- 伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)
データ主権と相互運用性の両立が
日本の国際競争力を左右する
オンライン商取引やグローバルサプライチェーンなど地球規模でデジタル経済が進展する中で、国際的に自由で信頼できるデータ流通の重要性への注目が高まっている。データ主権を担保しつつ相互運用性を確立するには何が必要になるのか。2026年にはどのような変化がもたらされ、企業としてどのような対応が求められるのか。伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)で20年以上にわたってデジタルアイデンティティ分野で経験を持ち、OpenIDファウンデーション・ジャパン代表理事でもある富士榮尚寛氏に話を聞いた。
(聞き手:日経BP 執行役員 日経ビジネス発行人 松井健)
データ主権を脅かす
地政学的リスクの存在
みらい研究所・研究所長
OpenIDファウンデーション・ジャパン
代表理事
富士榮(ふじえ) 尚寛 氏
松井 2026年の国際データ流通などの動向についてどう見ていらっしゃるのでしょうか。
富士榮 今インターネットは信頼という点で課題を抱えています。以前からやり取りしている相手を本当に信頼してよいかが危惧されていましたが、生成AIの登場で問題はさらに深刻度を増しています。
これはデータ流通やサプライチェーンにとっても重要です。インターネットを利用した取引が経済活動に欠かせないインフラとなっている今、国境を越えたデータのやり取りは産業の基盤であり、労働人口が減少している日本にとって越境労働は重要です。
デジタル空間における信頼には技術的、制度的、社会的の3つのレイヤーの担保が必要です。担保しきれない範囲については検証との組み合わせが必要になり、グローバルスケールで取り引きを実行するには、ルールや技術についての相互運用性の確保が欠かせません。シームレスにデータ連携ができる基盤の整備は国際競争力を左右します。
一方でデータ主権についても考えておく必要があります。従来は海底ケーブル経路などの物理的なインフラの偏りによる通信インフラの主権浸食がしばしば話題になってきました。例えば、海がないためインド経由の通信手段に頼るしかなかったネパールでは、リスクを軽減するために中国と接するようになりました。
代替手段としての低軌道衛星についても同様です。衛星の分布から分かるように、米国や中国、フランスが多くを占めて影響力を持ち、インフラレイヤーで地政学的なリスクが存在します。
それらの物理空間の主権に加えて、プラットフォーマーへのデータ集約と独占的地位の濫用などによって生み出される、新たな地政学的リスクによりデータ主権が脅かされてしまう可能性があります。
国際標準に準拠して
相互運用性を高める
日経ビジネス発行人
松井 健
松井 データ流通をより進化させる上では、どのようなことに注意するべきでしょうか。
富士榮 事例から学ぶべきなのは、通信やプラットフォームなどのインフラ主権にどう対抗していくのかという点と、プラットフォーマーとどう付き合っていくのかという点です。
後者について欧州では独立性を重視して、標準アーキテクチャーの策定を推進しています。マイナンバーカード搭載を先行した日本もプラットフォーマーと上手く付き合うことで、後続に向けて国際的な影響力を発揮できます。
そこでは技術アーキテクチャーレベルでの解決も必要です。日本はData Free Flow with TrustとTrusted Webをベースに信頼性のあるデータ流通の社会実装を進めようとしていますが、すでに社会実装が進んでいる欧州や米国と比べると、日本の社会実装は部分的にとどまっています。
特に欧州では、2026年からEUデジタルアイデンティティウォレット(EUDIW)が実運用される予定です。アジア各国は、EUとの相互運用性を見据えて法制度などの整備を始めています。日本も戦略的に動いてAPAC(アジア太平洋地区)でのポジションを高めていく必要があります。
相互運用性を高めるには標準技術の採用などによるデータ流通基盤の実現が求められますが、日本は市場でのポジションをうまく取れないとデータ主権を失う恐れがあります。国際標準に準拠しつつ、データ主権を強めるための信頼の枠組みが必要であり、ASEAN(東南アジア諸国連合)やAPACで指導力を高めていくことを考えなければなりません。
松井 具体的にはどのような活動が考えられるのでしょうか。
富士榮 例えば日本の労働人口は減っていくので、アジアの国から技能人材を受け入れていくことは避けられません。そのためには、アジア全体で使える技能証明や学習証明の相互運用の枠組みが必要です。それが「APAC Trust Grid」です。日本が基盤作りの中心的な役割を果たすべきでしょう。
また「ASIA Pacific Digital Identityコンソーシアム」も始まっています。アジアパシフィック地域におけるクロスボーダーでのデジタルアイデンティティの相互運用性を確立するためのコンソーシアムで、当社をはじめ様々な企業や団体が参加しています。
3つの提言を通して
イノベーションのハブに
松井 所長を務めるみらい研究所は、どのような活動を考えていますか。
富士榮 3つの提言をしていこうと考えています。1つ目は国際標準と整合性を持った制度の整備、2つ目は官民共同のデジタルトラスト実証センターの設置、3つ目は日本によるAPAC Trust Gridの主導です。
技術研究だけでは、社会的なインパクトは生まれません。インパクトを生み出すためには学術機関、標準化団体、業界団体、政府機関と連携して、研究成果を社会実装していくことが必要です。研究所としては各ステークホルダーをつないで、このオープンイノベーションのハブになることを目指しています。
松井 10年後、20年後を見据えた取り組みが必要になりますね。
富士榮 データ主権と相互運用性の両立は国際競争力を左右する重要な課題です。日本は基盤レイヤーを国際標準に準拠して強化し、デジタルトラストのアジアにおけるハブになることを目指すべきです。日本のプレゼンスを高めるために皆さんと議論していきたいと考えています。
これまで日本のビジネスは信頼の上で成り立っていましたが、サプライチェーンの安全性やグローバルでの労働力を確保するには、改めて信頼を担保することが必要です。今後もグローバルなうねりを見極めて、当社として取り組むべき領域を決めていきます。ぜひ手を取り合ってデータ流通の領域の未来を共に創っていきましょう。
問い合わせ
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社
https://www.ctc-g.co.jp/

