アステラス製薬とデロイト トーマツが解き明かす、未来の企業価値につながる社会的インパクト。 非財務という「根」が財務という「果実」を育む価値創出の源泉

アステラス製薬は2026年、同社の事業活動から生み出された「社会的インパクト」の貨幣価値換算結果を発表した。「サステナビリティ活動を定量化する」という前例のない試みはなぜ実行されたのか? 同社の岡村直樹代表取締役社長CEO、飯野伸吾サステナビリティ部門長に、プロジェクトを支援したデロイト トーマツの3人の専門家が聞いた。

サステナビリティ活動は
コストではない

デロイト トーマツ 波江野氏(以下、波江野氏):サステナビリティは、投資家や従業員、社会全体といったあらゆるステークホルダーの共通言語であり、最優先の経営課題です。多くのお客様との関わりを通じ、この活動を抽象的な理想論ではなく、具体的なエビデンスに基づく価値へと昇華させることの重要性を再認識しております。

 我々デロイト トーマツが認識するサステナビリティの進展には、大きく3つの段階があると考えています。第1段階は、いわゆる「CSR(企業の社会的責任)」。事業活動とは完全に独立した活動・行事として取り組んでいる段階です。

 第2段階は、いわゆる「CSV(共同価値の創造)」。事業とサステナビリティ活動が混然一体となり、ビジネスを通じて社会課題の解決の方法を考える段階です。そして第3段階は経営層や従業員の方々がサステナビリティ活動を「自分事」として捉え、特定の事業だけの話ではなく、組織全体が同じ方向を向いて取り組んでいる段階です。

 アステラス製薬は、まさにこの第3段階に立っておられると思いますが、サステナビリティが生み出す価値の本質について、岡村CEOはどのようにお考えでしょうか?

岡村氏
アステラス製薬株式会社
代表取締役社長CEO
岡村 直樹
1986年、山之内製薬(現アステラス製薬)に入社。経営企画や海外事業、米OSIファーマシューティカルズの統合などに携わる。Astellas Pharma Europe Ltd. シニアバイスプレジデント等の要職を歴任し、2023年4月に代表取締役社長CEOに就任。

アステラス製薬 岡村氏(以下、岡村氏):かつては、私たちもサステナビリティ活動を本業の傍らに行う小さな活動と捉えていた時期がありました。

 しかし、今は全く違います。そもそもアステラス製薬の本業は「生命関連企業」です。したがって、私たちの本業を正しく、真摯に遂行することが、社会のサステナビリティに直結するのだ、という確固たる信念を持っています。

 そうした私たちの強い信念と、活動の具体的な成果をステークホルダーの皆様に知っていただくため、当社は3年前からサステナビリティ活動を定量化する取り組みを進めてきました。試行錯誤を重ね、ようやく今年、当社の本業を含めた広範囲な事業活動が生み出した「社会的インパクト」を貨幣価値換算し発表することができました。

 世間には、いまだに「サステナビリティ活動はコストなのではないか?」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、「そうではない」と断言できます。一見コストに見えたとしても、私たちは本業を通じてサステナビリティ活動に取り組んでいるのですから、中長期的に見れば非常に大きな価値を生む活動なのです。

波江野氏
合同会社デロイト トーマツ
コンサルティング Strategy Unit Leader、
パートナー、モニターデロイト
波江野 武
健康・高齢化に関連する経営・事業アジェンダについて高い専門性を有する。ヘルスケア・医療に関する社会課題の解決とビジネス機会構築の双方を見据えた戦略構築や新規事業参入等のコンサルティングを提供。

波江野氏:御社の広告や各種レポートなどを拝見すると、「価値(英語では大文字でVALUEと記載)」という言葉を単なるキーワード以上に大切にされていることが伝わってきます。理想論ではなく、具体的な成果を生み出すことを重要視されているということでしょうか?

