AIの活用が急速に広がり、企業の競争力を左右する要素となりつつある。顧客対応や生産管理、商談支援など、業務のあらゆる領域でAIの導入が進む一方、ソリューション選定や人材・ノウハウの不足、セキュリティ対策など課題も多い。こうした中、日経BPは2025年10月21日、「経営課題解決シンポジウム~経営×AI編~」を開催。経営・マネジメント層が押さえておくべきAIの最新トレンドと、実践に向けたヒントを紹介する。
基調講演
SMBCグループにおける
生成 AI 活用の取り組み
生成AIは社会全体の生産性を高めていく

三井住友フィナンシャルグループ
デジタル戦略部長
松永 圭司 氏
三井住友フィナンシャルグループ(以下、グループを総称して「SMBCグループ」)は、生成AIを活用した業務変革と新事業開発を加速している。デジタル戦略部長の松永圭司氏は「ここ数年は、デジタル技術を活用して、金融だけでなく非金融分野の新規事業にも精力的に取り組んできましたが、足元は生成AIに注力しています」と語る。脱炭素や広告・マーケティング、契約管理、サイバーセキュリティなど、多様な分野での事業を開発してきた。
現在、SMBCグループでは主要なもので50を超えるAI関連プロジェクトが進行している。その代表格が社内チャットツール「SMBC-GAI」だ。社内規程やルールなど130万件以上の文書を学習し、従業員が日常業務で検索や照会に活用している。そして、もう一つの象徴的な事例が、社長・中島氏を模した「AI-CEO」である。経営方針や判断基準をAIが学習し、従業員の相談や企画の壁打ちに活用されている。また、銀行の市場取引業務に特化した「市場GAI」では、マーケットニュースや為替、決算情報などを組み合わせ、専門性の高い分析を行う。
顧客企業向けの取り組みとしては「CFOエージェント」がある。企業内にある既存のExcelやWord等の財務関連データをAIエージェントが統合して、ダッシュボードとして可視化し、あわせて数値の分析等を行うもので、企業の経営判断の迅速化を支援している。
非金融分野では、グループ子会社の一つであるSMBCリーガルX(クロス)が「AI契約書管理・分析サービス」を展開。契約書の作成や管理を効率化するプラットフォームとして、大手法律事務所や海外スタートアップと連携しながらプロダクトを進化させている。生成AI技術の進歩や推論コストの低下に合わせ、柔軟な開発体制で改良を重ねているという。
こうしたAI活用を支えるのが、特別予算と迅速な意思決定の仕組みだ。CDIOミーティングでは社長、頭取、各CXOが新規事業案を毎月審議し、その場で可否を判断する。「ROIに厳密に縛られず、スピード重視で資源を投入しています。従業員からのアイデアを即時に予算化できることが、AIプロジェクトを次々に生み出す原動力になっています」(松永氏)
ガバナンス面では、AI導入ガイドラインを整備し、2024年に人間中心、公平性、公正性、透明性、法令順守の4原則を掲げた「責任あるAIポリシー」を制定。関係各部門が横断的に連携し、安全で持続的なAI活用体制の構築を進めている。
さらに、生成AIやフィンテックなど先端技術の探索にも積極的だ。2023年にはアジアを対象とした「SMBC Asia Rising Fund」を設立し、翌年には米国VCのフィンキャピタルと連携した「SMBC FinAtlas Beyond Venture」を開始。アジアや米国のスタートアップと協業し、新たなAIビジネスの創出を図っている。また、元マイクロソフトアジア社長のアーメッド・マザーリ氏をAIトランスフォーメーションアドバイザーに迎え、グループ全体のAI戦略と企業変革を加速。プロダクトやシステム、事業、リスク管理などの部門が横断的に連携する体制を整えている。
松永氏は最後に、「AIは、業務自動化だけでなく、意思決定を支える存在に既になりつつあります。金融と非金融の垣根を越え、社会全体の生産性を高める力になると考えています」と展望を示した。
特別講演
日本企業が直面する AI
ガバナンス課題と取り組みの方向性
“攻めのガバナンス”で積極的活用を

AIガバナンス協会
代表理事
大柴 行人 氏
AIの急速な普及に伴い、企業のリスクマネジメントは新たな局面を迎えている。AIガバナンス協会(AIGA)の大柴行人氏は「AIの利活用にはセーフティとセキュリティ、2つのリスクが存在します」と語る。
セーフティリスクとは、AIの利活用によって発生する安全性・倫理上の問題だ。一方のセキュリティリスクは、AIを介した情報流出や悪用といった、悪意ある第三者によって発生するリスクである。
こうしたリスクの多様化を背景に、AIガバナンスの必要性が急速に高まっている。だが、日本企業には特有の課題もある。
「米国では“イケイケどんどん”で進めて失敗し、反省して学ぶ。一方、日本は“怖いから動かない”という傾向が強い。どちらもAIの成長を妨げる構造です」(大柴氏)
同協会では、AIガバナンスを“攻めのガバナンス”と位置づけ、リスクを理解した上で積極的に活用する姿勢を提唱している。
国内の先進企業ではガバナンスの仕組みづくりが進む。大手保険企業では、グループ全体のAIポリシーを策定し、「技術の変化に応じて柔軟に更新するアジャイルガバナンスの考え方」を導入。CRO(チーフリスクオフィサー)主導の体制のもと、DX部門と連携してAIモデルの品質保証やセキュリティ検証を行っている。
一方、HRサービス企業大手では弁護士や研究者など外部専門家を交え、公平性検証の技術テストを実施。大手SIerもCDO(Chief Digital Officer)を中心にプロセス・組織・技術検証の三層体制を整備している。
「ルールづくり、組織構築、技術検証という3段階でのアプローチが、ガバナンス実装の共通点だといえます」(大柴氏)
AIGAでは、こうした企業の取り組み状況を調査する「AIガバナンスナビ」を運営。35社以上の自己診断結果を分析したところ、ルール整備や組織づくりは進む一方、技術的検証や透明性の確保に課題が残るという。大柴氏は「特に第三者検証の仕組みが十分でない。AIの信頼性を担保するためには、外部監査やテスティングの導入が欠かせない」と指摘。また、リスク管理人材の不足も深刻であり、協会では会員向けに勉強会やポッドキャストなどを通じ、知識共有を進めている。
一方、政策動向にも変化が見られる。大柴氏は「米国は規制を緩めて推進重視、EUはAIアクトで厳格に管理、日本は両者の中間に位置する」と分析する。
日本では2025年5月にAI新法が成立し、政府によるAI戦略本部の設置やガイドライン策定が進む。特にデジタル庁が策定中の「生成AI調達・利活用ガイドライン」は、民間企業の実務にも参考になるという。講演の最後に、大柴氏は次のように強調した。
「リスクを恐れて立ち止まるのではなく、理解して前に進むことが重要です。AIガバナンスは企業が安心してAIを活用するための“道具”であり、イノベーションを止めないための攻めの基盤です」
