東証改革とアクティビストの時代に問われる「IR力」
企業価値の可視化と向上──dentsu Japanの戦略的IR支援 企業価値の可視化と向上──dentsu Japanの戦略的IR支援

IR For Growth IR For Growth

3つのポイント

  • PBR1倍割れの根本原因に迫る—
    企業価値は“伝え方”で変わる
  • 財務・非財務・クリエイティブの統合設計で
    「伝わるIR」を
  • “脱ホチキス留め資料”で企業価値を束ねる—
    組織横断のIR支援体制

多くの日本企業は、IRに課題を抱えている。
優れた技術や実績を持ちながら、PBR(株価純資産倍率)が上がらず、投資家の期待が十分に反映されていない。
背景には、財務・非財務を統合した「成長ストーリー」を描けていないという現実がある。
そこでdentsu Japan(国内電通グループ)は、企業価値の持続的な向上を支援する
戦略的IR支援プログラム「IR For Growth」をリリース。
財務と非財務をつなぎ、人の心を動かすクリエイティブによって、“伝わるIR”を設計する。
その独自のアプローチと展望について、電通の片山享氏に、日経BP 総合研究所の安原ゆかりが訊く。

IRにも
クリエイティブが求められる時代へ

安原 2023年3月に東京証券取引所が上場企業に「資本コストや株価を意識した経営」を要請したことをきっかけに、改革が確実に進んでいます。ROE(自己資本利益率)も当初目標の8%を超える上場企業が増えています。一方でプライム市場の約半数はいまだPBR(株価純資産倍率)が1倍割れの状況です。海外投資家の日本株への関心は高く、市場は活況が続く中で、今年7月に東証がIR(投資家向け広報)体制の整備を義務化しました。こうした流れを踏まえ、IRの重要性や日本企業の課題についてお聞かせください。

片山 PBRは企業の将来性に対する期待値で、「ROE×PER(株価収益率)」により算出されます。従って、実力値であるROEが上がっても、人気度の指標であるPERが低ければ、PBRの低水準は変わりません。期待値を上げるためには、企業がどんな未来を描いているのか、どんな変革を起こそうとしているのかを的確に伝えることが大切です。せっかく成長分野を持っているのに、それが理解されていないのはもったいない。今後はIRを整備して投資家としっかりコミュニケーションを取り、正しく企業価値を理解してもらうことがより重要になると思います。

安原 どうすればより的確に自社の強みと今後の成長戦略を伝えられるのか、投資家に関心を持ってもらえるのか、悩んでいる企業も多いです。特に機関投資家はカバーする企業が多く、短時間で多くの開示資料を見ているので、ありきたりの開示では埋もれてしまいます。

片山 企業の自己評価と投資家評価にはギャップがあります。その溝を埋めるのが「伝えるIR」ではなく「伝わるIR」です。資料の表現が変わらないままでは、変革の実態も伝わりません。忙しい投資家が、ひと目でポイントを理解できる仕掛けが肝心です。決算説明資料や中期経営計画書も、ビジュアルやコピーライティング次第で印象が大きく変わります。

電通 トランスフォーメーション・プロデュース局
総合変革プロデュース2部長

片山 享

安原 例えば有価証券報告書は多くがモノクロですが、カラーになっているだけで目立つし、読みやすい。取締役メンバーはテキストだけでなく、顔写真が掲載されていると取締役会のダイバーシティーが瞬間的に伝わります。そうした有価証券報告書は海外投資家にも好評だと聞きます。

片山 「DXに取り組んでいます」と言うだけではなく、実際にDXが進んでいるビジュアルを添えることも大切です。現場の写真を1枚入れるだけで伝わり方が全く変わります。海外企業はそのあたりが上手いので、研究する価値はあるでしょう。

安原 見せ方を変える余地はまだまだありそうですね。

片山 あっても、それがなかなかできていないのが現状です。コーポレート広告や広報では素晴らしい動画やビジュアルを使っているのに、投資家向けには一切使われていないというケースも多い。それは、IRセクションに、非財務情報が深く共有されにくいという組織構造もあると聞きます。結果として、人事や事業部の変革ストーリーがIRに届かない。ブランディングとIRをつなぎ、投資家からの期待値を上げるためにも、やはり経営全体で束ねてコミュニケーションすることが大切だと思います。

