鍵はセキュリティ対策とガバナンス強化

規制緩和とルールの明確化で甦る
日本の暗号資産・ブロックチェーン市場

規制強化によって、
資金の「ジャパンパッシング」が常態化

かつて日本は、暗号資産・ブロックチェーン市場のトップランナーであった。

「暗号資産の黎明期に当たる2010年代には、世界最大の暗号資産(当時は仮想通貨)取引所が日本にあり、世界中からの資金が日本に流れ込んでいました。ビットコインの“発明者”がナカモトサトシという日本人のような名前であったことも、世界中の投資家が日本に注目するきっかけの一つになったのかもしれません」

と語るのは、ビットバンクの代表取締役社長CEOで、暗号資産の業界団体、日本暗号資産ビジネス協会の会長や日本暗号資産等取引業協会の理事も務める廣末紀之氏だ。

廣末 氏
ビットバンク株式会社
代表取締役CEO
廣末 紀之
1991年に野村證券株式会社入社。その後、1999年グローバルメディアオンライン株式会社(現GMOインターネット株式会社)に入社し、同社取締役、同社常務取締役に就任。2006年株式会社ガーラ代表取締役社長、2008年コミューカ株式会社代表取締役社長などを経て、2012年暗号資産技術はマネーのインターネットになると確信し、2014年ビットバンク株式会社を創業。2022年機関投資家や事業会社を対象としたデジタルアセット信託事業への参入に向けて、日本デジタルアセットトラスト設立準備株式会社(JADAT)を設立し、同社代表取締役を兼任。業界団体では、日本暗号資産等取引業協会(JVCEA)理事および、日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)会長を務める。

廣末氏が社長CEOを務めるビットバンクは、暗号資産の黎明期に当たる2014年に創業。以来10年以上にわたり、事業者の立場から市場や業界の発展に貢献してきた。

「日本が黎明期に世界のトップランナーとして君臨できたのは、いち早く暗号資産取引のための法整備を行ったことも大きな理由でした。2017年4月に資金決済法の一部を改正し、暗号資産を決済手段として認定したことが取引の急拡大を促したのです。当時の日本の暗号資産市場は、世界一の取引量を誇っていました」(廣末氏)

だが、資金決済法の改正から1年もたたない2018年1月、ある大手暗号資産取引所が大規模なハッキング被害に遭い、約580億円もの資金が不正流出する事故が発生。これを機に、国は投資家保護などを目的として段階的に規制を強化する。これが、日本の暗号資産市場を縮小させる大きな要因となった。

「とくに影響が大きかったのが、2020年の資金決済法の改正です。個人による暗号資産のレバレッジ取引の上限が2倍に制限されたほか、新たに暗号資産を取り扱う際には事前審査が求められるようになるなど、市場参加者のみならず、我々事業者にとっても非常に厳しい規制が講じられました」と廣末氏。

「投資家保護の観点から必要な対応ではあったものの、結果としてこうした規制が暗号資産の取引量を抑え、日本の暗号資産・ブロックチェーン市場の発展にブレーキをかけてきたことは否めません。また世界の市場は、暗号資産からブロックチェーン技術を利用したNFTや資金調達などへビジネスを多様化させていきました。そのような中、日本は黎明期を基にした規制やガイドライン運用を続けたため、ビジネスが萎縮し、海外の資金が日本を素通りして他の市場に流れ込む要因の一つとなりました」(須田氏)

一方で、「伝統的な金融機関と比べて、ベンチャーやスタートアップならではの課題もあった」と廣末氏。ベンチャーやスタートアップ企業の場合、セキュリティ対策をはじめ、社内のコンプライアンスや内部統制対応は整備途上であることが多く、それらの脆弱な体制やセキュリティの穴をトリガーに不正アクセスや暗号資産の流出を招く可能性が高いという。

インターネットバンキングに係る不正送金事犯発生件数および被害額の推移と2024年における暗号資産関連の被害額の割合​​

インターネットバンキングに係る不正送金事犯発生件数および被害額の推移と2024年における暗号資産関連の被害額の割合​
出所:警察庁「令和6年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等」
(URL:https://www.npa.go.jp/publications/statistics/cybersecurity/index.html)の掲載情報を基にPwC作成
警察庁が公表する資料によると、インターネットバンキングに係る不正送金事犯の発生件数と被害額が近年急速に増加していることが分かる。総被害額の約4割が暗号資産交換業者への送金であるとされている

須田氏も、「業界への注目の高まりに比例し、インターネットバンキングに関連した不正送金も増加傾向にあり、流出金額は2023年以降高水準を維持しています。中でも、暗号資産関連の取引が約37%を占めており、企業におけるガバナンスの高度化と、その取り組みを客観的に外部に示すことが、一層重要視される状況下にあります」と語る。

