伊藤忠商事(以下、伊藤忠)は、伊藤忠の海外グループ会社におけるAI(人工知能)トランスフォーメーション推進を担う「内製型」のイノベーション組織「Global Tech Center(GTC)」を、2026年7月に設立した。これは、ベトナムのICTリーディングカンパニーであるFPTコーポレーションとの協業によるものだ。なぜITベンダーと共に「内製型」の組織を立ち上げたのか。FPTとの協業に、どのような成果を期待しているのか。GTCの責任者を務める伊藤忠の原田修作氏に話を聞いた。(聞き手は日経BP総合研究所 大和田尚孝)
――GTCは伊藤忠の海外グループ会社におけるAIトランスフォーメーションを推進する、ということですが、従来の海外におけるIT・デジタル戦略推進の支援体制はどのようになっていたのでしょうか。
伊藤忠本体にIT・デジタル戦略部があり、伊藤忠単体のIT・デジタル推進とグループの推進支援を担っています。グローバルのIT・デジタル戦略については長年にわたり、IT・デジタル戦略部の下、香港にあるCISD(ASIA)(以下、CISD)というグループのIT会社で主に推進支援をしてきました。私は2016年からグローバルの担当として、CISDと連携してグローバルのIT・デジタル戦略全般に関わってきました。
そのような中で、2018年に海外の約50拠点が基幹システムとして使っている独SAPのERP(統合基幹業務システム)パッケージをバージョンアップするタイミングで、既存基盤をそのまま移行するのではなく、徹底的な標準化を行い、基盤を刷新するというプロジェクトを立ち上げました。当時は、2025年ごろに老朽化した企業システムが増える「2025年の崖」が提唱されたタイミングでもありました。
――なぜ、そのように考えたのですか。
ERPというものは、本来企業のビジネス競争力を高めるべきものであり、昨今の変革スピードの速いビジネス環境においては、ERP自体も常にイノベーションを起こせるものでなくてはならないと考えていました。モディフィケーションやカスタマイズが多いレガシーシステムでは、運用保守の負荷が高いのみでなく、変化にも大きなリソースが必要となり、ビジネスの変革スピードに対応できないと考えたからです。当時はまだ既存基盤を活かしたテクニカルバージョンアップが多かった中で、このタイミングで、徹底的な標準化を行い、パッケージの価値を最大化できるクリーンな基盤を確立することで、イノベーションを継続的に実現できる基盤を目指しました。
――そのような流れの中で、この大きな変革に関して、社内での合意を得るは大変ではなかったのでしょうか。
チャレンジングではありました。業界の流れや実現性のリスク、現場へのインパクトも大きく、また、私は当時30歳くらいだったので、「生意気な若いやつが、できもしない大きなことを言っている」と思われたところもあったと思います。
まず、基幹システムは変革の足かせになるのではなく、ビジネス変革を支えるイノベーションを継続実現できるものであるべきであるという方向性は、将来の10年、20年を見据えた時に、必ず実現すべきことだと考え、IT組織が陥りがちな技術的にどう実現するのかという議論の前に、「何を実現すべきか、そのためにどんな基幹システムを構築すべきか」の重要性を徹底的に議論しました。また、一方で、夢ばかり語っていても説得力もないので、技術要素の徹底的な検証も並行して行いました。SAPの最新サービスや技術について誰よりも詳しく理解するというのは当然のことです。加えて、既存システムのモディフィケーションも3000オブジェクト超ありましたが、全て1つひとつ見て要否の切り分けするなど、細部まで徹底的に分析して、業界での事例が少ない中でも、確実に実現できるという確信を積み上げていきました。
「目的や方向性の徹底的な共通認識化」と、一方で技術側面からの「実現性の証明」の両側面を徹底しました。ただ大前提として、このような中で、当時実行に移すことを了承いただいた会社や上司の方々には本当に感謝しています。
――このようなチャレンジングな基幹システムのバージョンアップを請け負うパートナーはいたのでしょうか。
その点は、本取り組みは請負でお願いをしておらず、全て準委任契約の形で、ユーザー企業対ベンダー構造ではなく、一体型のワンチームを組成しました。以前より変革の速い現環境において、パートナー企業に責任を負ってもらう請負型アウトソースのスキームでは、スピード感のあるプロジェクト推進はできないと感じていました。ITベンダーの立場からすると、請負の場合は、受注時点である程度実績がある技術やスキームを採用する必要があり、また、プロジェクト期間中に新技術などを柔軟に取り入れることもできないので、必然的にリリース時には既に1~2年遅れのものとなってしまいます。また、変革の主体は、判断も責任もユーザー企業であるべきであり、自組織にノウハウをためていくことも重要だと思っています。
こういった形態に難色を示し、プロジェクトに付き合っていただけない会社もありましたが、一緒にイノベーションを進めていただけるパートナーとプロジェクト組成をしました。もちろんFPTもワンチームの仲間です。
――ワンチーム体制についてもう少し教えてください。