安原 社内だけでは気付きにくい視点ですね。IRにおいてはまず、事実を「正確に、間違いなく」が重要ですが、今後は、企業が目指す姿やカルチャーが伝わる開示が求められると思います。その際に、PRのプロフェッショナルなど外部視点から得られる示唆は大きい。これまでクライアントの要望への対応や伴走で象徴的なエピソードがあれば、教えていただけますか。

日経BP 総合研究所 客員研究員
(日経マネー元編集長)

安原 ゆかり

片山 私たちは中期経営計画などの策定支援を行うことが多いのですが、そこで最初にいただくのが、各部門のシートをホチキスで束ねた資料です。その1つひとつには、それぞれの部署が積み上げてきたことや目指す姿が内包されているものの、それぞれにつくったものをホチキスで留めただけでは全体が見えにくい。それを共通言語で再編集することで企業の良さや成長ストーリーを再定義するのが、我々の仕事だと考えています。

安原 “脱ホチキス留め資料”というのはドキリとする表現ですね。事業ごとにバラバラの経営戦略や人事戦略をつなぎ合わせただけでは、その企業が何を目指し、そのために何をしていくのかという「ストーリー」が伝わりません。今、多くの企業が事業ポートフォリオの変革を迫られる中、投資家が開示で最も重視しているのが、「この会社は伸びる」ことを確信させるストーリーです。ストーリーのつくり方をどう支援していきますか。

片山 私たちがいうストーリーとは、単に投資家向けのものではなく、サイロ化しがちな社内を1つに束ねるための物語でもあります。財務と非財務、経営基盤と事業が同じ“北極星”を見据えられるよう共通の物語を紡ぎ、それを期待値が高まる表現で 投資家に届けていく——。それを体系化したのが、「IR For Growth」です。

財務と非財務をつなぐ
成長ストーリー設計
「IR For Growth」で
企業価値を向上

安原 「IR For Growth」の概要について教えてください。

片山 「IR For Growth」は、企業価値の持続的な向上を支援する、dentsu Japanの戦略的IR支援プログラムです。私たちは、IR資料の表現を整えるだけでなく、「企業がどんな方向に変革していくべきか」というビジョン設計の段階から伴走します。企業価値の源泉を、財務・非財務の両面から見つめ直し、成長ストーリーとして再構築していく。さらに、それを投資家はじめ多様なステークホルダーに的確かつ魅力的に伝えるまでを一貫して支援しています。

「IR For Growth」コア・バリュー

財務・非財務の価値を統合し、全方位のステークホルダーに向けた
一貫性のある成長ストーリーを構築することで、
戦略的なIRの実現に寄与する

安原 非財務と財務のつながりは、投資家からも注目される部分です。特に人的資本に関しては、2026年3月期より有価証券報告書での開示拡充が予定されています。企業の成長戦略を描くうえで、やはり人への投資は重要だと思われますか。

片山 人的資本は、企業価値や財務指標と強い因果関係にあると考えています。たとえば、従業員のエンゲージメントはROEとも相関します。PERといった将来期待だけでなく、財務の実力値にも深く関わっているのです。人的資本を抜きに、企業成長を語ることはできません。だからこそ、従業員のモチベーションに火をつけ、シナジーや化学反応を生む共通のストーリーが必要だと考えています。

安原 その会社の存在意義である「パーパス」は社員にとって目指す“北極星”、指針となり、働くモチベーションを上げてくれるもの。まずパーパスを掲げて、変革を進めていくイメージですね。

片山 DX経営に向けて変革を進めている経営者の話を聞くと、皆さん口をそろえて「パーパスやDNAが大事」とおっしゃいます。変えるべきところと変えない核の部分の両方を見極めながら進めるには、パワーも勇気もいる。変革に乗り切れない社員もいる中で、「うちの会社はこうなっていくんだ」というパーパスやビジョンがあることが重要だといいます。

