企業価値を左右する要素は、財務指標だけではない。
パーパスや人的資本、組織文化といった“非財務”の力をいかに経営の軸に据えるかが問われている。
IRに求められるのは、経営戦略を語る中核的機能への進化だ。
そこでdentsu Japan(国内電通グループ)は、戦略的IR支援プログラム「IR For Growth」を始動。
財務・非財務・IRの3領域を統合し、企業の成長実現を一気通貫で支援している。
経営者が描く未来を、社内外のステークホルダーにどう伝え、共感につなげていくか。
その要諦を、早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏と、電通の松岡裕志氏が語り合った。
松岡 ここ数年、PBR1倍割れの問題や非財務情報のあり方が問われています。日本企業のIRの現状と課題をどう見ていますか。
入山 今の日本企業を見て感じるのは、「本気でIRに向き合っている会社」と「形式的にやっている会社」の二極化が進んでいることです。たとえば、アクティビストへの対応などをきっかけに「とりあえずやっておこう」と考える会社もあれば、「やらなければと思いつつ、ノウハウも人材もない」という企業も多い。結果として、IRの成熟度に大きな格差が生まれています。
松岡 私も同じ印象です。IRは経営の“最後の出口”となるものですが、実際にはそこに至るまでの中身、つまり伝えるべきファクトやストーリーが十分に語られていないケースが多い。また、「やりたくてもリソースが足りない」という企業も少なくありません。そこでdentsu Japanでは、その基盤づくりからご支援する「IR For Growth」を立ち上げました。私たちの強みである「人の心を動かす力」を生かし、人を起点に企業価値を高めていくのが狙いです。
入山 経営者のなかには、依然として株主コストへの意識が薄い人も多いと感じます。dentsu Japanチームは、そうした企業にファイナンスの意識改革から入るのか、それともまず成長の絵を描くことから始めるのか、どちらを重視しているのですか。

早稲田大学大学院
経営管理研究科(ビジネススクール)教授
入山 章栄 氏
松岡 明確に後者です。まず未来の構想を描くことからスタートし、ワークショップやインタビューを通じて、その会社らしいDNAや強みを掘り下げます。そこから「ありたき姿」を実現する仕組みをつくり、社員が自律的に動き出せるような環境を整えていく。さらに、そのプロセスを企業価値成長ストーリーとしてIR資料にまとめて発信するところまでを一気通貫でご支援しています。
入山 なるほど。聞いていて興味深かったのは、IRなのに「投資家」という言葉が1回も出なかったことです。それこそが、本質だと思います。株価の上昇や投資家の満足は結果であって、目的ではない。重要なのは、企業が中長期的にどう成長し、社員がどう納得して行動できるかです。本来、企業の仕事は「未来をつくる」ことなので、5年後、10年後の物語を語れなければ、市場も信じてくれません。
松岡 おっしゃる通りです。なので、IRと銘打っていますが、実際にお話しさせていただくのは経営層や経営企画の方がほとんどですね。

電通
第1ビジネス・トランスフォーメーション局
変革パートナー8部長
松岡 裕志 氏
入山 とはいえ、これだけ海外の投資家が来ている今、世界のスタンダードに照らして、PBRやPER、ROEを上げる努力も当然必要です。結果が出なければ、短期志向の投資家から「不要な事業を切り離すように」と迫られてしまいます。
松岡 私たちが見据えているのは、クライアント企業を長期で支えてくれる投資家です。人を起点に会社を変えるとなれば、リターンにはどうしても時間がかかるものです。短期で結果が出ない分、未来を描いてそこに向かって動く姿勢を、正しく外に発信していくことが肝要だと考えます。そうすることで成長への期待値でもあるPERの上昇につながるだけでなく、期待に応えていくために、人事組織変革が起こり、事業変革が起こり、結果的にROE向上にも反映されていくと確信しています。

入山 dentsu Japanでは、どのような体制で成長支援を行っているのでしょう。
松岡 グループ横断で一貫してご支援できる点が本プログラムの特長です。我々は企業価値をPBRで捉え、ROEとPERに分けて考えています。「IR For Growth」ではROEに関わる財務・ファイナンス・事業領域をイグニション・ポイント、電通コンサルティング、ドリームインキュベータが支援し、非財務の領域は電通総研と連携して価値を可視化。PERに関しては、電通PRコンサルティングや電通のクリエイティブチームが、各領域のファクトをもとに成長ストーリーを構築し、IR発信につなげています。電通はBXメンバーを中心にすべての領域での変革支援と財務・非財務価値の統合プロデュースを行っています。
入山 それぞれの得意分野を生かして総合的に支援できるというのは、理想的ですね。クライアント企業からは、どんな相談がありますか。
松岡 多いのは、「パーパスやミッション・ビジョン・バリューが社内に浸透しない」というご相談です。ここは未来の成長戦略を描くうえでも大事な部分のため、言語化のお手伝いをするだけでなく、社員が実際に行動へ移せるような仕組みづくりや自律的に浸透していくようなプログラムをご提供しています。
入山 「行動への落とし込み」は、ワークショップが中心ですか。
松岡 多くはワークショップです。ただし、一律に全社で実施するのではなく、経営層、マネージャー層、現場といった階層別に実施します。同じ言葉でも受け取り方が異なるため、対象ごとに伝え方や見せ方を調整しながら、粘り強く浸透させていきます。
入山 未来を伝える際に最も重要なのは、トップの言葉です。社長自らがストーリーを熱く語ることで、社員も“腹落ち”できる。それが未来に向けた行動を生み、組織の推進力となります。

