トレジャーデータ株式会社
社長執行役員
三浦 喬 氏
生成AIやLLMの活用が当たり前になれば、AIを導入しただけで競争優位を得ることは難しくなる。では、企業はどこで差をつくるのか。鍵を握るのは、商談や接客、社員同士の会話など、これまで担当者の記憶に埋もれてきた「声」に含まれる一次情報だ。一次情報を適切な管理のもとで企業の記憶として蓄積し、営業活動や経営判断に生かす「AIファースト経営」のあり方について、トレジャーデータ社長執行役員の三浦 喬氏が語った。
AIは高い推論能力を持ち、複雑な問いにも瞬時に答えられる。しかし三浦氏は、それだけでは実務を担えないと指摘する。
「知能だけのAIは、助言をする『相談役』にとどまります。どれほど豊富な知識があっても、現場の状況を捉え、過去の経緯を踏まえたうえで、判断を実行に移す力がなければ、実務を任せることはできません」
では、AIを「相談役」から「実務家」へ進化させるには何が必要なのか。三浦氏は、そのために不可欠な条件として、次の四つの要素を示した。事実を捉える「耳」としての知覚、長期記憶を保持し深いコンテキストを支える「海馬」としての記憶、高度な推論を担う「前頭葉」としての知能、そして脳の指令を受けてデジタル施策を動かす「手足」としての実行だ。

こうした要素を備えることで、AIのアウトプットはどう変わるのか。三浦氏が例に挙げたのが、商談後に送る営業メールである。
LLMだけで生成すれば、どの企業にも当てはまる定型的な文面になりやすい。だが、CDPやCRM、購買履歴を組み合わせれば、契約状況や利用実績を踏まえた内容に変わる。さらに商談音声まで統合すれば、顧客が語った課題や関心まで反映できるようになる。
「雑談やペインポイント、ステークホルダーといったファクトデータをしっかりインプットすることで、会社に向けた一般的なメールではなく『自分の話をきちんと受け止めてくれている』と感じてもらえるメールになる。そこにコミュニケーションの質の差が生まれます」(三浦氏)
従来は自動化を進めるほどコミュニケーションが画一化し、顧客との距離が広がりやすかった。だが、AIが会話の文脈まで捉えられれば、自動化の規模を保ちながら一人ひとりに応じた対応が可能になる。
この仕組みで鍵を握るのが、オフラインの音声から事実を捉える「知覚」、すなわち「耳」の役割である。
「東京都心5区のオフィス稼働率は98%を超え、BtoCでの商取引の約9割はオフラインです。オンラインやデジタル接点だけでは顧客の全体像を把握できません。だからこそ、現場の音声から事実を捉える『耳』が極めて重要です」と三浦氏は強調する。
※オフィスの数値は、三鬼商事「MIKI OFFICE REPORT TOKYO 2026」における東京ビジネス地区の平均空室率1.99%から稼働率を算出。ECの数値は、経済産業省「令和6年度 電子商取引に関する市場調査」におけるBtoC-EC化率をもとに、BtoCの商取引のうち非ECで行われる割合を整理したもの。
もっとも、顧客との会話はそのままでは経営資源にならない。三浦氏は、組織内の情報伝達を「伝言ゲーム」に例える。クレームや失注の真因といった都合の悪い事実ほど、自己保身や忖度によって薄められ、経営層に届く頃には無難な報告へと置き換わってしまうからだ。
この課題に対応するのが、現場の会話データを顧客情報や営業情報と結び付け、次のアクションにつなげる「Treasure AI Voice」だ。同社が目指すのは、音声を文字に変換することだけではない。現場で生まれる一次情報を、企業全体で活用できるデータ資産へと変えることだ。開発パートナーであるPlaudは、販売台数世界No.1のAI議事録デバイスを展開。Forbesの「2026年ベストAIウェアラブル」にも選出されている。

オフラインの会話を収集する対応ハードウェア
同サービスは、接客や商談などオフラインの現場で交わされる会話をデバイスで収集し、全文の文字起こしと話者分離を行う。さらに、そのデータを同社が提供するCDP上の顧客情報や営業情報と突き合わせ、顧客理解の高度化や次の施策へとつなげていく。現場で起きた事実を人の主観や伝言による歪みを抑えながら共有し、活用可能な企業データへ変えるプラットフォームとなっている。
この仕組みを成り立たせるうえで妥協できないのが文字起こしの精度だ。Plaudの音声認識エンジンは、標準ベンチマーク「Common Voice」を用いた比較で93.8%の精度を示し、Whisper Large V3を4.8ポイント上回った。1時間に約7000語が話される日本語会議において、この差は単純計算で336カ所の誤りに相当する。
※「Common Voice」: Mozilla社が公開する、音声認識業界の標準ベンチマーク。多言語・多話者・多環境の実音声を用いて、各社の文字起こし精度を比較評価する指標。
トレジャーデータが目指すのは、こうして記録された会話データを担当者個人の記憶にとどめず、企業全体で共有・活用できる経営資産へと変えていくことだ。「Treasure AI Voice」が実現しようとしているのは、現場の声を企業の記憶へと変える、音声データによる変革だ。
「顧客との関係や会話は、担当者のスキルや人脈に属する個人の私物ではなく会社の資産です。全社データとして蓄積できれば、提案の高度化だけでなく、営業のスコアリングやコーチング、経営へのアラートにも活用できます」と三浦氏は語る。
実際に「Treasure AI Voice」を導入したキューサイ株式会社では、営業の現場で提案品質の改善に活用。商談を自動で録音・テキスト化することで、SFA入力の負荷を軽減しつつ、バイヤーごとのインサイト抽出や提案内容の改善につなげているという。
名刺が企業の資産になったように、現場の会話もまた、営業や経営を動かす資産になり得る。三浦氏は最後に「現場に耳を持たせ、会社の記憶につなぎ、現場の音声を真の企業価値へ転換する。AIファースト経営への一歩を踏み出していただきたい」と呼びかけた。
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