DXが一般化した現在、あらゆる業界でデータ活用の優劣が事業の浮沈を占うまでになった。一方で、AIに顕著なようにデータ活用の手法は複雑化・高度化しており、その取り扱いには非常に注意を要する。
とりわけプライバシーに関わる個人情報は筆頭といえるだろう。情報漏洩を防ぐ強固なセキュリティ体制はもちろん、最近では「預けたデータをどのように使うのか」をユーザーに具体的に示し、透明性を高めることが求められている。Cookie規制によるバナー表示が定着しつつあるが、どこまでユーザーに伝わっているかは疑問が残る。それゆえ、企業はさらに踏み込んで安心・安全なデータ保護を主体的にアピールし、ユーザーの期待と企業の実際の対応が一致するように努めていかなければならない。
こうした状況に対応すべく、2018年に各国への適用が開始されたGDPR(EU一般データ保護規則)では、データ保護オフィサーを意味するDPOが法律上でも定義された。ではなぜDPOが誕生したのか。その歴史を改めて解説したい。
欧州では第二次世界大戦中の人権侵害、後の冷戦時代における監視社会を通じて、政府による個人データ濫用の懸念が増加。これを踏まえ1969年にドイツのヘッセン州が世界初のデータ保護法を制定した。その後ドイツ連邦全体でデータ保護を監督する独立機関が設立され、組織にDPOの前身となるデータ保護担当者の設置が求められた。この流れから1995年にはEUデータ保護指令が採択され、2018年のGDPR施行によりDPOの役割が法的に明確化された経緯がある。
GDPRでは、「データを処理する公的機関・公的組織」「データ主体を大規模に、定期的かつ系統的に監視している場合」「人種・宗教・健康情報などや犯罪記録を大規模に処理する場合」の3つに対し、DPOの設置を義務付けた。これを受け、EU内で事業を展開する多くの企業がDPOを設置している。
EUではDPOの設置が法律で義務付けられている
GDPRではDPOを「アカウンタビリティのコーナーストーン(説明責任を果たすための基盤)」と位置づける。大きな特徴は、どのレイヤーからも独立した立場にあることだ。
もう少し具体的に説明しよう。データを「利用する側」と「利用される側」の利益は、時に一致しない。GDPRは「利用される側」のリスクを公平かつ適正に考慮し、「利用する側」が合理的な意思決定を行ったか、そのプロセスの透明性を高めることを重視している。そこでGDPRが義務付けたのが、独立したDPOの設置だ。
DPOは組織内で独立した立場から意見を提供する。企業が定めたプライバシーポリシーの遵守を監視し、現場であれ、経営層であれ、方向性が間違っていれば躊躇なく助言し、合理的な意思決定を支援する。最終的な意思決定は経営層が行うが、DPOはその判断プロセスの透明性を高めるために重要な役割を果たす。まさに「社内データ活用のお目付け役」の立ち位置である。
DPOの意見も踏まえた合理的な意思決定を行ったと説明することで、組織はアカウンタビリティを果たす。つまりDPOは、公平で適正な意思決定が行われたことを客観的に説明できる体制を提供し、組織のデータ保護体制を強化するためにあるのだ。
DPOは組織の中に設置されるが、組織に対して「独立性」を担保しなければならない
LINEヤフー
データ・プロテクション・オフィサー
中山 剛志氏
日本を代表するテックカンパニーのLINEヤフーは、早くからDPOを設置した企業として知られる。2025年1月、同社でDPOを務める中山剛志氏が「日本DPO協会 第4回オンサイト例会」に登壇。LINEヤフーの取り組みやDPOの重要性について講演した。
LINEヤフー
データ・プロテクション・オフィサー
中山 剛志氏
主要事業の1つである「LINE」は、日本、台湾、タイにおいて国民的なコミュニケーションアプリとなっている。ユーザー数は1億9600万人(※)に達し、さらにグローバルで拡大を続ける。同社ではユーザーから収集した膨大なデータを分析し、新たな価値創出、パーソナライゼーションによる顧客満足度の向上に役立てているが、「だからこそデータ活用の透明性が不可欠」と中山氏は話す。
※2024年3月末時点
そこでLINEヤフーでは経営指針に「ユーザープライバシーファースト」を掲げ、指針を支える「5つの原則」を制定・宣言した。5つの原則とは「ユーザー利益の優先」「透明性の確保」「権利利益の保護」「コントロール権の尊重」「セキュリティ」を指す。
経営指針を支える「5つの原則」と、それを推進するための取り組みの一環としてDPOの設置がある
これを踏まえて設置したDPOの役割に関して、中山氏は次のように語った。
「企業内でデータを活用している人間が『我々のデータ活用は安全です。安心してください』と主張したところで、信用してもらえるかは未知数です。ここでDPOは社内とユーザーの間に立ち、独立した視点で複雑なデータ活用を監視し、現場の意思決定者はもちろん、経営陣や取締役会にさえ助言する立場にあります。それによって透明性を担保するのです」
DPOは独立した立場からデータ処理を監視し、客観的な助言を提供する。この助言を踏まえて、意思決定者は合理的な判断を行い、組織内の透明性を向上させる。またDPOの役割や体制を社外に説明することで、データ取り扱いの透明性が外部にも伝わり、社会的信頼が築かれていく。
