まず1つ目は、現場メンバーと共創しながらKPI設計~ダッシュボード構築までをワンストップで進められること。そして2つ目は、“作って終わり”にせず、社内のデジタル人材育成をプロジェクトの副産物ではなく主要成果として位置づけること。3つ目が、短期間で優先KPIを可視化し、その後テーマを拡張する運用に耐え得るものであること、というものだった。
こうして、24年11月にプロジェクトはスタート。近海郵船は従来のシステム開発における形式にとらわれず、敏捷性を重視し、完璧さよりも開発スピードを優先する方針で取り組んだ。「各部門の担当者に依頼して、BIの画面イメージとして『こういうものが欲しい』というグラフを10枚ほど用意してもらい、それをPwCコンサルティングに見てもらうところからスタートしました」(井上氏)。
同プロジェクトに携わったPwCコンサルティングの松本泰明氏、石田知大氏は、近海郵船のMVVと開発方針を理解した上で、10枚ほどのグラフを受け取り、その要望の背景や業務との関わりを詳しく聞き取りして要件を整理していった。依頼をそのまま開発するのではなく、共にアイデアを持ち寄り、検討して作りながら改善していくアジャイル開発のプロセスを重視したのだという。
「プロジェクトの最初の段階では、各業務の中で何をしたいのか、何が改善されたら良いのかを繰り返しディスカッションしました。そこが固まって同意を得てから、実際に画面のモックアップなどの開発に入りました」(松本氏)
「最初にご要望として頂いたグラフでは、まだまだ具体的な内容がまとまっていない状態でした。しかし、私たちはそこに時間を割くのではなく、いったんスコープを広げてから作り込んでいくほうが良いと考え、まずは可視化をいち早く実現して、フィードバックを頂きながら改善していくプロセスをご提案させていただきました」(石田氏)
実際の開発のサイクルは、最初の1カ月ほどでヒアリングを重ねて要件を整理し、そこから3週間ほどのアジャイル開発で最初のプロトタイプを作成。その後、3カ月ごとにフェーズを区切り、フィードバックをもとに改善を繰り返していくサイクルで開発プロセスは進んでいった。
そうして、24年11月からプロジェクトがスタートして2カ月もかからず、年内には社長を含む役員へ展開する最初のデモが実施できた。これは、近海郵船にとって予想外のスピードだったという。
「十分な議論を重ねた後に、実際にサンプルイメージが出てくるまでが非常にスピーディーだったことにまずは驚きました。それだけではなく、フィードバックや追加の要望に対しても迅速にご対応いただけました。さらに、単に早いだけでなく、様々な切り口でデータを分析する方法を提案していただくなど、改善の本質を突き止める姿勢で対応いただけており、高い水準の信頼関係が構築できていることを実感しています」(井上氏)
同プロジェクトで、井上氏、青木氏らの開発チームが高い期待を寄せていたものが、経営指標に関するデータの可視化・民主化で、中でもその効果を期待していたものが、収益構造などの経営指標となるデータである。
「これまで、様々な条件で提供される海上輸送サービスの売り上げデータは、主に月次の合計値として管理されていました。そのため、より詳細な収益分析やサービスごとの傾向把握には課題がありました。今回のBIダッシュボード導入により、経営指標や収益構造を多角的に可視化し、必要に応じて詳細まで分析できる仕組みを構築しました。これを経営判断や現場での業務改善に役立てています」(井上氏)
青木氏は、「従来は航路ごと、月ごとの粒度でしか収益性を把握できていませんでした。利益分析の粒度を上げることで、サービスごとや案件ごとについての収益性を可視化できれば、経営判断の高度化や業務の効率化に大きくつながると考えました」と、その期待値について話す。
こういった要望に応えるべく、PwCコンサルティングのプロジェクトメンバーも検討を始める。だが、ダッシュボードの基になるデータは、各事業所が入力する基幹システムのデータだったが、収益性を正確に把握するためには、費用に関するパラメーターを別のデータソースから取り寄せる必要があった。そのデータを集約し、どうすれば収益構造の分析ができるか試行錯誤を重ねた結果、中間データを作成して分析に活用、グラフに反映させることで課題解決するなど、近海郵船の要望に即したダッシュボードの開発をアジャイルで進めていった。
近海郵船の要望を反映し、構想からプロジェクト開始後、わずか3カ月後の25年2月には、基本機能を装備したBIダッシュボードが完成、稼働した。BIダッシュボードは現在も修正や機能追加をしながら進化を続けている。
BIダッシュボードの機能は多岐にわたっている。基本的な経営指標の精度の高い可視化、オープンデータと社内情報を組み合わせた市況分析の他、スマートフォンによる操作を可能にしたことで、営業活動でも活用できるようにするなど、使い勝手にも考慮している。
