2026年6月19日

ベトナムFPTの挑戦を恐れない姿勢が、
自社の社員のマインドを変えた

SUBARU辻CIOとリクルート片岡氏が明かす、組織変革論と外部「刺激」の大切さ

SUBARU 辻裕里氏とリクルート 片岡歩氏の対談

SUBARUとリクルートは共に、ベトナムのICTリーディングカンパニーであるFPTコーポレーションをパートナーに、ベトナムでのオフショア開発に積極的に取り組む企業だ。2社がオフショア開発に挑戦した最初の動機は動員力の強化やコスト削減だが、現在その2つ以上に大きなメリットになっているのが、人材の育成だ。FPTのメンバーと一緒に働くことで自社の若手社員の目の色が変わり、その後大きな成長を遂げるケースが多くあったという。なぜそのような劇的な成果を得ることができるのか。SUBARUの辻裕里氏(執行役員CIO〈最高情報責任者〉 IT戦略本部長)とリクルートの片岡歩氏(プロダクト開発/プロダクトディベロップメント室VP)に聞いた。(聞き手は日経BP総合研究所 大和田尚孝)

——お二人が現在取り組んでいることを教えてください。

片岡:私が室長を務めているプロダクトディベロップメント室は、不動産総合ポータルサイトの「SUUMO(スーモ)」や、日本最大級の宿・ホテル予約サイトである「じゃらん」といった、当社が提供しているプロダクトのIT・デジタルに関わる部分を開発する役割を担っています。

 我々は新しいサービスをいかに早く世の中に提供できるかということにこだわっています。開発開始からリリースまでの期間をできる限り短くするとともに、品質をどう高めていくかに腐心しています。

辻:私は現在、CIOの役割を担うとともに、IT戦略本部長を務めています。現在SUBARUにはITに関連する領域が大きく3つあります。社内システムと、「In Car」と呼ばれる「走る」「曲がる」「止まる」といった車の制御に関わる部分、「Out Car」と呼ばれるコネクティッドサービスです。このうち、私は社内システムとOut Carの領域を担当しています。社内システムには、ディーラーや工場で使うシステムも含まれています。

 現在、SUBARUは経営方針として「モノづくり革新」と「価値づくり」を掲げています。モノづくり革新は車の商品構想、設計、生産などが、それぞれ前工程の手離れを待ってリレー式に進めてきた業務を、各領域をアジャイルに進めていくことで、モノづくりに要する時間の半減につなげます。

 具体的には「トリプルハーフ」という目標を掲げ、生産工程の半減、開発期間の半減、部品点数の半減を目指しています。例えば生産工程の半減を狙う場合、車のテストにデジタルをより多く活用するといった取り組みが必要になります。IT戦略本部はそういった、IT・デジタルに関わるところでモノづくり革新を支えています。

 価値づくりについては、減価ゼロの取り組みを進めています。車のハードウエア部分は経年劣化によって価値が落ちてしまいます。一方で、販売後もソフトウエアやコネクティッドサービスによって車の価値を高め続けることで、低下した価値を補えるのではないかという考え方です。それを実現するうえでIT・デジタルが主要な役割を担うと考えています。

——DXを進めていくうえで、組織の整備において、工夫や苦労を教えてください

片岡:当社は主力のビジネスとIT・デジタルが、かなり前から切っても切れない関係にありました。ですから、IT・デジタルにはかなり早い段階から注力してきたと言えます。

 振り返ってみると、15年ほど前からそれまで以上に力を入れて今に至る、といった具合になっています。それ以前は社内エンジニアがそれほど多くなかったのですが、ここ15年は内製ができるエンジニアをどんどん増やしてきました。

 それに伴い、外部パートナーとの協業に力を入れてきました。日本のIT企業は人材確保がなかなか難しくなっている中で、海外のパートナーであるFPTには、動員力に対する期待が大きくあります。今は、当社の内製ができるエンジニアと、FPTの動員力を組み合わせることで、短期間で一気にサービスを作れるような体制も構築できました。

 FPTとのパートナーシップは最初は試行錯誤の連続でしたが、3年目くらいから手応えを感じられるようになりました。当初は、ベトナム中部のダナンという港湾都市でスタートしました。当初はいろいろな苦労もありましたが、そこを乗り越えた頃、さらなるオフショア開発領域の拡大もあり、ハノイにも新たな拠点を作りました。それによってハノイ、ダナン含めて柔軟な人材登用、案件対応が可能になったと思います。

 オフショアの開始当初は、日本から当社の社員が頻繁にベトナムに行っていましたし、かなり長期でベトナムに駐在することもありました。そういう密なコミュニケーションを通じて当社の社員も成長しているのを感じます。

