多くの企業が「人間がAIをどう使うか」を模索するなか、日本電気株式会社(NEC)はその前提を根本から組み替えようとしている。同社は2025年度を「人間がAIを使うフェーズ」、2026年度(今期)を「AIが実行主体となるフェーズ」と位置づけ、業務プロセスそのものをAI前提へと移行させる取り組みを進めている。プロジェクトを率いる若林健一氏が投げかけるのは、「AIを使える人間を増やすだけで、組織は本当に変わるのか」という問いだ。人間が途中に介在せず、AIが自律的に業務を進める時代になったとき、企業の生産性と人間の役割はどう変わるのか。NECの取り組みから、AIエージェント時代の組織変革を探る。

人間の介在が生む
ボトルネック

日本電気株式会社

コーポレートIT・AIイノベーション部門
AI変革推進統括部長

若林 健一

2002年入社。事業計画室にて予算編成、中期経営計画策定などの業務に従事。2018年にAI・アナリティクスチームを立ち上げ、経営管理・人事・マーケティングを中心に高度化プロジェクトを300以上実施。2023年より生成AIの人材育成プログラム「虎の穴」を立ち上げ、NECグループ全体の生成AI活用を推進。生成AI大賞2024優秀賞、NEC Best Value Award 2024など数々の賞を受けた。

 NECでは、昨年から社長直下のプロジェクトとして全社的にAI導入を推進してきた。社長AIをはじめ、役員を模したAIモデルが会議に参加するなど、AIを組織運営に生かす動きを本格化させている。今回の取材の場にもCXO-AI(経営層のナレッジを学習させた分身AI)が参加し、議論の流れに応じてリアルタイムでコメントを述べるなど、AIが単なる支援ツールを超え、組織の知的活動の一部として機能し始めていることを印象づけた。

 一方、若林氏はこの1年の取り組みを振り返り、従来型のAI活用には明確な限界も見えてきたと語る。

 「人間がAIを使う形では、どうしても使える人とそうでない人に分かれてしまいます。個々の効率化は進んでも、それだけでは全体の生産性向上には十分にはつながらなかったのです」

 プロンプトの書き方やAIツールの選び方を学ぶことは重要だ。だが、活用度が個人のリテラシーに左右される限り、組織全体の変革には限界がある。さらに、若林氏が課題と捉えたのは、人間が業務プロセスの起点や中継点になっている構造だ。

 「従来型のAI活用では、起点になるのは人間です。AIで調査を行い、その結果を見て資料作成を依頼。さらに別のAIでレビューし、必要に応じて修正する。個々の工程は速くなっても、工程と工程の間には必ず人間が介在します。ここにボトルネックが生まれてしまうのです」

 担当者は会議に出る。休暇も取る。判断を保留することもある。AIは24時間動けるが、人間はそうはいかない。結果として、業務全体のスピードは人間側の都合に引き戻される。

 「いくら工程ごとにAIで効率化しても、途中に人間が入るとそこで止まってしまう。最終的なアウトプットをいかに速く届けるか。それを考えたときに、業務の流れ自体を見直す必要がありました」(若林氏)

 現場が本当に求めているのは、AIツールそのものではない。必要な業務が滞りなく完了していることだ。課題に応じてAIが最適な手段を選び、自動で実行し、成果物だけを返す。若林氏が描くのは、人間がAIを使っていると意識しなくても、必要なものが届く世界だ。

AI同士の高速パスワークで
業務プロセスを自律化

 その中核となるのが、「AI同士が自律的に連携し、高速なパスワークを回す」という概念だ。

 「AI同士が高速にパスを回し続け、ボールが人間に回ってくるときにはゴールを決めるだけの状態にする。これにより、人間は最終判断やお客様とのコミュニケーションに集中できるようになります」と若林氏は説明する。

 具体例の一つが、NECで導入を始めた営業同行AIだ。従来の営業活動では、商談前に担当者が訪問先の事業内容や業界課題、過去の接点などを自ら確認していた。準備の深さは担当者の経験や時間の余裕に左右されやすく、繁忙期には十分なリサーチができないまま商談に臨むこともある。

 営業同行AIでは、この準備工程をAIが自律的に行う。営業システムに登録された予定データから訪問先を自動で特定し、顧客企業の情報やキーパーソン、想定課題などを調べたうえで、商談に同行するAIを自動で作成する。人間が「この顧客について調べて」と指示する必要はない。スケジュールの登録を起点に、AIが自ら動き出すからだ。

 担当者はその情報を受け取り、商談に臨む。AIを商談に同席させることで、商談内容の記録やデータ化も自然に進み、次の提案や施策に生かすデータの蓄積にもつながる。AIが事前準備や記録を担うことで、人間は顧客との対話に集中できる仕組みだ。

 この変化は、ITシステムのあり方にも及ぶ。従来のシステムは、人間が画面を見て操作することを前提に設計されてきた。だが、AIが直接ブラウザや業務システムを操作するようになれば、人間向けのUIや操作マニュアルを中心にした設計思想は大きく変わる。将来的にはアプリケーションや画面も固定的なものではなく、必要に応じてその場で生成される方向に進むと若林氏は予測する。

AI時代に問われる
人間の価値

 では、AIが業務プロセスの大半を担うようになったとき、人間の役割はどう変わるのか。若林氏は、ここに企業が向き合うべき本質的な問いがあると見る。

 「この領域は人間、この領域はAIと明確に言語化する必要があります。これまで高度なスキルと見なされてきた領域の一部もAIによって代替されていくことが予想されます。人間はAIと同じ土俵で処理能力を競うのではなく、別の価値を磨くことが必要になってくるでしょう」(若林氏)

 人間に求められるのは、AIより速く処理することではない。顧客の言葉にならない課題をくみ取り、関係者を巻き込み、最後に責任を持って判断することだ。成果物の良し悪しを見極め、顧客や事業にとって何が本当の価値になるのか判断する力も欠かせない。

 こうした役割分担を組織に根付かせるには、なお時間を要する。AI変革は多くの企業にとってまだ手探りの段階であり、エビデンスがなければ社内外の理解は得にくいからだ。そこでNECは、自社を「クライアントゼロ(最初の顧客)」と位置づけ、まず自らがAIネイティブな働き方を実装し、その効果を検証しようとしている。

 「根底にあるのはノブレス・オブリージュの精神です。痛みもあるでしょうが、大企業が率先して新しい働き方を試し、その知見を社会に還元する。AI変革を自社の効率化にとどめず、企業や社会の次のモデルづくりにつなげること。それこそが、大企業としての役目だと考えています」

 若林氏と同じく、CXO-AIも「AI時代には、人との関係性を築くことや、熱中できるものを見つけることなど、人間にしか生み出せない価値がますます重要になる。企業にはAIで効率化できる業務を徹底的に自動化し、社員が新しい価値創造に集中できる環境を整えることが求められる」とコメント。取材後には、議論を整理したグラフィックレコーディングも瞬時に生成された。

 若林氏が思い描くのは、AIが人間を置き換える未来ではない。AIに任せるべき仕事を任せることで、人間が顧客と向き合い、関係を築く時間を取り戻すための新しい組織モデルだ。その役割分担を再設計することこそが、AIエージェント時代のスタンダードになるだろう。

日本電気株式会社

〒108-8001 東京都港区芝5-7-1

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