会社を“売らない”選択
が導いた承継の形
―秋葉原の電気街の発展とともに歩み、75年の歴史を持つ御社が事業承継に至るまでの経緯、ファンドを選んだ背景は。
知念:私には後継者がいないこともあり、事業をどのような形で次世代につなぐかは大きな課題でした。10年ほど前から、金融機関や取引先に「次は誰が継ぐのか」と問われる場面が増え、企業としての継続性を示す責任と検討を進める必要性を強く感じるようになりました。
承継先候補の紹介は多方面からありましたが、判断軸が定まらない中で情報ばかりが増え、検討は進みませんでした。その後3年前の9月に、M&A・事業承継のコンサルティング会社とアドバイザリー契約を締結し、情報の窓口を一本化しました。それにより情報や考えを整理することができ、本格的な検討やマッチング、デューデリジェンスまで至った案件もありましたが、いくつかの懸念があり最終判断には至りませんでした。具体的には、大手傘下に入るという選択肢の場合、規模が大きい企業の下で、当社の独立性や意思決定の早さ、築いてきた取引先との信頼関係を維持できるのか、そういった懸念がありました。
そうした中で紹介されたのが、ファンド(運営事業者:National Search Fund 株式会社)でした。当初は「ファンドは会社をモノとして取り扱う」という先入観があり、お断りしようと考えていましたが、実際に担当者と会って話す中で、サーチファンドという事業承継に特化したスキームであること、短期的な回収ではなく企業の独立性を前提とした支援であることが丁寧に説明され、印象が大きく変わりました。また、東京都が出資していることで、安心感や社会的信頼のプラス効果を強く感じました。最終的に、ファンドから紹介された中川氏の経営に向き合う姿勢に触れ、「この人なら託せる」と確信できたことが決め手となりました。
中川:私はリクルートスタッフィング情報サービスで社長を務めていましたが、40代後半を迎え、「オーナー経営に挑戦したい」と考え、退職。事業承継ができる会社を個人で探していたところ、縁あってNational Search Fundから声をかけてもらい、富永電気を紹介されました。
電子部品商社は私にとって未知の領域でしたが、調べれば調べるほど私が培ってきた人材派遣業での経験が生かせると考えるようになりました。どちらも“仲介型ビジネス”の構造であり、価格交渉や在庫管理・人材の雇用管理など収益管理の難しさが共通しています。また、電子部品商社は国内に1,000社超が存在し、業界再編が進む点でも派遣業と似た環境にあります。 そして、最も大きかったのは、知念会長との対話です。初回の面談から誠実な姿勢が一貫しており、取引先や社員との信頼関係を長年維持してきた経営者像が鮮明に伝わりました。その後、何度も意見交換を重ねる中で、「自分が承継することで、この会社を次世代につなげたい」という思いが深まり、承継を決断するに至りました。
東京都が出資する
「TOKYO白馬の騎士ファンド」
という信頼
―2025年10月1日付で新体制に移行した。事業承継の過程で直面した課題、そしてファンドの支援が役立った点は。
知念:「外部から来た経営者が秋葉原の商社文化に馴染めるか」は最後まで気にかかる点でした。秋葉原は100社前後の商社が集まるエリアで、歴史と人脈が複雑に絡み合う独自の商習慣があります。そこに“外から来た人”が入るのは容易ではありません。しかし、中川氏は4月から当社現場に入り、社員や取引先との関係づくりに丁寧に取り組んでくれました。また、自身のコミュニケーションの柔らかさやフットワークの軽さはさることながら、リクルート時代にM&A実務を経験してきたこともあり、“時間をかけて土台を整える”進め方が徹底されており、その点の不安はすぐに消えました。
取引先からも「東京都ファンドの第1号案件なのか」と驚かれながらも、都が出資するファンドであることの信頼性もあり、「良い仕組みを使えましたね」といった声が多く寄せられました。また、ラジオストアー時代の仲間からも、「良い形で承継された」と温かい言葉をいただいています。
中川:私が最も留意したのは、主要取引先がどのように受け止めるかという点でした。富永電気は75年の歴史を持ち、特約の代理店として主要メーカーとの関係性が事業基盤を支えています。そのため、クロージング前に知念会長とともに主要メーカーを訪問し、スキームの趣旨を丁寧に説明しました。「東京都が関与するファンド」である点は、公的な裏付けがあることの信頼性から、取引先の理解形成に大きな意味を持ったと感じています。
ファンドの担当者には、在庫管理の見方から金融機関とのやり取りまで、さまざまな支援を受けています。私は事業側の経験が中心でしたので、特に金融や融資に関する専門的な知見はファンド側に補っていただきました。承継後の資金繰りや将来的な株式買い戻しの設計についても、長期的な視点で議論できた点が非常に有益でした。

次世代の経営者育成を
含めた支援に期待
―事業承継を経た企業として、今後どのような姿を描くのか。業界の展望と併せ、東京都のファンド事業への期待も伺いたい。
知念:まず当社に必要なのは、会社の世代交代を進めることです。私は71歳ですが、中川氏は47歳で、電子部品商社で三代目社長が担うことの多い年代層にあたります。特に当社のように、業界内でも40〜50代のオーナー社長が事業承継に悩む時期に差し掛かっています。社内で後継者が育っていない企業も多く、外部からの若返り・世代交代の仕組みへの対応が必要です。
東京都のファンド事業には事業承継だけでなく、将来の経営者を育てる枠組みづくりにも期待しています。例えば、複数の企業が連携し、古い産業構造をアップデートしていくための“再編支援”のような取り組みも有効だと考えています。オーナー企業同士が主体性を保ちながら変革できる仕組みがあれば、業界全体の持続性は大きく高まるはずです。
中川:私は富永電気を着実に成長させることを第一に考えています。電子部品商社は大きな市場規模を持ち、日本の技術が集約される産業です。地味に見られがちですが、潜在力は大きく、発信力を強化することで新しい仲間も呼び込めると考えています。
業界には、各社が独自の商材を持ちながら連携する強固な商社ネットワークがあります。この仕組みは、スタートアップや新規参入企業の販路開拓にも大きな力を発揮できるはずです。将来的には、業界全体で新しい商流をつくる動きにも取り組みたいと考えています。
東京都には、外部承継者を育てるモデルを今後さらに広げていただきたいと考えています。私自身、承継前の半年間を社内で過ごしながら、現場理解を深める機会を得ましたが、これを制度として整備できれば、次世代の承継者育成に大きく寄与できる可能性があります。今回のような事業承継は、強いオーナーシップを持つ方にとっては会社を守り、新たな可能性を開く選択肢の一つになるものです。最初の一歩は大きく見えても、踏み出せば前に進む道筋が見える。挑戦する価値は十分にあると思います。
以下の事業を通じて
支援を行っています
中小企業支援
「TOKYO 白馬の騎士ファンド」
中小企業の事業承継を円滑に進めるべく、経営者が安心して会社を引き継げる後継者の確保を支援している
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