松岡 おっしゃる通り、トップメッセージは非常に重要です。そのうえで、現場への浸透段階では、マネージャーに橋渡しを担っていただく。現場を理解している人が“伝道師”となることで、社員の理解度も高まると考えています。やはり部門や立場によって響く言葉は違うので、それぞれの現場で使われる言葉に置き換えて伝えるほうが浸透しやすいのです。
入山 それはとても大切な視点ですね。大前提として、日本でイノベーションが起きにくい理由は、社長の任期制にあると考えています。人の心を変え、パーパスやビジョンを実現するには、数十年単位の時間が必要なので、限られた任期では長期的な未来を描けません。その点、現場のマネージャー層であれば、ぶれずにビジョンをつないでいける。dentsu Japanの手法は、まさにそれを踏まえた現実的なアプローチだと思います。
松岡 ありがとうございます。私たちは、企業の未来に対するステークホルダーの共感をいかに得るかを重視しています。投資家だけでなく、社員をはじめ多様なステークホルダーに対して、同じメッセージを伝わる形で一貫して発信し続けることが、中長期的な企業成長の鍵になると考えています。
入山 まったく同感です。僕は、「IR(対投資家)、PR(対メディア)、GR(対政府・行政)、ER(対社員)は一体であるべき」だとつねづね言っています。4つのコミュニケーションが揃っていないと、全方位を“腹落ち”させることができないからです。松岡さんたちのチームはきちんとそれを理解し、実践されているようですね。
松岡 「IR For Growth」では、企業価値成長ストーリーを投資家、社員、就職希望者、そしてM&Aの対象企業にも共通して伝えることを意識しています。そうして共感する仲間を増やすことが、企業価値向上の最短ルートだと考えています。

入山 上場企業を対象に、人的資本情報開示の義務化が進んでいます。人的資本や組織文化が企業価値に与える影響については、どのように捉えていますか。
松岡 企業にとっては、むしろチャンスだと考えています。人的資本の開示は、株価上昇の契機となるはずです。事実、人的資本開示スコアと株価には強い相関がみられることも調査でわかっています。
入山 会社を動かすのは結局「人」です。従業員への投資は最も重視すべきでしょう。でも人的投資は成果が出るまでに時間がかかるため、投資家から「無駄」と見られがちです。だからこそ、人的資本を“コスト”ではなく“投資”として積極的に開示していくことが重要なのです。
松岡 優れた経営戦略や長期計画があっても、それを実践する社員がいなければ、成長は望めません。その社員のモチベーションを高めるためにも、ありたき未来の姿を言語化し、浸透させる取り組み、人的資本投資が大切だと考えています。

入山 「IR For Growth」では、未来をどのように言語化、ストーリー化されているんですか。
松岡 未来を描くうえで大事なのは、単なる“妄想”で終わらせないことです。その会社のDNAや強み、自社らしさを踏まえつつ、社員がわくわくできる未来であること。そして何より、それが実現可能かどうかも重要です。私たちは、実際に企業の中に入って情報を集め、分析を行ったうえで、あるべき未来像をつくるか、あるいは既存の未来像をわかりやすく言語化します。そのうえで浸透プロジェクトに移っていくという流れです。
入山 素晴らしいですね。ビジョンやパーパスは聞こえはよくても、ぼんやりしたものになりがちです。もちろん、多少の理想や夢があっていいと思いますが、社員から見ると遠すぎて納得感が弱い。その点、dentsu Japanの取り組みは、実現可能な道筋をきちんと見据え、地に足のついた形で未来を提示されています。今の日本企業に求められているタイプの支援だと思います。
松岡 私たちは、より多くのクライアント企業の支援を通じて、日本企業全体の価値の底上げを図りたいと考えています。それには、組織全体で未来を描けるような汎用性の高いフレームワークが必要です。「IR For Growth」は、その追求と実践を重ねるためのプログラムでもあります。
入山 IRで最も大事なのは、実態が伴っていることです。企業が未来を語る以上、少なくとも何かしらのアクションが始まっていなければなりません。「IR For Growth」の取り組みは、IRと言いながら実態のほうに踏み込んでいる。言葉だけでなく、解像度を上げて現場に落とし込み、社員が手触り感をもって理解し行動できるようにしている点に、大きな可能性を感じました。
松岡 欧米と比べると、まだまだ日本企業のPBRや企業価値は低いのが現状です。私たちはそれを変えたいという想いから、「IR For Growth」を立ち上げました。広告領域で培った“人の心を動かす力”やグループの総力を結集し、社員の共感からアクションを引き出すことで、企業価値を高めていく。そして、投資家をはじめとするステークホルダーの共感を広げ、あるべき未来を実現するための仲間を増やしていき、持続的な成長へとつなげていく。このアプローチを通じて、日本企業のグロースに貢献していきたいと考えています。