岡村氏:おっしゃる通りです。アステラス製薬が定義する「価値」は、1つの式で表すことができます。治療結果や生活の質の向上といった「患者さんに本当に必要なアウトカム」を分子に置き、分母には、それを提供するために「我々だけでなく、社会のヘルスケアシステム全体が負担しなければならないすべてのコスト」を置く式です。

 例えば「100人に投与したら、30人に効果が出る薬」があったとします。この結果を見て、従来の製薬会社なら「次は60人に効く薬を作ろう」と考えるでしょう。つまり、分子を2倍にしようと努力するわけです。

 しかし、「薬が効く30人」を、正確な診断であらかじめ特定できるようになったとすればどうでしょう。分子は「30人」で変わりませんが、効かない70人への投与がなくなるため、分母に置く社会的コストは劇的に小さくなります。

 私たちは、分子を大きくすることばかりを考える必要はありません。薬が効くのかどうかを特定できる診断技術やデータと組み合わせることでも、「価値」をより大きくすることができるのです。

どんな成果が出たのかを
エビデンスに基づいて報告

波江野氏:そうしたサステナビリティ活動による「価値」創造に、アステラス製薬はどのように組織として取り組み、ステークホルダーに対して発信しているのでしょうか?

岡村氏:まず、活動を支える体制としては、サステナビリティを担う部門を組織として独立させ、それをトップマネジメントの経営戦略担当(CStO:Chief Strategy Officer)直下に置いています。この体制自体が、サステナビリティ活動に対する当社の本気度を示す重要なメッセージになると思っています。

 ステークホルダーへの情報発信としては、毎年1回、「サステナビリティミーティング」を開催しています。一般論だけでなく、具体的にどのような課題に取り組み、どのような成果が出たのか? 前回ミーティングの時点に比べ、どのような進捗があったのか?といったことを、エビデンスに基づいて詳細に報告するようにしています。

波江野氏:仕組みとして体系的に取り組まれていることがよく分かりました。それでは、従業員の皆さんとは、サステナビリティ活動について、どのような意識合わせを行っておられるのでしょうか?

岡村氏:「サステナビリティ」という言葉は抽象的で、解釈の幅が広いものです。人によってイメージがバラバラだと、組織としての活動が機能しにくくなるため、従業員には「3つのレイヤーに分けて考えてほしい」と呼びかけています。

 1つは、「会社としてのコミットメント」。ステークホルダーへの約束として、アステラス製薬が全社で取り組むべき活動です。例えば、カーボンネットゼロのような環境問題への対応などです。

 2つ目は、社員一人ひとりやチームによる「社会貢献活動」。自分たちが所属するコミュニティ内の病院や福祉施設の活動を支援するといった取り組みが、これに当たります。

 そして3つ目は、「戦略的サステナビリティ」です。研究や開発、営業といった既存部門の活動の中に組み込みながら、「企業活動そのもの」として進めるサステナビリティ活動です。中長期的視点から解決すべき課題として特定された「マテリアリティ」への取り組みなどが該当します。

 3つ目については独立した立場のサステナビリティ部門が、全体をリードしつつ、各事業部門と連携して優先順位を明確にし、どこに経営資源を重点的に投下するのかを定め、具体的な成果につなげる体制を整えています。

デロイト トーマツ 森田氏(以下、森田氏):ありがとうございます。私からは、先ほど岡村CEOからお話があったサステナビリティ活動を定量化する取り組みについて、サステナビリティ部門長の飯野さんにうかがいます。

 まずは、これまでの御社のサステナビリティ活動の定量化・貨幣価値換算、いわゆるインパクト評価に関する取り組みについて教えてください。

飯野氏
アステラス製薬株式会社
サステナビリティ部門長
飯野 伸吾
1998年入社。薬学博士。開発部門にて数多くのグローバル製品をはじめとした臨床開発プロジェクトをリード。2021年からサステナビリティ部門を率い、ESG(環境、社会、ガバナンス)の観点から全社のサステナビリティ活動をグローバルで推進。

