生成AIの進化により、企業と生活者の関係は大きな転換点を迎えている。これまでの情報発信型マーケティングから、AIエージェントを介した“対話を起点とする関係構築”へと移行しつつあるのだ。この変化を見据え、博報堂DYグループは「Human-Centered AI(人間中心のAI)」を掲げ、人とAIが共に創造する未来像を描こうとしている。マーケティングやブランディングの現場で、企業はAIとどう向き合うべきか。嶋浩一郎氏と森正弥氏に聞いた。

企業と生活者の距離を縮める
AIエージェント

株式会社博報堂

執行役員 エグゼクティブ クリエイティブディレクター

嶋 浩一郎

―AIエージェントによって、今後ビジネスはどう変化していくのでしょうか。

:AIエージェントが企業の顔になり生活者と直接つながる時代にマーケティングは大きく変化すると思います。最も大きな変化は会話がコミュニケーションの手段になることです。いま多くのウェブサービスは事業者が決めたカスタマージャーニーに基づいて生活者に選択肢を選ばせます。レストラン予約のために、銀座などの場所、フレンチなどのジャンルを順番に入力する必要があります。自律的に生活者と会話をするAIエージェントを相手に自然言語でやり取りする時代になると、「眺めのいい席を予約したい」とか、「どこでもいいからドイツワインに詳しい店員がいる店」など、感覚的にジャーニーを無視したリクエストをする人が増えるのではないでしょうか。そして日常の会話の中で生活者は本人も気づかない「欲望」を口にしているケースが多いんですよ。これは企業にとってチャンスです。

:企業はどうしてもAIを自動化・効率化の延長線上で捉えがちですが、むしろそこからどれだけ離れられるかも鍵になるでしょう。AIエージェントは、単に作業を任せる相手ではなく、生活者とのコミュニケーションを作り変える存在になるからです。AIを介して生活者とどう長期的な関係を築くか。AI時代のマーケティングでは、これまで以上に生活者視点が問われることになります。

:生活者と企業が直接つながる時代に、AIエージェントには便利さ以上に魅力的なキャラが求められます。「話したくなる相手」になる必要がある。人は網羅的に「何でも知ってるAI」と同時に、偏愛や個性があるAIを求めるのではないでしょうか。全ての情報を知っているより、「BRUTUS」をすべて読み込んだAIの方がその提案や会話が楽しめそうです。偏りが思いがけない発見を生み出すと思うんです。

“粒ちがいのAI”が生み出す
創造性

―博報堂では、AIエージェント時代に向けた具体的な取り組みを数多く展開されています。

株式会社博報堂DYホールディングス

執行役員 Chief AI Officer、
Human-Centered AI Institute代表

森 正弥

―博報堂では、AIエージェント時代に向けた具体的な取り組みを数多く展開されています。

:代表的な事例が「細田AI」です。博報堂グループを代表するクリエイティブ・ディレクター細田高広の思考と対話しながら、プロダクトやサービスのコンセプトを作成できるAIエージェントです。マーケティング担当者が、まるで細田とブレストしているような体験ができ、AIが問にリアクションするだけでなく、対話を通じて新しい発見を促す設計になっています。

:「バーチャル生活者」というプロジェクトも展開してきています。独自に保有する豊富な生活者データをもとにAIによって複数の生活者を再現し、いつでも対話することができます。企業は新しいサービスや商品の企画段階で、バーチャル生活者との質の高い対話を通して、自らのバイアスや盲点に気づくことができます。AIが一方的に答えるのではなく、逆に『それは本当に生活者の価値観に沿っていますか?』と問い返してくる“対話型インサイト”が大きな特徴です。

:「tsubuchigAI(粒ちがい)」というAIエージェントも実証実験中です。「粒ぞろいより粒ちがい」という博報堂の企業文化をまとった対話型AIエージェントです。日本史好き、哲学好きなど、個性豊かなAIエージェントと様々なテーマについて会話が可能です。

:これらのプロジェクトに共通しているのは、AIを単なる効率化ツールではなく、“企業の思想や文化を表現する存在”として捉えている点です。AIを導入する際には、データや業務の整備だけでなく、企業のカルチャーやパーパスまで含めて“AI Ready化”することが欠かせません。ブランドの哲学や接客のスタイルがAIに反映されてこそ、その企業らしい対話が生まれます。「細田AI」も、単なる業務支援ではなく、社員の経験や発想、つまり“暗黙知”を引き出す仕組みになっています。AIを効率化のためではなく、企業の独自性や知の深みを可視化するために活用すること。それこそが、次のAI活用の本質だと考えています。

