伝わるサステナビリティへ

「戦略的」インパクト評価のあるべき姿する新プロジェクト

非財務活動が、ステークホルダーにどのような変化(インパクト)をもたらすのかを定量化する「インパクト評価」。デロイト トーマツ コンサルティング(以下、デロイト トーマツ)の支援の下、いち早く取り組みを進めているのがアステラス製薬だ。アステラス製薬は、社会的インパクトの算定・評価および、ステークホルダーへの適切な情報発信を重要戦略の一つと位置付け、独自の算定方法を模索している。この取り組みについて、両社のキーパーソンたちが語り合った。

マレーシアの「がん疾患啓発」活動で
約6.7億円の社会的インパクトを創出

デロイト トーマツ 波江野氏(以下、波江野氏): アステラス製薬は、チーフストラテジーオフィサー(CStO、経営戦略担当)であるアダムさんのもと、経営計画2021において、サステナビリティ向上の取り組みを強化することを戦略の重要な柱の一つに掲げられています。そして、今回、そのサステナビリティ活動の「インパクト評価」に取り組まれました。

 我々も、インパクトを軸とした戦略策定、評価そのもののフレームワーク策定や算定のロジック作りなどをご支援させていただいておりますが、そもそもアステラス製薬が、戦略的な観点から「インパクト評価」に取り組むことになった経緯についてお聞かせいただけますか?

アダム・ピアソン氏
アステラス製薬
経営戦略担当
Chief Strategy Officer(CStO)
アダム・ピアソン
Boston Consulting Groupを経て、2004年にYamanouchi U.K. Ltd. (現 Astellas Pharma Europe Ltd.)に入社。Regional Senior Vice President North Europe や Astellas Pharma Ltd.(英国販社)の General Manager United Kingdom などを歴任し、20年4月に経営企画部門長、23年4月に経営戦略担当に就任。

アステラス製薬 アダム氏(以下、アダム氏):私たちアステラス製薬は生命関連産業ですので、本業を通じて社会に貢献することが、私たちのサステナビリティの本質です。そこで、アステラスの取り組みがどのように社会にインパクトを与え、社会への持続性向上に貢献しているかを可視化する必要があると考えました。

 製薬会社として医薬品を提供し、患者さんの病気の回復や健康の維持・向上に直接的に貢献するだけでなく、サステナビリティ活動を通して、多様なステークホルダーの皆様にも広く影響を及ぼしていると認識しています。そのことを踏まえたうえで、ステークホルダーの皆様と、どのようにコミュニケーションを図っていくべきかを考えることが重要です。そのための有力な手段の一つが「インパクト評価」です。

 アステラス製薬は、「変化する医療の最先端に立ち、科学の進歩を患者さんの『価値』に変える」というビジョンを掲げています。その「価値」が生み出す社会的インパクトを定量化し、患者さんやステークホルダーの皆様にしっかりと示すことが、私たちにとって重要な取り組みであると認識しています。

波江野氏:この度、その一例として、マレーシアにおける「BEAUTY & Healthプログラム」というがん疾患啓発活動が生み出す社会的インパクトを貨幣価値換算されましたが、具体的な内容について教えていただけますか?

アダム氏:「BEAUTY & Healthプログラム」は、がん検診の受診率が低いマレーシア国民の皆さんに、がんの疾患啓発を行い、がん検診を促進する活動です。アステラス製薬は100万ドル(約1.5億円)の寄付を通じて、この活動を支援してきました。これまでこのような活動による社会的インパクトは定性的に語られることはあっても、定量化できていませんでした。

 今回、いくつかの前提条件を置いてこの活動の社会的インパクトを試算しました。その結果、この活動による大腸がん患者150人の早期発見・早期治療によって、460万米ドル(約6億7000万円)の社会的インパクトを創出することが推定されました。

波江野氏
デロイト トーマツ コンサルティング
Strategy Unit Leader
執行役員
波江野 武
戦略ユニットのリーダー。ヘルスケア業界に20年以上関わり、日米欧現地でのヘルスケアビジネスの経験を基に、国内外のヘルスケア・医療に関する社会課題の解決とビジネス機会構築の双方を見据えた戦略構築や新規事業参入等のコンサルティングを提供。健康・ヘルスケアビジネスに係る国内外での講演ならびに執筆等多数。

波江野氏:それは非常に分かりやすいインパクトですね。つまり、インプットに対して4.6倍の投資効果を生み出したということですね。これまでのサステナビリティ活動というと、昔のマーケティング活動のように、取り組んだもの・投資したものの成果が見えず、結果どれが企業経営上価値のある取り組みであったかが分かりにくい、というケースも世の中では多くあったと認識しています。成果を定量化することで、サステナビリティ活動の意義や、どのような要素が社会に影響を与えているのかが、より具体的にイメージできるようになることがよく分かりました。

 ところで、アダムさんはアステラス製薬の戦略を統括しているわけですが、CStOの立場からご覧になられて、このインパクトの定量化をどのように最大にレバレッジすることが良い、とお考えでしょうか。

