
パーパスやブランドステートメントをいかに社内に浸透させて未来の成長をつくっていくか。
これは、多くの企業が抱える課題である。また、目標達成に向けて業務を行う中で、チームづくりや
部下への接し方に悩むマネジメント層は多い。これらの課題に対して、鍵を握るのは「チーム力の向上」だ。
大日本印刷(以下、DNP)は課題の解決を目指して、元ラグビー日本代表キャプテンの廣瀬俊朗氏によるワークショップを実施した。
そこからは、チームビルディングや組織風土改革のヒントが見えてくる。

廣瀬 俊朗(としあき)氏
株式会社HiRAKU 代表取締役/元ラグビー日本代表キャプテン。2007年日本代表選手に選出され、2012~13年にキャプテンを務めた。2016年現役引退。2019年にビジネス・ブレークスルー大学大学院にてMBAを取得し、株式会社HiRAKUを設立。現在はチームや組織づくり、リーダーシップのアドバイスやサポートを行うほか、スポーツの普及、教育・食・健康・地方創生に重点を置いた多岐にわたるプロジェクトにも取り組んでいる。
実践型ワークショップで、
チーム力向上とブランドステートメントの浸透を図る
戦略も方向性も間違っていないにもかかわらず、チームが前に進まない。このような課題意識を持つ管理職は多いはずだ。
原因の一つは、相互理解の欠如である。お互いの価値観や判断軸が見えないままでは連携は表層的になり、受け身の姿勢が常態化する。これは多くの職場で繰り返されてきた構造的な課題でもある。
解決に向けては、ビジョンと業務の間をつなぐ「チーム力の向上」が求められる。チーム力を高める起点は、自己開示と対話にほかならない。「自分は何を大切にして仕事をしているのか」「どこに難しさを感じているのか」を言葉にすることで、関係性の質は変わる。組織の心理的安全性が高まるにつれ、役割の違いは分断ではなく補完に変わり、メンバーは能動的に動き始める。
DNPでは、マネジメント層を対象にしたワークショップを通じてチーム力向上をサポート。これにより、「未来のあたりまえをつくる。」というブランドステートメントを参加者一人ひとりが自分ごととして捉えることを目指している。ワークショップの指揮をとるのは、ラグビー日本代表の元キャプテンで、株式会社HiRAKUの代表取締役を務める廣瀬俊朗氏。スポーツのエッセンスを取り入れた内容は実践型でユニークなものだ。2025年12月、愛知県名古屋市にあるDNPの拠点で行われたワークショップの模様から、チーム力の醸成やビジョン共有の重要性を紐解いていく。
距離が一気に縮まる、
身体を駆使したコミュニケーション
廣瀬 俊朗 氏
廣瀬氏は、“アスリート×企業”ならではの視点で社会課題解決に取り組む「TEAM FAIR PLAY」を主導する。DNPとの関係は2022年の「DNP×TEAM FAIR PLAY」と題したコラボレーションからスタートした。2024年度からはミドルマネジメント層を対象にワークショップを展開。これまでに東京、大阪、福岡、仙台、名古屋の各拠点で開催してきた。
廣瀬 俊朗 氏
日本代表キャプテン時代のエピソードを交えながら、チームビルディングがいかに大事かを力説した廣瀬氏の講演は示唆に富んでいた。廣瀬氏は、多国籍なメンバーで構成される日本代表チームの結束を高めるためにニックネームで呼び合うようにし、試合の前日にはメンバー全員でスパイクを磨いた。さらに、試合での国歌斉唱をイメージして、どの国・地域の選手もともに“君が代”を歌うことを心がけたという。異なる環境から集うメンバーの居場所づくりにも力を入れ、メンター制度によってベテランが若手をサポートしたのもポイントだ。
「日本のラグビーシステムそのものを変えていく時期にキャプテンを任されただけに、“その先に何があるか、勝利の先に何を成し遂げたいのか”という大義を掲げ、皆が一丸となってワクワクすることが重要だと考えました。エディー・ジョーンズ ヘッドコーチから叩き込まれた『結果を変えたいなら、プロセスを変えなくてはならない』との教えに基づいてハードワークを重ね、確実にチームが強くなったのです」(廣瀬氏)
