東京証券取引所(東証)は、2024年に「東証 アジア スタートアップ ハブ」を立ち上げた。日本に根付いて東証に上場することを志すアジアのスタートアップ企業に対し、日本での事業展開・資金調達・新規株式公開(IPO)準備までを、官民連携の“オールジャパン”体制で一気通貫に支援する取り組みだ。本稿では、本取り組みを推進する東証と、海外企業による東証上場の支援で長年の実績をもつ三菱UFJ信託銀行に、アジア発の成長企業が東証を目指す意義、支援の枠組み、そして今後の展望を聞いた。
—海外企業による東証上場の歴史と、トレンドの変化を教えてください。
青氏:海外企業による東証上場は1973年に始まりました。当時は、母国の証券市場への上場が主で東証はサブという位置付けで、“重複上場”するスタイルで、日本での知名度向上などを目的とするにとどまるものが中心でした。しかし近年は、インターネットの普及等による資本市場のグローバル化を背景に、従来のスタイルから大きく変貌してきました。アジア発の有力なスタートアップ企業が、東証市場に“単独上場”して日本での資金調達をバネに飛躍的な企業成長を目指すことを目的として、東証市場を本格的に活用したいという上場ニーズが増加しています。
とりわけ、人工知能(AI)を活用したマーケティングで台湾を代表するユニコーン企業となった Appierが、2021年に東証マザーズ市場(現グロース市場)に上場して、その後短期間で プライム市場への市場区分変更を実現したのですが、この事例は、投資家や証券市場関係者だけでなく、海外企業にも大きな示唆を与えました。長年、海外企業の上場支援に携わってきた三菱UFJ信託銀行でも、こうした変化を強く感じていらっしゃるのではないでしょうか。
清水氏:当社が相談を受けているだけでも、海外にルーツを持つクロスボーダー企業※1で東証上場を志向する社数は2025年12月末時点で174社にまで伸長するなど、マーケットの着実な広がりを実感しています。※1「外国籍企業」「外国で創業後に日本法人化した企業(コーポレート・インバージョン企業)」「新規上場時に外国人経営者を有する日本企業」「外国籍企業の日本子会社」 の総称
—三菱UFJ信託銀行は、長年クロスボーダー企業の東証上場支援に携わっていますね。
清水氏:もともと当社は、2007年の新信託法施行に伴い、Japanese Depositary Receipt(JDR)の発行が可能になった当初からこの領域に注力してきました。JDRとは、米国で普及しているADRの日本版で、海外企業が自社の株式を信託で包むことで、日本の市場で日本株のように資金調達、流通させることができる仕組みです。現在、日本の信託銀行では当社のみがJDRを提供しているため、外国株自体を直接上場させるスキーム、日本に設立した持株会社が上場するコーポレート・インバージョン(CI)と合わせ、主流である3つのスキーム(図参照)全てが当社では支援可能ということになります。

海外企業が日本市場に上場する際のスキームは主に3つ。
三菱UFJ信託銀行は国内の信託銀行で唯一、いずれの形態でも支援の実績を有している。
なお、スキーム選定に関しては、沿革や事業戦略の観点から多角的な視点で検討が必要です。例えば母国政府の支援や優遇税制メリットを享受している場合、グローバルな事業展開やコーポレートブランディングを志向しているなど海外籍へのこだわりや必然性がある場合にはJDRが適していると言える一方、日本をビジネスの最重要マーケットと位置付けるならCIして日本籍化したほうが事業にも有利に働くでしょう。当社では各企業の意向や特性を踏まえ、最善のスキームを選択いただけるよう相談相手になるなど、上場検討の初期段階から上場後の株主総会や企業価値向上に向けた支援まで長期にわたってサポートしております。
2017年度以降、12社のクロスボーダー上場を支援しており、JDRでは米Techpointに加え、シンガポールのオムニ・プラス・システム、及びYCPホールディングス(グローバル)を、CIでは2026年2月に東証グロース市場への上場を果たしたオーストリアの医療ベンチャーであるイノバセルの他、Kaizen Platform、Appier Group、AnyMind Group、アストロスケールホールディングスの5社の支援を行っております。この他、外国人経営者を有する国内企業の東証上場支援実績もございます。
青氏:成長著しい海外スタートアップ企業が日本に根付いて、東証に上場することで、国内にどのような効果をもたらすとお考えですか。
清水氏:まず、先進的なイノベーション力を有する海外スタートアップが日本で新たなビジネスチャンスを見いだすことは、日本における新たな産業・雇用の創出や国際競争力向上にもつながり、結果的に日本経済の活性化にも資すると考えています。また、資産運用立国を目指している我が国において、日本の投資家に対して、東南アジアなどのより高い成長性を有する企業への魅力的な投資機会を新たに提供できます。

