
「AIと人間」「AIと社会」といった大きな視点に立つと、企業とAIの付き合い方に関する高次な議論が可能になる。
そういった視点から、電通グループでAI活用の責任者を務める児玉拓也氏と有識者が、AI活用の現在と未来を議論した。
「依存と共創」「仕事とキャリア」「企業はどうAIと向き合うべきか」など、根源的なテーマが提示された。
ファシリテーター 日経BP トレンドメディアユニット長補佐
兼 日経エンタテインメント!編集長 吾妻拓
児玉 電通グループは、2025年6月に「対話型AIとの関係性に関する意識調査」を実施しました。対話型AIに求めるものを聞いたところ、「相談に乗ってほしい」「話し相手になってほしい」「心の支えになってほしい」といった声が多く聞かれました。人とAIの間に、心理的なつながりが生まれています。人とAIは「共依存」の関係に向かっているのではないでしょうか。


「対話型AI」に感情を共有できる人は64.9%にのぼり、
「親友」「母」に並ぶ“第3の仲間”になっている
吾妻 興味深い指摘です。人はそもそも、AIによって進化しているのでしょうか。人とAIの関係性をどう見ていますか。
佐倉 AIが人の能力を拡張させているのは確かです。しかしその進化は、文字や印刷、電話、自動車、飛行機、インターネットという形で進んできた過去の歩みとは違う性質があるかもしれません。従来の科学技術による発展とAIによる能力の拡張との違いを見極める必要があります。
三宅 どちらにせよ、情報活動の延長線上にあることは間違いありません。1995年以降、人はインターネット空間に文字や映像など、膨大なデータを蓄積してきました。そこにAIが登場し、急速に広がり、今まさに飽和し始めています。その次の展開として、AIがロボットと融合し、リアルな空間へ「グラウンディング」しようとしていますが、今はまだその前段階にあります。
工藤 多くの人が、AIをカウンセラーや相談相手のように利用しています。世界保健機関(WHO)によれば、アフリカ全体で約85%の人々が専門家不足によって適切なメンタルケアを受けられていないそうです。そうした人々がAIに相談してカウンセリング効果を得ることが期待されます。一方で、米国で16歳の少年がAIとの共依存的なやり取りの末に自殺したと報道されました。
児玉 20代の多くは、メールやチャットを書く際にAIを使っています。「自分の言葉だけでは、先輩に質問もできない」といった状況もあるようです。これは、「依存に近い共創」と言えるのではないでしょうか。
かつて、SNSでも誹謗中傷や痛ましい事件がありました。いくつかの荒波を乗り越え、今日ではある種のコンセンサスができつつあります。AIも、時間が経てばそうなるのでしょうか。
工藤 SNSとAIは、少し性質が異なると思います。SNS上のやり取りは、多くが公開されており、常に第三者の目に触れるため、誰かが異変に気づける場合があります。しかし、対話型AIはクローズドな環境で利用されていることが多いです。

dentsu Japan
主席AIマスター
児玉 拓也 氏
また、SNSやスマートフォンには「ペアレンタルコントロール」があり、保護者が子供の利用状況をある程度モニタリングしたり、設定を管理できます。今後は訴訟で過失が問われる可能性が高まるので、AIに対しても何らかのコントロールが必要になっていくでしょう。米OpenAIも、そうした仕組みを導入すると発表しています。
吾妻 親の目が届かないという点では、ゲームも似ていますね。ペアレンタルコントロールはありますか。
三宅 ゲーム機ごとにペアレンタルコントロールのモードがあり、色々な制限をかけられます。
私はむしろ、AIの登場によってインターネットの世界がようやく完成すると思っているのです。インターネット上のコミュニケーションは、AIに任せた方がよいです。メールも人が書かず、AIが書くべきだと思っています。
それにより、人はようやく本来の姿に戻れます。約30年間、インターネットと人の間に適度な距離を作ってくれるツールはありませんでした。しかし今、AIがその役割を担い始めています。AIは人とネットの間に入り、エージェントとして私たちを支えてくれます。インターネットは「人と人が活動する場」から「AIエージェント同士が活動する場」へ変化していくでしょう。

