

かつては自由で開かれた市場が前提だった企業活動だが、現在は国家間競争が激化し、経済の「武器化」が進行している。国際経済環境の急激な変化に伴い、あらためて経済安全保障戦略の重要度が増している。この秋、東京では経済安全保障をめぐって集中的に議論する世界初の国際イベント「経済安全保障グローバルフォーラム・ウィークス(GFW)」が開催される。イベントを企画した貿易経済安全保障局の成田達治局長に狙いを聞いた。
——GFWは、経済安全保障分野における国内外の連携を強化するためのイベントで、10月から12月にかけて政府・独立行政法人・民間シンクタンク・大学・企業などが協調して国際イベントを開催します。12月15日の政府主催の「経済安全保障 東京フォーラム」はその中核イベントに当たります。あらためて、こうしたイベントを開催する背景について伺えますか。
近年、国際経済環境はかつてない速度で変化しています。かつては自由で開かれた市場を前提に企業活動が行われてきましたが、現在は国家間競争や産業政策競争が激化し、国家的な戦略を実現するために経済的な手段を発動する、いわゆる「経済の武器化」が進行しています。ルールベースからパワーベースへの歴史的パラダイムシフトが起きていると言っても過言ではありません。このような中で、日本の企業活動は不安定化し、官民が一体となって対応することが不可欠になっています。
政府としては、経済安全保障を単に「経済を守る政策」ではなく、「経済を強くする政策」と位置付け、2つの柱を中心に支援を進めています。第1は「自律性の向上」、すなわち特定国や特定供給源への過度な依存を避け、サプライチェーンの強靭化を図ることです。第2は「不可欠性の向上」、つまり日本の技術や製品を他国が必要とする水準まで高め、国際社会における存在感と影響力を増すことです。この2点を実現することで、経済的威圧や経済の武器化への抑止力を持つことができると考えています。
そこで重要なのが「3つのP」と私たちが呼ぶ経済安保政策の柱です。「産業振興策(Promotion)」は文字通り、技術開発や投資活動を支援し、企業の競争力を高めることです。「産業防衛策(Protection)」では先端技術や知的財産が流出しないよう防御を固めます。さらに官民及び同盟・同志国との協力を深化させ、経済安全保障に向けた取り組みをより強固にする「国際連携と官民連携(Partnership)」、これら3つのPを進めながら、守りと攻めの双方から国家と企業の強靭化を図るのが経済安保政策の基本的方向です。
——特に、この数年の経済安保の重要課題としてはどういうものを想定されていますか。
近年のレアアースや重要鉱物をめぐる供給不安は、経済の脆弱性を浮き彫りにしました。産業の川上に位置する資源供給の安定化は、まさに自律性向上の核心になるものです。また、官民が一体となって、資源確保・代替技術・リサイクル技術などに投資し、供給網を多元化することが急務とされています。
一方で、日本の産業が国際的に不可欠な存在となるためには、人工知能(AI)、量子コンピューティング、バイオ、宇宙といった先端分野で技術リーダーシップを確立する必要があります。経産省が掲げる「Run Faster戦略」は、この考えを具現化したものです。
「Run Faster」は単なる防衛的対策ではなく、積極的に「より速く走る」――すなわち投資と研究開発を強化し、他国との差を広げて技術的優位を確立する政策です。生成AI分野では海外企業が大規模言語モデル(LLM)で先行していますが、例えば、日本には製造業データの蓄積といった独自の強みがあります。こうした日本の強みを生かした領域特化型AIやエッジでの省エネ型AIなど、「勝てる領域」で戦略的にポジションを築くことが重要です。
——経済安保の取り組みの中で、企業にできることは何でしょうか。また国としてはそれをどのようにサポートしていくのでしょうか。
経済安保政策の実践主体は企業です。政府の政策は企業の競争力強化を通じて国家全体の経済を強くすることを目的としており、官民連携はその前提条件です。しかし「経済安保」という言葉は、防衛的・制約的なイメージを持たれがちです。そこで経産省は、経営者が経済安保を自社戦略に取り込むための経済安全保障経営のガイドラインを策定中で、年内の公表を目指しています。
