永島英器(ながしま・ひでき)氏(左)
明治安田生命
取締役 代表執行役社長 グループCEO
1963年生まれ。86年入社、2010年静岡支社長、13年企画部長、15年執行役企画部長、16年執行役員人事部長、17年常務執行役を歴任。21年から現職。
スティーヴン・ヴォーゲル氏(右)
カリフォルニア大学
バークレー校 政治学部教授
ボストン出身。プリンストン大学卒業後、ジャパン・タイムズに勤務。その後カリフォルニア大学バークレー校で修士、博士号を取得。カリフォルニア大学アーバイン校、ハーバード大学などで教壇に立ち、現職。『Japan Remodeled』など著書多数。父親は『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者エズラ・ヴォーゲル氏。
行き過ぎた新自由主義とグローバリズムが、民主主義の危機を招いている。混迷を深める今の時代に、日本企業は何を重視し、いかにして社会的責任を果たしていくべきか。政治経済を専門とするカリフォルニア大学バークレー校のスティーヴン・ヴォーゲル教授を迎え、明治安田の永島英器取締役代表執行役社長が議論した。

永島社長:教育・就業機会等における格差の固定化や、立場の対立による分断の拡大は、「人・物・金・情報」が国境を越えて自由に動き回る世界こそが最も効率的とするグローバリズムの拡大によるもの、との向きがあります。ヴォーゲル先生はどのようにお考えですか。
ヴォーゲル教授:前提として申し上げたいのは、グローバリズムにも良い点はあるということです。しかし、その拡大が早過ぎたがゆえに、特定の地域や産業が打撃を被ったと考えています。衰退する地域や産業に対しては、セクターごとに規制緩和などの対処を行い、拡大のペースを適切に管理すべきでした。
永島社長:先生は著書『日本経済のマーケットデザイン』で、市場は見えざる手に任せきりではならない、人間がデザインするものであるとおっしゃっていますね。
ヴォーゲル教授:もしも市場が自然発生したものであれば、人間が介入する必要はありませんが、人間が造ったものなのですから適切に設計・運営すべきと考えます。なお原著ではマーケットデザインではなく「マーケットクラフト」と表現しています。経済学者のカール・ポランニーが国家が市場を造ると表現することに倣ったものです。市場は適切に運営されるべきなのです。

永島社長:適切に運営するということでいえば、経済学者ダニ・ロドリックは、「グローバリズム」「国家主権」「民主主義」の3つを同時には追求できず、どれか一つは諦めざるを得ないという政治的トリレンマ理論を唱えています。今の西側諸国は、民主主義を重んじるが故に「グローバリズム」と「国家主権」の間で揺れ動いているように感じます。また、日本においてもSNSやAI検索で誘導される情報に惑わされるといったことが話題になる等、民主主義の危機を感じています。背景の一つに「中間団体の衰退」があるのではないでしょうか。アメリカであれば日曜日に通う教会での交流等、昔は個人が立場や主義主張、肩書を離れて、リアルに交流する居場所が存在しました。いわゆるサード・プレイスが民主主義の基盤として、今後重要性を増すように感じています。明治安田では、全国1000以上の自治体との連携協定をベースにMYリンクコーディネーター(営業職員)による地域資源と個人を結ぶコミュニティーワーカー活動に取り組んでいます。流通大手のイオン、Jリーグや日本女子プロゴルフ協会等、様々な企業・団体との共創によって、地域住民がリアルに交流できる場所「サード・プレイス」を提供し、地域社会の復活・復権に取り組む考えです。

ヴォーゲル教授:中間団体の必要性について同感です。ただ、旧ソ連にもそうした団体はありました。重要なのは、それらが政府から独立していることです。今のアメリカではこの部分がだいぶ危うくなっています。

永島社長:ヴォーゲル先生は著書で、アメリカでは労働者と消費者は対立する概念だとも指摘されていますね。一方で日本には生活者という言葉があります。これは、一人の人に労働者と消費者の部分が共存することを表現し、人は多元的であることを示した言葉であると感じます。
ヴォーゲル教授:そうした見方のほうが自然で合理的です。アメリカはそれにようやく気付き、強力な独占禁止法で消費者利益を保護するだけでなく、労働者や社会全体の利益も守るべきだという認識が広まりつつあります。

永島社長:国企業の中にも、株主資本主義からステークホルダー資本主義へと移行を始めているところがみられますね。
ヴォーゲル教授:ご指摘のとおりです。ところが日本でも、米国企業のように、自社株買いやストックオプション制度導入を進めようとする企業もあります。こうした慣行が企業のパフォーマンス向上に寄与するという論拠はありません。日本企業は、もともとの強みである経営者と労働者の協力関係や長期的投資志向を維持しながら、ダイバーシティーやグローバル化といった弱点の克服に努めるべきです。
永島社長:明治安田は相互会社ですので、長期的視点を持ち続けています。また、日本でもジョブ型雇用を取り入れる企業が増えてきていますが、当社はメンバーシップ型雇用にこだわりを持っています。2011年の東日本大震災の際には、自らも被災した営業職員が、避難所を回ってお客様の保険金や給付金の支払いに奔走しました。人を駆り立てるのは職務定義書でもKPIでもなく、使命感や生きる意味、すなわちパーパスであると痛感し、2017年にパーパス経営を掲げ「明治安田フィロソフィー」を制定しました。生命保険は長期契約であり、ある種の社会契約ですから、「パーパス経営」は非常に重要と考えています。明治安田には1000組2000人以上の親子の営業職員がいます。お客様からの信頼に応え続けるため、自ら後継者を育成しようというこの姿勢に、感謝もしていますし誇らしくも感じています。

ヴォーゲル教授:経済学者ミルトン・フリードマンは、企業の社会的責任とは、利益を増やすことだけだと主張していましたが、決してそのようなことはありません。企業は増益以上のパーパスを持つべきで、それらを各々の企業にとって最も合理的な方法で両立させるのが経営者の責務です。
永島社長:昨今、日本では「人的資本」や「自然資本」という言葉もよく使われますが、私はこうした言葉に違和感を抱いています。人間や自然を経営の手段と捉えているように感じるからです。当社では、「ひと中心経営」「ひとと自然の共生」とそれぞれ言い換えています。
ヴォーゲル教授:先ほど少し触れたポランニーも、人間や自然は、架空の商品(fictitious commodity)だと述べています。
永島社長:もともと日本には、ネイチャーという言葉が輸入されるまで、自然という概念がなかったと聞いています。人間と自然は一体化しているという認識だったからでしょう。労働者と消費者が不可分であるのと通底しているように思います。本日は、経済だけでなく日本企業にも造詣が深いヴォーゲル先生のお話を伺い、日本から発信できるものは数多くあると改めて認識できました。