 一方、効率が悪いシーンも多々あった、というのも事実です。当時はまだビデオ会議も普及していない時代でしたが、いち早くビデオ会議システムを導入することで、日本にいながらコミュニケーションが密に取れるようになり、開発の連携もスムーズになりました。

辻:社内のIT・デジタルの案件の数は、ここ5年で5倍に増えています。それに対応するために進めてきたのが、IT・デジタルの組織の「ワンチーム化」です。具体的には、2024年に情報子会社であったスバルITクリエーションズを吸収合併してIT戦略本部に統合したり、技術部門の中にあったITインフラのチームをIT戦略本部内に移したりしてきました。グループ内にあった、IT・デジタルに少しでも関わりがある人や組織をIT戦略本部に集めたのです。

 その結果、私がSUBARUに入社した2020年時点と比べて、IT戦略本部の人数は10倍に増えました。

 グローバルにおいても、取り組みを変えました。例えば、従来はIT・デジタルのバックグラウンドがない人がCIOを務めるケースが多かったのですが、これを改めました。外部から専門家を招き、海外現法のCIOになってもらいました。

 こうして組織や方針を一本化したうえで、ITベンダーとの付き合い方についても見直していきました。以前は社内にIT・デジタルを担当する組織が多くあったので、ITベンダーともバラバラにお付き合いしておりましたし、システムもサイロ化していました。それぞれのシステムについて、ずっと同じITベンダーに依頼し、「社員よりITベンダーの方がシステムに詳しい」というケースも多くありました。

 これを見直して、ベンダーをしっかりマネジメントし、自社システムについての主導権を取り戻すことを目標に、近年はいろいろな取り組みを進めてきました。その1つが、これまでお付き合いのなかったITベンダーにパートナーになってもらうことで、その一環として2年前からFPTとのお付き合いがはじまりました。

ベトナム人の「可能な限り頑張ろう」という姿勢に感化される


——主導権を取り戻すことが重要な理由は何でしょうか。

辻:大きく言えば固定費の削減です。システムがサイロ化していると、仕組みもバラバラになりますし、運用や更新にとても手間がかかります。自社でシステム開発を主導し、運用方法などを統一できるようにしていけば、業務が大きく効率化するのです。

 もう1点、これも最終的には固定費の削減につながるのですが、その前段階としてIT戦略本部のメンバーの育成や、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)が進むというメリットがあります。

 長くお付き合いしてきたITベンダーの場合、こちらの依頼に対して、あうんの呼吸で対応してくれたり、行間を読んでくれたりするため、「一を聞いて十を知る」といった状態になっています。

 これはとてもありがたいことではありますし、特定業務に関してはこの形を継続していきます。しかし、それ以外のシステムについては、自社でしっかりと中身を把握し、要件を整理し直す必要があると考えました。

 そのための効果的なやり方の1つが、新たなパートナーとお付き合いすることです。例えば、何かのシステムの開発を依頼する際、お付き合いが始まったばかりのFPTの方に要件を伝えようとすると、本当に全て説明する必要があります。「常識的にこう判断するかな」といったことでも、しっかり仕様書に書かなくてはなりません。

 こういった中で、どうやったら問題なくシステム開発を成功に導けるかと思案すると、「BPRによって業務をできるだけシンプルにして、容易に説明できる内容に絞って要件を伝えよう」といった具合に要件が整理されていくのです。この過程で当社の社員は成長しますし、BPRは進みますし、システム構築・運用のコストも下げられる、というわけです。もちろん、お話したようにシステム間で統一した開発・運用の仕様ができることによってもコストを下げることができます。

 違った角度からの話になりますが、システムの主導権を持てていないことについては別の懸念もありました。今後AI駆動型の開発が本格的に増え、ITベンダー側でも「AIに任せているから中身は詳細には把握していない」となってしまうと、我々は自社システムの中身がより分からなくなってしまうのではないか、と思ったのです。これを避ける意味でも、主導権を取り戻す必要があると考えました。

片岡:FPTのような海外のITベンダーとお付き合いすると、社内の人材育成につながる、というのは私も全く同じ意見です。

 以前あるサービスのためのシステム開発をFPTに依頼した際は、「その業界の特殊性が分からないし、そのビジネスを展開する上での商習慣が分からない」といった具合でした。単にサービス内容を翻訳して伝えても理解してもらえるわけではありませんし、いろいろと苦労しましたね。