青氏:日本の投資家が「成長性の高い企業に投資したい」と考える一方、海外企業は「成長資金を調達したい」と考えています。両者のニーズがかみ合うことが重要ですが、市場開設者である私たちがサポートできる領域とできない領域があります。そこで、三菱UFJ信託銀行のように、早期段階から海外企業に寄り添って支えていただける存在は、大変心強いパートナーです。
—「東証 アジア スタートアップ ハブ」の概要と枠組みを教えてください。
青氏:三菱UFJ信託銀行をはじめパートナーの皆様とタッグを組んで2024年に立ち上げたのが 「東証 アジア スタートアップ ハブ」 です。日本と所縁があり、高い成長性を持つアジア発の有力なスタートアップ企業に対して、日本での事業展開から資金調達、IPO準備までを一貫して支援する “オールジャパンの企業成長エコシステム” の構築を進めています。

銀行、証券会社、監査法人、法律事務所、ベンチャーキャピタル(VC)、情報ベンダー、メディアなど50超のパートナーに参画いただき、金融庁・経済産業省・経団連・関西経済連合会もオブザーバーとして連携しています。銀行口座開設、法務・会計・ガバナンス整備から事業拡大まで、海外企業が日本進出時に感じる様々なハードルを解消するための体制を整えました。
さらに、意欲あるアジア企業を 「支援対象企業」として選定・公表し、パートナーが連携しながら集中的に支援する点も、「東証 アジア スタートアップ ハブ」の大きな特徴です。
清水氏:日本拠点設立、従業員雇用、本邦事業会社との資本・業務提携等、真に日本に根差してもらい、その結果として東証上場に結び付くという流れが重要です。その意味ではビジネス展開支援含めて“オールジャパン”で優良海外スタートアップをサポートしていく「東証 アジア スタートアップ ハブ」は非常に良い枠組みだと考えており、東証が旗振り役として明確な意思表示をされたことを、非常に心強く感じています。具体的な支援企業名を打ち出す姿勢は、海外の有望なスタートアップを日本に惹きつける意味でも有効なメッセージになるでしょう。
青氏:支援対象のアジア企業は2025年9月時点で 7つの国・地域から20社に達し、そのうち7社は2025年に新たに選定した企業です。東証上場の支援にとどまらず、事業拡大・認知度向上など、各社のニーズに応じた支援を幅広く行っています。すでに、実際に日本での事業提携やサービス提供を開始し、上場準備を加速させている企業がいくつも出てきています。

清水氏:アジアのスタートアップ企業が上場をするにあたっては、東京以外にも、シンガポール、香港、さらには米国といった選択肢がありますが、不確実性が高まる昨今、日本市場の規模や法的安定性は非常に魅力的に映るようです。また、アジアの起業家の方々の話を伺っているとたびたび、戦後日本の経済成長に大きな貢献をしたソニーやホンダといった日本企業へ敬意を持ち、日本文化にも高い関心を抱いていることを実感します。自らの事業を通じて日本社会に貢献していきたい、というマインドは、上場の際のストーリー作りや投資家とのエンゲージメント強化にも直結していくでしょう。
—支援対象企業の選定基準は何ですか。
青氏:支援対象となるアジア企業の選定の際は、日本での事業展開や投資家との接点、いわゆる「日本フレーバー」を持っているかを重視しています。その上で、東証上場に向けた明確な意思があるか、グローバルに展開する監査法人を選定しているか、さらに上場時に数百億から1000億円規模の時価総額が見込まれているか、この4点を総合的に見ています。
なお、支援対象企業は定期的に見直しをかけますので、上場意欲が薄れてきた場合は対象から外れることもありますし、逆に新しく加わる企業も出てきます。
清水氏:なぜ本国上場ではなく日本や東証上場を目指すのか、という観点では「日本フレーバー」の有無は大きく影響しますね。また、上場後の株主へのエンゲージメントやアピールという視点で、日本の社会課題解決に資する技術・ソリューションを持っていれば、より望ましいでしょう。「東証 アジア スタートアップ ハブ」から成功事例が1つ出れば、それが呼び水となって「二の矢、三の矢」が続くことも期待されます。当社も東証そしてパートナー各社と協働を深めながら、うねりを生み大きくしていきたいと考えています。
青氏:スピード感を持って成功事例を積み重ねることは、国内のスタートアップ企業や大企業にも刺激となり、日本経済全体の活性化にもつながります。力強いパートナーの皆様と共に、多くの成功事例を創出し、企業成長のエコシステムの確立と日本の証券市場のグレードアップに向けてまい進してまいります。
株式会社東京証券取引所
〒103-8220 東京都中央区日本橋兜町2-1
https://www.jpx.co.jp/