実践女子大学
人間社会学部 社会デザイン学科 教授
佐倉 統 氏
佐倉 AIにメールを書かせるなど、コミュニケーションを補う程度ならよいですが、依存と共創はコインの表裏です。明確な境界はありません。16歳の少年の事件のようなことが、今後も起きないとは限りません。そういう事例を少しでも減らし、多くの人がポジティブと思えるような使い方や規範を確立していく必要があります。
三宅 ネット経由のコミュニケーションは、お互いの顔が見えにくいですから、元来、人の感性に合っていないのです。今後、ネット上のやり取りはAIを介して行うようになり、生身の人間が直接ぶつかり合う場ではなくなっていくと思います。
すでに3Dゲームでも、ユーザーの知らないところでAIがユーザーを助けています。ボタンを1回押すだけで、アバターは勝手に柵を超えるし、ドアを開けたりします。人間はネット上ですでにAIを身にまとい、能力を拡張し始めているのです。
今は過渡期です。人間とAIの距離を測りかね、色々な問題が起きています。インベーダーゲームが出てきた時も、多くの人がその魅力に飲み込まれました。免疫がなかったため、学校や会社へ行けなくなるくらい熱中する人も出てきて、社会問題になりました。今はデジタルに対する免疫もでき、人はそこまで飲み込まれません。
デジタル空間のどこにリアリティーを感じるかは、時代によって変化します。SNSが登場して以来、仮想空間の方が現実よりも強い実感を伴う場面も増えています。同様に、AIにリアリティーを感じる人がいるのは、当然のことかもしれません。
児玉 クリエイティブの世界では、作品制作にAIを使うべきかどうかが議論され、「AI不使用宣言」をするようなアーティストも現れて話題になりました。米アップル社も「ヒューマンタッチこそ力の源泉」と発信し、注目を集めています。多くの人は、やはりAIが作った作品より人間が生み出した作品を歓迎する傾向があります。
また、AIは若い人の仕事観にも影響を与えています。2025年に産業能率大学が新入社員に対して行った調査では、AIに仕事を奪われることへの不安から、年功序列や終身雇用を望む傾向が見られました。今後、多様性や人材育成がどのように変化していくのか、よく観察していく必要があります。
三宅 AIには「フレーム」という概念があり、ルールが明確な仕事は、人間よりはるかにうまくできます。加えて産業革命から続く分業化により、多くの仕事がAIに置き換えやすくなっています。しかし、芸術のような世界では、今でも人間が創造したものにオーラがあると考えられています。職人の手作りによる価値を求めることも、なくならないでしょう。
佐倉 それはファッション業界にも言えます。作品のベースになるデザイン候補をたくさん作るアシスタントの仕事は、AIに置き換わるかもしれません。しかし、例えばジョルジオ・アルマーニ氏のように、巨匠が最後に手を加えることで、作品はようやく完成するのです。作家が自ら最終的な仕上げを行う工程には、AIに代替できない価値があると考えられています。
児玉 逆に、人がやったのに「AIの仕事だ」と疑われる現象も増えています。社長の言動を学習したAIが、本人の引退後まで経営に口を挟むようになると、もはや正常な状況とは言えません。実体のないバーチャルタレントが広告で活躍する世界も、すぐそこまで来ています。
工藤 AI時代を迎えるなかで、富裕層向けの希少品でもなく、大衆向けの大量生産品でもない、その中間にあるビジネス領域に大きな可能性があると考えています。
企業がAIを導入すれば、生産性や業績は短期的に向上するでしょう。しかしその結果として、若い労働力の採用を抑えてしまうような状況になれば、組織の年齢構成が歪み、企業の持続可能性に悪影響を及ぼします。だからこそ、中長期的な視点での組織づくりとAIの活用を両立させることが重要です。