 いわゆる経済的に定量化しづらいサステナビリティに係るインパクトの活用について、①見える化→②社内での活用→③社外への活用、という3段階で構成される成熟モデルがあると理解しています。

 グローバルの先進企業では、上記でいう①はもとより、②、③を戦略的に社内外に発信したり、投資等の意思決定プロセスに組み込んだりしています。③でいう社外への活用ということで言えば、事業ターゲットとなる国や地域に対する自社事業や製品の貢献度を定量化・貨幣価値化することで、投資家はもとより、政府との協議等のコミュニケーションに活用する事例もあると認識しています。

アダム氏:私たちのステークホルダーは、患者さんやそのご家族だけでなく、医療関係者や政府、企業・団体、投資家など多岐にわたります。それらすべての方々に、非財務的な活動も含めた事業活動の成果を客観的な数字で分かりやすく提示することは、アステラス製薬の戦略にご理解、ご賛同いただく上で重要な取り組みだと思っています。

 つまり、活動の成果を定量化してお伝えすることは、ステークホルダーの皆様との重要なコミュニケーション手段になるのです。

波江野氏:「インパクト評価」は、単純に数字を伝えること、評価することがゴールではなく、戦略的な視座からステークホルダーの認識や、世の中まで大きく変えることを意識することが重要で、そのためには評価すること以上の取り組みが必要になる、ということですね。

 一般的に「インパクト評価」は、手段であるはずの算出・定量化が目的化し、ともすれば「数字を出して終わり」になりがちです。しかし本来的には、会社の価値を高めていくことが重要であります。そのためには、おっしゃるような目的・狙いの定義や、活動を組織に定着させていくための体制・仕組み・プロセスの構築などを含む多岐にわたる論点が存在します。

 「インパクト評価」に限らず、以前アステラス製薬でご支援した「マテリアリティ」や「CSV戦略/サステナビリティ戦略」といったテーマでも同様です。各取り組みを「経営上の価値を高める戦略的な形」でやり切れるかどうかという点は、我々デロイト トーマツとして最も大切にしている思想の一つです。

「攻め」の姿勢で
ガイドラインを超えた枠組みを創る

デロイト トーマツ 田中氏(以下、田中氏):今回、サステナビリティ部門を統括されている飯野さんが「インパクト評価」のフレームワーク作りや算定のロジック作りを指揮されましたが、我々もご支援させていただく中で、非常に印象的だったのは、飯野さんたちが既存の枠にとらわれない「攻め」の姿勢で取り組まれていたことです。

 もちろん、いわゆるESG対応はしっかりと押さえつつ、アステラス製薬のサステナビリティ部門は、それを超越して、今回のインパクト評価においても「いかに企業価値やビジネスへの寄与を最大化するか?」ということを念頭に置きながらフレームワークやロジック作りに臨んでいるという印象を受けました。

飯野氏
アステラス製薬
サステナビリティ部門長
飯野 伸吾
1998年入社。薬学博士。開発部門にて数多くのグローバル製品をはじめとした臨床開発プロジェクトをリード。2021年からサステナビリティ部門を率い、ESG(環境、社会、ガバナンス)の観点から全社のサステナビリティ活動をグローバルで推進。

アステラス製薬 飯野氏(以下、飯野氏):先ほどアダムが説明した当社のビジョンにも通じますが、アステラス製薬には、革新的な医療ソリューションの持続的な創出を通じて、社会のサステナビリティに貢献したいという基本的な考えがあります。

 サステナビリティ部門も、その価値を創造し、ステークホルダーの皆様に成果を示す重要な役割の一角を担っていると認識しています。

 この役割を果たすためには、外部からの評価を待つのではなく、能動的に自らの成果を発信していかなければなりません。そうした意識の下で取り組んでいることが、「攻め」の姿勢と受け取られたのかもしれませんね。

デロイト トーマツ 森田氏(以下、森田氏):実際、アステラス製薬がデロイト トーマツと策定した「インパクト評価」の項目は、ガイドライン等に示されている一般的なフレームワークを大きく超えているものと捉えています。その検討については、やりがいのある非常にチャレンジングなものとなりましたが、なぜ、あえてそれに挑んだのでしょうか?

飯野氏:ステークホルダーの皆さんに、説得性や納得性の高い説明をするには、私たちの事業活動に沿った、独自のフレームワーク作りが不可欠だと考えたからです。

 具体的には、「インパクト評価」の項目として、医療的価値、心理的価値、経済的価値、科学的価値、環境的価値の5つの項目を設定しました。さらに、これらの価値が影響を及ぼす対象を、患者さん(直接・間接)をはじめ、ご家族、医療機関、そして医療産業全体にまで拡大し、それぞれを1次から4次インパクトとして定義しました。

 マレーシアの「BEAUTY & Healthプログラム」への支援に関する「インパクト評価」も、このフレームワークに基づいて、その価値を算定しています。

森田氏:今回の「BEAUTY & Healthプログラム」のインパクト評価のフレームワーク策定についてデロイト トーマツからは、インパクト加重会計という業種横断で適用が可能なインパクト評価手法をベースとして、“製薬業界の特性”、“アステラス製薬らしさ”、“BEAUTY & Healthプログラムの特性”を踏まえたインパクト評価のフレームワークを提案しました。

