食農サステナビリティが
経営戦略の中核テーマへ
──日本社会全体でサステナビリティの重要性が叫ばれ、企業においても経営テーマとして重視されています。食農領域ではサステナビリティがどのように捉えられ、対応が求められているのでしょうか。
デロイト トーマツ 坂口氏(以下、坂口氏):食農領域では、サステナビリティはCSR対応にとどまらず、経営戦略や調達戦略とひも付く課題として位置付けることが重要になっています。脱炭素や生物多様性の保全、供給網のレジリエンス強化など、気候変動や地政学の影響を受けやすく、調達基盤の不安定化が事業継続の危機に直結しかねないという食農領域ならではの事情があります。
農業は世界の温室効果ガス排出の約3割を占めていますが、一方で世界の人口は2050年に100億人に達するとの予測もあるため、環境負荷を抑えつつ増産する「緩和」と、気候変動による生産環境の変化に備える「適応」が不可欠です。
また、食農バリューチェーンにおける脱炭素などの環境対策を実現するためには、自社設備の省エネ対策などだけでは不十分で、農業生産現場も巻き込んだバリューチェーン全体で排出削減やレジリエンス強化に取り組む必要があります。
デロイト トーマツは、食農バリューチェーンの持続可能性を経営戦略の重要課題として捉え、グローバルのルールや業界構造などを踏まえつつ、食農領域ならではの現場課題を解決しながら実装を進めています。

マネージングディレクター
──食農サステナビリティを推進する仕組みとして、インセッティング・コンソーシアムを組織されていると伺いました。概要や特徴について教えてください。
農林中央金庫 石塚氏(以下、石塚氏):インセッティングとは、企業が事業活動を行うバリューチェーン内で排出される温室効果ガスの削減やネイチャーポジティブへの移行をバリューチェーン全体で目指す取り組みです。排出削減の成果を環境価値として評価することで、プレミアム等を通じて生産者へと確実に還元し、持続可能な農業を再生産できる仕組みを構築する点が特徴です。
現在はまだ検討段階で、扱うテーマも生乳、土壌、米の3つですが、コンソーシアム参加企業も約30社を数えるまでになり、国際基準を満たし、かつ日本にアレンジされた独自ガイドラインもメンバー間で共有される予定で、今後の拡大を目指しています。

食農法人営業本部 営業企画部
サステナビリティ共創グループ長
デロイト トーマツ 庄山氏(以下、庄山氏): デロイト トーマツもこのコンソーシアムのメンバーとして、ワーキンググループや定期会合に参加しています。
国際基準については、新たに追加される基準をどのようにキャッチアップし、日本に実装するかが困難な点です。とくに、食農のバリューチェーンは生産物の物理的なトレーサビリティの確保が容易ではないため、各国・地域の流通構造に応じた運用設計が重要です。デロイト トーマツは、カーボンクレジット方法論の策定・運用実績やデジタルツールに関する専門性を基盤に、国際ルールへの深い知見と業界構造を踏まえた実践力の双方を強みとして、コンソーシアムの価値向上に貢献しています。さらに、単に公表されたガイドラインに対応するだけでなく、デロイトの世界各拠点と連携しながら数年後の動向を先読みし、グローバルのイニシアチブにも参加し日本から主体的に枠組み作りの働きかけも行っています。

シニアコンサルタント
環境価値を経済価値へと
転換する戦略設計が必要
──食農サステナビリティが経営テーマであるなら、一過性の対応ではなく未来にわたって継続していく必要があるかと思います。そのためには、環境の取り組みをコストとして捉える考え方から脱却し、あらゆるステークホルダーにとってメリットを生む経済価値へと変換することが重要となりますがデロイト トーマツの考えをお聞かせください。
デロイト トーマツ 聶氏(以下、聶氏):環境価値を経済価値へ転換するにあたって重要なのは、ターゲットごとに価値創造の経路を設計し、“攻め”の構造をつくることだと考えています。ターゲットとなるのは、消費者、取引先、そして投資家も含めたステークホルダーです。まず、消費者向けの経路では、環境価値単体ではなく、健康や安全性、おいしさ、鮮度といった消費者がすでに認識している価値とセットでブランド化し、付加価値として提示することが有効です。