このガイドラインでは、経済安保を「攻めの経営」の機会と捉える視点を提供します。例えば、供給の信頼性を武器に国際的なビジネス優位を築くことも、経済安保のために企業が取り組めることの一つです。安定供給能力を持つ企業が市場で高い評価を得るような時代に変わりつつあり、経済安保はリスク対策であると同時にビジネスチャンスでもあるのです。
政府が持つ情報を企業の方々と共有して、より官民対話を深化させることも私たちの務めです。例えばサプライチェーンにおいて、ある物資について供給の安定性に懸念が出ている場合、一つの企業が把握できる情報は限られています。経産省はサプライチェーンの様々な情報を収集・分析していますので、サプライチェーン全体で今どういうことが起きているのかを、全体的な視点で企業の皆様にフィードバックすることができます。サプライチェーンを強靭化する取り組みは、サプライチェーンに参画する様々な企業が、認識を共有しつつ連携しながら対応することが重要です。このため、こうした官民での連携が極めて重要になってきます。

経産省では今、関係省庁と連携しながら、政府の経済インテリジェンスに関する能力向上と官民連携推進による政策執行能力向上のためのプラットフォームとして「経済安全保障センター(仮称)」の設立を目指しています。これもまた、各企業の方々のインテリジェンス施策にメリットをもたらすものと考えています。
——このような政策を実践に移すための議論の場としてGFWが設けられました。あらためてその狙いはどこにありますか。
急速に変化する世界情勢の中で、官民が現状認識と対応方向を共有し、さらに同志国と協調して政策をアップデートしていくための場として位置付けています。
日本は経済安保政策の法制度化で他国に先行しており、2022年施行の「経済安全保障推進法」によって政策体系を整備しました。この枠組みは他国からも高く評価されており、先ほどの「3つのP」という概念も国際的に共有されつつあります。各国政府関係者が日本に学び、連携を希望する事例も増えています。こうした背景の下、GFWは日本が政策面でリーダーシップを発揮する国際的舞台としても期待されています。
GFWの締めくくりとして、12月15日に「経済安全保障 東京フォーラム」を開催します。経産省、内閣官房国家安全保障局、内閣府の共催で行われ、各国政府・企業・研究機関から多数の参加が見込まれます。
東京フォーラムでは主に4つのテーマを議論する予定で、具体的には①経済安全保障戦略の全体像、②産業・技術基盤の強化策、③重要鉱物などを中心としたサプライチェーンの強靭化、④国家安全保障と経済の新たな関係性です。これらを通じて、日本の政策知見を世界に発信するとともに、同志国との連携強化を図っていきたいと考えています。
——企業セクターからはどんな人たちに参加してほしいと考えていますか。
やはり経営者の方々、それから経済安保の実務にそれぞれの企業の視点から取り組まれている方々です。もちろん大企業もそうですが、ぜひ中堅中小企業の方々にも参加していただきたいと思います。中堅中小企業の皆様がサプライチェーンの重要な役割を担っていると私は考えております。
経済安保はもはや一部の資源関連企業や防衛産業の課題ではなく、あらゆる業種の経営課題です。サプライチェーンの安定確保、先端技術への投資、データ活用、国際連携などを通じて、各企業が自社の自律性と不可欠性を高めることが、国全体の安全保障に直結します。
また経産省が今年5月に発表したアクションプランでは、今後の取り組みの方向性として、政府の経済インテリジェンスに関する能力向上と官民連携推進による政策執行能力向上のためのプラットフォームの設立も言及されています。
25年のGFWと12月の東京フォーラムを成功させ、経済安保ならまずは東京で議論するのがデファクトと、経済安保分野での最重要な国際的イベントとして定着させていきたいと願っています。
貿易経済安全保障局長
成田 達治氏