AIの進化がビジネスの前提を破壊しつつある今、企業は新たな成長の柱となる事業の創出を迫られている。
しかし実際には、社内で革新的なアイデアが生まれてこなかったり、仮に新規事業を生み出せたとしても、
推進力が足りず、期待したほどの成長を実現できないなど、多くの壁が立ちはだかる。
こうした課題に対し、電通はクライアントの事業開発を
統合的に支援する専門チーム「Business Design Partners」を始動。
9つのピースから課題を可視化し、解決に導く「dentsu BX 事業開発アセスメントプログラム」を展開している。
そのアプローチと実践を、キーパーソンへのインタビューから紐解く。
聞き手 日経BP 経営メディアユニット長補佐 山崎良兵
山崎 AIの急速な進化に伴い、様々な企業のビジネスモデルが揺らいでいます。不確実性が高まる中で、持続的な成長を実現することが経営者には求められており、ビジネス・トランスフォーメーション(BX)や新規事業開発の重要性が増していると感じています。お2人はどのようにお考えですか。
横尾 BX、特に新規事業開発は、企業価値を向上していくための大きな選択肢の1つです。単に事業の柱が1つ増えるというだけでなく、企業がこの先どこに向かうのかを示す象徴にもなり得るし、新しい取り組みに向けて社員が動き、成長する契機ともなります。その意味で、事業開発は企業に多くのメリットをもたらすものだと考えます。

電通
第2ビジネス・トランスフォーメーション局
変革パートナー5部
ビジネス・デザイナー/デザイン・エンジニア
横尾 俊輔 氏
小林 新たな事業を本気でつくることを起点に、企業自体がより強くなっていく側面もあります。我々dentsu Japan(国内電通グループ)自身も、広告やクリエイティブ、マーケティングの会社でしたが、「BX部門」という新規事業を立ち上げる変革を経験してきました。自社における新規ビジネスへの挑戦を通じて、自分たちのコアコンピタンス(競争力の源泉)を再発見したのです。それをお客様にきちんと伝えていく中で、改めて広告で培ってきた強みや価値と向き合い、コアコンピタンスの解像度も上がってきた実感があります。その結果、BX部門では、それまで接点が少なかったBtoB企業ともご一緒する機会が増え、そこから逆に広告の仕事に広がっていくこともあります。
山崎 貴社における新規事業立ち上げの経験を生かして、顧客企業の事業開発を支援されているのですね。企業の経営層や現場の責任者からは、どのような相談が寄せられていますか。
横尾 入り口として多いのは、「社内で新規事業/商品を募集しても、なかなかいいアイデアが出てこない」という悩みです。最近はAIの登場により、数年前までに比べれば、“それなりのアイデア“の量産はとても楽になりました。しかしそのアイデアはどこか既視感があったり、人間の想いが載りづらいものだったりもします。そうすると逆に「何をどう選ぶか」が難しくなります。新規性や事業性が重要なのは当然ですが、「なぜ自社/自分たちがこれをやるべきなのか?」「提案者や社員にどれだけの想い/共感があるのか」、そこが曖昧なまま進めてしまうと、途中で推進力を失ってしまうことも少なくありません。また、本当はいいアイデアが出ているのに、経営幹部や事業責任者がその価値を理解できないような組織文化に課題があったり、アイデアはあるものの自社だけでは実装や拡張が難しくて進まない、という声もよく聞きます。
小林 もう1つ大きな課題は、既存事業との関係性です。事業会社に勤める方は、その会社がすでに手掛けている事業がやりたくて入社しています。そこに「それ以外もやろう」となると、どうしても抵抗感が生まれやすくなります。また新規事業を立ち上げるには時間やお金もかかるため、他部門からの理解を得ながら推進していく難しさもあります。こうした逆風の中で、社員自身が新規事業の意義をいかに前向きに捉え、組織がどう支えていくかもポイントとなります。
山崎 会社が新規事業をやろうと言っても、関係する社員のモチベーションを高めるのは簡単ではありません。自分にとって何の意味があるのかを理解してもらうことや、楽しくて自発的にやりたいと感じる「内発的動機」を持ってくれるかがカギになりそうですね。
小林 最初から内発的動機が強くあるケースは多くないと思います。むしろ、何か困っている人に出会うとか、課題にぶつかるとか、会社との交点を見つけるといったプロセスを経て、それぞれのメンバーが自分事として感じられるようになっていくのではないでしょうか。企業のパーパスや目指す領域をある程度規定し、その中で本人が「自分がやりたい」と感じられるテーマを見つけていく。そうしたプロセスを外部から後押ししていくことも重要だと考えています。

