2050年のより良い社会の実現を目指すCTC「みらい研究所」の新たな挑戦

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伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の「みらい研究所」では、ITソリューションなどテクノロジーをベースとした新規事業の創出だけでなく、2050年により良い社会を実現するため、広い視野で社会課題の解決に取り組むことをミッションとする。みらい研究所が何を目指し、どのような研究活動を進めているのか。研究員たちとリーダーの視座から読み解いていく。

みらい研究所が現在、主な研究テーマとしているのは「AI(理論構築)」「トラスト(安全なオンライン・データ流通)」「XR/ハプティクス(視覚・触覚による錯覚の応用)」「窒素循環と農業改善」「政府・業界への提言と社会システム構築」の5領域である。ITが出発点になっているとはいえ、守備範囲は広い(下図)

図 みらい研究所が取り組む主な研究領域
図 みらい研究所が取り組む主な研究領域

そのため、自ら研究を進めるだけでなく、社会課題の解決に取り組む政府機関、事業会社、アカデミア、国際標準化団体などとコラボレーションする“ハブ”を目指すという。みらい研究所長の富士榮尚寛氏は、「“つなぐ”ことが得意な商社系研究機関である我々には、この立場が最適だと思います」と語る。以下では、各研究領域の概要と研究員たちの想いを紹介する。

「信念を持ち続ける人たちと一緒に未来の社会を作る組織にしたい」と語るみらい研究所長の富士榮尚寛氏

富士榮尚寛氏

みらい研究所の最新動向①AI(理論構築)

叱咤激励もする「バディAI」。
自己実現や豊かな人生を支える伴走者に

みらい研究所におけるAI研究では、人への深い思いやりができるAIの社会実装を目指している。CTCを含む日本企業9社が参画する慶應義塾大学「慶應AIセンター」において、産学連携の枠組みで開発を進めているのが『バディAI』だ。

現在のAIは基本的に人間が指示したことを実行するものだが、バディAIは違う。人間が求める最終的なゴールを推察し、指示された作業が目標達成や人間にとって本当に役立つのかを判断する。例えば「この宿題を解いて」と指示すると、「あなたの学力向上のために出されているのだから、あなたが解くべきです」と答えるのだ。

「我々は楽ができる手段を求めがちですが、本当に必要なのは、叱咤激励しながら一緒にゴールに向かってくれる伴走者ですよね。自己実現を支援してくれるパートナー、それがバディAI です」。みらい研究所に所属しつつ慶應AIセンターで研究員として活動している佐々木友也氏は、研究の狙いをこのように説明する。

現在、開発面では、ユーザーが実施する作業を逐一観察・分析して支援を実行する段階に来ている。また、それを使った学術的な研究として、AIが支援した際のユーザーの「責任感」をどう維持するかに着目しているという。AIが判断や実行を支援する場合でも、後戻りが利かない場面での最終責任はユーザーに残る。AIが支援の前に内容や根拠を具体的に提示し、ユーザーが自身の責任で判断したと思えるような確認の仕組みを体系化すべく、実験を通じて集めた知見で国際学会にも論文を投稿している。

バディAIの開発はソフトウェアだけでなく、心理学やロボティクスなどの専門家とチームを組んで進めている。PCのデスクトップエージェントはあと1~2年で形になる見通し。VRヘッドセットなどのデバイス連携は2030年ごろに実現しそうだ。

「叱咤激励しながら一緒にゴールを目指してくれる、それがバディAIです」と研究員の佐々木友也氏

佐々木友也氏

みらい研究所の最新動向②トラスト(安全なオンライン・データ流通)

オンラインの相手を信頼するにはどうする?
複数の解決策をつなぐテクノロジーがカギ

デジタル社会と物理社会の融合が進み、面識のない相手とやりとりする機会が増えた。トラスト(信頼)に関する課題はすでに顕在化しているといってよい。偽造証明書による学歴詐称やSNSを介したロマンス詐欺、仕事を得るために提供した個人情報を悪用される闇バイトなどが代表的だ。こうした問題の解決に向け、みらい研究所では「顔が見えない相手でも一定の信頼ができる状態に変える仕組み」の技術展開を図っている。

「安全なデータ流通のためには、やり取りされるデータの信頼性、やり取りする相手の信頼性、そして提供した相手におけるデータの取り扱い方の信頼性という3つのトラストが不可欠です。この3つを解決できる単一の方法はなく、それぞれについて複数の解決策を積み上げていく必要があります」。こう語るのは、同研究所シニアスペシャリストの貞弘崇行氏だ。