IT業界では、保守・運用の分業化や利便性向上、コスト削減を理由に、ブロックチェーンビジネスの根幹である鍵やウォレット管理を外部委託、ないしはクラウド/SaaS化しているケースが多くなっていることがポイントだ。そのような中で、関連する事業者や担当者間の責任分界点が曖昧となることで、高度なセキュリティ対策に穴が生じてしまい、対策が行き渡らないケースもあることから、これら情報の視覚化と高度なセキュリティの維持のためにこそ、ガバナンスが必要と言えるであろう。

一方、市場を活性化させ、再び日本を世界のトップランナーとして甦らせるため、暗号資産取引所を中心とした各事業者は、法制・ガイドラインの再整備を提言するだけではなく、ガバナンスを高度化するために自主規制ルールの制定や内部統制の構築を図ることで、業界の信頼の向上を目指してきた。また、監査法人を含めた業界関係者は、法令・ガイドラインの再整備を提言してきたという。そうした地道な努力もあって、暗号資産業界は日本でも一定の信任を得つつあり、対応するように法令やガイドラインについても、日本も欧米やアジアの動きに歩調を合わせ、暗号資産・ブロックチェーン市場を活性化させる方向にかじを切ろうとしている。

大きな変化の一つが、暗号資産を規制する法律を、資金決済法から金融商品取引法(以下、金商法)に移行しようとする動きだ。

資金決済法改正で
日本の暗号資産市場を甦らせる

現在、日本で暗号資産を規制している資金決済法は、文字通り暗号資産を「決済手段」と見なして、取引のルールなどを決めている。これが金商法に基づくものとなれば、暗号資産は株や債券などと同じ「金融商品」と見なされるので、取引の活性化が期待できる。

廣末氏は、金商法への移行が、日本の暗号資産市場を発展させる推進力をもたらすのではないかと期待している。

推進力として大きなポイントとなるのは、1つは、取引に対する課税が、従来の総合課税から、他の金融商品と同じ分離課税になること。2つ目は、暗号資産の“金融商品化”が進み、米国のビットコインETFと同じように、日本でも暗号資産の値動きに連動するETFが誕生する可能性があること。3つ目は、現在、上限が2倍となっているレバレッジが、これまで以上に大きくなる可能性があること。4つ目は、2026年度から日本版CARF(暗号資産等報告枠組み)が始まり、日本に居住する投資家の海外での取引についても、日本の税務当局に報告されるようになり、多くの資金が海外から日本に戻ることが期待されることだと、廣末氏は語る。

鈴木氏も、「米国では、ビットコインETFの登場が機関投資家による取引を活性化させる起爆剤になりました。また、レバレッジを利かせすぎると投機が活発化するという懸念もあるようですが、市場の流動性を高めるためには適度なレバレッジの許容が欠かせません。日本の暗号資産・ブロックチェーン市場を拡大するためには効果的だと思います」と語る。

金商法への移行に向けた国会審議はまだ継続中だが、2025年6月に可決・成立した改正資金決済法でも、日本の暗号資産・ブロックチェーン市場を活性化させる規制緩和の内容が盛り込まれた。その1つが、「仲介業」の創設である。

「従来、暗号資産を取り扱えるのは不正流出などを厳格にブロックできる暗号資産交換業者のみでしたが、一般の事業会社でも、一定の要件を満たしていれば仲介業として取り扱えるようになります。例えば、暗号資産・ブロックチェーンを使った新しいサービスを提供したい通信事業者や小売業者、ゲーム会社をはじめとするベンチャー・スタートアップなども市場に参入しやすくなるのです」と廣末氏。

暗号資産をはじめとするブロックチェーンビジネスに関する
専門チームを立ち上げたPwC Japanグループ

仲介業の創設によって、日本の暗号資産・ブロックチェーン市場は今後、大きな発展が期待できそうだ。しかし、そのためには乗り越えなければならない壁もある。中でも大きな壁として立ちはだかるのが、情報セキュリティをはじめとした対策とガバナンスをいかに強化するか?ということだ。

「サイバーインシデント対策などの情報セキュリティ対策はあらゆる業種で必須ですが、とくに暗号資産については、一度資金が流出してしまうと、二度と取り戻せなくなってしまう可能性が高いというブロックチェーン技術特有のリスクがあります。暗号資産交換業者ほど厳格な規制で縛られることはないにしても、今後参入する仲介業者にも鍵やウォレット管理などの論点で、セキュリティ対策をはじめ、ガバナンスの高度化が求められます。とくに、ベンチャーやスタートアップの場合、ブロックチェーンビジネス特有のリスクへの理解や対策がどうしても整備途上であることが多く、今後の課題だと言えます」と須田氏。

