なぜ多くの変革は失敗するのか
──見落とされがちな「人的側面」の重要性
丸山氏は「BIG4」と呼ばれる大手コンサルティングファームで、多くの企業変革を支援してきた。その経験から強く感じているのは「経営トップが優れた戦略を描いても、現場がそれに納得して行動を変えない限り、変化は起きない」という事実だ。
企業変革が思うような成果につながらない最大の要因は、「人的側面への支援不足」にあると丸山氏は指摘する。
「プロジェクトは、よくトライアングルに例えられます。一つがリーダーシップで、もう一つが技術・制度的支援にあたるプロジェクトマネジメントです。リーダーシップで戦略を描き、プロジェクトマネジメントでシステムやツールを導入する。この二つだけでもプロジェクトは進みますが、本来そこにはもう一つの頂点が必要です。それが人的側面を支援するチェンジマネジメントです」(丸山氏)
変革は、「リーダーシップ」「プロジェクトマネジメント」「チェンジマネジメント」の3つが三角形を形成して初めて前に進む。しかし実際には、多くの企業でチェンジマネジメントを担う体制や機能が十分に整備されていない。その結果、多くの企業が陥るのが、「システムを導入すれば未来が実現する」という誤解だ。例えば、レガシーシステムを刷新し、新たなERPを導入したとしても、稼働した瞬間に理想の組織へ変わるわけではない。システム構成は変わっても、それを使う人が変わらなければ、企業の姿は変わらないからだ。
「プロジェクトマネジメントの観点では、現在の先に未来があります。しかし、チェンジマネジメントの観点では、その間に必ず『トランジション(移行期間)』があります。多くの企業はこのトランジションに十分な注意を払っていません」(丸山氏)
システムや制度を導入することはゴールではない。人が新しい仕組みを「使う」「慣れる」「活用する」。その結果として業務や組織が変わり、初めて変革は成果につながる。
「真の成功とは、システムやアーキテクチャが変わることではありません。人の行動が変わり、組織に定着することです。しかし、日本企業の多くはここに注目せず、必要な投資ができていません。技術には投資する一方で、人への支援は後回しにされがちです。さらに問題なのは、必要性に気づくタイミングが遅いことです」(丸山氏)
実際、多くの企業が人的側面への支援を検討するのは、新システム稼働後だ。現場が使わない、期待した効果が出ない、数年たっても成果が財務指標に表れない。そうした問題が顕在化して初めて、人の行動変容に目が向けられる。しかし、その時点では既に多くの時間とコストが失われている。
では、なぜ人は変わることが難しいのか。富士通研究所のコンバージングテクノロジー研究所で行動変容の研究を推進してきた山田氏は、その背景に人間の心理的特性があると語る。
「人や組織の行動には『慣性』と『近視眼』が働きます。長期的には得になると分かっていても、どうしても目先の利益を優先し、手間を回避し、変化を先送りにしてしまうのです」(山田氏)
人は直近の負担や損失を大きく評価し、将来得られるメリットを過小評価する傾向がある。新しいツールを学ぶ手間や一時的な生産性低下はすぐに実感できる一方で、変革の成果は時間差を伴って現れる。そのため、人は変革のための変化を避けようとする。「企業変革をデジタル化やツールの導入だと考え、そこで働く人たちのことを十分に考えないために、変革が失速するケースを数多く見てきました」(山田氏)
戦略を描き、システムを導入するだけでは変革は成功しない。変革の成否を左右するのは、人が変わるプロセスをどれだけ設計できるかどうかなのである。
富士通
Associate Partner, Lead of Strategy&Change Management, Uvance Wayfinders
ワークショップだけでは会社は変わらない
──チェンジマネジメントの正しい進め方
多くの企業は、変革の成否を左右する人的側面の重要性を十分に理解していない。丸山氏によれば、その代表例が「チェンジマネジメント=研修、マニュアル、ワークショップ」という捉え方だ。