ワークショップは、身体を使った言語・非言語コミュニケーションの実践を中心としている。具体的には、アイマスクをしたメンバーに言葉だけで情報を伝えるというワークを通じて、「相手の状況を理解し、自分の状況を伝え、表現する力」を養った。メンバーの多くは通常は関わりのない職場から参加しており、この場で会うのが初めての人たちがほとんどだったが、一所懸命なジェスチャーに自然と笑みがこぼれるなど、短時間で場の空気が温まる様子が印象的だった。
アイマスクをしたチームのメンバーに、指定されたポーズをとるように言葉だけで伝える。
「いかに伝えるか」「相手の言葉をいかに汲み取るか」が鍵となる
次のプログラムは、「自己開示」だ。チーム力を高めるためには、それぞれが自分を開示し、メンバー同士が理解し合う必要がある。「自分史」のグラフを作ってそれをチーム内で紹介しあった。
これまでの人生をグラフで表した「自分史」をメンバーに紹介。興味深く聞いた後、質問による活発なやりとりが交わされた
十分にエンジンがかかったところで、ハイライトとなる「わたしの未来のあたりまえ」のセッションに突入した。自分が好きなこと・ものを起点にチーム内でアイデアをクロスさせ、大判紙や付箋に書き込んでいく作業だ。「オールDNPによる価値創出プロセス」をマネジメント層が体感するプログラムであり、おのおのが頭をひねりながらチームが望む“未来”を言語化。完成後には1チームあたり数分間のプレゼンテーションを行い、成果を披露した。
丸一日ともにプログラムに取り組んだメンバーだけに、議論も活発となり、積極的な発表がされた
「健康やウェルビーイングを重視する」「人を大切にする」「長期休暇が取れる」など「わたしの未来のあたりまえ」の内容はさまざまだったが、根底には「皆が幸せに過ごせる社会」を目指す姿勢が共通していた。廣瀬氏は「日常と同じ環境や会話の延長線上では人はなかなか変わることができませんが、今回のような非日常的な体験は個人や組織に変革をもたらすきっかけになります。ここで学んだアプローチを活かしてチームづくりに役立ててほしい」とエールを送った。
大日本印刷
情報イノベーション事業部
宮島 健太氏
参加者はワークショップをどう捉えたのか。以下、2人の振り返りを紹介しよう。
大日本印刷
情報イノベーション事業部
宮島 健太氏
宮島健太氏は言語・非言語コミュニケーションから学んだこととして、「言語・非言語ともに自身の表現力のなさに気づきました。普段のコミュニケーションにおいても自身が伝えていると思い込んでいる中に、相手には伝わっていないケースが多くあるのではないかと省みています」とコメント。どのように職場に気づきを反映するかについても、「自分が伝えているつもりになっていることを相手が受け取ってくれていると思い込んではいけない。普通のことですが、相手がどう理解しているかを考え、ネクストアクションにおいて合意できるコミュニケーションを取りたいです」と語った。
大日本印刷
Lifeデザイン事業部
岡本 光真(みつまさ)氏
岡本光真氏は、「座学では得られない“体験価値”が非常に大きかったです。アイマスクをしたブラインド状態での伝達では、仲間からのフィードバックがないと、こんなに不安なんだと思いました。普段のチーム内でのコミュニケーションやフィードバックの大切さに改めて気づきました。また、ワークショップ中の話し合いでは、新しくDNPグループに加わった会社のメンバーなど、異なる文化・経験を持つ人たちと深く意見を交換したことが刺激的でした。普段の業務では聞けない話もでき、お互いをさらけ出す良い機会になったと思います」と話す。学びとしては、「廣瀬さんがおっしゃっていた『結果を変えるには、プロセスを変えること』との言葉が心に刺さりました。目指す場所を変えるなら、プロセスや行動を変える必要がある―。その思いを職場に持ち帰りたいですね」と述べた。