とはいえ、そうした課題を乗り越え、暗号資産やブロックチェーン技術を使ったサービスに新規参入できる機会は広がっている。それは、サービスを始めるために「やるべきこと」の見える化が進んでいるからだ。

「日本でも、暗号資産に関する規制緩和とともにルールの明確化が進み、企業として何に取り組めば、投資家や消費者に安心して取引をしてもらえるのかがはっきりしてきました。足りない部分をいかに補強し、ルールにのっとってどこまで攻めるか、というリスク回避策とビジネス戦略の要点が描きやすくなっているのです。もちろん、戦略だけではなく、ブロックチェーンビジネスに携わる事業者自身がルールを順守していくための体制づくりや、システムの運用・保守をすることが要になります。暗号資産やトークンを用いたビジネスに参入する企業にとって、適切なガバナンスを整備することを単なるコストや事業を抑制するものと捉えず、信頼の構築に必要不可欠であり、中長期的な事業リスクの低下と企業価値の向上をもたらすものと考えビジネスを進めることが必要です」(須田氏)

ガバナンスの必要性/PwCの支援トピック例​

PwC Japan有限責任監査法人は、廣末氏をはじめとする暗号資産業界と一緒に、ルールを明確化するための国への働き掛けや、業界団体によるガイドラインづくりなどを行ってきた。その一方、暗号資産・ブロックチェーン関連のビジネスに取り組む企業や、これから取り組もうとする企業に対しても、黎明期から10年以上にわたって様々な支援を行っている。

「従来は、機能別または目的別部門から個々の論点で相談を受けることが多くあり、会計監査やシステム監査、サイバーセキュリティ対策、税務、法務などの個別課題ごとに対応していましたが、会社全体として総合的な課題解決を求めるお客様が増えていることから、あらゆる課題にワンストップで対応できる専門チームを設けました。ビジネスを始める前の組織や規定づくりから、ローンチまでのロードマップ策定、ローンチ後の運用状況チェック、第三者としてのサービスに対する信頼保証まで、規制やガイドラインにのっとったサービスが提供できているかどうかを確かめながら、ビジネスの成長を支援することができます」(須田氏)

明確な規制やガイドラインの下、暗号資産交換業者や仲介業者が市場に信頼されるサービスを提供することが、日本の暗号資産・ブロックチェーン市場の発展につながる。日本が世界をリードする市場に返り咲くことも不可能ではないだろう。

鈴木氏は、「私は今後、ブロックチェーン技術や暗号資産業界がさらに広がっていく未来が来ると信じています。『社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する』ことが、PwCが掲げるパーパスであり、私たちの存在意義です。暗号資産・ブロックチェーン業界においても、業界全体の信頼構築を支援し私たちのパーパスを体現することで、その発展を支えていきたいと思います」と語った。

最後に、暗号資産業界をけん引する事業者として、廣末氏はこう締めくくった。

「これからは伝統的な金融機関と暗号資産の領域というのは密接に関わってくることになると思っています。そうすれば、暗号資産業界にはさらなる信頼が必要になり、それを見える形で示していかなくてはならなくなるでしょう。暗号資産業界の黎明期を支え続け、業界の歴史的文脈を理解しておられるPwC Japanグループのサポートに、今後も期待したいと思います」

「暗号資産&ブロックチェーンビジネスにおけるセキュリティ&ガバナンス」/開催日時:9月9日(火)~2025年12月31日(水)オンデマンド配信/主催:PwC Japan有限責任監査法人

各種法規制の緩和/関連市場の拡大によって、ブロックチェーン技術を用いたビジネスに再び注目が高まっている。

とくに暗号資産・トークンにおいては、資金決済法改正に伴う暗号資産仲介業の創設など、業界全体が大きな変革期を迎えている一方で、資金流出などサイバーセキュリティに関連したセキュリティインシデントへの対策も急務だ。

セキュリティへの懸念は、テクノロジーによる裏付けがあれば払拭されるというものではなく、企業におけるガバナンスの高度化と、その取り組みを客観的に外部に示すことが、一層重要視される状況下にある。

このような中で、暗号資産およびブロックチェーン関連ビジネスにおいて、改めて考慮すべきセキュリティ上のポイントとガバナンスのあり方を解説する。

対象者(対象部門・役職・業界など):経営企画、財務、リスク管理、コンプライアンス、情報システム、情報セキュリティ、内部監査部門の方々