「クライアントからは、『新システムを導入したので定着支援をお願いしたい』『企業文化を変えたいのでワークショップを実施したい』といった相談を数多くいただきます。しかし、その相談内容そのものに、チェンジマネジメントに対する誤解が表れているのです」(丸山氏)
企業の多くはチェンジマネジメントを、変革を現場に浸透させるための活動だと考えている。しかし、本来のチェンジマネジメントは、変革の成功確率を高めるために、人が変わるプロセスそのものを設計する考え方だ。
チェンジマネジメントの本質に対する誤解が、最も分かりやすく表れるのがワークショップへの期待である。丸山氏はワークショップそのものを否定しているわけではない。しかし、多くの企業が期待するようなブレークスルーや画期的なアイデア創出の場だとは考えていない。
「ワークショップ自体で何かすごいブレークスルーが生まれたり、変革が前に進んだりするわけではありません。その意味では、私はクライアントに明確に『効果はありません』と伝えています。一方で、チェンジマネジメントの観点では一つ大きな価値があります。それが『やった気』を起こすことです」(丸山氏)
変革は組織ではなく、個人によって実現される。だからこそ、その出発点となるのは一人ひとりの当事者意識だ。自分は変革に巻き込まれた側ではなく、変革を起こす側なのだという感覚は、チェンジマネジメントにおいて極めて重要となる。
「チェンジマネジメントにはWIIFM(What's In It For Me)という考え方があります。自分の明日の仕事はどう変わるのか。1年後の自分にどんなメリットがあるのか。会社や組織ではなく、まず『私にとって何が変わるのか』を理解して初めて、人は変革に参加しようと思うのです」(丸山氏)
一人ひとりの意識の重要性は、チェンジマネジメントの世界で広く用いられている変革モデル「ADKAR」にも明確に表れている。「ADKAR」は、一人ひとりが変革を受け入れ、行動を変えていくプロセスを、「Awareness(認知)」「Desire(欲求)」「Knowledge(知識)」「Ability(能力)」「Reinforcement(定着)」の5段階で整理した考え方だ。
「多くの企業が着目するのは、研修やマニュアル整備といったKnowledgeやAbilityの領域です。しかし、本当に重要なのはAwarenessとDesireです。なぜ変わる必要があるのかを理解し、自分自身も変わりたい、変われるのだと思える状態をつくること。そこを飛ばして知識やスキルだけを与えても、人は動きません」(丸山氏)
こうした考え方は、行動変容研究の知見とも一致する。
山田氏は、「行動変容は、無関心から関心、準備、実行、維持という段階を踏んで進みます」と説明する。最初の「無関心期」では、そもそも変革への関心がないため行動は起こらない。そこから「関心期」「準備期」「実行期」「維持期」へと進むことで、初めて行動変容が実現する。
「特に重要なのは、無関心から関心へ移る際の動機づけです。人に気づきを与え、関心を持たせる仕掛けがまずは必要になります」(山田氏)
さらに山田氏は、順番の重要性を指摘する。
「AwarenessとDesireが形成されない状態で先に進んでしまうのは、砂上の楼閣のようなものです。土台がないまま建物を建てようとしている状態です。そこを飛ばしては何も進まないと思います」(山田氏)
変革の出発点は、変革に参加する一人ひとりが、「なぜ変わるのか」「自分にどんな意味があるのか」を腹落ちすることにある。ワークショップは、そのための手段の一つに過ぎない。重要なのはワークショップで得られるアウトプットではなく、「やった気」をポジティブに植え付け、人が変わりたいと思う素地をつくり、その後の行動変容や定着までを見据えた全体設計である。
チェンジマネジメントとは、変革を現場へ浸透させる後工程の活動ではない。人の内側から変革を動かすための仕組みづくりであり、変革構想の段階から組み込むべき成功の前提条件なのである。
組織変革を成功させるには?
