進化する「健康経営」の最前線健康経営の投資効果を探る

成長戦略としての「健康経営(R)」が広がりを見せる一方、その効果測定や具体的な改善策に頭を悩ませる企業は少なくない。そもそも健康経営には、どのような経済効果が期待されているのか。健康経営におけるKGI/KPIとは何か。多くの企業が抱えるこの課題について、オムロン執行役員常務の石原英貴氏、東京大学 未来ビジョン研究センター特任教授の古井祐司氏、アセットマネジメントOne エグゼクティブESGアドバイザーの寺沢徹氏が鼎談。「健康経営」で目指す未来を浮き彫りにする。
モデレーター:日経BP 総合研究所 チーフコンサルタント 主席研究員 藤井 省吾
*「健康経営」は、特定非営利活動法人 健康経営研究会の登録商標です。

「健康管理」から人的資本経営の重要基盤へ
第2ステージに突入した「健康経営」の現在地

藤井 閣議決定された日本再興戦略の一環として、経済産業省が2014年に「健康経営銘柄」、16年に「健康経営優良法人認定制度」を創設し約10年です。企業の健康経営への取り組みはどのように変化、進化しているのでしょうか。

古井 当初は、社員の健康そのものに重点を置いた取り組みが多かったように思います。それがコロナ禍を機に二極化。健康経営の取り組みをやめてしまった企業もある一方、従業員の健康と働き方を結びつけて経営の最優先課題と捉える企業も増え、健康経営を再定義する動きが加速しました。その結果、健康施策によって労働生産性の損失を防ぐ「マイナスをゼロに」ではなく、「ゼロからプラスへ」という取り組みに変化。いまや健康経営は、人的資本投資の重要な戦略として、社員のエンパワーメントを図り、企業活動を高めていく第2ステージに入ったと見ています。

古井 祐司
東京大学 未来ビジョン研究センター
データヘルス研究ユニット 特任教授/医学博士

寺沢 機関投資家の観点からいうと、健康経営は人的資本経営を支える基盤として位置づけられており、特に長期的な企業価値向上の観点から重要視されています。その背景にあるのは、サステナビリティの考え方。無理せず持続的に稼ぎ続けるというビジネスモデルです。これを実現するには、何より働く人がウェルビーイングでなければいけません。人的資本経営に取り組むうえでも、健康経営は欠かせない戦略といえるでしょう。

寺沢 徹
アセットマネジメントOne株式会社
運用本部 エグゼクティブESGアドバイザー

古井 企業によってはコストと考えられていた「健康管理」も、持続可能性を担保するための「健康経営」と捉えれば、将来への投資となるわけです。

藤井 そうした健康経営の潮流に先駆け、オムロンは5年連続で「健康経営銘柄」に選定、「健康経営優良法人」の上位500社である「ホワイト500」にも8年連続で選出されています。これまでのお取り組みを教えてください。

石原 「健康管理」を「健康経営」へと進化させるにあたって、オムロンでは4つの戦略を立案。具体的には、経営トップのコミットメントに基づき、組織体制を強化、制度化により風土を醸成し、社員の健康度の指標となる共通ツールの開発・運営をする、というものです。その実践に向けて、17年には「オムロン健康経営宣言」を制定。オムロングループ・労働組合・健保組合が協働で健康経営を推進する組織体制を構築しました。以降、ワーキンググループによる環境整備やイベントの実施、共通ツール開発などの具体的施策を展開しています。

石原 英貴
オムロン株式会社
執行役員常務
データソリューション事業本部長 兼 イノベーション推進本部長
「健康管理」を「健康経営」にするオムロンの4つの戦略

藤井 共通ツールとは、どのようなものでしょう。

石原 オムロンで活用している共通ツールの1つが、健診データとレセプトデータから社員の生活習慣病リスクを類型化した「健康課題マップ」(提供:JMDC社)です。健康経営をさらなる企業価値向上につなげるには、社員一人ひとりの健康に本気で寄り添う姿勢が重要です。また、健康保険組合のサステナビリティも大きな課題となっています。そこでオムロンでは、健康診断とレセプトデータから健康リスクの高い社員を洗い出し、企業と健保の連携により直接関与することで重症化を徹底予防。医療費の負担を抑える取り組みとしています。

藤井 ハイリスクを防ぐことで労働生産性も向上する。分かりやすい投資効果が得られますね。この「健康課題マップ」は多くの企業で活用できそうです。

石原 すでに他社様にも採用いただいています。オムロングループのJMDC社によると、健康経営銘柄、ホワイト500に選定される企業は、従業員に占める健康群割合が多く、生活習慣病関連の治療放置群も少ないことが分かっています。

生活習慣病リスク分布【健康課題マップ】 男性年齢別 健康経営KPIガイドブックより
銘柄・ホワイト500認定企業はその他企業と比べ、「健康群が多く、治療放置群が少ない」「生活習慣病群が多いが、重症化群は少ない」ことが判明。健康経営の取り組みにより健康な従業員が増加、治療が必要な従業員も適切に受診することで悪化を防いだ結果といえる。※JMDC社提供サンプル

古井 まさにデータヘルスの理想形といえますが、これはオムロンだからこそできたこと。今後は他社にも追随してほしいと思います。

石原 レセプトデータの分析は、JMDC社の協力により実現しています。当社だけでは到底不可能でした。同じように、データを活用し効果的に健康経営に取り組むには、1社で取り組むより、各社の好事例を共有し、得られたノウハウを活用することで大きな成果を生み出せると考えています。その思いから、オムロンとJMDC社が発起人となり、人的資本による企業価値の創出と企業健保の持続可能性確保を目的とした、「健康経営アライアンス」を23年に設立。現在までに454の企業に参画いただいています(25年1月末時点)。