アステラス製薬 飯野氏(以下、飯野氏):定量化に向けた具体的な活動は、3年前から地道に進めてきました。

 最初に取り組んだのは「アステラス製薬の製品そのものが持つ価値を、サステナビリティの視点で語り直すこと」でした。売上高や利益といった財務的な指標ではなく、製品をお届けすることで、患者さんやご家族、地域の医療システム全体に波及する「社会インパクト」を算出したいと考えたのです。しかし、算出に必要なデータの収集が非常に難しく、初年度は定性的な概念を示すにとどまりました。

 2年目には、必ず定量化・貨幣価値換算するという強い決意の下、サステナビリティ部門がリードしている「保健医療システムの改善に向けた支援活動」の貨幣価値換算に取り組みました。医療インフラが脆弱な地域で活動しているNGOやNPOに経済支援を行うことで、どのようなインパクトが生まれるのかを測定しました。

 デロイト トーマツのコンサルタントを中心とした外部の専門家の知見をお借りし、一定の理論モデルに基づいて算出した結果、アステラス製薬の経済的な投資に対して、約4.6倍相当の社会的インパクトが創出されていることが分かりました。

 支援活動が、単なる寄付ではなく、地域社会に対して極めて高いROIを持って貢献していることが客観的に証明されたわけです。

厳しい声に真摯に耳を傾け
改善のエネルギーに変える

森田氏
合同会社デロイト トーマツ
Finance Transformation
マネージングディレクター
森田 寛之
約20年にわたり、CFO・CFO組織向けの組織構造改革、経営管理高度化等の幅広いコンサルティングサービスを業界横断で提供。サステナビリティ開示に向けた業務設計・システム構想/導入や企業価値向上につながる非財務KPI再構築といったサービス提供も担う。Finance Strategyオファリングリーダー。

森田氏:「社会的インパクト」の定量化・貨幣価値換算をついに実現し、2025年度はさらに次のステップへと突入されたわけですね。

飯野氏:3年目となる2025年度には、対象を全社活動へと大きく広げ、データ活用が可能なあらゆる取り組みを貨幣価値換算することに取り組みました。アステラス製薬が掲げる9つのマテリアリティに基づいた活動を対象に、活動によって生じる環境負荷などの要素も考慮しながら算出しました。

 膨大な計算の結果、明らかになった最も重要な事実は、本業である製品を通じた社会的インパクトが、他のどの活動よりも圧倒的に高かったことです。

 一方で、環境インパクトについても非常に示唆に富むデータが得られました。一般に事業活動が拡大すれば、環境へのネガティブインパクトも増大するものですが、分析の結果、企業としての成長スピードは上がっている中、GHG(温室効果ガス)排出量を含めた環境インパクトは抑制できていることが分かったのです。アステラス製薬の企業価値の拡大、すなわち売上や生産量の拡大と、環境負荷の増加とを同じ方向に連動させないという、いわゆるデカップリング成果を上げていることの強力な裏付けとなりました。

森田氏:画期的な成果ですね。我々デロイト トーマツも3年間の御社の意欲的な社会的インパクトの貨幣価値換算の取り組みに一体となって取り組ませていただき、その過程ではデロイトのグローバルネットワークでの知見や製薬業界の外部専門家とのコネクションを駆使し、インパクト算定ロジックの構築や算定結果の活用方針の検討をさせていただき、その成果の発信に立ち会えたことについて、非常に誇らしく思っております。今ご説明いただいた内容は、2026年2月の「サステナビリティミーティング」で報告されたと思いますが、投資家の方々からの反応はいかがでしたか?

飯野氏:非常に好意的で、建設的なフィードバックを多数いただきました。アステラス製薬ではサステナビリティ活動による価値の「生み出され方」について、よく「樹木」に例えて表現します。目に見える売上高や純利益などの財務価値は「果実」のようなものです。一方、立派な果実を生み出すためには、目に見えない地中の深いところで、非財務活動という「根」をしっかり張り巡らさなければなりません。

 今回の発表によって、投資家の方々からは「アステラス製薬の強みの源泉である『樹木』のイメージが、エビデンスによって非常に明確になった」と高い評価をいただきました。

田中氏
合同会社デロイト トーマツ
Strategy ディレクター、
モニターデロイト
田中 晴基
電機、IT、食品、デベロッパー、エネルギー、生損保、エアライン、鉄道など多様な企業に対して、サステナビリティを起点とした経営変革を支援。直近ではアニマル・ウェルフェアを注力テーマとする。

デロイト トーマツ 田中氏:3年の歳月をかけて前例のないプロジェクトに挑み、途中で挫折することなくやり遂げられたことには驚かされます。そのように取り組める企業は経営トップのリーダーシップが強かったり、変化の先読みに長けていたりする一部の企業に限られます。 御社の場合、その強靱なパワーの源泉はどこにあるのでしょうか?