そうした解決策の一例として、データの信頼性に関しては、改ざん検知が可能なデータセットに発行元や提示先の情報を埋め込むことで解決を目指す。相手の信頼性に関しては、デジタル資格証明証の保有者が、当該証明書をオンラインで提示した人物と同一であることを確認する手法が確立できれば対応可能だ。取り扱い方法の信頼性については、契約と監査だけでなく、システム実装を規定するフレームワークも必要になると貞弘氏は指摘する。

「トラスト研究に求められるのは、デジタルと物理、例えば証明書を発行する研究機関とそれを発行するシステム、あるいは、改ざん検知可能なデータを扱うインターフェースと既存のシステムなど、要素をつなぐ橋渡しのテクノロジーです」と同氏。「今後、研究・開発、実装する仲間を増やして、サイバー空間における安全・安心・トラストを実現できる社会を目指したいと考えています」と語った。

「仲間を増やして安全・安心・トラストを実現できる社会を目指したい」と意気込むのはシニアスペシャリストの貞弘崇行氏

貞弘崇行氏

みらい研究所の最新動向③XR/ハプティクス(視覚・触覚による錯覚)

触れる感覚を再現して遠隔作業を実現へ
深刻な人手不足解消にも道

XR(クロスリアリティー)は現実世界と仮想現実を融合する技術、ハプティクスは振動などで手触りを再現する触覚提示技術だ。同研究所シニアスペシャリストの国定由恵氏は2つの課題に取り組んでいる。

1つ目は、XR空間において触覚を再現する方法を調査・検証すること。まずは、視覚的な効果とハプティクス・デバイスのフィードバックを組み合わせ、モノを触っている感覚を再現する技術の調査をしている。

2つ目はXRアプリの開発だ。みらい研究所が研究しているトラストやバディAIなどが実現した未来社会はどのような姿か。それを直感的に理解できるようにするため、複数の人が同時に未来のシナリオを体験できるマルチプレイヤー参加型のメタバースアプリを開発中だ。

国定氏は、「まずは動くものを作っちゃえと。小さく始めてプロトタイプを確実に作成することを目指しています」と語る。

いずれの研究にもメタバースの要素が入っている。これは「離れている人間同士でも違和感のないコミュニケーションができたらいい」という国定氏の願望があるからだ。今後、多くの業界で人手不足が深刻になるとされるが、XR/ハプティクス技術の進化によって遠隔作業などが容易になれば、解決の道筋が見えてくる。

現代のキーテクノロジーとされるAIも、その基礎は約40年前に書かれた論文であり、ネットワークとデバイスが進化したことで今日の隆盛を迎えた。XR/ハプティクス技術も同様に、2050年に向かって加速度的に進展する可能性がある。

「まずは動くものを作る」とアバターを駆使して語るのはシニアスペシャリストの国定由恵氏

国定由恵氏

みらい研究所の最新動向④窒素循環と農業改革

データとAIを駆使して農業をシステム化
「農」をカギに共助・共創社会を実現したい

同研究所シニアスペシャリストの宮田任規氏は、「データ農業による流域循環型共創農耕」の実現に取り組んでいる。現代の農業には、環境負荷への対応や経済的・社会的な問題など、多くの課題がある。課題解決のためには、土壌負荷を軽減して地球環境を保全しつつ、データやロボットの利活用により生産性や農業従事者の収益を改善することが求められる。

そこで宮田氏らは、農業をシステムと捉え、データ分析やAIなどを活用して農業従事者の労働効率を高める研究を進めている。具体的には、酸化抑制効果により農地の劣化を防ぐ水性鉄触媒を利用したほうれん草や水稲の栽培試験、ロボットやドローンと各種センサーを活用して、農作物と土壌の状態をリアルタイムで把握・AI分析する実証実験などである。

宮田氏は2050年には3種類の農業従事者が活躍すると考えている。高度な技術とデータを使って食糧生産を支える「農業のプロ」、家庭菜園を楽しむ「農業で遊ぶ人」、そして、都市と農村・中山間地・耕作放棄地の連携を実現する「農業をつなぐ人」だ。

「『つなぐ人』の一例として、普段は都市で暮らす人が週末だけ地方に出向いて農作をするケースがあります。都市滞在中は自分の耕作地を遠隔モニタリングして、何かあったら地元の人に作業をお願いしたり、ロボットに代行させたりします。農業がもっと身近になる世界です」と宮田氏。「都市と農村、農業のプロと経験の少ない新規参入者、高齢者、農に興味をもつ都市部に住む人、子どもなど、『農』をキーに共助・共創のコミュニティを作りたいですね」と構想を語った。

