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AIの進化により、人間のスキルが急速に代替されつつある。管理部門の人材は、これからどのような価値を発揮していくべきなのか。経営学者の楠木建氏は「AIが担うのはスキル、人間に残るのはセンスだ」と語る。管理部門の仕事も機能別業務の最適化にとどまらず、企業の長期利益という大きなゴールから逆算して考えていく必要がある。AI時代に人間が磨くべき能力とその磨き方、管理部門が果たすべき役割などについて議論した。

#1

これから起こる「スキルのデフレとセンスのインフレ」

テクノロジーの本質は「人間のスキルの外部化」

これから起こる

「スキルのデフレと

センスのインフレ」

テクノロジーの本質は

「人間のスキルの外部化」

これから起こる「スキルのデフレとセンスのインフレ」テクノロジーの本質は「人間のスキルの外部化」 これから起こる「スキルのデフレとセンスのインフレ」テクノロジーの本質は「人間のスキルの外部化」 (左)株式会社エフアンドエム オフィスステーション事業本部 本部長 森中 健斗氏、 (右)一橋大学 PDS寄付講座・シグマクシス寄付講座 特任教授 楠木 建氏
森中

私たちは長年、企業の管理部門を中心とした経営支援を行っていますが、AIの台頭により「管理部門の在り方が将来的に大きく変わる」という見方を強めています。その前提として、AIの登場により、人間の仕事やプロフェッショナルの定義が変化するという考えがあるのですが、楠木先生はこの点についてどう見ていますか。

楠木

AIを語る前に、そもそもテクノロジーとは何かについて、改めて考えてみたいと思います。私の考えでは、あらゆるテクノロジーは、人間がそれまでやってきたことの「外部化」です。

例えば、蒸気機関の発明により、人間は重い物を持ち上げたり運んだりする必要がなくなり、走ったり馬に乗ったりしていた移動能力は機関車へ外部化されました。その後、内燃機関の登場により自動車が生まれ、やがて新幹線へと進んでいきます。これらはすべて、人間の能力を技術として外部化してきた歴史です。

AIもまた、その延長線上にあります。「AIは人間を超えるか」という議論をよく耳にしますが、AIが人間を凌駕するのは当然のことです。新幹線が人間より速く走るからといって、心配する人はいませんよね。AIもまた技術である以上、むしろ人間をはるかに上回る性能を発揮してこそ意味があるのです。

森中

「AIが人間を上回る性能を発揮する」という話は希望的であると同時に、働く人にとって「自分の価値が下がる、労働力として求められなくなる」という恐れにもつながりがちです。ただ私は、あらゆる価値が相対的であることを考えると、「働く人に求められることが変わる」というだけの話だと考えています。AIが人間の能力を外部化していったとき、人間に求められる能力はどのように変わるのでしょうか。

楠木

「スキル」と呼ばれるものは、最終的にすべてAIに外部化されると考えています。

数十年前は、英語を話せることに大きな価値がありました。しかし今は、スマートフォンなどで容易に翻訳できます。その結果、外国語を話すスキルの価値は相対的に低下しています。

そして人間の価値として相対的に上がるものが「センス」です。センスにはさまざまな要素がありますが、その1つが「判断」です。いま目の前の人が何を必要としているのか。表情や場の空気から察して、判断する能力もセンスです。

AIの普及によって、スキルの価値は下がり、センスの価値は上がっていく。AI時代の本質とは、「スキルのデフレとセンスのインフレ」が進むことです。

#2

評価シートは「スキル」、納得感は「センス」

AIが代替できない、マニュアルなき能力の正体とは

評価シートは「スキル」、

納得感は「センス」

AIが代替できない、

マニュアルなき能力の正体とは

評価シートは「スキル」、納得感は「センス」AIが代替できない、マニュアルなき能力の正体とは 評価シートは「スキル」、納得感は「センス」AIが代替できない、マニュアルなき能力の正体とは
森中

AIがスキルを外部化し、人間はセンスによって仕事をする。人間は何によって付加価値を生み出すべきか、その再定義がすでに始まっているように思います。スキルとセンスの違いについて、もう少し詳しく教えてください。

楠木

スキルは一種の「方法」であるのに対し、センスは知覚や統合、判断といった言語化しにくい能力になります。

例えば、「清潔感がある人は、異性にモテる」と仮定しましょう。その場合、「清潔であること」と「清潔感があること」は別の課題になります。清潔という概念自体には、一応の定義があり、それを実現する方法として、シャワーや歯磨き、身だしなみといったスキルが存在します。スキルを身に付ければ、誰でも清潔になることはできます。

しかし、それで誰もが「清潔感がある人」になれるわけではありません。「清潔感」には明確な定義がなく、シャワーや歯磨きのようなスキルへの分解もできません。そうしたものを、私は「センス」と呼んでいます。

また、英語力やプレゼンテーションの技術、仕事の知識などは、スキルなので誰でも身に付けることができます。しかし、プレゼンテーションがうまいのに話が面白くない人や、英語が堪能なのに相手を説得できない人などがいます。スキルはあるのに、目的を達成できない。なぜか。

