(聞き手:日経BP 常務執行役員(経営メディア担当)杉本 昭彦)
経済安全保障の表面化で
地政学リスクの特化組織とCEO直轄パネルを設置
──企業のリスク管理でとくに地政学リスク対策の必要性が高まっている点について、その経緯や理由を教えてください。
髙橋氏 気候変動や景気変動が中心だった従来のリスク観が変化し、国家間対立や経済安全保障といったテーマが企業活動へ直接影響する時代になったことが大きな理由です。企業にとってはデータや技術などの経営資源を守ることが重要となり、当社のようなファームも地政学リスクへの対応を強化することは不可欠だと考えています。
市川氏 以前はグローバル連携が大きく注目されていましたが、サプライチェーンや先端技術、セキュリティなどの面からの見直しが行われ、国の政策としても経済安全保障が表面化しているというのが現状だと捉えています。
Chief Risk Officer
髙橋 周 氏

──そうした中、デロイト トーマツでは具体的にどのような取り組みを進めていますか。
髙橋氏 2026年6月、コーポレート組織として「地政学リスク戦略室」を設置しました。リスク管理自体が、従来のコンプライアンスに加え、レジリエンス強化を含む形へと拡充しています。法務やセキュリティ、人権といったリスク管理に地政学視点で横串を通すことで、一体的なリスク管理を実現するのが設置の狙いです。
市川氏 併せて、CEO(最高経営責任者)をはじめとする経営陣を中心とした会議体や、事業への影響を分析・評価する討議の場となる地政学リスクパネルも設置しました。従来は監査法人や税理士法人などが個々にCRO(最高リスク責任者)と連携する形でしたが、地政学リスクや経済安全保障は、トップマネジメントによる意思決定とは不可分です。地政学リスクに特化したグループ横断CEO直轄体制ということで、画期的な取り組みだと自負しています。

GRC(ガバナンス、リスク、コンプライアンス)
パートナー
市川 拡司 氏
──エネルギーやサプライチェーン、先端技術など、リスクは多岐にわたります。地政学リスク戦略室や地政学リスクパネルで議論されている中で、どのようなことがポイントになっていますか。
市川氏 重視しているのは、国際連携と自国産業保護のバランスを取る「デリスキング」です。国際連携には情報共有の利点がある一方、過度な依存は自国産業の成長を妨げる可能性があります。この均衡の最適化をどう図るかは、日本企業にとって大きな課題であり、デロイト トーマツとしても、グローバル連携の強みを生かしつつ、経済安全保障との整合をどう図るかを深く議論しているところです。
──どうバランスを取るかは、国や企業の状況、ステージによっても異なると思います。見極めにあたってはどのようなことを意識されていますか。
髙橋氏 最も重要なのは、日本社会に根を張った視点を持つことだと考えています。そのため、国際動向や未来予測の分析においても、日本の政策を羅針盤とし、経済安全保障の観点で日本の発展に寄り添う姿勢を重視しています。例えば、量子技術やAI、ロボットといった最新技術について考えると、海外連携は不可欠ですが、日本独自の技術を守ることも重要ですし、日本が置かれている状況や方向性をしっかり理解しておく必要もあります。企業の収益と日本の国益がリンクする形で経営を進めることが、今後ますます求められます。
市川氏 海外連携のあり方としては、世界的に経済安全保障上の重要領域が明確化されてきたことも踏まえておくべきです。各国の利害が国際関係の緊張を生み、連携が制約されている面があるため、グローバルネットワークを通じて得られる最新のインサイトと、日本市場への深い理解を結びつけながら、クライアントや社会へ知見やナレッジを還元していくことも、デロイト トーマツの使命だと考えています。
知行合一の支援力で
自社内の取り組みの知見をクライアントに還元
──日本企業が地政学上のリスクをチャンスに変える方法はありますか。
髙橋氏 経済安全保障が重視されると、地政学リスク管理を適切に行うこと自体が企業価値になります。26年7月には、5年ぶりにコーポレートガバナンス・コードが改訂され、地政学的要因によるサプライチェーン途絶リスクへの対応が取締役会の責務として強調されました。私はこれもリスクをチャンスに変えるきっかけになると考えています。なぜなら、サプライチェーンの本質はトラスト(信頼)だからです。もちろん意識改革や社内のルール作りといったプロセスも必要ですが、全社的な取り組みを開示することで投資家や日本社会から評価される仕組みの構築が進めば、必ず企業の信頼や競争優位につながっていくはずです。
──地政学リスク戦略室も地政学リスクパネルもクライアント・ゼロの取り組みと理解しています。知見やナレッジの還元という点では、クライアントへも展開していくご予定でしょうか。
市川氏 その通りです。ただ、経済安全保障はまだ明確な解がなく、企業も対応に迷う段階であるのも現実です。私自身、クライアントサービスも兼務しているため、内外の知見を結びつけながら、クライアントと共に課題を考える体制を整えているところです。
髙橋氏 デロイト トーマツでは、クライアントに提言するだけでなく、自ら実践を通じて知見を蓄積し、それを社会へ還元する「知行合一」を重視しています。社内の取り組みから得られる知見や成功体験は、支援の説得力となり、社内外双方に価値を生む重要な意義があると考えています。地政学リスク戦略室や地政学リスクパネルの設置も、その考え方に基づくものです。
──最後に、地政学リスク対応に挑戦している経営者に向けたメッセージをお願いします。
市川氏 地政学リスクは、単なるリスク管理のテーマではなく、今後の競争優位や成長戦略を左右する重要な経営アジェンダです。ルールが複雑化し、今後も改正されていくため、動向を先取りし対応していく戦略的対応が必要です。デロイト トーマツとしても、トラストを高めるための行動としてデリスキングを推進し、クライアントに知見を提供するとともに、一緒に悩みながら高みを目指すお手伝いができればと思います。
髙橋氏 経営者は今後、グローバル経営と日本社会への貢献の二者択一ではなく、どのようなバランスで両立させるかという発想が必要です。攻めと守りを両立させた自社のトラスト戦略を設計していくために、デロイト トーマツの知見をご活用いただければと思います。
デロイト トーマツ グループの経営理念