データ分析やAIなどを活用して農業従事者の労働効率を高める研究を進めているシニアスペシャリストの宮田任規氏

宮田任規氏

みらい研究所の最新動向⑤政府・業界への提言と社会システム構築

資本効率の追求に加えて、共助の再駆動へ
「共感経済」実現に向け産官学民で挑戦

経済は社会の基盤である。経済が変われば社会も変わる。いま、経済が資本効率の数字追求にこだわるあまり、助け・助けられるといった共助の相互関係の体感が希薄になってしまった。広域事前防災や地方創生の担い手の不足、資金不足、ESG疲れ、SNS問題といった一見バラバラに見える社会課題の一因がそこにあるのではないか。経済同友会の提唱する共助資本主義の理念とも隣接する。

このような視点で仮説を立て、立証と解決に取り組んでいるのが、リードスペシャリストの岡本俊一氏らである。研究テーマは「共助を生む共感経済」だ。「我々は、共感および繋がりを定量的な『価値』として可視化し、それをデジタルで交換する仕組みを模索しています。実現すれば、人の行動だけでなく、意識の変容も期待できるはずです」(岡本氏)

共感経済のエコシステムを駆動するには3つの要素が不可欠だと岡本氏は述べる。第1は共感ネットワークの形成と母数の拡大。第2は、地域社会を良くしていく施策や企業・団体、自治体の評価指標の策定。第3は、地域社会や都市デザインに企業の経済活動を組み込むことである。

その上で、「フィジカルな都市空間」「社会関係の世界」「サイバー空間」「人間の心の世界」という4層を網羅した、いわば「人の営み」すべてを念頭においた仕組みづくりが求められる。そのためには、経済学などの人文・社会科学系、情報科学系、建築や都市工学などの工学系といった幅広い領域での産学協働が重要になる、と岡本氏は強調する。

「正解がない複雑なミッションですが、産官学民が協働で挑戦し続けることに意義があります」と同氏は結んだ。

共感および繋がりを定量的な『価値』とし、デジタルで交換する仕組みを模索する」というリードスペシャリストの岡本俊一氏

岡本俊一氏

2050年の社会とみらい研究所

「信頼できるパートナー国」を目指すため
技術と社会の “橋渡し役” を引き受ける

みらい研究所は、2050年をターゲットに社会の未来像を描き、果たすべき役割を見据えた研究を行っている。日本と国際社会が直面する構造的課題に対して、テクノロジーを基盤に持続可能な社会を実現する。これがミッションである。

研究所長の富士榮氏は、日本を持続可能な社会にしていくために解決すべき構造的課題として、「労働人口の急速な減少」「食料安全保障の脆弱性」「地政学リスクを背景としたサプライチェーンの不安」「日本の技術競争力の相対的低下」の4つを挙げる。

「これらの課題に対して、ITやAIなどテクノロジーが果たす役割は大きく、日本はテクノロジーを駆使して課題解決を図りつつ国際的な存在感を発揮し、信頼できるパートナーとしての地位を確立しなければなりません」と富士榮氏。そのためにみらい研究所は異なるテクノロジー同士、およびテクノロジーと社会の “橋渡し役” を目指すのだという。

一方で、みらい研究所は事業会社の一員として、顧客に付加価値を提供して利益を得ることも求められる。富士榮氏は、「お客さまが直面している課題に対し、我々は2050年の未来像からのバックキャスティングによってソリューションを導き、提供できます。また、産官学民の専門家をつなぐことで得た、より広く深い知見をお客さまと共有することも可能です」と述べる。社長の新宮達史氏も、「みらい研究所は、CTCが前例のない領域に進むうえで、重要な役割を担っています」と強調する。

みらい研究所は、大学や行政、民間企業と連携しながら、社会課題の解決に取り組んでいます」と語る社長の新宮達史氏

新宮達史氏

未来からの花実を得る担い手となるのは研究員たちだ。富士榮氏は「研究員には個性が際立つ人が多いです。そうでないと未来社会の構築は難しいでしょう」と笑う。「CTCに入社する人は誰もが、『社会を変えるような仕事がしたい』と言います。その信念を持ち続けた人たちと未来社会を作っていく組織にできれば」と富士榮氏は語った。意欲と個性を貫く新たな仲間を迎え入れながら、日本と世界の望ましい未来に貢献し続けることが期待される。

対談風景