「日本の物流インフラを『AIドリブン・ロジスティクス』の世界に皆様と共に変えていきたい。今日はまさに、『AIドリブン・ロジスティクス』が始まる日になります!」。Hacobu代表取締役社長CEO、佐々木太郎氏の宣言で開会した「Hacobu Innovation Day 2026」。最初の登壇者は、早稲田大学大学院教授の入山章栄氏と佐々木氏である。
佐々木氏は物流インフラの危機的な状況を紹介した上で、国が物流関連二法の改正で立て直しに乗り出した流れを解説。物流インフラが転機を迎える中、経営者は物流がボトルネックになるという認識が足りない一方、現場は物流インフラの運用を変えたがらない、という現状を指摘した。
「入山先生がCLOなら、2つの岩盤をどう壊しますか?」。問われた入山氏はまず、企業経営における物流の重要性を強調する。
「日本のメーカーは工場の話はしても物流の話はしません。結果、工場の生産性は高いのに物流の生産性は低いという謎のギャップがある」
経営トップの認識を改めるには
社外取を活用しCLOは兼任に
続けて佐々木氏の問いに答え、2つの秘策を明かす。
1つは社外取締役の活用だ。「経営者が一番怖いのは、社外取。話が分かる社外取を見つけて、取締役会の議案に上げてもらいましょう」。ただ一般的に非上場の企業には設置義務はない。経営トップが誰の声を聞くかという点から、地方銀行の活用も考えられるという。
もう1つは役職の兼任だ。「CLOの場合、例えばマーケティング部門の責任者との兼任が理想的。小売業では、調達や商品開発がいいですね」
実例として、入山氏は有識者理事を務める生活協同組合コープさっぽろを紹介する。「物流改革に非常に熱心に取り組み、大成功を収めています」。物流部門とマーケティング部門の責任者は1人。「そのため、部門間で生じがちな意見対立も解消可能です」
一方、従来の運用を変えたがらない現場には、どう立ち向かえばいいか。AI活用の前提として、物流の可視化に向けたデジタルツールの導入が欠かせない。
「デジタル変革に欠かせないのは、スモールサクセス。とにかく利用してもらって、少しでも便利であるという感覚を持ってもらうことです」と入山氏。利用を促すアプローチを具体例で説明する。
それは、神奈川県下にある温泉旅館。従業員にはベテランが多く、デジタルツールの導入には抵抗が強そうだが、「DXが日本一進んでいる温泉旅館」と入山氏は称賛する。
物流インフラは価値創造の源泉
先行投資を重ね未来を切り開く
その旅館の秘訣は、デジタルツールを勤怠管理に用いること。自らデータを入力しないと給与を得られない。「人間は現金なもの。絶対にやらないといけないことはやる。そうすれば、便利さを感じるようになります」と入山氏。スモールサクセスを自覚すれば、どんどん自走していくという。
ただ今後求められるのは、デジタルツールを活用するDXではなく、AIを活用するAX(AIトランスフォーメーション)。そのAI活用も今、分岐点に差し掛かる。公のデータしか利用しないパブリックAIから、企業の独自データも利用するプライベートAIへ活用の対象を移行させるべき、と入山氏は強調する。
「パブリックAIの活用で仕事は便利になっても、業績には影響しません。IT大手のトップによれば、人類は世の中のデータの1%しかAIに学習させていない。99%は企業内に眠っている、と。これを学習させられれば、他社と圧倒的な差をつけられます」
先を見過ぎると顧客とのギャップが開かないかと、問いを投げかける佐々木氏に、入山氏は先に行くからこそ見える未来の存在を強調。先行投資で未来を切り開く重要性を説く。
ここで再びコープさっぽろの例を紹介する。「理事長が、これからは物流の時代と先読みし、コツコツ投資してきました」と入山氏。その結果、今では道内の物流を制するほどのインフラを築き、様々な価値創造をもたらしているという。
一例に挙げるのは、公立の小中学校に給食を届ける「スクールランチ」の事業である。「物流インフラを持っているからこその事業です。これが成功を収め、道内の自治体から引き合いが絶えません」(入山氏)
物流インフラを持つことはコストではなく、価値創造の源泉――。入山氏はそう言い切り、社会課題の解決に向けた価値創造につなげることを戦略的に考える重要性を訴える。
ともすると、コストセンターと捉えられがちな物流部門。この認識を覆すには、どうすればいいか。佐々木氏の問いに、入山氏が「物流インフラというリアルな価値を土台に新規事業を展開していくことが大事」と答えると、佐々木氏は持論を語る。
「物流インフラを強化することで、販売機会の損失を防ぐことが可能です。運べなくなる場所に運べるようになれば、キャッシュフローのプラスを見込めるはず。物流投資はサステナビリティー投資と捉えられます」
「物流は、日本の価値創造の最大の起点です。物流改革、会場の皆さんと進めてください」。入山氏は佐々木氏にエールを送り、最後に基調対談を締めた。
ジャストインタイムの発想から
ボトルネックを物流に見いだす
経済産業省
商務・サービスグループ流通政策課長兼物流企画室長
平林 孝之 氏
国土交通省 中国運輸局
自動車交通部 貨物課長
田中 幸久 氏
続いて、経済産業省商務・サービスグループ流通政策課長兼物流企画室長の平林孝之氏と国土交通省中国運輸局自動車交通部貨物課長の田中幸久氏が登壇。両省のキーパーソンが並び立つ、特別対談が実現した。
経済産業省
商務・サービスグループ流通政策課長兼物流企画室長