人とAIが互いの力を
引き出し合う社会へ

―ここまでのAIエージェントの話を踏まえ、御社が提唱する「Human-Centered AI(人間中心のAI)」という考え方について教えてください。

:「Human-Centered AI(人間中心のAI)」とは、AIを人の代替や効率化の手段としてだけではなく、人と共に可能性を拡張していく存在として捉える考え方です。もともと語源である“人間中心設計”は、エンドユーザーの利便性を高めるための概念でしたが、今はAIを直接使わない生活者にも影響が及ぶ時代です。ゆえに、我々は“人間”を“生活者”まで広げて考える必要があると考えています。また、 “中心”とは主体性の起点のことを指し、それは創造性の中心であることも意味します。AIを効率化のための技術にとどめず、人とAIが互いの力を引き出し合う社会を構想する。それが、博報堂DYグループが目指す「Human-Centered AI」です。言い換えればそれは、博報堂が長年大切にしてきた「生活者発想」そのもの。生活者に寄り添い、共に未来をつくるという思想の延長線上に、この取り組みがあります。

:企業と生活者のコミュニケーションは長らく一方通行で、企業はCMでメッセージを発信してきました。インターネットの普及によってそれが双方向のやり取りに進化し、AIエージェントの時代に、ブランドは生活者の対話の相手に進化します。まさに、生活者の生活そのものに入り込む存在になるはずです。だからこそ、そのキャラ付けに失敗すると嫌われてしまうリスクもあるわけです。生活者視点による、AIエージェントのインターフェース設計、キャラクター設計が大切になります。自社ブランドの「人格」を見つめ直す局面なのだと思います。

:もうひとつ、忘れてはならないのは「AIによる同質化」への懸念です。技術が広く行き渡れば、戦略も発想も似通い、企業らしさが失われてしまう危険がある。その流れを断ち切る鍵が、“粒ぞろい”ではなく“粒ちがい”――つまり独自の個性を持つAIです。社員一人ひとりの知をどう引き出し、ブランドの文化や思想をどうAIに宿すか。そこにこそ、次の競争優位が生まれます。AIを単なる効率化ツールではなく、企業の一員として育て、ブランドの人格を体現するパートナーへと磨き上げていく。その挑戦を、私たちは多くの企業とともに進めていきたいと考えています。

Column

「生活者インターフェース
市場フォーラム2025」

「いっしょに話そう。世界が変わるから。
-AIエージェント時代の生活者価値デザイン-」開催

 2025年11月18日、博報堂は「生活者インターフェース市場フォーラム2025」を開催した。6回目となる今年のテーマは「いっしょに話そう。世界が変わるから。」

 急速に進化するAIエージェントをめぐり、有識者と同社のプレイヤーが登壇し、セッションを行った。

 開催にあたり、博報堂代表取締役社長の名倉健司氏は、「生活者インターフェース市場がAIによって大きな転換点を迎えている」と強調。特に自律性を備えたAIエージェントは、生活者との無数の対話から潜在的なニーズを把握し、思いもよらない体験や価値を生み出す存在となり、新たな価値創造とビジネスチャンスが無限に広がる未来になると展望を示した。

 本フォーラムのラップアップを行った、博報堂執行役員の中村信氏は「AIエージェント時代において企業が向き合うべきは、従来の延長線にない『別解』をいかに生み出すか」だと主張。「博報堂は生活者発想とクリエイティブの力で、心躍る様々な体験・価値を生み出すお手伝いをしていきたい。“AI POWERED CREATIVITY”で同質化しない、価値ある未来を、AIとともにデザインしていきます」と伝えた。

 会場では、博報堂が自社の企業文化でもある “粒ちがいの個性” をもとに開発したAIエージェント「tsubuchigAI」との対話ができる特別体験も用意。参加者はクリエイティブな対話を通じて生まれる「別解」の可能性を実感し、AIエージェント時代の到来と新たな市場を切り拓く象徴的なイベントとなった。  

株式会社博報堂

〒107-6322 東京都港区赤坂5丁目3番1号 赤坂Bizタワー

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