それは、センスがないからです。ビジネスの成果は、スキルとセンスの掛け算で生まれます。今後、知的なスキルの多くはAIに外部化されていくでしょう。その結果、人間に残される価値はセンスになると考えます。

森中

「スキルがAIに外部化され、人間に残る価値はセンスになる」というのは、ビジネスパーソン全般において非常に重要なパラダイムシフトですね。この「スキルとセンス」という対比ですが、私たちが支援する管理部門の実務に当てはめて考えると、具体的にどのような違いとなって現れてくるのでしょうか。

楠木

実は管理部門の仕事こそ、まさにスキルとセンスが混ざり合っている領域といえます。

人事の仕事でいえば、評価制度の設計や評価シートの作成は、マニュアル化できる「スキル」です。しかし、一人ひとりをきちんと評価し、その人と評価の話をして、「次はここを目標にしよう」「これができたら給料はこれくらいだよ」と、一人ひとりやっていく。これはいろいろなセンスを必要とする仕事です。

これまでは、資格やマニュアルで測れる「スキル」ばかりが注目されがちでした。しかし、マニュアル化できない個別固有の「センス」を発揮できるかどうかが、管理部門の存在意義を決定づけることになります。

森中

そうなると、管理部門で働く一人ひとりが自分の「センス」を発揮していく必要があるわけですが、このセンスというのは「先天的な才能」のようにも思えます。センスを後天的に鍛えることは可能なのでしょうか。

楠木

まず重要なのは、自分がどの方向にセンスを持っているのか、そのベクトルを見極めることです。あらゆる分野で満遍なくセンスを発揮できる人はいません。

「自分はこの分野にセンスがありそうだ」と分かってきたら、同じ方向でセンスのある人を見つけ出し、観察してまねする。それが、一番簡単にできるセンスの磨き方です。

森中

自分が持っているセンスの方向性は、どのように見極めればよいでしょうか。

楠木

1つの方法は、自分が周囲から期待されている役割は何かを観察することです。組織では、「この仕事ならあの人だ」と自然に名前が挙がる場面があります。それは、その人ならではのセンスが反映されていることが多いからです。

私の場合は、大学にいた頃、組織としての謝罪が必要な場面になると、なぜか担当することがよくありました。謝罪の作法自体はスキルとして学べます。しかし、「誠心誠意謝る」とは何かとなると、教科書では説明できません。相手や状況に応じて、臨機応変な判断と行動が求められるからです。その部分がセンスなのです。

センスの特徴は、極めて文脈依存的である点です。だから教科書にできない。周囲から自然に頼られること、自分が無理なく楽しめること、他人は嫌がるのになぜか苦にならないこと。そうした経験を振り返ると、自分がどこにセンスを持っているのかが見えてくると思います。

#3

AIが導く「中央値」では勝てない

企業の究極の目的である「長期利益」を見つめよ

AIが導く「中央値」では勝てない

企業の究極の目的である

「長期利益」を見つめよ

AIが導く「中央値」では勝てない企業の究極の目的である「長期利益」を見つめよ AIが導く「中央値」では勝てない企業の究極の目的である「長期利益」を見つめよ
森中

ここまでは「AIに代替されない人間の価値=センス」についてお聞きしてきましたが、管理部門が磨くべき「センス」は、最終的にどのような目的地へ向かって発揮されるべきなのでしょうか。

楠木

それは、企業活動における絶対的なゴールである「長期利益の創出」です。顧客に価値を提供でき、従業員への分配や株主への還元も可能になる。さまざまなステークホルダーを持続的に満足させる王道が、長期利益です。

長期利益を生む方法は、突き詰めれば2つしかありません。顧客が「その価格なら払いたい」と思う金額、つまり支払意思額(WTP)を高めるか、コストを下げるかです。管理部門の仕事も、最終的にはそのどちらかに結びついている必要があります。

管理部門は直接利益を生むわけではなく、会社全体で見ればコストとみなされることが多いです。だからこそ、自らの存在コストを上回る形でWTPの向上やコスト削減に貢献できれば、価値が生まれてきます。

森中

「長期利益を創出すること」はまさに企業の北極星であり、全従業員が目指すべきところです。一方で、間接部門で働く方々にとっては、目の前の仕事と利益の関係が見えづらいという実情もあると思います。このような前提において、管理部門の管理者は何を意識すべきでしょうか。

楠木

ハッピーエンド(長期利益)から逆算して「ストーリー」を描くセンスを磨くことです。例えば人事が「今期は新卒を150人採用する」という手前の目標(KPI)だけに終始するのは、ストーリーが分断されています。その採用が最終的にどうやって他社との「違い」を作り、会社のもうけに結びつくのか。この因果関係のストーリーを逆算して描くことこそが、管理部門の「センス」の本質といえます。

森中

「センス」と「長期利益」は、ハッピーエンドからの逆算ストーリーの中で密接に結びついているわけですね。ただ、AIを導入すれば、もっと論理的で効率的なKPIや戦略オプションを自動的に導き出してくれるようにも思えますが、なぜAIではそれができないのでしょうか。