創業150周年の“老舗ベンチャー”が挑む
「未来のあたりまえをつくる。」
そもそもDNPでは2015年から「未来のあたりまえをつくる。」というブランドステートメントを掲げてきた。「DNPブランド」の価値向上に取り組むコーポレートコミュニケーション本部 ブランド戦略室 室長の藤重利強氏は、「背景には、DNPが紙への印刷を祖業としながら、印刷技術を活かして事業領域を大きく広げてきた歴史があります」としたうえで、次のように続ける。
大日本印刷
コーポレートコミュニケーション本部
藤重 利強(りつお)氏
「印刷は“紙にインキをのせる”イメージが強いかと思います。しかし、DNPにおける印刷とは、工程ごとに蓄積してきた多様な技術やノウハウの集合体であり、より広範な概念として捉えています。それらを深掘りして発展させてきた結果、出版流通、写真材料、ICカードなど、それぞれの時代で新しかった価値が生活に定着し、今ではなくてはならない存在になりました。『未来のあたりまえ』とは、そうした新しく生み出した価値が、気づけば社会や生活の中に浸透している状態を指します」(藤重氏)
大日本印刷
コーポレートコミュニケーション本部
藤重 利強(りつお)氏
DNPは事業が多岐にわたり、社員数も約3万7千人(2025年3月時点)の大組織である。そのため、この言葉はどうしても抽象的になりがちで、「自分の業務とどう結びつくのかわかりにくい」との課題があった。「だからこそ近年は、チーム力の向上や対話の場づくりを通じて、一人ひとりが『未来のあたりまえ』を自分ごととして捉えられるよう、組織風土改革やブランド浸透の取り組みを進めています。本ワークショップもその一環です」と藤重氏は述べる。
「大義があるからこそチームは一丸になれる、そしてチーム力と大義は両軸で機能する」という廣瀬氏の経験をベースにした社員向け施策は、DNPが抱えていた課題を解決する一助になるだろうと、取り組みを牽引する藤重氏も手応えを感じている。
「参加者数だけを見れば3万7千人の社員のごく一部に過ぎません。そのため、参加者には『今日の体験を職場に持ち帰ってほしい』と繰り返し伝えています。マネジメント層には、人と社会をつなぐ橋渡し役として職場での対話を促す存在になることが期待されています。実際、ワークショップの内容を職場で共有する動きも出てきました」(藤重氏)
「未来のあたりまえをつくるために自分は何ができるのか」「DNPとしてどんな価値を生み出せるのか」を語り合うことで、組織の最小単位である「チーム」の力を再認識させることに取り組んでいるDNP。藤重氏は今後の展望について、こう語った。
「まずは社員一人ひとりが会社そのものに興味を持ち、『DNPっていい会社だよね』『まだまだ可能性があるよね』と感じられる土壌をつくること。その積み重ねの先に、『未来のあたりまえをつくる。』という言葉が自然に“自分ごと化”され、日々の業務の中で価値創出につながっていくことが理想です。その実現に向けた取り組みを丁寧に続けていきたいと考えています」(藤重氏)
2026年、DNPは創業150周年を迎える。これだけの歴史を持つ老舗企業が果敢に組織改革に挑み、今もなお生まれ変わろうとしている。ここで示した実践例は、組織の硬直化に悩む企業にとって大きな参考となるに違いない。
廣瀬氏が
ワークショップに込めた思い

廣瀬氏はチームビルディングの本質について、単なる目標達成を超えた「目的の共有」が重要だと語った。「“どんな未来をつくりたいか”という目的を全員で持つことが組織の原動力になります。また、チームのメンバーが互いに愛着を持ち、信頼し合う関係性を築くことも大切です。その際には、自分から心を開く『自己開示』が、多様な個人を一つにつなぐ鍵となると考え、ワークショップを設計しました。今回のワークショップが、“何のために頑張るのか”という組織の原点やビジョンを再確認する場となり、さらに新たなつながりを生み出すきっかけになれば嬉しいです」