健康経営の課題をアライアンスで解決
投資効果の指標を考える分科会も開催

藤井 健康経営アライアンスの活動の特徴は、企業間でのオープンなナレッジ交換とデータを活用したアプローチをとることですね。

古井 健康経営は今後は他社にも追随してほしいと思います。内向きの施策と捉えられがちですが、むしろ外に向けて発信すべきもの。なぜなら、従業員の健康はどの企業にとっても普遍的なテーマだからです。健康を基盤とした企業と社会の価値創出への取り組みには、その企業独自の理念も色濃く表れます。それを発信すること自体に意義があり、また発信内容に触発されることで、産業界全体の健康経営も活性化する。追随する企業が増えていけば、健康経営の経済効果もより客観化されるでしょう。実際、コロナ禍後の企業純利益推移を見ていくと、健康経営を実践している企業ほど立ち上がりが早く、レジリエンスが高いことが分かっています。

石原 データを活用したアプローチの取り組みの1つとして、オムロンは1月から「健康経営の投資対効果」をテーマに分科会を始めました。健康経営の投資効果は健康経営アライアンスの会員からも関心が高いテーマで、アライアンス立ち上げ当初から、「どんな健康課題にどの程度お金をかけてよいか分からない」「どのように健康経営を評価していけばいいのか分からない」という課題感が会員企業から多く寄せられていました。初回の分科会では、古井先生とアセットマネジメントOneのアナリスト鐘江健一さんにも登場いただき、健康経営の投資効果を考える指標についての議論を開始しました。

新たな評価指標を設計することで
健康経営の投資効果を検証

石原 分科会の取り組みと併せて、オムロンは古井先生の未来ビジョン研究センターとの共同研究で、経済産業省の健康経営度調査のデータをもとにした健康経営の投資効果のデータ分析を始めました。これは、健康経営のKGIが経営のアウトカムにどう影響するかを分析するものです。いままでの研究は株価や業績との相関があることにとどまっていましたが、業種や特定因子に絞った集団ごとに分析することで、強い関連を抽出していきます。もちろん、その成果は健康経営アライアンスの中でも発信してまいります。

古井 企業ごとに異なる健康経営の特徴に着目した評価指標の設計は大きなチャレンジであり、日本初の試みとなります。これを取り組みに共感してくれる複数企業で経年的に比較調査していくことで、健康経営が企業成長や社員の自己実現にどう関与するかを明らかにしていきたいと考えています。

藤井 こうした健康経営への取り組みを、投資家はどのように評価しているのでしょう。

寺沢 投資家は、健康経営だけを見ているわけではありません。肝心なのは、そこで描かれるナラティブです。健康経営をいかに企業価値や株価につなげていくかという命題は、多くの企業が直面する課題。健康経営の数字だけを見て株を買う人はいないでしょう。でも、それが魅力ある会社づくりの重要なファクターであるのは事実です。健康経営のKGI/KPIは、企業が目指す姿の指標となります。さらにその成果を最終業績や株価と関連づけて分析することで、ある種のパターンが見えてくるはずです。そこにプロのアナリストが注目すれば、一般投資家にも広がり、企業の株価も上がっていく。その好循環を生み出すこともまた健康経営の成果であり、投資家が注目するポイントです。

藤井 健康経営のKGI/KPIを設計する際の考え方をお聞かせください。

古井 KGI/KPIは、現在やこれまでの取り組みを評価すると同時に、未来ビジョンを表す指標でもあります。業種や企業によって目指すビジョンが異なるように、健康経営のKGI/KPIも1つではありません。まずは企業が共通でデータ収集している社員の健康状況やパフォーマンスといった数値でベースとなる指標を設け、それに加えて企業の特徴を表すようなKGI/KPIも設定していく。これを複数社に適用していくことで、業種ごとのパターンが抽出され、客観的な比較ができるようになります。参加する企業が多ければ多いほど多様な知見が生まれ、健康経営の投資効果を測る手法の解明にもつながると考えています。

藤井 まさに、それぞれの企業がなぜ健康経営に取り組むのかのナラティブを定量的に解明していく取り組みですね。最後に、健康経営への投資効果の期待、健康経営の今後のあり方、展望についてお話しください。

古井 予防医学において、働き盛り世代への取り組みは最大の課題。まだ病気でない段階から働きかけるオムロンの取り組みは、素晴らしいと思います。このような形で健康経営が進めば、予防医学が少子高齢化に貢献することも期待できるでしょう。それは企業にとっても、従業員の期待に応え、社会に貢献するための重要な価値創造プロセスとなります。オムロンとの共同研究を通じて、データから価値を創るお手伝いをしたいと思います。

寺沢 健康経営は投資だけでなく、採用や就業維持にも大きく関わってくる、まさに人的資本経営の礎となるものです。この営みを企業の成長や価値創造につなげるには、経営層から従業員までみんなが同じ意識で取り組み続けることが大切です。自社の存立基盤を明らかにするうえでも、その企業ならではのKGI/KPI、ストーリーをもって健康経営を推進していただきたいと思います。

石原 健康経営は、従業員の健康状態のみならず、モチベーションやエンゲージメント向上にもつながる重要な経営戦略です。取り組んでいる会社とそうでない会社では、明確な差が生まれています。全社一丸となって長いスパンで取り組んでいくためにも、経営トップのコミットメントは極めて重要といえるでしょう。全社の健康意識を高め、従業員が安心して働ける環境を整えることが、結果として企業に成長をもたらす。それこそが健康経営の最たる投資効果であると確信しています。その解明に取り組み、共感してくださる皆さんと今後検証していきたいと思います。