

東京大学と電通が共同で、人材育成プログラムを立ち上げた。東京大学のナレッジと電通のクリエイティビティを掛け合わせることで、社会課題解決のモデルケースとなる新しいアイデアの創出と、その社会実装を通じて「異能クリエイティブ人材」の輩出を目指す。学科・専攻を問わず全学から参加者を募り、現場での体験やアイデア創発セッションを通じて、実践的な学びの機会を提供する長期のプロジェクトだ。さらに、ここから生まれた優れたアイデアは、電通が主体となってプロジェクト化・社会実装していくという。東京大学と電通がタッグを組むことにより、どのようなシナジーが生まれるのか。東京大学 総長の藤井輝夫氏と電通 代表取締役 社長執行役員の佐野傑氏に訊いた。
「今日の社会課題は、1つの専門知識だけでは解決できません。正解があるかどうかもわからない。それを解決へ導く、あるいは、そこから新たな価値を生み出していくには、多分野の英知を結集し、統合できるクリエイティブな人材が必要です」と、東京大学総長の藤井氏は語る。
こうした人材は、ビジネスの世界でも求められている。電通の佐野氏は、「正解がない時代だからこそ、意思を持って社会課題の解決をリードし、未来を『創造する』人材が必要です。右脳でも左脳でもなく『異能』としたのは、多様な視点の掛け合わせによって生まれる唯一無二のアイデアこそが、世の中にポジティブな変化を生み出すからです」と話す。
社会の不確実性がますます高まる中で課題は複雑化し、新たな価値創造が求められている。課題を多角的に捉え、柔軟な思考と独創的なアイデアで解決を目指すクリエイティビティが求められている。
「電通がクリエイティビティと言うと、広告制作やその表現のことだと思われがちですが、それだけではありません」と佐野氏は話す。
クリエイティビティの定義と役割が、大きく変化している。
「課題を多彩な視点で捉え直して解決へ向かうには、どのような能力やツール、環境、システムが必要になるか。生み出したアイデアを社会に実装していくには、人々の関心をどう喚起し、コミュニティを巻き込んでいけばよいのか。課題解決のあらゆる段階において、柔軟に発想し、変化に対応できる能力が求められています。それこそが、我々の考えるクリエイティビティです」(佐野氏)
一方、東京大学は2027年9月、実に約70年ぶりとなる新学部「UTokyo College of Design」を創設する。今回のプログラムも東京大学が進める変革の一環であり、この新学部の理念とも重なる部分が大きい。
「2022年の入学式で、私は新入生たちに『起業家たれ』と話しました。そのような中で、電通に期待しているのは、『アイデアを形にする力』です。アイデアを誰の目にもわかりやすく可視化することで、そこから新たな発想が生まれてきます。学術的な知見を活用する方法は大学の中で学べますが、アイデアを1つの見える形に仕上げるという部分には、電通ならではの優れた知見があります。学生には、このプログラムで電通のプロの仕事に触れ、大いに刺激を受けてほしいと考えています」(藤井氏)



佐野氏は「私たちは、すでにAIを使って新規事業のアイデアを短時間で100も200も自動生成できるシステムを使い始めています。しかし大切なのは、それが本当に実現できるかどうか、生活者と社会に受け入れられるかどうかです」と話す。アイデアから具体的なモノやサービスを生み出し、人の共感を得たり、他者と調整しながら社会に浸透させていく仕事は、人にしかできない。両者は、そうしたことができる人材の育成を目指す。

東京大学が持つ学術的なナレッジと、
電通が得意とするクリエイティビティを掛け合わせ、
「異能クリエイティブ人材」を育成する。
最前線の現場を体験しながら、
アイデアの発想法や実装までのプロセスを学ぶ
本プログラムは1年ごとに学生を募集しながら、3年間かけて進められる。1年目は戦略を立て、2年目は実証実験を行い、3年目に社会実装を目指す。さらに来年には別のテーマで新たに学生を募り、同じく3年間のプログラムが並行して走る。2028年まで3回実施することが決まっており、東京大学としては初となる、長期での「企業共創型教育プログラム」だ。本プログラムの最大の特徴は、社会実装に挑戦する点にある。

1年目は、課題のテーマや
クリエイティビティについて学びながら企画を立案する。
2年目に実証実験を行い、3年目に社会実装を目指す。
学びとアイデアを社会実装につなげる過程を経験する
「アイデアを考える仕事と、それを実現する仕事はかなり違います。3年をかけ、ステップ・バイ・ステップで社会実装までの全体像を経験できる。専門知だけでなく、企画力、表現力、共創力を育むことができる、とても良いプログラムになりました」と藤井氏はいう。
佐野氏は「3年目の社会実装を目指して、できる限りビジネスの現場での体験を提供したいと考えています」と話す。