安原 「IR For Growth」で企業価値の成長ストーリーをつくっていく際も、パーパスやビジョンの設定から始まるのでしょうか。

片山 いろんなケースがあります。1つは、社会課題や未来の変化を踏まえて、「自分たちの企業はどうあるべきか」という“北極星”を定め、バックキャストで進めていくパターン。もう1つは、自分たちの“らしさ”や強みを棚卸しし、社員へのヒアリングを通じて再確認するやり方です。いろんな社員の声を聞いて企業の強みや価値観を洗い出し、それを社会的な視点から翻訳し直す。すると、「自社が本当に提供できる価値」が見えてくるのです。

安原 そのプロセスでは具体的にどんなリサーチや作業をされますか。

片山 課題や状況にもよりますが、最初に行うのは経営陣や現場社員へのインタビューです。「他社にやられて悔しかったことは何か」「あのときやっておけばよかったと思うことは何か」「2040年に自社はどうなっているか」──そうした質問を通じて、言語化されていない強みや価値観を引き出します。企業の中に眠っている想いを一緒に掘り起こし、共通項をまとめて編集していく。発散と収束を繰り返しながら、未来志向の成長ストーリーを描いていきます。

非財務因子を読み解き、
企業価値を再定義
PMIやKPI設計まで
統合的に伴走支援

安原 電通グループのさまざまな専門チームが連携して伴走支援を行っているのも、「IR For Growth」の特長です。

「IR For Growth」を
構成するグループ各社

dentsu Japan各社のアセットを電通が統合プロデュースするかたちで、
クライアント企業の持続的成長を伴走支援していく

片山 「IR For Growth」はdentsu Japanのグループ横断プログラムとして、電通、電通PRコンサルティング、電通コンサルティング、イグニション・ポイント、電通総研、ドリームインキュベータより構成されています。電通PRコンサルティングには、投資家がどのように資料を受け止めているかといった外部データの分析を行っているメンバーもいますし、電通と電通総研には「非財務価値サーベイ」というプロダクトがあります。

安原 「非財務価値サーベイ」ではどんなことが分かるのでしょう。

片山 ビッグデータを用いて、非財務因子が企業価値にどのように影響しているかを分析できます。「どの因子が企業価値を押し上げているのか」を明らかにし、そこから強みを再発見するケースは多いですね。

安原 非財務因子の中で、意外に企業価値に効く要素というのはありますか。

片山 やはり人的資本、特にエンゲージメントの部分ですね。20代社員の成長実感や、企業文化が時代にマッチしているかどうかも重要です。また、キャリアオーナーシップを持つ社員の多い企業ほど、企業価値も高まる傾向にあります。

安原 今いる社員のスキルを高める研修や異動による社内育成も大切ですが、外から人材を取り入れるケースもありますよね。近年は、必要な人材と事業をM&Aで獲得するケースも増えています。

片山 dentsu Japanには戦略コンサルティングやM&A支援の知見を持つチームもあり、それぞれのケイパビリティーを統合しながら、企業の課題に伴走しています。M&Aにおいて私たちが重視するのは、買収後の経営統合プロセスです。異なる文化や価値観を持つ組織同士が一体となって新たな価値を生むには、共通のビジョンを描くことが欠かせません。1+1=2ではなく、掛け算で価値を生み出せるように設計する必要があります。ここに我々の強みが生きてくると思っています。

安原 経営統合プロセスや事業戦略においては、KPI(重要業績評価指標)をどう設定しているかも投資家は重視しています。「女性管理職を何%増やします」「研修時間を何時間増やします」と目標の数字を出すだけでは説得力がありません。そのKPIをなぜ設定し、どう達成し、事業成長にどう貢献させていくのかを示すストーリーが重要です。例えば、生産性に直結するとされる重要なKPIにエンゲージメントがありますね。