楠木

企業の競争優位は、他社との差別化、つまり市場の中央値からどれだけ離れられるかによって生まれます。一方、生成AIは大規模言語モデル(LLM)を基盤としており、その性質上、膨大なデータから最も確からしい答え、いわば中央値に収束する答えを作る仕組みになっています。

AIは人間のスキルを外部化するには非常に有効です。しかし、競争優位に必要なのは「他社がやっていないこと」や「他社が思いつかないこと」です。それをAIに求めても、答えは独自性とは逆の方向へ向かいやすい。

独自の「違い」を決定づけるのは、その企業固有の文脈に基づいた人間の「センス」による意思決定以外にないのです。

森中

独自のストーリーを描く「人間のセンス」こそが、他社との違いを作り、長期利益を生み出す源泉になるのですね。では、これまでに管理部門が競争優位の源泉になった事例のうち、楠木先生が興味深いと感じたものをお教えください。

楠木

スペイン発のファストファッション大手、ZARAの事例は重要な示唆を含んでいます。

従来のファッション業界は、シーズン前に流行を予測して商品を作る、いわばギャンブルのようなビジネスでした。しかし、ZARAは流行を予測するのではなく、実際に流行が始まった際の初動を捉え、類似商品を迅速かつ大量に生産し、市場に投入する戦略へと転換しました。

この戦略を実現するため、ZARAは業界の常識に反する人事施策を採りました。外部契約が主流だったデザイナーを正社員として雇い、しかもデザイナーとしての独創性より、市場で売れているデザインをうまくアレンジして商品化できる能力を重視したのです。

こうした戦略は、一般論からは導けません。AIにデザイナーの採用方針を聞けば、「創造性の高い人材を採れ」と答えるでしょう。しかしZARAは、自社の戦略に基づいてあえて逆の選択をしました。経営戦略と整合した人材要件を定義することは、企業固有の文脈に根ざした判断です。そこにこそ、経営の本質があります。

森中

現在、日本企業の多くで経営戦略と人事戦略の連動が課題となっていますが、今のお話を伺うと、その重要性がよく分かります。

#4

ストライカーだけで試合は勝てない

全員でチームの「勝利」を分かち合う組織へ

ストライカーだけで

試合は勝てない

全員でチームの「勝利」を

分かち合う組織へ

ストライカーだけで試合は勝てない全員でチームの「勝利」を分かち合う組織へ ストライカーだけで試合は勝てない全員でチームの「勝利」を分かち合う組織へ
森中

これからの時代、管理部門で働く人には、どのような姿勢が必要でしょうか。

楠木

まず重要になるのは、自分の仕事を会社の長期利益と結びつけて考えることです。管理部門の仕事は、経理、人事、総務といった機能ごとに捉えられがちですが、「この仕事は会社の利益にどうつながるのか」という視点から再定義していく必要があります。

例えば、総務がデータやAIを活用して出張手続きのコストを下げれば、販管費の削減につながるでしょう。移動の負担を軽減することで、営業担当者の生産性が上がり、結果として顧客価値の向上につながる可能性もある。こうした形で、自分の仕事と利益との因果関係を意識することが重要です。

それに実効性を持たせるためには、部門長も含めて業務内容と長期利益との関係を可視化し、それを基に人事評価していく必要があります。間接部門は利益との距離が遠くなりがちだからこそ、意識的につなげる必要があるのです。

企業で働く以上、誰もが長期利益の創出という大目標に向かって仕事をすべきだと思います。サッカーの試合は、ストライカーだけで勝てるものではありません。トレーナーや通訳、グラウンド整備を担う人などが同じ方向を向き、自分の持ち場でそれぞれの役目を果たすからこそ、チームは勝利に近づく。企業も同じで、人事や経理、総務といった役割の違いを超えて、全員が長期利益という共通の目標に向かうことが大切です。

楠木建氏 森中健斗氏 楠木建氏 森中健斗氏
楠木建 楠木建

一橋大学 PDS寄付講座・シグマクシス寄付講座 特任教授

楠木 建氏

1964年東京都生まれ。経営学者。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了後、同大学商学部やイノベーション研究センターなどで教壇に立つ。ボッコーニ大学経営大学院客員教授などを経て、現在は一橋大学特任教授。専門は競争戦略で、企業が持続的な競争優位を築くための論理を研究する。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『絶対悲観主義』『楠木建の頭の中』などがある。

森中健斗 森中健斗

株式会社エフアンドエム オフィスステーション事業本部 本部長

森中 健斗氏

株式会社エフアンドエム オフィスステーション事業本部 本部長。5万5,000社(※)の人事・労務変革を牽引するSaaS「オフィスステーション」の事業責任者。従来型の「守りの管理部門」を、テクノロジーによって「攻めの戦略拠点」へと再定義するための先駆者として活動。生成AIを活用し、組織の熱量を最大化させる組織開発の実践にも注力している。現場の解像度と、AI時代の経営の在り方を俯瞰する視点を往復しながら、次世代型組織へのアップデートを提唱している。※2026年2月末時点

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