導入効果として井上氏、青木氏が真っ先に挙げるのが、数値化、グラフ化のための資料を作成する業務負荷が減り、データを活用・分析に充てる時間が確保できるようになったことだ。また営業現場では、スマートフォンで顧客情報や主要なKPIをどこにいても把握できるようになったことで、営業方法や打ち合わせの質が向上し、商談後のフォローも迅速になったという。
BIダッシュボードの導入後、すぐに多くの社員の間で活用が進み、これらの業務改善が確認できた理由には、井上氏、青木氏ら社内の開発メンバーと、松本氏、石田氏のPwCメンバーがチームとなり、全国の拠点を訪問して説明会を実施してきたことも大きい。
「単に作って終わりではなく、いかに定着させるかが重要です。定着のためには、現場で説明し、ユーザーの声に耳を傾けることが必要だと思っていましたので、私たちから参加を依頼させていただきました」(松本氏)
「実際の現場の声を聞くことで、例えば営業の方がどういった場面でどのようなデータを確認するのかといった、現場のリアルな状況を確認することができました。時には厳しいご意見を頂くこともありましたが、そういったフィードバックがあったからこそ、ブラッシュアップしながら、皆様にご納得いただけるツールを作ることができました」(石田氏)
現場からの声に丁寧に応えたからこそ、現場も自分事として、新しいツールを使いこなすきっかけが生まれる。指摘した改善点が反映されれば、愛着も湧いてくるはずだ。BIダッシュボードにはユーザーの利用度合いを計測する機能も付いており、開発チームは現在も、利用度の確認と機能のブラッシュアップを並行して進めている。
このように「BIダッシュボードによるデータ可視化プロジェクト」は、現時点で上々の評価を得ており、経営層と業務現場の双方で有効活用が進んでいる。
青木氏は、PwCコンサルティングをパートナーに選んだメリットを以下のように話す。
「システムの開発を依頼するだけでしたら多くの選択肢がありました。しかし、今回のプロジェクトは、自分たちが何をやりたいのかという部分が完全に固まっていない状況からのスタートでした。そんな当社に対して、コンサルティングを含めた支援が受けられたことは非常に良かったと思います。結果として、データの民主化を実現し、データドリブン経営の第一歩になったと思います。今後は、DXが中期経営計画達成の重要な推進力となるよう、挑戦を続けていきたいと考えています」(青木氏)
井上氏は最後に、「PwCコンサルティングの支援で、“使われる可視化”が実現し、新入社員からベテランまでデータ活用の機運が一気に高まった点が、経営に資する重要な効果であったと実感しています。さらに、今回の可視化は、外部パートナーがシステムを作って終わりではなく、現場メンバーが伴走支援を受けながらKPI設計からダッシュボード構築まで経験する進め方を採用しているので、社内で自走できるデジタル人材が増加し、短いサイクルで更新・展開できるようになりました。また、本プロジェクトで、可視化の前提となるKPI定義や業務の共通作法の整備が進み、部門をまたぐコラボレーションがしやすくなりました。これを機に、当社のビジョンである『フネ×ヒトのチカラで日本の未来を明るくデザインする』の実現に向けて、データ駆動型組織への変革をさらに進めていきたいと思います」と話した。
PwCコンサルティングは、今回のプロジェクトでコンサルティングから開発、利用定着まで一貫した支援を実行した。
石田氏は、課題を抱えている企業に対して次のようにアドバイスする。
「データの利活用を進める企業は増えてきました。そういった企業を見て感じるのは、大々的なゴールを掲げて綿密な計画のもと取り組むというよりは、今回のように、『まずはやってみよう』という挑戦心からスタートするというプロセスが有効であるということです。実はこの、悩んでいるならまずは小さなことから始めてみる、という心持ちが、現場と地に足着いた議論を深めていける最短ルートなのではないかと思っています」
松本氏は最後にこう締めくくった。
「あらゆる業界で、蓄積したデータの活用に課題を持つ企業が存在します。私たちは、単にデータの可視化を実現するだけでなく、本当の課題とは何か、経営の状況や要望をヒアリングした上で、クライアントにとって最適なご提案をしていきたいと思っています。また、社内に蓄積されたデータだけではなく、社外にあるようなオープンデータも活用して、企業の利益向上や課題解決、経営変革に寄与していきたいです。今後は、生成AIとBIなどのツールの組み合わせといった、さらなるデジタル技術の活用で、データの価値・可能性を高め、クライアントの課題を解決し、日本の競争力向上に貢献してまいります」