 そういった際にはFPTの方に日本に来ていただいていろいろとご説明するのですが、その過程で感じたのは「1番鍛えられるのは当社のエンジニアだ」ということです。普段、国内で日常的に仕事をしているエンジニア同士だと曖昧でも伝わるのに、海外の人には全く伝わらない、ということが本当によくあります。ですから、当社のエンジニアは自社の業務を改めて分析し、それをどう伝えるかに腐心してきました。こうした取り組みを通じて、当社のシステム開発の力が大きく伸びたという感覚がありますね。

 FPTとの仕事の場合、当社側のメンバーはたとえ新人社員であっても、先生のような役割を担うことになります。そうなると、新人であろうと答えないわけにはいかないので、頑張って回答をひねり出すのです。答えられないと「なんで?」となるので自信を失ってしまうケースも多いのですが、それでもやるしかないと奮闘するうちに、自然と成長します。

 質問される内容は商習慣やマネジメント、技術的なものなど様々です。そのため、質問に答えるうちに自分が得意なもの、不得意なものについておのずと分かってきます。それはそのまま自分の将来のキャリアを考えることにもつながるので、社員の成長がさらに加速するというわけです。

対談の様子

——説明する力や伝える力はITベンダーとの付き合い以外でも役立つのでしょうか。

片岡:ビジネスの様々な場面で役立つと考えています。例えば経営陣からプロジェクトの承認を取る、といった場合にも役立ちますよね。

 実際、こういったオフショア開発のプロジェクトを経験した社員で、その後別の部署に異動したものが何人もいますが、皆が大活躍しています。人材育成は当初狙っていたものではなく、オフショアの副次的な効果といえますが、大きな収穫になっています。

辻:FPTの皆さんは良い意味で貪欲で、そこから得られる刺激が本当にありがたいと感じています。

 例えば、我々から「この技術を使える?使えるならこのプロジェクトをお願いしたい」といった具合に持ちかけると、返ってくるのは「使ったことはありませんが、できるはずです。担当させてください」といった答えばかりです。

 日本企業だと、こういう場合に「本当に大丈夫か」とブレーキをかけ、慎重になってしまいがちですよね。当社の社員もそういうところがあります。ですから、「とりあえずやってみよう」というFPTの姿勢からは学ぶことが多いですね。

 FPTとのプロジェクトをスタートする際、当社の責任者が1人でベトナムに1〜2週間赴き、FPTの方にプロジェクトの内容を説明する機会も、とても貴重な経験になっていると感じます。帰国した担当者が、本当に生まれ変わったかのように活き活きと働くようになりますから。

——ベトナムに行くと、どういった点に感銘を受けるのですか。

片岡:私のような世代だと、昭和の時代の、勢いがあった日本を思い出すような感覚になりますね。だからシニアの世代は皆ベトナムが好きな人が多いのではないでしょうか。若い世代の場合は、ベトナムの人々に見たことのないような活力を感じ、驚いています。

 私も辻さんと全く同じ印象で、ベトナムの人は皆、まず「やります!」と答えますね。「本当に大丈夫?」と思うときもあるのですが(笑)、それだけ前のめりなのは、やると言わないとチャンスが来ないことを知っているからですよね。

 そういった、「可能な限り頑張ろう」という姿勢に、日本の人は感化され、前向きになるのだと思います。

辻:ベトナムの方のチャレンジ精神を尊重しながら、発注する側としては、プロジェクトの進め方や設計をより丁寧に考える必要があると感じます。その結果、トラブルが起きないようにできるだけ要件をシンプルにしよう、できるだけ自動化してからお願いしよう、といった具合に考えます。結果的に発注側がよりしっかりするのです。

AIで従来型のエンジニアリングが無くなるかもしれない


——ここまでFPTとのパートナーシップなどを例に、動員力の大切さや外部からの影響でどう社内の組織が変わるか、といったことをうかがいました。最近の大きなトピックはAI活用かと思いますが、AI活用によるパートナーシップへの影響はいかがですか。

片岡:ここ1年、大きく変化してきたと感じています。AIを活用すると、今後は人が全くコーディングをしなくなる可能性すらあります。従来型のエンジニアリングがもうすぐ無くなるかもしれないのです。特にここ3カ月で、本当にこういった気持ちが強くなりました。

 今期以降はAIを中心とした開発をどう進めるか、AIを前提にしたプロダクトをどう作っていくかがテーマになるはずです。今直感的に感じているのは、AIでコーディングのスピードが上がることで、上流のビジネスをどう作るかと、テストの品質をどう担保するかがより重要になるということです。

 例えばテスト工程について。AIでコーディングした直後にFPTの方にテストしてもらう、といった流れを作れれば、開発スピードを従来の半分から4分の1くらいにまで短縮できるのではないかと展望しています。