 価値の種類としての5つの項目、および価値が影響する対象として1次から4次のカテゴライズについては、今後の製薬企業におけるスタンダードとなり得るのではないかと考えています。

デロイト トーマツと共に
継続的な改善を図っていく

森田氏
デロイト トーマツ コンサルティング
Finance Transformation Unit
Sustainability Finance リーダー
執行役員
森田 寛之
多様な業界のCFO組織向けの組織構造改革・経営管理制度高度化等のプロジェクトに従事。近年はサステナビリティ・ESG経営に向き合うCFO・CSuO組織の改革を支援する。ファイナンスを起点とした著書・寄稿多数。
田中氏
デロイト トーマツ コンサルティング
Strategy Unit CSV/Sustainability Leader
ディレクター
田中 晴基
多様なクライアント企業に対し、サステナビリティを基軸とした経営変革を支援。とくに気候変動や循環経済をテーマとしたビジョン・戦略策定、既存事業変革、新規事業創出・立ち上げ支援などに 強みを持つ。直近ではアニマル・ウェルフェア(動物愛護)等のテーマも取り扱う。

森田氏:「インパクト評価」の仕組み作りを支援させていただく中で、とくに困難だったのは、広範な対象をいかにカバーするかということです。医薬品を直接提供する患者さんであれば、価値算定のためのロジック作りも比較的容易ですが、ご家族、医療機関、医療産業全体と、対象が広がるにつれ、何を根拠に価値を算定すればいいのか、どうすれば算定した数値に妥当性を持たせることができるか、といったように、検討の難易度が上がっていきます。

 デロイト トーマツとしてもプロジェクトの検討において、膨大な医療関係の論文や各種データなどを収集し、どの組み合わせや計算方法なら、より正確で妥当な価値の算出につながるのか、検討に検討を重ねました。

飯野氏:おっしゃる通り、ガイドラインの範疇を超える評価基準を創り上げるのは、想像以上に困難な作業でした。

 アステラス製薬が示したい価値と、実際に示すことができる価値には開きがあり、それをどうやって近づけるのかということにも苦労しました。

田中氏:「BEAUTY & Healthプログラム」に対する「インパクト評価」は、アステラス製薬が2025年2月に開催した「サステナビリティ・ミーティング」でも発表されていましたが、反響はいかがでしたか?

飯野氏:おかげさまで、社内外から高い評価を頂きました。社外からは「株主資本を特定の活動に投下した意義が定量的に示されているので、投資家とのコミュニケーションツールになる」といった声を頂いています。

 一方、社内からは、「マレーシアでの活動は知っていたけれど、インパクト評価によってその意義がより深く理解できて、会社への帰属意識やプライドが高まった」という声もありました。

波江野氏:様々な企業の経営幹部の方とお話をさせていただく中で、企業の戦略とサステナビリティ活動をいかに有機的に結びつけるかという点については、概念としては理解されていても、実務面では多くの方が悩みを抱えているテーマであると、改めて感じています。アステラス製薬はこの2つをインパクト評価という手法を用いて結びつけようとしていると理解していますが、この結び付けを進める上で、何か課題を感じていらっしゃいますか?

アダム氏:戦略は、10年先、20年先という長期を見据えて策定し、遂行すべきものです。サステナビリティ活動が生み出す社会的インパクトも時間軸は同じであり、その意味で戦略と「インパクト評価」は、本来、結びつきやすいものであると思っています。

 とはいえ、「インパクト評価」は簡単な取り組みではありません。私たちがデロイト トーマツと一緒に定量化の仕組み作りを行っているのは、世界中の政府や各業界、企業・団体、投資家と密接な関わりを持ち、それぞれの立場や価値観を深く理解しておられるからです。

 今後も、私たちは様々な情報を開示し、ステークホルダーの反応を見ながら評価方法の改善を図っていきたいと考えていますので、デロイト トーマツの皆さんにも引き続きご協力をお願いしたいですね。

飯野氏:業界・業種問わず多くの企業が、自社のサステナビリティ活動をどのように定量化、あるいは可視化するか試行錯誤していると思います。

 そういった中で、デロイト トーマツは関連するガイドラインや方法論、ナレッジが非常に充実しており、実際に社会的インパクトの算出を進める上での手順やデータ収集に関する知見を有していたことは非常に心強く、大きな助けとなりました。今後も引き続きご支援をいただきたいですね。

波江野氏:こちらこそ、よろしくお願いします。私たちは、抽象度が高く不確実な事象や問いについて、様々な情報や知見を掛け合わせて解像度を高め、お客様と共に物事を考え、新しい世の中を創っていくことに貢献することにこだわりを持ちたいと思っています。複雑で変化が激しい時代とともに、患者さんや、その家族、社会の価値観が変わっても、ポジティブな影響が与え続けられるようにご支援してまいります。

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