなストレスを受け、生理が活性化して植物ホルモンをたくさん作るようになる。その結果、発根が促進され、根の活性や吸肥力が向上し、光合成が促進される。それらの相乗効果により、生育と分蘖(ぶんげつ:稲の根元から新しい茎が出てくること)が促進され、水田と同等の収穫量が期待できる。この効果は稲に限らず、他の農産物にも同様の効果が確認できている。

Problem solving

05 ビール酵母資材で日本と世界の食料課題を解決へ

気候変動に起因する食料の課題は、日本に限ったものではない。実証実験を進める官民連携タスクフォースは、水田稲作ができない海外の様々な国でコメ生産を可能にすることも視野に入れている。

アサヒバイオサイクルは、同タスクフォースの発展型として農林水産省が主導している「グローバル・サウスにおける食料自給率向上のための節水型乾田直播栽培プロジェクト」にも参加している。食料課題の解決に挑むケニア共和国にビール酵母資材を提供し、コメ作りの新たな可能性を模索している。2024年12月に現地を調査して実験の候補地を決め、2025年2月上旬に同国内のムエア地区にある160平方メートルの畑で、節水型乾田直播栽培の実証実験を始めた。

ムエア地区での実証実験の様子(左)。現地での技術指導の様子(右)

「ケニア共和国には、コメを栽培できる耕作地がたくさんあります。しかし、技術やインフラの整備が進まず、生産性が低いのです。ビール酵母資材を活用した『節水型乾田直播栽培』により、課題の解決を目指します」と千林氏は話す。

「私たちは、『バイオのチカラで未来を創る。』という経営ビジョンの実現に向けて挑戦を続けてきました。そして今、様々な実証実験によって具体的な効果を検証しつつあります。新たな技術で日本と世界の食料生産に貢献する、その第一歩がビール酵母資材です。持続可能な農業を支える柱に育てていきたいと考えています」(千林氏)。農業イノベーションに技術力で貢献すべく、アサヒバイオサイクルの挑戦は続く。

「第9回アフリカ開発会議(TICAD9)」に登壇 ケニア共和国のプロジェクトに注目集まる

2025年8月21日、横浜市で開催された第9回アフリカ開発会議において、農林水産省主催のセミナー「日本企業の新技術を活用した革新的な節水型コメ作り技術による農業生産性の向上」が開催された。アサヒバイオサイクル サステナビリティ事業本部 アグリ事業部の小杉佳大氏が登壇し、ケニア共和国における節水型乾田直播プロジェクトについて報告した。講演では、ビール酵母資材の作用によって種子の内部に活性酸素種(ROS)が生成され、発芽を促進するメカニズムについても解説した。ビール酵母資材は、アフリカの地でも稲の発芽率向上と初期成長を促進し、大幅な収量増の実証データを得ており、今後の成果が期待される。

https://www.asahibiocycle.com/ja/