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 日本国内の認知症およびMCI(軽度認知障害)の人数は既に1000万人超。仕事をしながら家族の介護を担うビジネスケアラー・ワーキングケアラーは、2030年に318万人まで増加し、約9兆円の経済損失になるという試算も出ている。誰もが無関係ではいられないこの状況をどう受け止めるべきか。日本イーライリリーと日本総合研究所の共催シンポジウムの模様をレポートする。

超高齢社会の今、
企業に求められる認知症の早期対応

 2025年5月14日、日本イーライリリーと日本総合研究所は「認知症をめぐるビジネスケアラー・ワーキングケアラーの実情を考えるシンポジウム~共生社会の実現に向けて、企業に求められる役割と取組み~」を開催した。

 初めに、日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 高齢社会イノベーショングループ部長/プリンシパルの紀伊信之氏が基調講演で問題を提起した。紀伊氏によれば、国内の認知症およびMCI(軽度認知障害)の人数は既に1000万人超で、50年には1200万人を超えるという※1。総務省の「我が国における総人口の長期的推移」によると、50年の総人口の推計値は9515万人、実に8人に1人が認知症およびMCIの当事者になる計算だ。

 当事者が増えれば、働きながら家族の介護を行うビジネスケアラー・ワーキングケアラーも増加する。30年にはビジネスケアラー・ワーキングケアラーが318万人となり、経済損失は9兆円超に上るとの試算がある※2。これまで認知症と企業との関わりはあまり論じてこられなかったが、もはや企業としても軽視できない状況だ。

 「要介護認定を受ける要因で最も多いのが認知症です。従業員の家族が認知症やMCIとなった場合、企業として何ができるでしょうか。若年性認知症は約3.5万人、70代前半では12.4%が認知症およびMCIだという気になるデータもあります※1。定年延長や再雇用制度なども踏まえると、従業員が当事者になるケースもあり得ますから、労働環境を考えていかなければなりません」(紀伊氏)。

日本総合研究所

リサーチ・コンサルティング部門

高齢社会イノベーショングループ部長/プリンシパル

紀伊信之(きい・のぶゆき) 氏

 こうした問題意識のもと、24年12月に家族の介護をしている会社員1000人を対象としたインターネットアンケートが実施された。注目すべきは認知症の有無による介護負担の違いだ。同居家族に対する1日当たりの介護時間について「ほとんど終日」と答えた人は、認知症あり31%、認知症なし8.5%。また、家族の介護による仕事への影響については、認知症あり50~77%、認知症なし23~51%という結果に。

 介護をしている家族の認知機能状況と、介護による仕事への影響を掛け合わせた設問については、認知機能障害が重度の人ほど、介護にあたって「仕事に影響がある」と答えた人の割合が高い結果となった。このことは、認知機能障害が軽度のうちは、それほど家族のサポートを得ずとも日常生活が送れることを意味し、早期発見・早期診断、そして早い段階から対応策を検討することの重要性を示唆している。さらに、介護者が企業に求めることにおいては、支援制度の周知、正しく認知症を学ぶ機会、早期発見・診断のための支援という回答が多かった。

出所:24年12月実施、日本総研実施アンケート調査
(https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/pdf/company/release/2025/0522-2.pdf)

 「以上を総合的に分析し、企業には①企業の状況に応じた仕事と介護の両立ができる制度設計、②認知症になった従業員が働き続けることができる職場環境・制度の整備、③従業員に向けて、認知症に対する正しい知識・認知症の人に対する正しい理解を学ぶ機会の提供、④従業員とその家族などの認知症の早期発見・早期診断・早期対応支援という4つの取り組みが求められていると考えています」(紀伊氏)

※1 国立大学法人九州大学「認知症および軽度認知障害に有病率調査並びに将来推計に関する研究報告書」(令和6年5月)
※2 経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営向けガイドライン」

企業はそれぞれの課題に
基づいた認知症関連の取り組みを実施

 続いて行われたパネルディスカッションでは、「認知症の人と家族の会」の下坂厚氏、同代表理事の鎌田松代氏、大成建設 管理本部 人事部 人財いきいき推進室 室長の北迫泰行氏、イトーヨーカ堂 サステナビリティ推進部 総括マネジャーの小山遊子氏、日本医療政策機構 シニアマネージャーの栗田駿一郎氏の5名がパネリストとして登壇し、モデレーターを紀伊氏が務めた。

 最初のテーマは紀伊氏が提唱した4つの取り組みについて。

 イトーヨーカ堂では仕事との両立支援制度として「ワーク・ライフ応援プラン 介護プラン」を整備。制度の対象は正社員のみならず、契約社員やパート社員も含まれており、介護休暇は約700名の利用実績があるという。さらに、同社では14年から認知症に関する正しい知識を得る機会として「認知症サポーター養成講座」を開催している。

 「きっかけは店舗の社員から、帰り道が分からなくなったお客さまがおられるなどの変化を指摘する声が増加したことでした。このような高齢化社会に起因する課題は今後も増えていくと考え、認知症への理解を深めるための講座を開設しました。参加した社員からは『お客さま対応で気を付けるポイントが分かった』『プライベートでも参考にしたい』との声が多く寄せられています」(小山氏)

