今はAIエージェント時代の揺籃期。見えてきた、1つの指針
Grafana Labs
CTO
Tom Wilkie(トム・ウィルキー) 氏
「AI活用による業務改革の初期段階は失敗に終わりました」。Tom Wilkie氏は率直に語り、説明する。「会社として代表的なチャットボットを利用する方向に流れをつくったことで、いろいろと試したいエンジニアのモチベーションに水を差す結果を招きました。また調達、コストなどに厳しい制約を設けたことがAI活用の機運を挫く要因になったと思います」
2025年のForbes Cloud 100で、前年から10ランクアップし世界13位の非公開クラウド&AI企業に選出されたGrafana Labsをもってしても、AI活用による業務変革は、最初からうまくできたわけではなかった。状況をいかに打開したか。Tom氏はポイントを話す。
「生成AIに対するエンジニアのチャレンジ精神に応えるために、重要データを使わないなどルールの徹底により安全安心を確保した上で、『失敗してもいい』環境を提供し、実験的取り組みを促進しました。最新テクノロジーに挑戦できるように規定を緩和し、従業員に自由度と裁量を与え、自主性を重視しました」
実験的取り組みは、正解が分からないため失敗を繰り返す。Grafana Labsも例外ではなかった。大きなターニングポイントがあったわけではないとTom氏は打ち明け、振り返る。
「AI活用による業務改革は、1つのチームの小さな成功から始まりました。そのチャレンジは、AIコードエディターのCursor(カーサー)を使ってプロダクトを開発するというものでした。開発の仕方を相談するといったチャットボットの使い方とは異なり、AIエージェントが一緒に開発してくれます。この成功モデルを社内で宣伝したところ、他のチームも積極的に検証・確認を進め、現在AIエージェントを開発パートナーとして使う当社エンジニアの割合は90%です。AIエージェントの活用は、研究開発やエンジニアに限らず、組織全体の生産性向上、ビジネス価値最大化を目指しています」
AI活用による業務改革では、多くの失敗と小さな成功の積み重ねが成果を拡大していく。Grafana Labsのチャレンジは、AIエージェント時代の揺籃期における1つの指針となる。
「真に実務で使える」AIは、ドッグフーディングから生まれた
AIを活用した業務改革は社内実践の要素も大きい。そこで得た知見とノウハウをもとに顧客へ価値提供することで、新たな事業を起こす。事業化に向けたステップをいかに進めるべきか。
米国IT企業にはドックフーディングという言葉がある。自社が開発・販売するドックフード(製品)を自社で使うことで、ユーザー目線の開発、問題点の早期把握、製品への深い理解などが得られる。「Grafana Labsが開発・提供するAIエージェント『Grafana Assistant』は、ドッグフーディングの実践から生まれました」とTom氏は話し、経緯に言及する。「当社でCursorの成功モデルを作ったチームが、エバンジェリストとしてその活用方法を評価・検証する中で行き着いた『Cursor for Grafana(GrafanaのためのCursor)』が出発点でした」
Grafanaは、システム全体を観測しトラブルの根本原因に辿り着くオブザーバビリティ(Observability、可観測性)分野を牽引するグローバルリーダーだ。グローバルでは認知度が高く、国内でも関心が高まってきた。NVIDIA、Anthropic、Microsoft、J.P. Morgan、デンソー、GREEなど国内外の業界を代表する企業で導入が進む。
限られたリソースで膨大なデータを可視化・監視し、瞬時の判断につなげる「オブザーバビリティ」関連市場は、グローバルで2兆円規模への拡大を見込む。日本でも堅調に拡大し、今後は新たなスタンダートとなることが期待される
Grafana Assistantは企業向けGrafana Cloudのほか、利用制限はあるがGrafana OSS版でも利用できる。誰もが気軽に利用開始できるAIエージェントだ。
「Grafana Assistantの開発は、オブザーバビリティをリードするGrafana社内の課題を解決するために取り組みました。実際にトラブルの根本原因分析に役立ち、検知から復旧までの時間短縮につながりました。その成功体験をもとに、お客様向けにGrafana Assistantのブラッシュアップを進めました」(Tom氏)
2025年10月、AIブームに乗ったものではなく、実務で使えるAIエージェントとして、Grafana Assistantはリリースされた。Grafana Assistantが多くの企業から評価されるのは、Grafana Labs社内利用で成果を出した、いわば“実務経験”がベースにあるからだ。