私たちのワンチーム体制では、従来の請負スキームのように、ユーザー企業とパートナー企業が2チームに分かれ、階層型で責任のレイヤーが分かれているというようなものではなく、弊社とパートナー企業の皆さんが分け隔てなく1つのチームとなり、一体型でプロジェクトチームを組成します。これにより、各組織における階層型の報告や承認などが不要となり、指示や意思決定のスピードを迅速化するとともに、双方の知見を最大限生かした推進が可能となります。ユーザー企業が指示をして、パートナー企業が実行して、組織として責任をとれるレベルまでレビューを繰り返して、ユーザー企業に提供する、という形ではありません。
責任主体は当社側に置くことで、パートナー企業もシンプルな価値提供に注力でき、当社側も一体となり業務現場や開発現場に入り込むために多くを学ぶ形になるため、社内にノウハウがたまっていきます。また、プロジェクトを進めている最中に魅力的な新技術が出てきた場合にも、当社責任で、すぐに取り入れることが可能で、グローバルのイノベーションについていけます。プロジェクト実現に対し、どこか委託姿勢となってしまうところを、“自分ごと”として推進する内製的な取り組みとしていきました。
FPTのリソースや技術を最大限発揮してもらう形に
――FPTはワンチームで取り組むことを了承したため、パートナーとして選んだということですね。
その通りです。伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)をはじめとした当社のデジタル事業群と共に、FPTの方々もこのワンチームの体制に賛同していただき、一緒に取り組んできました。
――実際にプロジェクトが始まってからはどうでしたか。
最終的に、このFPTとのチーム組成は大きな推進力となり、プロジェクトを進めることができました。もちろん最初は簡単ではありませんでした。品質やプロセスなど、文化的な背景からも基本的な考え方が大きく違うので、最初は細かな手順や感覚をそろえるところからスタートしました。毎日会議をして、通常オフショア開発ではお任せするような、設計書や単体テストケースのレビューまで入り込み、感覚軸を合わせる取り組みを積み重ねました。現場一体型で一緒に進めることで、徐々にプロジェクトとしての当たり前を合わせることができ、FPTの持つ豊富なリソースや技術力を最大限に発揮していただけました。
このSAPの刷新プロジェクトは、2018年度に立てた計画通り、2019年度から2025年度末に全50拠点への展開を完了しました。かなり長い期間にも思えますが、単純に計算すると6~7週間で1社に展開していることになるので、良いペースで進めることができたと感じています。
――ワンチームを組んだパートナーとしてのFPTをどう評価しますか。
最も感銘を受けたのは、イノベーションに対する熱意ですね。プロジェクトの途中でSAPの大きなバージョンアップや新サービスの発表があった際に、私がこれを取り入れたいと思っていると伝えると、目を輝かせて喜んでくれました。普通であればプロジェクト途中での更なる変更に文句が出てもおかしくないところだと思いますが、全く逆でその挑戦を喜んでくれたのです。
難しかった部分としては、先ほどもお話しした通り、日本企業同士であれば合わせる必要のない品質や伝えなくても自然と埋まっていく行間のような部分についてで、それはしっかりと現場に入って伝えることで理解してもらうことが必要なところですね。そこさえできれば、彼らの圧倒的なリソース力を活かしていただけると感じています。
なお、このSAPのプロジェクトを進めるうちに、改めてFPTの大きな可能性を感じ、本プロジェクト以外のデジタル基盤やデジタルトランスフォーメーション(DX)、そしてAIプロジェクトまで、一緒に取り組ませていただく領域を拡大しています。
プロジェクトごとに組むチームから固定した組織へ
――その後、どのように今回のGTC設立につながっていくのでしょうか。
SAPのプロジェクトは、そのプロジェクトを成功させるために集まった人員です。そのため、プロジェクトが終わったら解散になります。また、別のプロジェクトをFPTと始める際は、参加するメンバーに対してまた最初からプロセスや品質について伝えていくことが必要になり、積み上がったノウハウも離散してしまいます。
複数のプロジェクトを動かし始めた中で、「単発のプロジェクトで終えてしまうのはもったいない。組織にしてスキルやノウハウを蓄えていこう」と考え、2020年ごろからFPTと相談を始めました。
もう1つ、以前の体制で感じていた課題が、「いくらワンチームと言ってもこのままでは委託者と委託先という関係自体は変わらない」ということでした。この体制のままでは、伊藤忠側が指示を出し、FPTがそれに従うという大きな構造は変えられなかったため、新しい体制が必要だと考えました。
これらの課題を解消するための組織として立ち上げたのがGTCです。メンバーは皆、「自分たちが伊藤忠グループの一員であり、指示を待つのではなく、ここからイノベーションをけん引していく」という考えで取り組んでいます。
――内製型イノベーションセンターGTCの設立によって、どのように可能性が広がったのでしょうか。
まず、チームの意識が大きく変わりました。
次に、価値提供へのスピード感が大きく変わりました。ますます変革が拡大するビジネス環境において、IT組織も迅速に価値を提供していく必要があります。プロジェクト組成のスピード、ゴールの認識合わせ、プロジェクト推進、その後の変化への対応、全面的に迅速性が向上しています。ノウハウが蓄積していること、伊藤忠メンバーとのより一体性のある関係構築、そしてFPTのC suite(経営トップ層)との連携強化など様々な観点でシナジーが生まれています。また、以前よりPoC(Proof of Concept)はPostponement of Commitment、つまり判断の先延ばし、といって、基本的にPoCはせずに常に本番適用のみを見据えた推進をしてきたのですが、これも内製化することで自分たちで徹底できることも大きいです。
