近年、経済産業省が「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義する「人的資本経営」が注目されており、企業には人財戦略の大きな変革が求められている。人的資本経営を推進する背景として「サステナビリティ(Sustainability:持続可能性)」の視点も重要だ。サステナビリティ経営を中期経営戦略の軸とし、人的資本に取り組むKDDI。いかに進めているのか。
サステナビリティ経営の根底には
「創業からの理念」がある
KDDI
コーポレート統括本部
サステナビリティ経営推進本部長
矢野 絹子氏
KDDIは中期経営戦略(2022-25年度)においてサステナビリティ経営を軸に据えている。経済価値だけでなく環境価値、社会価値も向上させながら「企業価値の向上」と「社会の持続的成長」を両立する好循環の構築を目指す。
KDDI
コーポレート統括本部
サステナビリティ経営推進本部長
矢野 絹子氏
KDDI コーポレート統括本部 サステナビリティ経営推進本部長の矢野絹子氏は、KDDIがサステナビリティ経営を推進する根底には「『社会の発展に貢献する』という創業からの理念が存在します」と説明する。
企業理念においては、「お客さまの期待を超える感動を届け、豊かなコミュニケーション社会の発展に貢献すること」を掲げてきた。そして、すべての活動の土台として従業員が持つべき考え方を示す「KDDIフィロソフィ」の中には「利他の心で考える」「人間として何が正しいかで判断する」などの項目があり、まさにサステナビリティ経営につながる要素が数多く含まれている。
こうした精神を有しながら、KDDIは2000年の発足以降、時代に対応しながら事業領域を広げ、社会や顧客に様々な価値を提供してきた。携帯電話やスマートフォンの浸透だけにとどまらず、2010年代後半からはユーザーの生活に近いエネルギーや金融などの事業を展開。2020年以降は衛星ブロードバンドインターネット「Starlink」の活用やKDDIスマートドローン設立などを通じて、あらゆるシーンに通信を溶け込ませることで新たな価値の創造を目指している。さらに、2024年にはローソンと資本業務提携を締結し、リアルテックコンビニエンスの実現に取り組んでいる。
矢野氏は、この歩みを「グローバルスタンダードを取り入れ、そこに日本ならではの付加価値を乗せることで、より大きなソーシャルインパクトを創出してきた歴史でもあります」と説明する。例えば、昨年1月に発生した能登震災においては、早い段階で厚生労働省管轄の災害医療派遣チームDMAT(Disaster Medical Assistance Team)と連携してStarlink機材を提供し、通信をつなぎ続けることで迅速な医療活動を支援した。こうしたStarlink活用は災害大国の日本だからこそ生まれた価値ともいえる。
災害時のStarlink活用をはじめ、KDDIはグローバルスタンダードと日本ならではの付加価値を重ね、
より大きなソーシャルインパクトを創出してきた
これらの取り組みを進めるうえで重要となるのが、中期経営戦略(2022-25年度)で推進している「サテライトグロース戦略」である。サテライトグロース戦略は「5G通信」「Data Driven」「生成AI」を中心に顧客との接点である通信基盤を生かし、「DX」「金融」「エネルギー」といった成長領域での付加価値サービスの提供によって事業成長を加速していくものだ。
KDDIはサテライトグロース戦略に基づいて事業を拡大するとともに、「企業や自治体、団体などとのパートナーリングを通じてソーシャルインパクトを創出していきます」と、矢野氏は力強く語った。
KDDIのサテライトグロース戦略
仕組みはつくって終わりではない
導入後の継続が変革の鍵に
KDDI
執行役員
コーポレート統括本部
人事本部長
菱田 直人氏
このような背景を踏まえ、KDDIはどのような人的資本経営を行ってきたのか。まずポイントになるのは「サテライトグロース戦略の進展にともない、これまで以上に金融やエネルギーなどの非通信領域の事業に詳しい人財や、DXに関する高い専門性を持つ人財が求められるようになった」という点である。
KDDI
執行役員
コーポレート統括本部
人事本部長
菱田 直人氏
さらに、次の事業の柱となる事業創造と持続的な価値創出を並行して続けていくためには、どの事業にどれだけの人財投資を行うべきか。それを最優先に考える「人財ファースト企業への変革」が人的資本経営に必要となっていったと、KDDI 執行役員 コーポレート統括本部 人事本部長の菱田直人氏は語る。
しかし、人的資本経営を実現するうえで事業戦略の実現と人財マネジメントを一気につなげていくのは容易ではない。そのため、まずは「仕組みをつくる」ことを目指し、2020年に「KDDI版ジョブ型人事制度」を導入した。
KDDI版ジョブ型人事制度のコンセプトは「プロを創り、育てる」。その根幹として30の専門領域を定め、領域ごとの職務やスキルを具体的に明示している。さらに、その専門領域を極めた人財を「プロ人財」と定義し、その認定基準として「高難易度業務の遂行」「意思決定への影響」「スキルの伝承」の3つを挙げた。30の専門領域についてはさらに細分化し、ジョブを定義している。
