2024年4月に完成した金澤病院の新病棟。構造材に長野県産材の信州カラマツも使用している。
3階建て木造病院が示す サステナブルな医療施設の価値
——佐久・金澤病院×三井ホーム
浅間山や八ヶ岳といった山々に囲まれ、江戸時代に整備された重要な街道・中山道が通る長野県佐久市。この地で180年にわたって地域住民に医療を提供してきた医療法人三世会金澤病院の新病棟が、2024年4月に完成した。
木造3階建て、延床面積約3,900平方メートル、82床の病院だ。
設計・施工を手掛けたのは三井ホーム。同社が手がける木造病院としては最大規模となる。大規模な木造病院は全国でも珍しく、「木造で病院は難しい」という固定観念を覆す取り組みとなった。
この取り組みはいかにして可能となったのか。
そして、病院を木造で建てることにはどのような価値と可能性があるのか。金澤病院の金澤政之院長と、担当した三井ホームの施設・賃貸事業本部 事業推進室 施設営業推進グループ チーフマネジャーの大坪浩二氏に聞いた。
金澤病院の待合室。視界を遮る柱や壁の凹凸がなく、広々とした印象だ。
木造は「患者に優しい病院」の理念と合致する
金澤病院では、近い将来に高齢者人口のピークを迎えるとともに急速に増えていくと予測される医療・介護ニーズに対し、地域住民に充実した医療を提供し続けるため再構築を行うことになった。この再構築案では、旧駐車場跡地に新病棟を建設し、旧病棟を介護医療院として活用することになった。
その新病棟の建設にあたり木造を選んだ経緯を、金澤政之院長はこう語る。
「金澤病院は『患者さんに優しい病院』を理念として掲げています。ここには大きく二つの意味があり、一つは患者さんを丁寧にしっかり治療すること。もう一つが、患者さんやそのご家族にとって居心地がよい空間であることです。この理念に沿って新たな病棟建設を考えた時、木造という選択肢が生まれました。訪れた患者さんに木のぬくもりを感じ取っていただける医療施設になれば、それは当院の理念とも合致します」
建設中の待合室の様子。
医療法人三世会金澤病院の金澤政之院長。
金澤院長は以前、三井ホームに自宅の設計・施工を依頼した経験があり、その時に現在の木造建築が持つ優位性やメリットについて話を聞いていた。
「地域に親しまれる“かかりつけ医”としてこの金澤病院を再構築するという基本構想のもと、充実した医療の提供を最優先しつつ、同時に患者さんにとって快適な空間の構築や、環境への配慮も意識したかった。その過程で、木造での病院建築が候補にあがりました。
技術革新によって建築技術が大幅に進歩し様々なデザインが実現できるようになり、今は木造で高層ビルも建設できるそうです。そうした最先端の技術、知見を三井ホームの担当者からうかがい、木造に大きな可能性を感じました。また自宅施工時の経験から、三井ホームのしっかりとした対応やフォロー体制を信頼し、『病院建築も木造で、三井ホームにお任せしたい』と思いました」
三井ホームでは木造マンション「MOCXION(モクシオン)」をはじめ大規模木造建築を多数手がけるなど、医療・介護分野を含め6,000 件以上の施設建築の実績を持つ。中でも今回の金澤病院は木造枠組壁工法(ツーバイフォー工法)※1による3階建て耐火建築で、日本でも有数の大規模な木造病院※1となった。金澤病院を担当する三井ホームの大坪浩二氏は、「診療所※2や、老人ホームなどでは木造建築の事例はありますが、入院設備や外来、ER、手術室、リハビリ室を備えた金澤病院のような木造病院の竣工は、国内でも先駆的な事例です」と振り返る。
三井ホームの施設・賃貸事業本部 事業推進室 施設営業推進グループ チーフマネジャーの大坪浩二氏。
「金澤病院の皆様にも意見をうかがいながら、設計士と何度も細かく調整を重ねました。三井ホームの枠組壁工法は、床面・壁面・天井面の六面体で構成するモノコック構造※3で、鉄骨造や鉄筋コンクリート造りに見られる構造上の柱型が存在せず、開放的で効率的な空間設計が可能です。金澤病院でもこうした工法特性を活かし、利用者やスタッフにとって効率的な動線に配慮した設計のもと、明るく開放的、快適かつ機能的な院内環境を実現できたと思います。また、将来的な医療体制の変更にもフレキシブルに対応できるよう、建物の可変性にも配慮した設計になっています」