PoCは、ベストなツールやソリューションを選択すること、失敗のリスクを減らすことなどを目的に、一定の期間をかけて複数のツールなどをテストし、採用するものを選択します。それによって、市場の中から自社に最も適したツールやソリューションが選べるし、失敗もしにくい、と考えられています。
しかし私はPoCにもリスクがあると考えています。例えば、複数のツールやソリューションについてPoCを実施する形になるので、本番導入までにかなりの期間がかかってしまうことが多くありますし、そうなれば多くのコストも発生します。PoCに長い時間をかけているうちに、新たにイノベーティブな技術が登場してしまうかもしれません。
PoCはプロジェクトのメインのシナリオに適用できるかを試す、といった具合に範囲を限定するものなので、実際に導入してみると試したところ以外ではうまく適用できない、といったことも起こり得ます。このように、「PoCさえ実施していれば安心」というものではないのです。
当社の場合、これで課題を解決できそうだな、と思うツールやソリューションを見つけた際には、PoCをすることなくすぐに本番環境に取り入れてしまいます。うまく使えるようであればそのまま本採用し、合わないと感じたら取り入れるのをやめます。複数のツール・ソリューションについて長い時間をかけてPoCをするよりもずっと早く本番環境に取り入れることができますし、コストも抑えられます。複数のツールを試すわけではないので、必ずしも選んだものが自社にとってベストではない、2~3番目に当たるようなツールかもしれませんが、それでも素早く、低コストで課題を解決できるのであれば問題ないと考えます。
こういったやり方が可能なのは、内製によって自らツールやソリューションの良しあしを判断できるためです。
ビジネス部門と一緒に変革を実現する組織に
――GTC設立や、それ以前からの取り組みによって、プロジェクトの成功以外にも何らかの成果は出ていますか。
まず、「自分たちが会社の変革を担っている」という当事者意識が生まれました。革新的な基盤を導入し、自ら開発できるようになったことで、いろいろなアイデアや提案がメンバーから出るようになってきましたし、アイデアを具現化したことによる成果も実感できるようになりました。
FPTのメンバーをはじめ、様々な外部人材や海外人材と接することによって受ける刺激は、当社メンバーの成長、育成にもつながっていると感じます。最近あった出来事として、2026年7月に開催された、SAP社のPaaS型のシステム基盤「SAP Business Technology Platform(SAP BTP)」のハッカソンイベントがあります。当社からは、GTCに所属するメンバーが参加しました。約70社が参加し、当社を含む6社がファイナリストに選ばれました。他の5社はいずれもコンサルティングファームやIT会社で、当社だけがユーザー企業としてファイナリストとなることができました。この経験はメンバーの自信になったと思いますし、他のGTCのメンバーも更なる刺激を受けたように感じています。
――他の日本企業がGTCのような取り組みに挑戦したいと考えた場合、どのようにしたらいいと思いますか。
取り組みを主導する人が強い意志と方向性をもって組織を作ることと、現場に入り込み、メンバーと一体となって推進することが重要だと思います。イベントなどで話をすると、「イノベーションに必要なSAP人材やAI人材がいない」「プロジェクトを始めるにも体制が作れない」といったことに悩まれている声をよく聞きます。これは実際に多くのIT組織が感じているイノベーションを推進する上での課題ではないでしょうか。この課題を解決する上で、イノベーションを加速化させる内製型組織は1つの解だと思っています。体制がないのであれば、新しい技術を担うための新しい組織をゼロから立ち上げ、自分たちで人材を育てるしかありません。
私たちも様々なチャレンジに直面しましたが、一緒に実現するという姿勢で現場に入り、主体的に推進することで乗り越えられたと思っています。なんとなく依頼する、委託するというのではなく、自らが判断できるようにメンバーに負けない技術理解を自分自身も常に追求し、そして一体となって一緒に物事を実現する、プロジェクトを推進する、ということを大切にしています。そうすることで、業務経験や文化が異なる中でも、徐々に行間を埋まってきて、強い組織になっていっていると感じています。
――今後の展望を教えてください。
AIが大きく進化し、ビジネス変革を起こすための必要不可欠な要素となってきました。ビジネスの変革は当然ビジネス部門が主導していきますが、AIをより理解しているIT部門はその動きに並走、そしてけん引できるようにならなくてはいけないと思います。従来はIT部門がビジネスを裏から支えるというイメージでしたが、これからは技術面ではビジネス部門をけん引し、一緒に変革を起こす組織になっていくべきだと考えています。GTCとしても既に成果は出始めていますが、1~2年以内には、そういった意識が完全に浸透し、そして価値を創出し続ける組織にしていきたいと思っています。