130年超の歴史と、培ってきた信頼、実績、総合力を携え、空間創造のプロフェッショナル、ディスプレイ業界のリーディングカンパニーとして、新たな価値創造に挑戦している乃村工藝社。同社が取り組むDXの事例について、事業部長の西本陽(にしもと よう)氏とデザイナーの永野航(ながの わたる)氏に話しを聞いた。
乃村工藝社が創業したのは今から130年以上前の1892年。創業者が芝居小屋の道具方として活躍したことに端を発し、大衆の娯楽として人気のあった菊人形の舞台演出などを手がけ、昭和に入ってからは博覧会の展示や百貨店の催しへと事業の幅を広げ、その後も常に時代の流れに合わせた空間価値を創造し、社会の発展とともに成長してきた。
両国国技館菊人形「十二段返し」1924年頃
出典『乃村工藝社120年史 時空を超えて』
現在は、全国11拠点・海外9拠点、国内外7つのグループ会社で事業を展開。商業施設、ホテル、企業PR施設、ワークプレイス、博覧会、博物館など、人が集うあらゆる空間領域において、調査・企画・コンサルティングから、デザイン・設計、制作・施工、施設やイベントの運営・管理まで、各分野の専門性とグループの総合力により、求められる全てのサービスをワンストップで提供している。まさに、空間創造のプロフェッショナルだ。
そんな乃村工藝社にとって、55年ぶりに大阪で開催された2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)は、ミッションである「人々に『歓びと感動』を届ける」を体現する絶好の場となった。携わったプロジェクトは50以上。蓄積された経験値と組織力に、社員一人ひとりの個の創造力と進化したデジタル技術を掛け合わせ、万博という英知が集まる場にふさわしい、先進的な空間づくりに挑戦した。
乃村工藝社が大阪・関西万博で手がけたプロジェクトのうち、注目すべき一例がマレーシアパビリオン。昨今注目されるデジタルツインを取り入れ、先進的な空間づくりを行った。
デジタルツインとは、現実のモノや仕組み、あるいはこれから実現する空間を高精度に3次元で再現し、双子のように扱える先進技術のこと。現実世界のモニタリングやシミュレーション、分析などが容易に可能となり、業務の効率化にもつながるため、製造業や建設業をはじめとしたさまざまな業界で、DXを実現する技術として注目されている。ちなみに、メタバースもインターネット上に構築された3次元の仮想空間だが、主に交流やエンターテインメントを目的とするのに対し、デジタルツインは設計段階から空間を正確に再現し、検証や合意形成に活用できる点が大きな違いである。
マレーシアパビリオンの空間づくりにデジタルツインを活用することを提案したのは、設計を担当した、クリエイティブ本部 コンテンツインテグレーションセンター クリエイティブディレクション部のデザイナーである永野航氏。
「INTERWOVEN-調和のとれた未来を編む」をテーマに、マレーシアが内包する伝統・多様性・先進性を造形・素材・光・空間の関係性で統合的に表現するというミッションを達成するのに、この先進技術がうまく生かせると考えたのだと言う。
「今回私が担当したマレーシアパビリオンは映像による演出が多く、ディスプレイも曲面型や円柱型など特殊なものだったため、空間と演出をリアルタイムに共有できるデジタルツインを取り入れた3D設計が、言語も文化も異なる関係者間の円滑なコミュニケーションと、業務効率化に役立つと考えました」
永野氏は、パビリオンの内部空間をインターネット上に再現し、3Dウォークスルーにより映像を含めた空間演出を体験できるシステムを構築。スマートフォンなどから誰でも手軽にアクセスでき、映像も簡単に差し替えられるほか、同じデジタル空間に複数人が入り込んで議論することも可能にした。さらに、VRを使えば奥行きやスケール感の検証も容易に行える仕組みとなっている。
【左】デジタル上に再現した3Dモデル 【右】実際の竣工写真
クライアント:マレーシア投資貿易産業省 建築設計:隈研吾建築都市設計事務所 建築施工:大成建設株式会社 展示プロデュース/コンテンツ制作:brandME Associate Sdn Bhd 展示空間設計:乃村工藝社 展示制作施工:brandME Associate Sdn Bhd/乃村工藝社 設計制作(Tree of Harmony):Studio RED/乃村工藝社