- ※1
- 木材で組まれた枠に構造用合板などを打ち付けた壁で建物を支える工法。
- ※2
- 医療法では 20 床以上の入院施設を有する医療機関は「病院」、19 床以下の医療機関は「診療所」と区分される。
- ※3
- 外板自体が強度を持つ構造で、柱や梁などの骨組みが少ないため、広々とした空間を作ることができる。
2階の病室では木質感のある床材を採用。入院中も木のあたたかみに包まれて過ごせる。
木造建築は「より優れた選択肢」
金澤病院の歴史は江戸時代にまで遡る。長崎で医術を取得した初代・金澤宗伯氏が、現在の長野県小諸市御影に、地域で医療を志す者の研修施設「御影医学館」を設立。明治時代に入ると、二代目・金澤宗純氏が現在の佐久市で医療の提供を開始した。現院長の金澤政之氏は五代目で、長年にわたり地域の「かかりつけ医」として貢献している。そんな金澤病院には、高齢者から若年者まで幅広い世代の患者が訪れる。金澤院長は「40年近くこの病院で働き、世代が移り変わるのを見てきました。地域と非常に関わりが深く、そこで暮らす人々に支えられて今の金澤病院があります」と笑顔を見せる。
患者や地域住民からは、新病棟についてどんな声があがっているのだろうか。
「患者さんにとっては『受ける医療の質の高さ、医療設備や選択肢の充実度』が最も重要なことですが、その医療を受ける空間も大切なポイントです。新病棟は『広々としていて明るく感じる』と、患者さんからは好評ですね。受付の壁や病室の床などに木が配されていて、デザイン面でもあたたかみを感じられるとのお声もいただきました」(金澤院長)
木の床は鉄やコンクリートと違い、クッション性が高く快適な歩行をサポートする。この点も高評価だという。看護師らの業務中の歩数は、1万歩を超えることも珍しくない。「看護師やヘルパーら従業員からは『足腰の負担が減った』という声があがっています」。さらに金澤院長自身も木のあたたかみを実感しており、その快適性を「高級マンションのよう」と評する。つまり、木造にすることで、病院利用者、医療スタッフの足腰への負担や転倒時のケガのリスクを軽減する効果が期待できるわけだ。こうした形で快適かつ安全・安心な院内環境・職場環境の整備につながるのも、木造建築のメリットだろう。
「実感しているのが遮音性です。幹線道路に面しているため、木造ではRC造と違い外の音が気になるのではないかと心配していたのですが、大型トラックが通ってもまったく聞こえませんでした。また、気密性が高いおかげで冷暖房が良く効いて、エネルギー効率もアップしているようです」
佐久市の冬場の最低気温は氷点下10度を下回ることもあり、断熱性は院内での過ごしやすさに直結する。木材の熱伝導率はコンクリートの10分の1、鉄の350分の1と非常に低いため、外気温の影響を受けにくく、冬は暖かく、夏は涼しく過ごせる。枠組壁工法の高断熱・高気密という特性と組み合わさることで、病院の利用者やスタッフに快適な環境を提供している。
木造という選択肢を、金澤院長はあらためて高く評価する。
「新病棟が竣工し、実際に利用してみて、『こうすればさらによかった』と感じる点はあります。ただそれは設計上の話であって、木造を選んだこと自体には非常に満足しています。木造であることに起因する欠点がないんですね。先にお話しした床のクッション性の高さや断熱性、患者さんにあたたかみを感じていただけるといったメリットを考慮すると、木造病院建築は優れた選択肢だと感じます」
三井不動産グループでは現在、東京大学との産学連携プロジェクトとして「木の空間は身体に良い」を科学的に証明する実証研究にも取り組んでいる。この研究が進むことで、「木のあたたかみ」の価値はさらに高まりそうだ。
3階のリハビリルーム。適度なクッション性がある木の床は、転倒時のリスク軽減にもつながる。