「ここで大事なのは『いかに分かりやすく情報を伝えるか』ということ。ストーリーテリングが重要になってきます。情報を伝える責任は組織側にあり、DPOはそのプロセスを支援し、ユーザー目線で適切な情報伝達を助言する。万が一不祥事が発生したときに、多くの人が納得して腹落ちする内容になっているか、どれだけ皆さんを納得させられるかがポイントです。また、その際、そもそも独立した監視役がいるのか、いないのか、その差は大きい。独立した客観的な目線が存在する。そこから生まれる安心感、アカウンタビリティの遂行と納得感があって初めてステークホルダーとの信頼関係を構築できるのです」(中山氏)
ストーリーテリングにおけるDPOの重要性を中山氏は続けて補足する。「意思決定者に対して独立した客観的な助言ができなければ、DPOは本当の力を発揮できません。今やデータ活用はビジネスに直結しているので、判断を誤ると事業に致命的な影響を及ぼすことも考えられます。これからの時代、DPOとして経営に対するストーリーテリングを支援していくことが重要になってきます」。
DPOの独立性を維持するには、利益相反や一方的な指示の回避がポイントになる。例えば人事権を持つ幹部社員や経営層がDPOを兼務することは望ましくない。会社都合によらず、毅然としたスタンスで監視することがグローバル基準のデータ保護につながるからだ。LINEヤフーではGDPRおよびDPOガイドライン(EUデータ保護法令)をモデルに体制を構築し、DPOの独立性を担保している。
イベントの第2部では、参加者が複数チームに分かれてディスカッションを実施。集まったメンバーは日系・外資を含む大企業が中心で、業種も情報、メーカー、製薬、通信、コンサルなど多岐にわたった。この事実からも、日本でもDPOへの注目度が高まりつつあることがうかがえる。
とはいえ、グローバルと足並みを揃えるためには一刻も早いDPOの普及が望まれる。中山氏は日本の現状をどう捉えているのか。イベント後の取材で改めて話を聞いた。
「イベントには日本の中でも、かなり進んだ意識を持っている参加者が多かった」と中山氏は振り返る
「GDPRに規定されたカテゴリーに入っているならともかく、それ以外の企業は関係ないと捉えているのではないでしょうか。日本の法律で規制されているわけではないですし、独立したDPOを設置するにはコストやリソースも重荷になりますから。ところが人口が減り続ける日本市場のシュリンクは目に見えており、いざグローバルで勝負するとなった場合にデータ保護体制がグローバル基準に達していなければ、土俵にさえ上がれない。この観点から危機感を抱いている企業は少ないように思います」(中山氏)
「イベントには日本の中でも、かなり進んだ意識を持っている参加者が多かった」と中山氏は振り返る
言うまでもなくデータは、イノベーションや新規事業開発の源泉。緻密な分析から導き出されるヒントも数多い。仮にデータ保護の理解が進まずにグローバル基準を満たせないと、思い切りアクセルを踏むこともできない。日本のデジタル競争力を引き上げるためにも、DPOによる透明性の高い意思決定プロセスは必須だと中山氏は指摘する。
「日本のデジタルエコノミーは世界でもかなり低い位置に留まっています。しかしDPO体制の整備は社会からの信頼獲得につながり、データ活用に対する過度な萎縮を防ぐことができます。そしてデータ活用の不安を排除してビジネスを回せるようになれば、日本のデジタルエコノミー発展にも寄与するのではないか。私はそう期待しています」(中山氏)
ただしGDPRの流儀をそのまま日本に当てはめるのは難しい。「いかに独立性を保ち、忖度が日常の日本文化の中にどのようにDPOを調和させていくのかは、皆さんと一緒に考えていかねばならない課題。そう考えると、DPOはデータという切り口から日本企業の意思決定プロセスを見直す機会なのかもしれません」と中山氏は語った。
LINEヤフーでは有識者との対話や、次代を担う学生たちとの懇談などを通じて地道な啓発活動を推進している。こうしたイベントの登壇などを通じて、DPOの意義を発信することも活動の一環だ。「積極的にノウハウを共有し、DPOの大切さを多くの人に知ってもらいたい」と中山氏は言う。
さらに、LINEヤフーはDPOを支えるチームを形成し、実効性あるデータ保護活動に注力している。中山氏はDPOに専念しているが、グローバルで3万人規模の従業員を抱えるだけに1人で監視するのは不可能だ。そのため、このようなDPOをサポートする体制が重要となる。
LINEヤフーでは、PayPayやZOZOなど主要グループ企業16社にDPOを設置している。「グループ企業からは『プライバシーチームもセキュリティチームもあるのに、なぜDPOが必要なのか』と聞かれた際、『合理的な意思決定を、客観的に説明できる体制を提供するからだ』と答えました。日本ではまだ認知度が低いですが、独立監査法人や第三者委員会など、独立した客観的な目線に対するニーズが高まっている状況を鑑みると、日本市場でもDPOの重要性は受け入れられやすいのではと感じています」(中山氏)
データドリブンを実現するための欠かせないピースとして、日本企業におけるDPOの存在感は今後、ますます強まるに違いない。