電通
第2ビジネス・トランスフォーメーション局
変革パートナー1部
BXプロデューサー/ビジネス・デザイナー
小林 郁也 氏
横尾 事業開発の課題は、単にアイデアや戦略というよりも、組織の熱量や仕組み、意思決定のあり方まで含めた複合的なものです。個別の論点としてではなく、事業と組織の全体像の中でどこにズレや不足があるのかを見極める必要があります。そこで私たちは、事業開発に必要な要素をホリスティック(包括的)に整理し、どの部分に課題があるのかを俯瞰(ふかん)的に可視化する「dentsu BX 事業開発アセスメントプログラム」を開発しました。
山崎 「dentsu BX 事業開発アセスメントプログラム」の仕組みを教えてください。
横尾 事業開発の課題は複雑に絡み合っており、表面に見えている課題と、その裏にある本質的な課題は異なっているケースがほとんどです。それを紐解くために、事業開発に必要な要素を9つのピースとして整理しました。
事業を成功に導くためには、「新たなバリュー創出」「事業戦略・基盤開発」「熱量高い人材組織文化」の3つの要素が不可欠です。そこに「構想/計画」「設計/開発」「実装/拡張」の3つの事業フェーズを掛け合わせ、それぞれに重要なトピックスを配置しています。「dentsu BX 事業開発アセスメントプログラム」では、このフレームワークに基づいた事業の課題分析を行い、dentsu Japanの強みを生かしながら、最適なソリューションをご提供しています。

事業開発に必要な9つのピースを、構想・設計・実装の3フェーズと、価値創出・実装開発・組織文化の3層で整理。
欠けた要素を可視化し、ホリスティックに課題を特定、解決へと導いていく
小林 どのピースから着手するかは企業によって異なります。例えば、実装フェーズの「Impact」や「Channel & Alliance」から始まったものの、その過程でより根本にある「Vision」や「Culture」に立ち戻るといったケースもあります。9つのピースを俯瞰し、パズルのように組み合わせることで、どこに本質的なボトルネックがあるのかが見えてくる仕掛けです。
山崎 実際のアセスメントは、どのように行われるのでしょう。
横尾 まずは自己レビューとして、事業開発の現状や課題感をアセスメントシートにご記入いただきます。それを踏まえて経営層や関係者にヒアリングし、事業の価値や不足点を示唆する評価レポートをご提出します。数値化することで、どこに課題があるのかが見え、「なぜそうなっているのか」をさらに深掘りしていくことができます。
小林 興味深いのは、経営層と現場で回答が大きく異なることがある点です。経営層は「ここまでできている」と思っているのに、現場に聞くと全然違う認識を持っている。そうした違和感やギャップを見極めることも、事業開発を進めていく上での大きなヒントとなります。そこを突き止め、解決に導いていくためにも、我々は何よりヒアリングセッションを重視しているのです。
山崎 具体的な事例があれば、いくつか教えていただけますか。
横尾 象徴的なのは、パーパスを起点に新規事業を立ち上げたある日用品メーカーのケースです。中期経営計画で「非連続な成長」を掲げていたものの、まだ新しい事業が生まれていない状況だったので、組織の立ち上げの段階から伴走させていただきました。
小林 最初から具体的な市場やプロダクトの議論に入るのではなく、根源的な問いに立ち戻ることから始めました。例えば、パーパスのキーワードである「創造力」とは何か、といった問いかけです。メンバーがそれぞれ考えを書き出し、発表し合い、そこからさらに新しい疑問が生まれてまた考えるというプロセスを繰り返していく中で、「自分たちが本当にやりたい新しい事業」を見つける活動は大変効果的で、最終的には熱意ある社員のアイデアとパーパスが重なる形となり、事業として成立。今は自走し、成長フェーズに進んでいます。
山崎 新規事業の立ち上げを単純に支援するのではなく、会社の存在意義である「パーパス」や、個々の社員が本当にやりたいことは何かといった根源的な部分にまで踏み込むアプローチが印象的です。
小林 そうすることで、単なる新規事業ではなく、会社のパーパスを体現する取り組みとして理解が広がり、社内で応援してもらえる雰囲気も生まれました。また、経営層がその挑戦を守る形で支援してくれたことも、成功の要因だったと思います。
横尾 トップ自らのご相談から始まった事例もあります。その1つが、「自社のB2B製品とセンサーを使ってtoC領域へ本格進出したい」というもの。そのときは製品ではなく、「提供する体験」を再定義し、その概念を具現化するコア機能を開発した上で、プロダクトデザインやサービス設計、ビジネスモデル開発、エビデンスの取得、最終的なコミュニケーションまで、一気通貫でご支援させていただきました。
山崎 コンセプトの提案だけでなく、実装や事業化の部分にまで深く関わっているのですね。どのように顧客企業の社内を巻き込んでいったのでしょうか。
横尾 外部から持ち込まれたアイデアをそのまま進めるのではモチベーションは高まりません。そこで顧客企業のプロジェクトチームのメンバーにそのコンセプトを共有しつつ、彼らが感じる想いを引き出すところから始めました。その製品が自分たちにとってどういう意味を持つのか、会社としてどんな価値を生み出せるのかを徹底的に話し合ってもらったのです。その際にメンバー一人ひとりの「Will(志)」も言語化してもらうことで、新しい事業との接点が見つかりました。自分たちが主役になって実行するという意識が高まると、社内からも自発的にアイデアが生まれ、チームに一体感が醸成されます。
小林 伴走を終えるタイミングでは、起案者が誰だったかを忘れてしまうほど、「自分たちがやりたかった事業だ」と思える状態になっていました。そこまで自走できる組織になることが、1つの到達点だと考えています。
山崎 事業開発支援におけるdentsu Japanの強みはどこにあるのでしょうか。
横尾 大きく3つあると考えています。1つは、クリエイティビティと生活者インサイト。顧客起点で未知の価値を捉え、バリューを創っていく力です。2つ目は、グループのネットワーク。足りない機能や基盤があれば補いながら、具現化していくことができます。そして3つ目が、人の心を動かす力です。戦略や数字では見えない駆動力によって熱量の高い人や文化を育める点は、我々の最大の強みだと自負しています。