「日本とマレーシアの担当者が仮想空間でオンライン会議をし、設計の修正が発生したらリアルタイムに反映。従来はその都度渡航して打ち合わせを重ねるしかなかったのですが、デジタルツインの実現により、人が移動する時間やコストを抑制しながら、正確かつ詳細にパビリオンを設計することができました。実際、設計段階では、マレーシアからはほぼ来日することなく進行しました」
万博会場に実物のパビリオンが完成した折には、マレーシア側からは、「まさにイメージ通りの空間だ」という声をもらったと永野氏。
「初めての取り組みでしたが、DX化の1つの成功事例になったと思います。デジタルツインの可能性を実感する機会となりました」と話す。
乃村工藝社では、万博以外の取り組みにおいても、業務のDX化を積極的にすすめている。営業推進本部 第五事業部 事業部長の西本陽氏が取り上げたのは、多店舗展開する商業施設の空間づくりにおける事例だ。
「弊社のクライアントであるアパレル企業が、築年数の経ったショッピングセンターに出店を計画されていました。売場面積は約780坪。もともとは多くのテナントが入っていたフロア全面を改装するというプロジェクトでした。このときに活用したのが3つのデジタル技術です」
1つ目は、建物空間を高精度かつ高品質に360度もれなく撮影し現場を3Dモデル化するデジタルツイン技術。2つ目は、表層には見えない既存配管・配線などが入り組んだ複雑な空間を簡単・スピーディに点群測定し空間をスキャンできる高精細の3Dレーザースキャナー。3つ目は3D設計ツールでありながら、建物の属性情報を併せ持つ建築情報モデルを構築することができるBIM。
「出店を計画されていたショッピングセンターが建てられたのは1970年代。こうした築年数を経た建物は、竣工当時の図面と現状にズレが生じていることが常で、設計に際しては事前の現地調査が不可欠です。今回、このフェーズにおいて活用したのが3Dスキャン技術。3Dモデル化ツールや3Dレーザースキャナーを用いて測量することにより、時間とコスト、正確さが大幅に改善されました。
またBIMは、3次元の設計ツールとしてだけでなく、企画・設計・施工・維持管理に関する情報を一元化して活用できるものです。例えば、どこかの情報を1つ修正するとすべての情報が連動して修正される、また、図面情報だけでなく、建具などの品番やメーカー、価格といった情報も含まれます。今回私たちが取り組んだのは、BIMデータを活用したコスト算出の確実化と効率化。これまでは複数の資料やデータから手作業でコストを算出していましたが、情報が一元化されることで工程とヒューマンエラーを削減できるようになりました。
こうした技術の組み合わせで、設計計画をスムースにし、結果、施工時の手戻りを減らすことにもつながっています。また、ロケーションの違いによる什器サイズやデザイン変更のシミュレーションをスムーズに行うことができたり、事前に工場で木材を切り出したり、加工したりするプレカットがしやすくなり、粉塵や廃材、CO2排出量の削減にもつながります」
最後に、永野氏、西本氏に、今後の展望について聞いた。
「デジタルツインの活用は、業務の効率化と同時にクリエイティブなチャレンジにもつながりました。今回は主に映像を空間に紐付けてシミュレーションを行いましたが、今後は音や照明、演出など、乃村工藝社が体験設計として扱うさまざまな要素を重ねていくことで、さらに新しい発想や体験が生まれていくと考えています。デジタル技術はこれからもどんどん進化し、同時に活用の幅も広がっていくと思いますので、自分自身のスキルの向上と社内への波及を図り、変化するビジネス環境、広がるお客さまのニーズに応えていきたいです」(永野氏)
「私たちは、内部空間の専門家として、人々が集い過ごす場所を形づくると同時に、そこで生まれる体験をつくり上げることが仕事であると捉えています。先進のデジタル技術を活用した空間づくりは、業務の効率化とともに、蓄積したデータの活用によって、空間の活性化につなげることができるはずです。また、持続可能な社会の実現が求められている今、既存施設の再活用や価値の再構築という観点での空間づくりにも役立てられるのではないかと思います。今後も積極的にDXを進め、より踏み込んだ提案ができる企業に進化・成長し、次世代の『歓びと感動』を届けていきたいと思っています」(西本氏)