──富士通の変革に見る、人を動かす仕組み
一方で、個人の気づきだけでは組織変革は実現しない。
「組織として変わるためには、その気づきを組織全体へ広げていく必要があります。個人の気づきを組織的な関心へと発展させる仕掛けが重要です」(山田氏)
では、その仕掛けはどのように作ればよいのか。富士通の全社変革は、その一つの実践例と言える。富士通は2020年、全社横断のDXプロジェクト「Fujitsu Transformation(フジトラ)」を実行した。「全員参加型DX」を掲げ、社内SNSの活用やDXコミュニティの形成などを通じて、全社員、全組織の行動変容を促した取り組みだ。
当時、丸山氏はまだ富士通には参画していなかった。しかし、チェンジマネジメントの専門家という立場から振り返ると、フジトラはチェンジマネジメントの成功条件が数多く備わっていた事例だという。
「フジトラは、冒頭で述べた3つの要素の三角形がしっかりと形成された例です。トップが方向性を示し、システム変革が進み、それを支える人的側面への取り組みも機能していました。そのうえで、パーパス・カービング(個人のパーパスを言語化するための対話プログラム)に時間をかけ、全社員のWIIFMを丁寧に作っていったことが大きかったと思います」(丸山氏)
フジトラはよくトップダウン型の変革だと言われるが、実はボトムアップの施策がかなり多い。現場のリーダーシップを育むための施策を、着実に展開してきた。
通常、全体の戦略は経営トップが決める。フジトラでも、意思決定の中心にいたのは経営トップだ。しかし、フジトラには「フジトラパーク」と呼ばれるDXコミュニティがあり、14,500人以上の社員が参加している。さらに、業務時間の10%を変革活動に充てられる「FUJITRA10」制度を活用し、12,000人以上の社員が自ら手を挙げて現場の変革をリードした。
山田氏も、その巻き込み力の強さを実感していたという。
「さまざまな議論ができる土壌があり、そのために時間を使える環境がありました。良いアイデアであれば、トップがきちんと施策に落とし込んでいく仕組みができていたことも大きかったと思います」(山田氏)
フジトラを始める前、20%ほどだった社内SNSの利用率は、プロジェクトの後半には85%まで向上。これは単なるツール活用の話ではない。社員1人ひとりの中に、リーダーシップが育まれた結果なのだ。
こうした富士通の取り組みを目にした企業からは、「富士通だからできたのではないか」という声も少なくない。しかし丸山氏は、富士通が特別なのではないと語る。
「チェンジマネジメントは、“ふわふわ”したものだと思われがちです。実体のない、定性的で感覚的なものだ、と。でも実際には非常に体系化された分野です。一つひとつの施策は、多くの企業もやっています。ただ、それが構造化された仕組みとして組み上がっていない。富士通だからできたのではなく、チェンジマネジメント成功の要諦は、その仕組みを構築できたかという極めて論理的な論点に帰結します」(丸山氏)
例えば、変革を推進する際には、イノベーション理論や行動経済学、心理学、組織論などの知見が活用される。また、「取り残されたくない」というFOMO(Fear of Missing Out)の心理も、人々の行動変容を後押しする要素の一つだ。
フジトラもまた、結果としてこうしたチェンジマネジメントの要素を数多く備えていた。
「経営トップが率先して動き、その行動を『たすきリレー』のように組織全体へ広げていくと、最初は変革に乗り気でなかった人たちも、周囲に『たすき』が渡された人が増えるに連れて『自分だけ取り残されるのではないか』と感じ始めます。そして、『早く巻き込んでほしい』『次の取り組みは自分も最初から参加したい』と思うようになるのです。これがFOMOの効果です」(丸山氏)
「メディアでは、社長の時田や専務の福田のリーダーシップがよく取り上げられます。それだけを見て、『すごい経営者がいたから成功したのでしょう』と言われることも多いです。しかし、本当に注目してほしいのは、14,500人が参加するコミュニティと、12,000人以上の社員が自ら手を挙げて変革活動に参画したという事実です。そこには、多くの企業に活かせる普遍的なノウハウとヒントがあります」(丸山氏)
フジトラクルーを中心としたコミュニティや有志ネットワークが広がり、社員同士が影響を与え合う。その連鎖が組織全体へと波及した結果、フジトラは大規模な行動変容につながった。フジトラが示したのは、特別な企業だけが実現できる変革ではない。社員一人ひとりの主体性を引き出し、それを組織全体へ広げていく。その仕組みは、チェンジマネジメントの観点から見ても極めて示唆に富んでいる。
「『富士通だからできた』のではありません。多くの企業でも応用できる再現可能な仕組みが、フジトラには多くあるのです」(丸山氏)
チェンジマネジメントから「チェンジアジリティ」へ