電通が持つ3つのコア・ケイパビリティ。
生活者視点の価値創造、広大なネットワーク、組織の熱量を引き出す「人の心を動かす力」が、事業開発の完遂を支える
小林 加えて私たちには、「絶対に何とかする」という覚悟があります。市場やトレンドに照らして今どうあるべきかを考えると同時に、その企業らしさやパーパスにも向き合いながら、結果が出るまで共に汗をかき伴走していく。最後までやり切る意志の強さがあると思っています。
山崎 「人が動きたくなる戦略ストーリー」も意識されているのが印象的です。みんなが共感できる“物語”をつくることがチームの一体感を高め、事業を推進する力になるように思いますが、ストーリーを重視する理由を教えてください。
横尾 良い戦略があっても、それだけで人の心が動くとは限りません。正しいことをやるのと、納得できることをやるのは違う。我々はそこに共感を生み出し、社員に伝播(でんぱ)していくようなストーリーづくりを大切にしています。正しい答えを導き出すことはAIやコンサルが得意とする領域ですが、それだけに留まらず、その場その瞬間にチームの空気を変え、熱を生むことも含めて、人の心と組織を動かしていくところは我々の強みだと考えています。私たち2人以外にも多様な専門性を持ったメンバーが所属しており、プロジェクトの特性に合わせてアサインさせていただきます。
小林 事業をつくるにしても、それが世の中で使われるにしても、組織の中で認められるにしても、結局は人が動いてこそです。広告やコミュニケーションのフィールドで「人の心を動かす」ことをやってきた我々が伴走する意味は、そこに集約されるのではないかと思います。

「Business Design Partners」を体現するdentsu Japanのメンバー。AIには代替できない“突破力”と多様な専門性を有する。
プロジェクトの特性に応じて最適なメンバーが参画し、クライアントの覚悟を事業へと転換
山崎 最後に、今後の展望をお聞かせください。
横尾 「dentsu BX 事業開発アセスメントプログラム」を起点に、さらに多くのクライアント様の事業課題をホリスティックに解決していくと同時に、様々なケースと向き合うことで知見をより体系化していきたいと考えています。
小林 AIの登場によって業務効率化が進み、従業員はより創造的な仕事に向き合う時間が増えていきます。“答えらしい答え”を多く出してくれるAIだけでは辿り着けない、熱量を持った事業をつくることが求められる中で、我々は先ほどお話しした3つの強みを武器に、クライアント様の事業開発に寄り添い続けてまいります。
横尾 電通全体としてはAIを活用したマーケティング変革や業務の効率化支援も行っているため、事業を持続的に生み出すことができるプロセスそのものを構築していくことも、私たちが担える役割の1つだと考えています。
山崎 既存領域はAIで効率化していく動きがさらに進んでいく一方で、企業にとっては次の成長の柱をどう生み出していくのかがより重要になっていきます。その際にカギとなるのは、情熱や内発的動機といった「人の心をどう動かすか」という視点であり、そこに軸足を置いて伴走していくという貴社のスタンスには、大きな可能性を感じます。事業と組織の両面から変革を支援していく、「Business Design Partners」の今後の展開に期待しています。

聞き手
日経BP 経営メディアユニット長補佐 山崎良兵
今回の取材で、とりわけ印象的だったのは、「人間中心の視点」です。横尾さんと小林さんは、新規事業をつくることの根源的な意味を深く掘り下げ、人の心をどうやって動かすのかという視点を大事にして、顧客企業と向き合っています。いいアイデアを思いついても、重要なのはそれを実行できるかどうかです。なぜこの事業に取り組むのか、それが自分のやりたいこととどうつながっているのかを理解すると、内発的な動機が自然と高まり、人は自分から動き出すようになります。人間のモチベーションに目を向けることが、新規事業を成功させるカギになりそうです。