片山 おっしゃる通り、従業員の士気を刺激し、社会や顧客からの評価につながるKPIであることが大切です。事業目標も「何個売るか」ではなく、「時間」や「快適」を生み出すといった考え方に変えると、社員のモチベーションも上がります。そうした「心が動くKPI」の設計にクリエイティビティを入れていくことも、私たちの提供価値の1つだと考えています。

多様なステークホルダー視点で
価値を創出
一貫したストーリーで
信頼と共感を育む

安原 「IR For Growth」プロジェクトのメンバー構成についても教えてください。

片山 基本的には電通のBX領域のメンバーが中心で、課題に応じてクリエイティブチームやコピーライター、個人投資家向けにはマーケティングチームなどを適宜必要に応じて柔軟に編成しています。また、ケースによってはIR専門コンサルなど電通グループ以外の会社とも事業提携もしており協業で進めることもあります。

安原 片山さんご自身は、もともと広告制作やマーケティング領域のご経験が長いと伺いました。

片山 はい。20年以上にわたり通信関連企業などのマーケティングコミュニケーションを担当してきました。その中で培われたのは、多様なステークホルダーを大切にする視点です。広告では企業の想いをどう生活者の共感につなげるか、出演者やアーティストにとっても意味のある取り組みにするにはどうすればいいか。クライアント様のご担当、携わるクリエイターなど関わるすべての人にとって価値がある状態をつくることを目指してきました。この考え方は、今の「IR For Growth」にも通じます。経営層、事業部、社員など、それぞれの想いを丁寧に汲み取りながら、一体となって企業の成長ストーリーをプロデュースしていくことを意識しています。

安原 まさに今の時代に求められる視点ですね。限られた資本でどれだけ成果を出すかという「資本効率」がこれだけ注目されている背景には、企業同士の株の持ち合いが解消され、より幅広い投資家に「株を持ってもらう」必要が出てきたことがあります。そうした中で、企業は投資家以外に、従業員や地域住民などあらゆるステークホルダーを意識した経営へとシフトしつつあります。

片山 今はNISAなどで個人投資家が増加し、ステークホルダーの顔ぶれも多様化しています。また従業員のリアルな声を可視化するサービスの普及などで、企業もガラス張りの状態です。社内で語るストーリーが社員自身に腹落ちしていなければ、外部に発信してもすぐに矛盾が露呈します。採用ブランディングでいいことを言っても、実態が伴わなければ信頼は得られません。だから、一貫性を持ったストーリーを全方位に伝えることが重要なのです。

透明性が求められる時代、
各ステークホルダーに対して一貫したストーリーが必要

安原 従業員から顧客、投資家、社会まで、すべてに納得感のあるストーリーが必要ということですね。最後に、「IR For Growth」の今後の展望とメッセージをお願いします。

片山 「IR For Growth」は、IR部門だけでなく、経営層・広報・人事・事業部といった組織横断の取り組みとして、企業全体の価値創造に寄与するプログラムです。投資家に限らず、さまざまなステークホルダーから企業価値を高く評価してもらえるよう、成長ストーリーを共に設計し、伝わるかたちに仕上げることを使命としています。もともと電通はコミュニケーションとリレーションシップを生業としてきた会社なので、その経験とノウハウは十分にあります。多様なステークホルダーの視点を持ち、戦略と表現をつなげていくことで、これからも皆さまの企業価値向上に貢献してまいります。

取材を終えて

日経BP 総合研究所 客員研究員 日経マネー元編集長 安原 ゆかり

投資家の方に取材すると、企業の事業戦略、人的資本など非財務情報の開示に「ストーリーが見えない」という声をよく聞きます。数字だけでなく、それがどう事業価値の向上につながるのかを語る力が求められる今、戦略を立てることと、どう伝えるかの両面でノウハウが必要です。dentsu Japanには、人に伝えるプロフェッショナルとして、双方を支援できる強みがあります。非財務分析やKPI設計の話も印象的で、特に「心が動くKPI」を言葉にするアプローチは、従業員にも投資家にも響くと感じました。「IR For Growth」が今後、“伝わるIR”で日本企業のIR変革や価値向上にどう寄与していくのか、注目していきたいと思います。