──AI時代に求められる変わり続ける力
生成AIやAIエージェントが急速に浸透している。AI時代のチェンジマネジメントで重視すべきことは何か。
「多くの企業はAIの導入や活用そのものに注目していますが、本質的な課題はそこではありません。AI導入は、ツール、プロセス、人の3段階で進みます。しかし、人の変化が設計されないまま、ツール、プロセスの導入で止まってしまうケースが少なくありません。チェンジマネジメントを定着支援と捉えると、『AI導入後にどう浸透させるか』という発想になります。しかし本来は、AIを前提に企業や組織のあり方を再設計し、その変革全体を構想段階からリードするものです」(丸山氏)
では、変化そのものが常態化する時代において、組織はどのような力を身につけるべきなのだろうか。
「重要になるのは、変化に強い組織をつくるための方法論であるチェンジアジリティです。従来は、計画から実現まで数年かかっても問題ありませんでした。しかし、ビジネス環境の変化は一気に加速しています。変化が前提となる時代において、チェンジマネジメントもまた進化していく必要があると考えています」(丸山氏)
変化が前提となる時代に必要なのは、変化に即応できる組織の基礎体力だ。変化が起きるたびに対応するのではなく、変化そのものを日常として受け入れ、自然に乗り越えられる組織をつくる。その考え方がチェンジアジリティである。
「チェンジマネジメントが特定の変革プロジェクトを成功へ導く方法論だとすれば、チェンジアジリティは組織そのものの変化への適応力を高めるものです。障害物競走で例えるなら、チェンジマネジメントが『障害物の越え方を教えること』であり、チェンジアジリティは『どんな障害物にも対応できる身体をつくる筋力トレーニング』です。不確実性の高い時代だからこそ、乗り越える力そのものを鍛える必要があります」(丸山氏)
山田氏も、研究の現場でその変化を実感しているという。
「研究の世界も変わってきています。従来は比較的長期の計画に基づいて研究を進めることが一般的でしたが、昨今のAI領域では状況が毎月変わります。研究の進め方そのものを変えなければ競争力を維持できないと感じています」(山田氏)
現在、山田氏は富士通研究所初のエバンジェリストとして活動している。研究成果を社会実装や顧客価値へつなげる橋渡し役だ。行動変容研究の領域においても、AIを活用した新たな支援の可能性が見えてきているという。
「行動変容の分野には、メカニズム・オブ・アクション(MoA)という考え方があります。人がなぜ行動を変えるのか、その仕組みを体系化したものです。AIを活用することで、その人に最適な働きかけを設計できる可能性があります。どの順番で、どのようなアプローチを行えば変化を受け入れやすくなるのか。個人ごとに異なる支援が技術的に可能になりつつあります」(山田氏)
丸山氏も、こうした研究と実践の融合に大きな可能性を感じている。
「研究所はすごくワクワクする存在です。富士通研究所には多くの技術や知見があり、クライアントに応じて活用できる多様な研究成果があります。それらをクライアントの課題に合わせて価値として届けることが、Wayfindersの使命だと思っています」(丸山氏)
丸山氏は、富士通ならではの強みは、実践知と理論、そしてテクノロジーがそろっていることだと語る。
「富士通には、クライアントの多くと同じ『日本企業』として自社変革を経験した知見と、数多くのクライアント変革を支援してきた知見の両方があります。理論だけでも、自社事例だけでもありません。その両方を組み合わせて変革を設計できることが強みです。さらに、研究所が生み出す最先端の技術や研究成果があります。Wayfindersは、それらを組み合わせながら、AIを前提とした人や組織の変革を設計していきます」(丸山氏)
丸山氏は最後にこう締めくくった。
「AIの進化が急速に進む現代において、私たちは常に変革の最中に晒されています。かつては、『日常=普遍』のように感じられましたが、今は『日常=変化し続けること』です。人には現状維持バイアスがありますので、これは脳科学的に言うとストレスホルモンが放出されっぱなしの危機的状態です。だからこそチェンジアジリティやチェンジマネジメントといった人的側面も取り入れた変革の重要性が増しています。生来的に危機と捉えられるこの状況を、いかに効果的に機会に変えていけるか。ここに企業の今後の競争力の源泉が宿っていると考えています。私たちは、自社の取り組みや理論、研究など、富士通が持てるすべてのアセットを活用し、クライアントと共に未来を創っていきたいと考えています」(丸山氏)
AI時代に求められるのは、AIの能力拡張だけではない。変化し続けられる人と組織そのものへの投資である。Wayfindersは、自社変革の実践知、クライアント変革支援の知見、そして研究所の最先端技術を組み合わせながら、クライアントとともに新たな変革を創り続けていく。



