
人的資本経営の重要性が叫ばれる中、採用は本当に「投資」として扱われているだろうか。多くの企業で、採用にかかる総コストすら十分に把握されておらず、その成果や投資対効果も検証されないまま、同じようなミスマッチや早期離職が繰り返されている現状もある。こうした構造的な課題にどう向き合うべきか。採用を「経営投資」へと転換するための視点について、back check株式会社 代表取締役社長 須藤芳紀氏に聞いた。

人的資本経営の重要性が叫ばれる中、採用は本当に「投資」として扱われているだろうか。多くの企業で、採用にかかる総コストすら十分に把握されておらず、その成果や投資対効果も検証されないまま、同じようなミスマッチや早期離職が繰り返されている現状もある。こうした構造的な課題にどう向き合うべきか。採用を「経営投資」へと転換するための視点について、back check株式会社 代表取締役社長 須藤芳紀氏に聞いた。
人的資本の開示義務化を背景に、人材を企業価値の源泉として捉える議論が広がり、企業にとって採用の重要性はこれまで以上に高まっている。一方で、その採用が「投資」として適切に扱われているかというと疑問も残る。
「採用は投資だといわれますが、実際にその投資対効果が十分に検証されているケースは多くありません。設備投資であれば減価償却という形で費用を捉える考え方がありますが、採用はその費用と成果の関係が見えにくく、投資として捉えにくいのが実情です」
こう語るのは、リファレンスチェックなどの採用支援サービスを提供するback check株式会社の須藤社長だ。
採用を投資と捉えるのであれば、本来はその意思決定が事後に検証できる構造であるべきだ。しかし現実には、多くの企業で採用は十分に振り返られないまま終わっている。
採用には、人材紹介手数料や広告費といった直接的なコストに加え、給与、社会保険料、教育研修費、さらには面接や育成に関わる人件費など、多様なコストが発生する。例えば年収1000万円の人材を採用する場合、紹介料だけでも350万〜500万円にのぼり、もしその社員が早期に離職した場合、これらの投資が回収されないまま、結果として数百万から場合によっては2000万円程度のサンクコスト(埋没費用)が発生することもある。
「その社員が在籍期間中に、会社が支払った金額を上回る仕事ができているのか。一人の人材を採用するにあたりどの程度の費用が投じられどれくらいの利益を生み出しているのか。本来であればROIで考えるべきですが、現実には、そこまで踏み込んだ検証が行われているケースは多くないと感じます」(須藤氏)その背景には、いくつかの構造的な問題があると須藤氏はいう。
大学卒業後、インテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社。営業マネージャー、ゼネラルマネージャーを経て、2012年からインテリジェンスHITO総合研究所(現パーソル総合研究所)執行役員に就任。その後、アマゾンジャパンでマーケットプレイス事業企画部部長とシニアプロダクトマネージャーを歴任。2018年からはグーグルで広告営業本部の統括部長を担う。2021年、17LIVEに執行役員として入社し、グローバルマーケットの経営とプロダクト開発を牽引。2023年1月、ROXXに入社しback check事業部COO、6月より同CEOに就任。2025年9月、カーブアウトに伴いback check株式会社の代表取締役に就任。

早期離職に伴う事業への総合インパクト(後任の再採用費、入社支度金などの未回収文、事業進捗の遅延や周囲のサポート工数など)を鑑みると、最終的なサンクコストは2,000万円に上るケースもある
「一つは、成果の可視化が難しいことです。営業職のように売上で評価できる職種であればまだしも、多くの職種では『どれだけ価値を生み出したか』を定量的に把握するのは容易ではありません。もう一つは、組織構造の問題です。採用担当の評価は、多くの場合『何人採用したか』に置かれています。一方で、入社後の定着や活躍は、現場や上司の責任とされることが多く、機能分化されています。そのため、採用全体の投資対効果に対してオーナーシップを持つ主体が不在になりやすい構造があります。
本来であれば、早期離職が起きた時点で原因を振り返り、次の採用に生かすべきですが、そのサイクルが回っていないケースが多いと感じています。全社員をROIの観点で評価することが理想ですが、すべての職種で成果を定量的に把握するのは容易ではありません。しかし早期離職に限って見れば、その投資が回収できているかどうかは一定程度判断できるはずです」(須藤氏)
では、早期退職の原因となる採用ミスマッチはなぜ起きるのだろうか。back checkが2025年に実施した調査※では、その実態が見えてきた。
※back check株式会社「2025年 採用トラブル実態調査―面接依存と生成AIが浮き彫りにする“見極めの限界”」
調査によれば、57.7%の企業が採用ミスマッチを経験しており、その影響として最も多く挙げられたのが「早期離職」(41.0%)だ。採用の失敗が、短期間での離職という形で顕在化している実態がうかがえる。