 コーディングについても、完全に人の力が要らなくなるわけではありません。AIを使って開発する場合、90点まではある程度容易に達成できます。しかし、残り10点までAIで達成しようとすると、お金も時間もかかりますし、簡単ではないのです。ですから残り10点の「人の力が生きる部分」をFPTのようなパートナーに頼めれば、という期待があります。

 もう1つ考えているのが、AIで作ったプログラムの保守です。開発が容易になることで、今後は大量のプロダクトが生まれると思います。そうなると保守の作業も増えていきます。AIは保守作業にあまり向かないため、今後は保守のための人手がどうしても必要になると考えています。そういった際に、動員力がある社外パートナーと協働できるととても心強いと感じています。

辻:私もAI活用が最も重要だと感じています。3年ほど前の生成AIが広がってきた時には「使いたい人が使える環境を整えておけば良いかな」くらいに思っていたのですが、2025年にAIエージェントが身近になって、「全社的な活用が必要だ」というスタンスに変えました。

 2025年7月には「AI時代の働き方、マネジメントに変えよう」という方針を示し、まずは経営のトップから変えるべく、取締役と執行役員全員にAIについての原理原則を理解してもらうためのトレーニングに参加してもらいました。その後、実務者向けにもトレーニングを実施し、利用環境を整備してきました。

 ここ数カ月で、その成果が出てきているのを感じています。IT戦略本部においてはAI駆動型開発による内製化を進めていく考えです。内製とは言っても、全て自社でやろうというわけではなく、パートナーにも同じ立場でバーチャルなチームに入ってもらって一緒に取り組んでいこう、という方針です。

 既に今でも、IT戦略本部の中にFPTの方に何人か入っていただいています。はたから見れば、誰が社員で誰がパートナーか分からないと思いますよ。こういう関係性は素晴らしいと思います。社員だからスキルを身に付けさせる、ということではなく、パートナーを含めた仲間で一体となって成長する関係を築けたら、と考えています。

片岡:我々もFPTに対して、15年前から「お互い切磋琢磨しながら高め合って行きましょう」と言い続けてきました。それによって実際に成長できた部分があると強く感じています。ですから、私も辻さんとほとんど同じように考えています。

対談の様子

組織も人も変革し続けることが必要


——IT部門として今後どんな姿を目指していくか、お考えをお聞かせください。

片岡:AI活用などにより、開発が大きく変わるのは確かです。インターネットが普及した30年前を超えるような大きな変化があるだろうなと思っています。

 おそらく、「内製エンジニア」のような従来の職種や分業のあり方が変わるのではないでしょうか。どう変わるかは分からないのですが、当社で言えば「リクルートのビジネスをどう進化させられるか」という視点を持ったIT・デジタルの人材の価値が高まることは確実です。

 正解が分からず、とかく危機感ばかりを募らせている状態なのですが、部内のメンバーには「どうなるか分からないし、自分達の価値が高まっていきなり偉くなるかもしれないから、頑張ってやってくれ」というメッセージを出しています(笑)。

辻:自動車業界は、100年に1度と言われる大変革期の真っただ中におります。ガソリン車から電気自動車への移行が進みながら、環境要因によってそこにブレーキがかかることもあるなど、本当に変化が激しいです。

 こうした中で生き残っていくために、IT戦略本部のビジョンとして「ITでサステナブルなSUBARUを作る」ということを掲げています。それを実現するためには、組織も人も変革し続けられるようにする必要があります。

 今後は、IT・デジタルのスキルを持った人が社内で大活躍する時代になるでしょう。ですから、IT・デジタルのスキルを持った人が在籍するIT戦略本部の居心地をより良くし、モチベーションを持って働ける環境にすることが、全社のDXを進めるうえで欠かせないでしょう。

 私が入社した6年前は、IT戦略本部は社内における存在感が十分に発揮されていないと感じました。実際に、従業員満足度も他部門と比較して低い水準に位置していました。 しかし先のような考えの基に、IT戦略本部のマネジメント陣と連携して様々な取り組みをした結果、直近では全社でトップの満足度を達成することができました。

 私自身、マネジメントのやり方を大きく変えました。元々CIOは強いリーダー、怖いリーダーであるべきだと考えていたのですが、皆が働きやすい環境にすることを最優先にするようにしたのです。CIOという立場も「チーフ癒やし系お母さん」の略と伝えるなどしています(笑)。

 もちろんCIOとして技術的にリードしていくことは必要です。しかしそれ以上に、皆が1番働きやすい、力を発揮できる組織にすることのほうに注力しています。これがIT戦略本部だけでなく、SUBARU全社の成長を下支えすることにつながるのではないか、と信じて取り組んでいます。