Grafana Assistantにより具体的にオブザーバビリティ業務はどのように変わるのか。「従来、情報システム部門担当者は、早朝4時であってもシステムがダウンした場合、ログ分析など要因を特定し手を尽くして早期復旧を目指します。Grafana Assistantは検知から根本的要因分析までを自動化し、自然言語で『復旧策を教えてください』と伝えると対策を回答してくれます。さらに、人手では困難だった100台のサーバーを同時に調査できます。IT人材不足の中、業務の負荷軽減、均質化とともに復旧時間の短縮が図れます」(Tom氏)
Grafanaコミュニティは、全世界で2400万人に及ぶ。同コミュニティが直接Grafana Assistantの開発に貢献したわけではない。しかしコミュニティという基盤があったことで、開発がスピーディかつスムーズに進んだとTom氏は付け加える。
副賞は現金で。ハッカソンは自社の成長のため
AIが業務を代行する時代において、経営は人材活用の観点で何を重視するべきか。「当社ではこれまでも今も、エンジニアや従業員に対する信頼に基づく自主性を大切にしています。例えば、エンジニアの仕事はプログラムを書くことだけではありません。その真価は、お客様の業務を理解し、抱えている課題の本質を捉え、最適な手法を導き出し技術を駆使して解決していくことです。AIを活用することで、生産性向上やアイデア創出などの支援を受け、本来業務に集中することでより多くのことを成し遂げられると思います」(Tom氏)
Grafana Labs
共同創業者
Anthony Woods(アンソニー・ウッズ) 氏
AI活用で自主性を尊重する組織におけるポイントについて、Grafana Labsの共同創業者Anthony Woods(アンソニー・ウッズ)氏は言及する。「AI分野では、日々様々なツールが生まれ、活用が進んでいます。組織の観点で重視しているのは、チームがどのようなツールを使い、どこがうまくいっているのか、または課題があるのかといった情報共有です。管理面よりも、他社動向を知ることで切磋琢磨していくと考えています」
多くの日本企業では、従業員の誰もが開発・利用できる「AIの民主化」を目指している。しかし、協調を大切にする仕事文化が根づく中で、いかに自主性を発揮できる組織づくりを行っていくか。そのきっかけとしてTom氏は「ハッカソンの実施」を提案する。その理由は何か。
「ハッカソンは、社内でチームを組み、短期間でプロダクトを開発し、その成果を競い合うイベントです。AIエージェントのハッカソンでは、個人やチームが自主的に活用方法を考え、その実現に向けてチャレンジします。また、日常業務とは離れた取り組みに参加することで発想が広がります。重要なポイントは、事業やビジネスの課題解決をテーマとし、アイデアレベルではなくプロトタイプまで完成させることです」
Grafana Labsのハッカソンにおいて、プロダクトの評価はマーケティング部門など従業員参加によるWeb会議の人気投票で決まる。優秀作品には現金による副賞も出る。ハッカソンの意義は、モチベーション向上や成果物とともに、実験できる場の提供を通じて失敗しても許される文化の醸成にある。
AIと人が共存する働き方に関して、Grafana Labsは省人化の方向ではないとTom氏は強調し付け加える。「照会、文書レビューなどルーティン業務といった最適化できるエリアはあります。しかし、それが本題ではありません。AIを活用し、革新的で競合他社よりも競争優位性のある製品やサービスを世に出し、よりスピーディに成長していくために活用するという考え方です」
Grafana Labsは高い技術力と成長力により2025年のGartner®Magic Quadrant™ for Observability Platformsでリーダー企業に位置付けられ、「ビジョンの完全性」でも高い評価を獲得。2025年11月にGrafana Labs日本法人を設立した。2026年5月には、国内企業のGrafana Cloud導入を支援する「Grafana Executive Briefing Center(EBC)」を開設。日本企業に向けてAnthony氏はメッセージを送る。
「日本企業が直面している課題は、海外企業と類似しています。DXを加速し成長速度を速めるために、システム全体の安全安心を支えるオブザーバビリティの重要性が高まっています。お客様の成功は、当社の成功です。Grafana Assistantの拡充はもとよりAI技術を駆使し、お客様の持続的成長に貢献していきます」
人とAIが協働する働き方では、人が主体的に考え行動しなければ、AIは真価を発揮できない。Grafana Labsは、AIが業務を代行する時代の「個人と組織のあるべき姿」を具現化しているのだ。