電通には、後継者不足に悩むマグロの仲買人の目利きを継承したAI「TUNA SCOPE」など、クリエイティビティを活用し企業・団体とも協業しながら社会課題を解決した事例が複数ある。TUNA SCOPEで判定されたマグロは、コロナ禍では大手回転寿司チェーンで全国展開、そして今でもスーパーで販売され続けている。
「持続可能性のある形で社会実装するには、ビジネスとしてきちんと回るようにする必要があります。社会課題の解決と経済合理性の両立が、一番難しいところです。本プログラムを通じて、学生の皆さんと一緒に社会実装の事例を増やしたい。そこから、私たち自身もともに成長していきたいと思っています」(佐野氏)
最初の3年間で取り組む1つ目のテーマは、「東京湾を、世界一豊かな海に。」だ。
「江戸前という言葉もありますが、東京や江戸に住む人たちは、長くこの海から恵みを享受してきました。その価値を見直すことには、大きな意義があります」(藤井氏)
東京湾の課題は、東京の課題であると同時に、世界中のウォータフロントにある都市に共通するグローバルな課題でもある。都会の海の豊かさとは何か、恵みとは何か。気候変動に伴うリスクや危険もあるだろう。どのような課題を発見し、どうアプローチしていくか。学生たちの斬新な発想とアイデアに期待したいと述べた。
佐野氏は、課題の捉え方からクリエイティビティが問われると述べる。「テーマにある『豊か』という言葉をどう捉えるか。生態的な『豊かさ』、経済的な『豊かさ』、文化・歴史的な『豊かさ』、未来の都市や人間のあり方を考える想像力の『豊かさ』など、様々な捉え方と課題設定が可能です」
電通や東大から参加する講師陣は、広告クリエイティブのみならず、事業開発、テクノロジー、コンテンツ、サステナビリティ、海洋など幅広い分野の専門家だ。
「電通はクリエイティビティを広義で捉えています。広告制作や表現だけでなく、課題の発見、解決、社会実装の仕方の全てにおいて必要となるのがクリエイティビティです。アイデアを形にするプロセスを体験することによって、そういったクリエイティビティを体感して、伸ばしてもらいたいと考えています」(佐野氏)
藤井氏と佐野氏が本プログラムについて最初に話したのは、3年前のことだ。3年間の議論を経て、実現にこぎつけた。
「テーマは最初から『人材』でした。多様な能力を活かして社会に貢献できる人材を生み出したいという、藤井さんの熱意を強く感じました。電通グループは、2030価値創造戦略を策定し、『事業を通して困難な社会課題を解決する未来のアイデアを生み出していく』ことを掲げています。その一環として、本プロジェクトにも全力をあげて取り組んでいきます」(佐野氏)
これからの企業活動は、社会課題の解決といった観点がますます求められる。どこに課題があるのかを発見し、解決の道筋を見つけ、実装まで導ける人材を、大学と企業が協力して育てていく意義は大きい。
「総長に就任した日から『世界の誰もが来たくなるような大学を作りたい』と言い続けてきました。大学と企業が協力し、日本と世界の未来を創る人材を共同で育てたい。その取り組みに注目してください」と藤井氏は語った。

藤井氏が自ら動いて新しい学部を創設したり、企業と組んで新たな人材育成事業をスタートさせる。その姿を見て、東京大学が大きく変わり始めているのを感じました。専門性を磨くだけでなく、課題解決に求められるクリエイティビティをどう育むか。その課題を解決するパートナーとして、電通を選びました。その視点と行動力に、藤井氏の熱意を感じます。電通も同じ課題感を持ち、この協業を通じてクリエイティブ人材の育成に貢献しようとしています。新たな人材によって日本がもう一度輝き、世界の課題解決に貢献できる国になれることを期待します。
2025年7月12日、キックオフ・オリエンテーションが行われた。応募者の中から選抜された24人の学生が集まり、プログラムの目的やテーマについて対話した。「社会課題を解決するクリエイティビティとは何か」「電通はどのように社会課題を解決しているか」など、重要なコンセプトが事例とともに共有された。

世界に全くないようなものを生み出したい。違和感を感じ取る能力や、課題を発見する能力を養いたいです。チームワークの中で、自分なりの役割を見つけ、リード役を務めていくことが目標です。
教養学部理科一類
澤近 大地 さん
アカテガニ歩行ロボで学生科学賞など受賞。課題解決のための国際数理コンテストMath A-lympiad世界4位。
「エ?モーメント」と名付け、日常のささいな違和感を集めています。これをアイデアの発想に生かしていきたい。個人的な体験を社会課題の解決につなげるための考え方を学びたいです。
文学部人文学科社会心理学専修課程
岸 ふみ さん
高校在学中に社会課題解決の実践から得た批判的気づきと要因分析について論文執筆。SONY×東大社会連携講座Grand Prix受賞。
自分が持てるものをすべて提供し、皆の成長につながる共創をしていきたいです。自分にない発想ができる人たちと出会い、多様な考え方を吸収できたら嬉しいです。
経済学部金融学科
倉田 健一 さん
吉本芸人歴約16年。東京国税局職員を経てコロナ禍に東大入学。吉本興業の同期は、おかずクラブと横澤夏子。
パーソナルな感覚や経験を言語化し、カタチにしていく過程を学びたいです。課題解決の再現性を高める方法に興味があります。社会実装まで目指せることが楽しみです。
工学系研究科建築学専攻修士課程
鈴木 日向 さん
大学院では建築意匠を専攻。香港、シドニーに在住経験。趣味はアート制作。特種東海製紙株式会社主催紙わざ大賞入賞。
クリエイティビティとは「誰かを喜ばせたいと目指し、工夫する力」のこと。企業、政府、市民社会などが共創し、初めて世の中は変わります。1人でやろうと思わず、共創を目指してください。
AIでマグロ仲買人の暗黙知を継承するプロジェクト「TUNA SCOPE」は、マグロ好きから生まれた。自分だけの気づきや経験から発想すれば、結果として世界にまだない独創的なアイデアになります。
社会の変革は、目の前の一歩からスタートします。一人ひとりの中にある動機から始めましょう。クリエイティビティの力は、テクノロジーで何倍にも大きく発揮されます。