大阪大学
社会技術共創研究センター 特任准教授
工藤 郁子 氏
児玉 若手社員を育てるよりも、AIを使った方がよいと考える経営者も出始めています。AIが企業活動の重要な位置を占めるようになると、AIのガバナンスがますます重要になっていきます。ガバナンスの本質は倫理の問題であり、画一的なルールだけで対処できるものではありません。
例えば、あるクライアントから「AIに学習させたいので、キャラクターのバリエーションを追加で作ってほしい」と依頼されたとします。しかし、それを引き受ければ、クライアントは自分でいくらでもコンテンツを生成できるようになり、私への仕事の依頼は二度と来なくなるかもしれません。「画風だけ借りたい」と言われるケースもあるかもしれません。画風のみであれば、著作権に抵触しないだろうというわけです。
このようなやり取りには、まだ明確な答えがありません。ルールで割り切れるようなものでもないように思います。一人ひとりが、自分なりの判断基準を持つことが求められています。
工藤 企業から「AI活用のガイドラインを作りたい」という相談が増えています。その作成を支援していると、「あわせてチェックリストも作ってほしい」と依頼されることが多いですが、私はあまりお勧めしていません。チェックリストに頼ると、思考が止まり、リスクをむしろ高めてしまう可能性があるからです。
「法律さえ守っていれば問題ない」という考え方は誤りです。むしろ、法律とは無関係に発生する「炎上」こそが、企業にとって最大のリスクになり得ます。
一方で、企業の判断に独自のビジョンや理念がしっかりと反映されていれば、ユーザーは納得しやすくなり、炎上は起きづらくなります。9割の判断はガイドラインで仕組み化し、本当に難しい判断に時間とマンパワーを使うべきだとアドバイスしています。

東京大学
インタースペース研究センター 特任教授
三宅 陽一郎 氏
三宅 企業としては、安全性を100%保証できないものは禁止せざるを得ません。ゲーム業界でも、生成AIの使用にはとても慎重です。例えば、生成AIが何かの拍子に他者の権利を侵害する内容を入れてしまったら、即アウトだからです。しかし将来、社会にもっとAIが浸透し、人々がAIに慣れてくれば、その状況も変わるかもしれません。
佐倉 人とAIの関係性は、時間と共に変わっていくでしょう。電話や蓄音機など、新しい技術が登場してきた歴史を振り返ると、その変化を理解する手がかりになります。科学技術は短期間で進歩しますが、人間の感性はそれほど急激には変わりません。様々な新技術を、人は時間をかけて受け入れ、生活の一部にしてきました。
佐倉 好むと好まざるとにかかわらず、もはや「AIを導入しない」という選択はあり得ません。企業は専門家への相談や社内での議論を早急に進め、自社らしいAI活用の在り方を模索すべきです。
三宅 「人間にとってAIとは何か」ばかり考えるのではなく、逆に「AIにとって人間とは何か」を考えることをお勧めします。AIから人間への期待に思いを馳せれば、AIを味方に付けることができるでしょう。
工藤 一般的な情報を超え、事業ドメインや企業固有の情報を学習させることで、AIの効果はさらに高まります。そのためには、現場で働く社員の協力が欠かせません。しかし現場では、「AIに仕事を奪われる」といった不安が生まれがちです。そうした懸念を和らげるために、経営側が様々な工夫を凝らし、安心して協力できる環境を整えることが重要です。
児玉 AIと人の関係性は、今後も変化し続けるでしょう。正解はまだありません。AIを社会にうまく取り入れるために、人と企業が選択すべき道とは何か。相対的な視点で考えていく必要がありそうです。

左から、大阪大学社会技術共創研究センターの工藤郁子氏、
実践女子大学の佐倉統氏、dentsu Japanの児玉拓也氏、
東京大学インタースペース研究センターの三宅陽一郎氏、
日経BP(ファシリテーター)の吾妻拓