「KDDI版ジョブ型人事制度」の全体像
この新しい人事制度を導入してから数年経ち課題も浮上した。1on1をベースとした育成により現場の上司の負荷が増えた、キャリアやスキルアップに対して個人の意識を変えることが難しかった、などの内容である。これに対してKDDIは、「意識を変える」ための取り組みとして「プロ人財育成・キャリア自律の促進」を2023年からスタート。菱田氏は「仕組みはつくって終わりではなく、導入後の継続的な取り組みがジョブ型へと変革するための重要な鍵となります」と指摘する。
課題の対策としてまず始めたのが、上司の部下育成をサポートする取り組みだ。具体的には、それぞれのスキルを日常の業務内でどの程度発揮できているかを測定し、強みと弱みについて上司と部下の対話を促すツール「スキルアセスメント」や、マネジメントに必要なデータを集約し、自組織の改善に向けたヒント集などを一元化することで、業務負荷軽減につなげる課長向けのサポートツール「マネジメントインサイト」の導入などが挙がる。
労務状況を含めた社員のメンタルケアの観点では、2019年から全社員向けの「社内カウンセリング」をスタートし、半期に一度実施している。さらにキャリア相談の増加に対応するため、資格を持った社員や社外のキャリアコンサルタントへ相談できる体制や、人事が現場の1on1以外で社員を見守る体制も整えた。社員のメンタルやキャリアに対する能動的な悩み相談を行っており、個人の意識を変えることにもつながっている。
これらに加え、キャリア実現に向けた実践機会として社内副業制度を導入している。就業時間の約2割を目安に自部署以外での業務を経験できる制度であり、2020年の導入以後、利用者はのべ1,200名にまで増えてきた。映画出資・配給を主としたエンタメ事業を担うチーム「KDDI Pictures」は約30名のうち8割が社内副業者によって構成され、社内副業で事業貢献につなげるという好事例も出てきた。
これらの取り組みにより、注力領域でのプロ人財の比率が「35%」に到達したという。「専門性の高い若手優秀層の抜擢や、内部育成が難しい専門性を持つ人財の外部採用も進んでいます」と菱田氏は語る。
ジョブ型人事制度の導入以降、着実に成果が表れている
コラボレーションで価値創造
新社屋移転も後押しする
KDDIはジョブ型人事制度をただ導入するだけではなく、意識変革を狙ったさまざまな施策も段階的に講じてきた。意識変革への成果も出始めるなか、今後の新たな取り組みのポイントとなるのが「事業戦略と人財マネジメントの連動」である。事業の成長性を基に人財の投資領域を特定し、さらに強化すべき機能・ジョブを定めた上で、要員計画・採用計画を作るというプロセスを事業主体でリードすることを目指していく。
菱田氏は「戦略遂行に必要な人財の充足とプロ人財の専門性を掛け合わせ、より大きな価値を生み出すコラボレーションを加速させます」と力説する。
10月からは、全社員が閲覧可能な社内アドレス帳上でのプロ人財認定マークの表示を開始した。事業領域拡大により部門横断でのコラボレーションの必要性が高まる中、プロ人財を全社公開することで、社員同士の円滑な連携を生み、新しい価値創造につなげることが狙いである。
加えて、組織や専門性の壁を越えたコラボレーションの土台として重要な鍵となる、互いの違いを尊重し合う風土醸成、つまりDE&I推進にも力を入れる。DE&Iは「Diversity(ダイバーシティ:多様性)」「Equity(エクイティ:公平性)」「Inclusion(インクルージョン:活かす)」の頭文字を取った言葉である。KDDIも経営戦略の一部としてDE&Iを捉えている。
DE&I推進の第一歩目として現在注力しているのが、ジェンダーギャップ解消だ。具体的には、経営層主体の女性活躍議論の場を設置するなどの経営層のコミットメント強化、女性管理職候補のスキルアップを本部長層が伴走・支援する「スポンサーシッププログラム」の導入などの女性本人への支援強化が挙がる。加えて社内風土醸成のため、社内外のイベント登壇者選定においては、DE&Iを踏まえ女性や若手層を含めることを意識するように求めるガイドラインを制定した。
さらにKDDIは2025年度に高輪ゲートウェイへの本社移転を予定している。新社屋移転を通じて、会社・部門を超えたコラボレーションを促進していく。
コラボレーションを一層加速させる「場」が、高輪ゲートウェイにできる予定の新社屋だ
新社屋にはKDDIグループやパートナー企業なども集まって自由に議論できるエリアも設けられる予定だ。「会社や部署などの所属の壁を越えるとともに、多様な専門性を持つ人財が集まってさまざまなアイデアを出し合い、互いに切磋琢磨する環境を作ることで、コラボレーションによる価値創造も加速させていく」(菱田氏)とのビジョンを示した。KDDIの人的資本経営が今後どのように動き、変化していくのか。さらなる進化にも期待したい。