イトーヨーカ堂

サステナビリティ推進部

統括マネジャー

小山遊子(こやま・ゆうこ)氏

 一方、大成建設は、建設業の競争激化を背景に新しい働き方を考える必要が出てきたことから、介護離職防止に向けた取り組みを始めた。「社員へのヒアリングでは、介護に携わっているとの回答が約1割、5年以内に介護が始まる可能性があると心配している人は約36%という結果でした。これを踏まえて仕事と介護の両立支援制度の整備に注力し、その中で認知症に関する取り組みも開始しました」(北迫氏)

 両立支援策としては独自の関連書類の作成と配付、介護セミナーの開催、相談体制の整備、制度面でのサポートなどを実施している。また、介護セミナーの一環として認知症を取り上げ、認知症への理解を深めるとともに、VR機器を用いた認知症体験会も実施した。

大成建設

管理本部 人事部

人財いきいき推進室 室長

北迫泰行(きたさこ・やすゆき)氏

 こうした取り組みは広がりつつあるものの、紀伊氏が基調講演で取り上げたように、まだまだ認知症に対する社会の認知度や理解が十分ではない。「認知症の人と家族の会」代表理事の鎌田氏は「そもそも介護が必要なことを会社に言いづらい環境がある」と指摘する。

 「大企業は制度が整っていても利用しづらく、小規模な企業は制度が不十分でも家族的な環境で言いやすいといった傾向があるようです。当会の調査では介護が始まると頻繁に家族から連絡が来たり病院の付き添いが必要だったり、正規職員で働くことに負い目を感じて非常勤にせざるを得なかったとの声もありました。お互いさまと言い合える環境だと良いのですが、育児・介護のうち育児は何年後かの終わりが見えても、介護は先行きが見えないことが不安要因になっています」(鎌田氏)

認知症の人と家族の会

代表理事

鎌田松代(かまだ・まつよ)氏

認知症の早期対応を。
発症後も働き続けられる社会へ。

 社員が認知症およびMCIの当事者となることについても意見が交わされた。下坂氏は仲間と開業した鮮魚専門店で働いていた46 歳のときに若年性アルツハイマー型認知症を発症。現在は、「同じ病気を患う人のために、社会に足りないことを伝えたい」とSNSや講演活動などで情報を発信している。

認知症の人と家族の会

下坂厚(しもさか・あつし)氏

 「仕事で失敗が続いたので病院で診てもらったところ、若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。職場に迷惑をかけたくないという思いから退職しましたが、今振り返れば正しい知識や理解があれば違っていた。初期ならばできることもあるので、働き続けることができたと思います」(下坂氏)。

 認知症に対しては家族の名前や顔が分からなくなるなど認知機能が大幅に低下するイメージが根強いが、最初からそうした状況になるわけではない。初期段階では疲労のせいではないかと思う程度のもの忘れなどのケースが多く、あまりの軽症ゆえに診断が遅れることもある。紀伊氏が挙げた「認知症の早期発見・早期診断・早期対応支援」の必要性はこういった背景からだ。

 鎌田氏は「認知症の症状にはグラデーションがあることを知ってほしいし、発症の初期段階ならかかわり方次第で働き続けることができる。そうすることで症状の進行を緩やかにできる人もいるという理解が進んでほしい」と訴えた。下坂氏は認知症の診断を受けてから5年が経過するが、当事者として情報発信を続けている。早期に的確な診断が下れば、それぞれの症状にあった働き方や対応策を考えることも可能だ。

 働き続けることは当事者や家族にとって経済的にも精神的にも大きな支えとなる。改正高年齢者雇用安定法では70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務になっている。日本医療政策機構の栗田氏はシンクタンクの立場から「企業にとっては人材確保という意味でも重要」であると当時に、企業任せにならないように「政策的な手当も必要」だと指摘した。

日本医療政策機構

シニアマネージャー

栗田駿一郎(くりた・しゅんいちろう)氏

 「企業に対しては健康経営度調査に認知症の項目を設けて、どういった対応ができているのかを具体的に示すように求めることで行動変容が促されると思います。しかし、昨今は非正規が多く、雇用の安定性が脆弱な上に、介護に直面したり、自身が認知症になったりした場合は、ますます不安定になります。戦後の日本は伝統的に企業を通じて生活保障を提供する傾向が強いところがありますが、企業に任せておくのではなく、公共政策としての手当てが重要です」(栗田氏)

日本イーライリリー

研究開発・メディカルアフェアーズ統括本部

ニューロサイエンス領域本部 医学部長

小森美華(こもり・みか)氏

 企業と当事者それぞれの立場から、さまざま意見や問題提起がなされた本シンポジウム。閉会のあいさつに登壇した、日本イーライリリー 研究開発・メディカルアフェアーズ統括本部 ニューロサイエンス領域本部 医学部長 小森美華氏は「認知症の人が安心して暮らせる社会を作ることが使命だと考え、われわれは35年以上にわたって認知症の研究開発に取り組んできました。認知症の新薬も登場し、転換期だと認識しています。私たち自身もいずれ認知症およびMCIの当事者や、介護者になる可能性がありますので、本シンポジウムが自分ごととして考えるきっかけになれば幸い」だと締めくくった。

日本イーライリリー株式会社

https://www.lilly.com/
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