また、最終的な採用判断においては「面接での受け答え」を重視する企業が60.7%と依然として多く、選考プロセスが面接に大きく依存している状況も浮き彫りになった。

その背景には生成AIの利用拡大の影響も指摘されている。
「採用選考において、応募者が生成AIを使用したと思われる書類や回答に接したことがある」と回答した企業は54.2%、「生成AIを使用したと思われる書類や回答により、選考判断が難しくなったと感じる」と回答した企業は60.5%にのぼった。


また、「応募者が語る前職での経歴や成果について採用時点で事実確認や再現性の判断が難しく、入社後に想定と異なると感じた経験がある」と回答した企業は57.6%を占めた。入社後に顕在化するギャップとして最も多かったのは「コミュニケーション力・協働力」(40.1%)、続いて「主体性・行動力」「ストレス耐性・環境変化への対応力」「責任感・仕事への姿勢」といった行動特性が上位に挙がった。これらはいずれも面接の場では把握しづらく、ミスマッチを完全に防ぐことが難しい現実が見えてくる。

こうした傾向は、個別企業の採用現場においても共通する課題である。興味深いのは、高度な選考プロセスを持つ企業であっても、ミスマッチが一定数発生しているという点だ。
「複数回の面接やケース面接を通じて厳密に選考している企業であっても、入社後に期待通りのパフォーマンスを発揮できないケースは少なくありません」(須藤氏)
その理由は、面接で測れる能力と、実務で求められる能力の間にギャップがあるためだ。例えば、報告・連絡・相談といった基本的な業務コミュニケーションや問題が起きたときに適切に相談できるかといった行動特性などは、仕事の成果に大きく影響するにもかかわらず、面接の場で見抜くことは難しいという。
「地頭の良さは面接で見極めやすいですが、実際の仕事で成果を出すために必要な行動特性は、一緒に働いてみないとわからない部分も大きいと感じています」(須藤氏)
こうした課題に対して、面接だけに依存しない採用設計が求められる。適性検査や実務テスト、体験入社など候補者のスキルや適正を多面的に把握する手法に加え、過去に一緒に働いた人から評価を得ることで行動特性を把握できるリファレンスチェックや、経歴に誤りがないか、犯罪歴や反社会的勢力との関わりがないか、SNS上での問題発言がないかなどのリスク調査を行うバックグラウンドチェックなども活用されている。
これらの手法を取り入れることで、面接だけでは見えにくい情報を補完することができる。採用を「経営投資」として扱うのであれば、それらの情報を一過性の判断にとどめず、蓄積・可視化し、事後に検証できる形で活用していくことが重要になり、その結果を定量的に分析し、次の意思決定に生かしていくことで、採用の精度は高まっていく。
採用を投資として捉えるためには、データの活用が不可欠だ。 back checkでは、リファレンス情報を10段階で定量化し、分析可能な形で蓄積している。
「従来のリファレンスチェックの回答は文章中心で、読み解く負担が大きいうえ、評価も読み手の主観に左右されやすいという欠点がありました。また、個別の採用判断にしか使われていない、いわば『ワンタイム』の情報になりがちでした。そこでback checkでは、行動特性や働き方に関する評価項目ごとに10段階で回答してもらう仕組みにすることで、情報を定量化し、データを蓄積し、分析することが容易になります」
実際に、蓄積されたデータを分析することで、採用判断の精度を高めた事例もある。
「ある企業では、過去に問題を起こして早期離職した社員のリファレンス評価を分析したところ、ある特定の質問のみ共通して低いスコアに集中していることがわかりました。そこでリファレンスチェックで低い項目がある人材を採用しない方針に転換した結果、早期離職者を大幅に減少させることができました」(須藤氏)


※本データは、実在の数値を元に加⼯を施したサンプルです
採用の投資効率を高めるために、企業は何から始めるべきなのか。
「まずは現実を把握することが重要です。どれだけのコストをかけて、どれだけの人が早期離職しているのか。そこを可視化することが改善の出発点になります」(須藤氏)

実際に、ある企業では過去2年間の採用状況を分析した結果、約37%が離職していたことが判明した。金額に換算すると数億円規模の損失に相当していたという。こうした事実を可視化し、原因を分析し、改善策を講じる。このサイクルを回していくことが、採用を投資として捉え直すうえで重要になる。
「採用を可視化し、事後検証できる仕組みを作ることで、資本効率は確実に向上します。企業にとっても、社員にとっても、より良い状態につながるはずです」(須藤氏)
人的資本経営の重要性が高まる今、採用においても感覚や経験に頼るのではなく、事実に基づいて振り返り、改善していく姿勢がこれまで以上に求められている。