明確な顧客セグメントこそ
改革の第一歩
まず大前提として、岩田氏は「AIを含むデジタルは、ウェルスマネジメント事業との親和性が高い」と言い切る。事実、米国の金融機関では潜在顧客開拓、ファイナンシャルプランニング、顧客のリテンションなどのほか、商品開発や法務リスク対応、研修や能力開発といった多彩なユースケースが急速に増えている。
PwC米国による金融機関への支援実績でも成果は出ており、幅広い業務領域において平均でフルタイム当量(FTE)の10〜15%削減が見込まれるという。顧客との初期アプローチの準備時間をAIで短縮できれば対面営業の数を増やせるほか、過去の会話からカギになる情報を引っ張り出すことで、よりパーソナライズした提案ができる。そうなればアップセルやクロスセルの可能性も高まるだろう。
では、AIをウェルスマネジメント事業に実装するにあたって、具体的にどのような成功要因があるのだろうか。それをまとめたのが下記の図表で、7つの要素がある。詳しくはPwCコンサルティングのStrategy&が公開したレポート「AI時代のウェルスマネジメント事業」で解説しているが、堤氏は「出発点である顧客のセグメンテーションに応じたオペレーティングモデルの構築が最も重要であり、ここを詰め切れていない日本の金融機関が目立つ」と強調する。
ウェルスマネジメント×AI transformationにおける
成功要因
航空会社が料金によって座席のクラスを明確に分けているのと同様に、米国の金融機関も各セグメントの顧客にマーケティング手法やサービス内容を明確に分けて利益を追求していることを堤氏は指摘。「セグメントごとにいかに効率よくサービスを提供し、顧客体験を高めるかという議論なしにAIを導入しても頓挫する可能性が高い」と注意を促した。
加えて、AIを単なる業務効率化のツールではなく、チェンジマネジメント(組織を目指す姿へと移行させるための変革)にまでつなげる存在と位置づけることも重要だ。Strategy&が挙げる7つの成功要因も、そこを最終的な目的地点としている。
金融庁、AI利用で
「チャレンジしないリスク」に警鐘
ただ、AIにはアウトプットの面で課題がつきまとう。とくに顧客の資産についてのアドバイスにAIを活用するにあたっては、「規制する側とサービスを提供する側の視点から適切なガバナンス体制を構築しなければ顧客からの信頼は得づらい」と岩田氏は語る。
日本の組織ではリスク回避の観点からあらかじめすべてのルールを決めがちだが、それではAIの活用が進展しないと懸念。「米国では『ここまで対応しているから使ってもいいよね』という、セーフハーバー(安全な港)を設ける概念でどんどん積極的に使っていく」と言い、日本においても同様の考え方でAIのガバナンスを議論する必要性を説いた。
堤氏も「とくに生成AIはミスをするかもしれない人間的な存在だと組織全体で許容できるかが重要だ」と指摘。「経営陣がそこをのみ込んでトップダウンでAI導入を推し進めれば、AIと使い手の信頼関係を築く企業風土が醸成され、予算のつけ方も変わってくる」という。
金融庁は今年3月、AIの健全な利活用に向けた論点整理を目的とする「AIディスカッションペーパー」を金融機関向けに公表した。AIに関する一定のリスクはあるものの、技術革新に取り残されて中長期的に良質な金融サービスの提供が困難になる「チャレンジしないリスク」を踏まえ、「取り組みの進展を期待したい」と訴えている。
これには岩田氏も「金融=情報産業。AIをいかに使いこなしてパーソナライズした顧客体験を提供できるかが、この先の勝敗を分ける」と同意する。ただ、AIを巡る技術の進展は文字通り日進月歩でもある。それだけに「組織でトライ&エラーを繰り返しつつ、アジャイルにAIを活用する姿勢が欠かせない」と語った。
日本人の富増大
金融機関の社会使命に
海外に出張や旅行をした日本人が、口々に物価の高さを嘆くようになった。様々な要因はあるが、「日米で30年間かけて開いたウェルスマネジメントの差は大きい」と堤氏は指摘する。米国金融機関がAIをうまく取り込んでさらに多彩なサービスを生み出そうとする中、日本の金融機関が置いてきぼりになれば顧客である日本人の貧しさはグローバルで見ると相対的にさらに進みかねない。「ウェルスマネジメントに携わるリーダーは、『日本人の富を増やし幸福度を高める』という社会的使命を強く認識してほしい」と堤氏は強調し、ためらわず変革に歩み出すよう促した。
調査レポート「AI時代のウェルスマネジメント事業 ビジネス変革への7つの成功要因」