平林 孝之 氏
経営視点に立つ平林氏は今後のポイントとして法に基づくCLOの選任を挙げた。「経営幹部から選任する義務を課したというのは、画期的。企業価値の向上に間違いなくつながると考えられます」。その役割は、企業や業界の枠を超える外交という見方を示した。
国土交通省 中国運輸局
自動車交通部 貨物課長
田中 幸久 氏
一方、現場視点に立つ田中氏は、自らの仕事内容を、物流現場の声を荷主企業に届け、物流を改善していくこと、と説明。さらに現場変革の必要性を物流会社の経営層に伝えるには、「心情に訴えかける」ことを得意とするAIアバターを用いるなど、別のアプローチも考えられると独自のアイデアを提案した。
その後も会場質問への受け答えなどを重ねながら、政策現場の「本気度」を強く訴えていった。
イベントのトリを飾ったのは、先進企業の実例報告だ。
日野自動車株式会社
代表取締役社長CEO
小木曽 聡 氏
まずはトヨタグループのトラック・バスメーカー、日野自動車。代表取締役社長CEOの小木曽聡氏が佐々木氏とともに登壇する。同社は2024年2月、CLOを設置し、26年2月には、SCM(サプライチェーンマネジメント)本部長との兼任体制を取る。
日野自動車株式会社
代表取締役社長CEO
小木曽 聡 氏
自己紹介とともに語ったのは、物流以外の全てのコストが、物流によって初めて売り上げになるという事実だ。「仕掛中のものは全てコスト。モノを製造・販売しても、最後にお客さまの手に渡って代金を頂かないと、売り上げにはなりません」
佐々木氏との対話の中では、ボトルネックは物流にあるという認識を再三強調する。根本にはトヨタ流のジャストインタイムの発想がある。小木曽氏もトヨタ自動車の出身。身に染みついた発想だ。
「この発想は、お客さまが必要な時に、必要なものを必要なだけ、できるだけ速やかにお届けする、というものです」と小木曽氏。そういう視点でサプライチェーンを見渡すと、ボトルネックのほとんどは物流という。
小木曽氏は自らの経験を明かした上で、経営トップへの周囲からの働き掛けでは、「手触り感のある情報を基にアプローチし続けることが重要」と自らの見解を示した。
株式会社DNPロジスティクス
代表取締役社長
松村 弘之 氏
続いて登壇したのは、DNP(大日本印刷)グループのDNPロジスティクス代表取締役社長の松村弘之氏だ。同社はDNPの8つの事業部門の物流を一手に担う。DNPの事業ポートフォリオが時代とともに変わる中で、物流の変革も迫られてきた。しかし取扱品目は多種多様で、設立以来68年間、商習慣を受け継いできたことから、変革は容易ではなかった。
株式会社DNPロジスティクス
代表取締役社長
松村 弘之 氏
変革に乗り出すきっかけは、データ化によるDXの推進である。
起点は、データによる可視化。各種のデータを、各事業部門の製造側との共通言語と位置付け、情報を共有することで、物流の最適化を図る。
データ整備の一翼を担うのは、Hacobuのトラック予約受付サービスや配車受発注・管理サービス。業務設計の変更など現場との折衝に課題はあるが、サービス導入で蓄積されるデータを基に、できるところから改善を実行に移し、着実に実績を積み成果を上げながら、拠点の最適化を図る方針だ。松村氏は「運べなくなるという事態に陥らないようにすることが、何よりの目的です」と強調する。
物流に携わる社員が部門を超え
互いに協力し合う新しい風土へ
さらに拠点間の連携を最適化するとともに、全国の物流パートナー企業とのネットワークを強化。エリア間のネットワーク最適化を図る。松村氏は「新たな価値の創出につなげていきたい」と意欲をのぞかせた。
川崎重工業株式会社
船舶海洋ディビジョン コストエンジニアリング部 基幹職
西尾 朗満 氏
最後は、川崎重工業船舶海洋ディビジョンコストエンジニアリング部基幹職の西尾朗満氏が登壇。坂出工場物流管理課にHacobuのトラック予約受付サービスの導入を打診し、成果につなげた経緯を紹介する。
川崎重工業株式会社
船舶海洋ディビジョン コストエンジニアリング部 基幹職
西尾 朗満 氏
納品車両の受付時には現場が混乱し、「カオス」とも呼べる状況が生まれていた。「しかし現場は、気合と根性で乗り切り、問題を先送りにしてきたのです」と西尾氏は振り返る。
課題はいくつもあった。「一部はサービス導入で解決するものですが、過半数は工場固有の課題で、時間を割いて乗り越える必要がありました」(西尾氏)。そこで西尾氏は、Hacobuの支援を受けながら改善に取り組んできた。
ここでは予約受付サービスの入力画面上に何を記載すべきか、現場主導で熱心に議論。漏れの少ない画面構築を実現し、残る課題も乗り越えられる環境を整えた。
苦労したのは、サービスを利用する取引先の協力取り付けである。「電話・メールや個別訪問で説明を重ね、取引先の業務改善や生産性向上に結果的につながる点を強く訴えました」と西尾氏。サービスの利用率は徐々に上向くようになったという。
物流管理課ではこの経験を経て、自ら業務改善に乗り出す一方、同じく改善に挑む他部門のアドバイザーを務める。「物流に携わる社員が部門の垣根を越えて協力し合う、新しい風が社内に吹き始めています」。西尾氏は自社の変化を誇らしげに語った。
現場主導の苦労と物流DXの成果を踏まえ、閉会の挨拶に立った佐々木氏はイベントの最後をこう締めくくった。「本日のお話をヒントに『AIドリブン・ロジスティクス』の世界を、一緒につくっていきましょう」