シニアマネジャー
庄山氏: 食農領域に限らず、環境価値に対してプレミアムを支払う層は存在しますが、より広く浸透させるには、具体的なメリットや共感できるストーリーによって価値を伝えていく必要がありますね。
聶氏:次に取引先との関係では、脱炭素やスコープ3削減の達成に向けた取り組みを共有することで、優先調達や長期契約など、通常取引では得られないプレミアムを創出することが肝要だと考えます。
石塚氏:これについては、まさに私たちが進めているインセッティング・コンソーシアムとも相通じます。ビジネスとして競合関係であっても、例えば配送リソースを共有してトラックの台数や走行距離を減らせば、コストを抑えるだけでなく温室効果ガスの削減にもつながります。これはあくまで一例ですが、他にも様々な可能性があるのではないかと思います。
聶氏:消費者や取引先に加え、ステークホルダーに向けた投資視点の経路も重要で、サステナブルファンドやインパクト投資、公的補助金などを資金として活用する手法が想定されます。自社がバリューチェーンのどこに位置するかを踏まえ、消費者・取引先・ステークホルダーと連携しながら価値経路を設計することが、環境価値を経済価値へ転換するカギになると思います。
多様化する海外市場で
日本が輸出拡大する道
──人口減少や市場の縮小といった日本の課題を考えると、国内だけで価値創造を継続することは困難という現実もあります。日本にはどのような勝ち筋があるとお考えでしょうか。
坂口氏:海外展開とともに、日本成長戦略17分野の一つに位置付けられたフードテックという2つの戦略があると考えています。
まず海外展開からお話すると、日本が人口減少する一方で、冒頭でも説明したように世界的には人口が増えているので、海外への事業展開や輸出で収益を得て国内の生産基盤に再投資する仕組みをつくるのは大きな意義があります。また、生産基盤の持続性が高まることは、食料安全保障の強化にもつながるため、今後の日本の食農を考える上で、輸出拡大は不可欠になってくると思います。
──ひと口に海外と言っても、国や地域によってニーズや市場も大きく異なります。その点を踏まえ、具体的にどのような戦略を立てるべきでしょうか。
聶氏:海外市場を見ると、日本食の輸出額は右肩上がりで伸びており、高い認知度と消費者基盤を得られています。一方、他国の食の多角化も進行しており、様々な国の特色を持つ食品や食文化が台頭し、結果的に日本食は海外市場において競争環境の激化に直面しています。
こうした競争環境で日本食の需要を創出するには、現地文化に合わせたローカライズが不可欠です。日本食をそのまま提供するのではなく、現地の食文化に受け入れられる形へ適応させるとともに、現地ディストリビューターやシェフ、消費者への教育も重要となります。デロイトは世界に拠点があるため、こうした文化理解や商品マーケティングのローカライズ戦略も支援しています。これをベースに流通設計や情報発信、棚の占有率向上といった詳細な施策展開で需要を創出していく点でも貢献ができます。
──とくに世界最大の成長市場である米国市場への展開は重要かと思いますが、市場展開においてどのような点が日本市場と異なるのでしょうか。
石塚氏:米国市場は、商流が縦割りなので流通経路が複雑ですし、広大な国土を背景に冷凍・冷蔵輸送をするためのコールドチェーンも脆弱です。つまり、日本企業が日本独自の手法を持ち込んでもなかなかうまくいきません。そこで重要になるのが米国の商流や商習慣、法規制などを深く理解した信頼できるパートナーの選定です。米国は訴訟国家でもありますので、様々な法的な対応や進出する州・地域についての知識はとても重要になります。
そのために私たちも、米国での米系メインストリーム先とのネットワーク確保に加えて、食農分野のPEファンドにLP出資することで流通や小売のポートフォリオ企業へのアクセスを確保、ネットワークのリファレンスチェックを行うことで、様々なリスクを踏まえた日本企業の商流構築に取り組んでいます。その結果、現在では日本産和牛や菓子、ソース類、冷凍食品などといった品目の輸出量拡大という成果を上げています。
食農課題を解く日本型
フードテックの勝ち筋
──フードテックについてもお聞きします。高市内閣が掲げた17の成長投資分野にもこのフードテックは含まれますが、どうすれば日本の勝ち筋になっていくとお考えでしょうか。
坂口氏:日本政府の成長戦略となっているフードテックの領域は「植物工場」「陸上養殖」「食品機械」「新規食品」です。いずれも日本の技術力を生かせる分野ですが、重要なのは、食にまつわる社会課題の解決にどうつなげていくかです。
植物工場を例に考えると、最終的な販売物となるのは野菜や果物ですが、技術だけでなく、ソリューションや知見、人材育成などもパッケージとして提供し、コストを抑えて食料調達の安定性を確保することで、市場の拡大が実現できると考えるのが我々の視点です。
また、日本ブランドの強みであるおいしさ、品質、安全性をアピールする上で、ジャパンブランドとしてプラットフォーム化していくことも重要です。これらの取り組みは、生産者から小売業者、生産機械メーカー、マーケティング会社など、多様なプレーヤーが連携して市場を開拓する「群で勝つ」戦略こそが日本の勝ち筋を引き寄せてくれるのではないかと考えています。
聶氏:フードテック分野はどうしても初期投資が大きく、日本の場合は民間企業やスタートアップが個社で戦うには限界が出てきます。こうした認識の下、官民と連携してチームで勝てる枠組みの構築に貢献したいと考えています。
──最後に、食農領域で事業の持続的成長を図っている経営者に向けたメッセージをお願いします。
石塚氏:環境価値を経済価値に転換し、輸出や投資といった“攻め” の戦略が実現すれば、国内の好循環が生まれ、生産者減少への対応や生産基盤の維持にも寄与します。日本の生産者へ利益を還元することが我々の使命ですし、インセッティング・コンソーシアムなどで蓄積した知見を生かして、日本企業の海外展開にも貢献できればと考えています。
坂口氏:日本の食品は、おいしさや品質の良さ、安全性といった強みを持ち、世界中で高く評価されながら市場を拡大しています。今日の対話でご紹介したような官民連携の取り組みをさらに進めていくことで、そのポテンシャルをまだまだ生かせるはずです。
私たちデロイト トーマツは食農領域における業界知見とグローバルネットワーク、さらにはテクノロジー活用の知見を掛け合わせ、持続的な成長と価値創造をご支援しています。信頼と中立性をもって官民連携のハブとなり、多様なステークホルダーをつなぐことで、日本の食農の新たな成長機会の創出を後押ししていきたいと考えています。
日本の成長戦略フードテックを成長軌道へ
― 官民連携による勝ち筋を生む好循環
「日本の鼓動」プログラムは、日本産業の未来に向き合い、競争力向上に向けた課題提起と実践を行うデロイト トーマツの取り組みです。
独自の構造モデル「HEART」と22のアジェンダを起点に、官民・産業界との共創を通じて新たな成長の可能性を探求しています。