飯野氏:プロジェクトを立ち上げる際、部内の全員に「これは極めて難度の高い挑戦になる。しかし、アステラス製薬の未来にとって絶対に不可欠な仕事だ」と伝え、「ぜひやらせてください」と手を挙げてくれたメンバーを選抜しました。全く前例のない試みでしたが、彼らは世界中のインパクト会計に関する国際的なフレームワークを懸命に調べ、当社の事業特性に最も適した計算式や論理モデルをゼロから構築してくれました。

 「やらされる仕事」ではなく、自ら「やりたい」という強い意思を持つプロフェッショナルに任せることの重要性を改めて実感しました。また、デロイト トーマツとの、お互いの強みを生かしたコラボレーションも非常に効果的でした。戦略的洞察力に優れるメンバー、インパクト評価・会計の最新動向やその応用に長けたメンバーにプロジェクトへ参画いただき、二人三脚で進めることができたことも成功の要因の一つです。

岡村氏:プロジェクトメンバーたちが情熱を持って取り組んでくれたのは、失敗を恐れず挑戦する人を称賛するアステラス製薬の文化が支えてくれたからだと思います。

 製薬というビジネスは、成功よりも失敗のほうが圧倒的に多い。だからこそ、我々は「失敗を恐れず前に一歩進む勇気」が求められているのです。

 今回のプロジェクトに関しても、おそらくメンバーたちに「完璧とは言い切れないデータを開示してしまっていいのか?」という躊躇があったことは想像に難くありません。完璧ではないかもしれないデータを出してしまったら、外部のステークホルダーから厳しく指摘されることもあるでしょう。

 しかし、そうした厳しい声に真摯に耳を傾け、それを改善のエネルギーに変えていくのがアステラス製薬の伝統であり、「前に進む」ための原動力であると私は考えています。

波江野氏:「価値」の創造という大きな目標に対し、情熱を持って取り組むアステラス製薬の姿勢がよく分かりました。最後に、アステラス製薬の未来に向けた展望と、社会へのメッセージをお願いします。

岡村氏:本業である創薬を通じたサステナビリティへの貢献は、我々の存在意義そのものですので、今後さらに深化させていきます。しかし、それ以外にも解決すべき課題は世界中に山積しています。

 とくに「環境負荷の低減」「次世代を担う人材の育成」「ヘルスケアアクセスの向上」といった課題の解決は非常に重要であり、今後はこれらの領域に一層注力していきたい。着実に実績を積み上げれば、社外からも「一緒に課題を解決したい」「活動を手伝ってほしい」という声が自然に集まり、アステラス製薬が提供できる「価値」もどんどん大きくなると思っています。ぜひ、一緒に頑張っていきましょう。

波江野氏:デロイト トーマツとしても、私個人としてもぜひ課題解決に取り組む仲間の一人としてご支援させていただければと思います。本日はありがとうございました。

インパクトについてさらに詳しく知る デロイト トーマツへのお問い合わせはこちら
ファイナンス・トランスフォーメーション
ファイナンス・トランスフォーメーション
企業価値向上をリードする次世代CFOの条件

デロイト トーマツ グループ(著)

■価格:2,420円(税込)

■発行日:2026年04月17日

デロイト トーマツが長年にわたる企業支援の中で蓄積してきた知見をもとに、ファイナンスの力で事業を変革へ導くために不可欠な「リスクテイク」と「リーダーシップ」をはじめとする5つの条件など、次世代のCFOに求められる要素・役割を体系化し、徹底解説している