補助金の活用で、建築コストを削減
脱炭素社会への貢献につながる点も、木造建築の大きな価値だ。建築に使用する資材の多くは製造などの過程で多量のCO2(二酸化炭素)を排出するが、木は生長過程でCO2を排出しない。加えて、鉄骨やコンクリートよりも軽量で加工・運搬しやすいため、木造建築はRC造や鉄骨造と比べて建設時のCO2排出量を50%削減できる。木造建築は炭素を建物内に固定化できるうえ、循環型資源である木を適切に使用することで森林の再生にも寄与できる。なお、樹齢を重ねた木はCO2の吸収量が減少するため、計画的な伐採と植林のサイクルを確立したうえで、若い木を積極的に活用することも重要だ。
金澤病院では構造体を中心に多くの木材を使用し、地域に親しみのある信州カラマツも一部に使用。これにより国の補助金制度である「優良木造建築物等整備推進事業」(令和4年度)に採択された。これはカーボンニュートラルの実現に向け、炭素貯蔵効果が期待できる中大規模木造建築物の普及に貢献するプロジェクトを支援するもので、採択されれば補助金が支給される。
医療機関に限らず、SDGs(持続可能な開発目標)やESG投資(Environment=環境、Social=社会、Governance=企業統治への取り組みを重視して企業・銘柄を選ぶ投資手法)の観点から木造建築に関心を抱いている企業や団体は多いだろう。しかし「木造では大規模な建物は建てられないのでは」「鉄筋コンクリート造よりコストがかかるのでは」といった先入観が先立ち、具体的に検討する前に諦めてしまうケースが少なくない。だが実際には金澤病院のような病院も建築可能であり、補助金を活用することで建築コストの削減につながるという。
大坪氏によると、金澤病院竣工の反響は大きく、三井ホームには新たな木造建築の相談が寄せられるようになったという。「これまで根強かった『木造で大規模病院は造れない』という固定観念を覆すことに貢献できたのかもしれません。今後もこうした先駆的な事例に携わり、木造建築の優位性・可能性を広く周知していければと思っています」。
入院患者が面会に訪れた家族や親しい人と言葉を交わす談話室。窓からは周囲の山々や中山道が望める。
木造建築が持つ、多角的なサステナビリティ
「SDGsの観点から木造建築を語る時、CO2削減など環境負荷の低減がよく挙げられますが、実は健康と福祉の向上にも寄与しているんです。『床のクッション性の高さは、利用者や看護師の方々の心身への負担を軽減する効果が期待できる』という先ほどのお話は、安全・安心で持続可能な職場環境の整備につながっています」(大坪氏)。このように、多角的なサステナビリティにつながる点も、木造建築が持つ価値の1つだろう。
金澤病院では旧病棟を改築し、2025年4月から病院併設型の介護医療院を開設する。介護医療院は、「住まいと生活を医療が支える新たなモデル」として創設され、高齢化が進む現代において、単なる医療提供の場ではなく、長期療養を必要とする方々が安心して暮らせる「生活の場」としての役割を持つことになる。金澤病院介護医療院は、病院併設であり医師が常駐しているため、日常的に医療処置が必要とされ特養や老健などの介護施設では対応が困難な方や、療養病棟への入院が困難な方にとって充実したケアが提供されることを期待できる。
「新しい木造の新病棟と旧病棟の改修を経てそれぞれの役割が機能することにより、今まで以上に地域に根ざした医療・介護の拠点として、患者さんやご家族が安心してこの地域で暮らすことができる医療環境を提供するとともに、地域全体の医療・介護福祉の向上に貢献していきたいと考えています」(金澤院長)
包括的な医療の提供が人々の健康に寄与し、持続可能な街づくりに貢献していく。「患者さんに優しいかかりつけ医」を標榜し、地域に密着した医療を拡充・提供する金澤病院の新病棟にサステナブルな「木(造)」が選ばれたのは、必然だったと言えそうだ。
待合室には初代・金澤宋伯が明治2年に拝領した「医学館」の書が飾られている。

