防災・減災のプロフェッショナルからの最新提言 国難に備えて次世代の災害対策を 新たな成長産業としての可能性を秘める防災投資・官民連携とは

首都直下地震や南海トラフ地震への懸念、豪雨災害の激甚化――。我が国にとって大きな課題となっている地域の防災・減災の解決方法として大きな役割を果たすのが、国・自治体と企業が協働し、災害対策とビジネスの事業性を両立させる官民連携だ。インフラ事業やコンソーシアム事業で官民連携に取り組む日本総合研究所のキーパーソン2人と、名古屋を拠点に地方から防災・減災の実践と啓発を行う名古屋大学名誉教授の福和伸夫氏が、防災投資と官民連携、企業のあり方などについて意見交換を行った。

南海トラフ・首都直下=国難 企業は“官民連携”で
受け身の姿勢から脱却した防災・減災を進めよ

2026年は、東日本大震災の発生から15年の節目に当たる。この15年間にも、平成28年熊本地震、平成30年北海道胆振(いぶり)東部地震、令和6年能登半島地震といった大規模地震がたびたび発生し、今後においても首都直下地震や南海トラフ地震のリスクが指摘されている。また、気候変動により豪雨災害が激甚化・頻発化していることもあり、全国的に防災への意識は高まっていると言えよう。名古屋大学名誉教授で、あいち・なごや強靱化共創センター長として名古屋を拠点に防災・減災に取り組む福和伸夫氏は、現状をこのように分析する。

「現時点の首都直下地震や南海トラフ地震への防災・減災では不十分です。今それらの地震が起これば、間違いなく “国難”になります。まずその現状から目を背けず、しっかりと向き合う必要があります。

そもそも歴史上の過去の震災において、今、東京都内のビジネスの中心地となっている地域では甚大な被害が出ています。この東京一極集中の是正こそが首都防災の一丁目一番地なのですが、すでにシステムが組み上がってしまっていて難しい。また、全国各地で高度成長期に整備された社会インフラの老朽化も進んでいます」

名古屋大学名誉教授
あいち・なごや強靱化共創センター長
福和 伸夫
名古屋大学大学院修了後、清水建設を経て1991年に名古屋大学に転職し、建築や都市環境、減災連携などを研究。2017年、あいち・なごや強靱化共創センター長に就任。2021年に名古屋大学を定年退職後は有識者として、執筆や講演などを通した防災・減災の啓発活動、国や自治体の防災関連会議などで活躍。内閣府「大規模地震防災対策推進検討会」座長。
福和 氏

国は2025年に防災やインフラ更新のための「第1次国土強靱化実施中期計画」を定めた。期間は2026年度から2030年度までの5年間で、事業規模は20兆円強に上ると見込まれている。

「国は、国土強靱化のための情報共有や協働の仕組みを整えるために防災庁を2026年中に発足の方針で進めていますが、地域ごとに事情が異なるため、地方主導のモデル構築も求められている状況です」(福和氏)

本来は防災・減災の中心となるべき自治体のリソースが不足する中、重要な役割を担うのが民間企業だ。一般的に企業防災と言えば、BCP(事業継続計画)戦略やレジリエンス対策など、自社を対象としたものを連想するが、事業の継続性という観点では防災・減災も重要なテーマとなる。産業のベースであるライフラインやインフラが災害で失われると、営業活動やサプライチェーンを通じた調達、流通なども機能しなくなるからだ。

「国力が低下している一方で、防災・減災に膨大な投資が必要な中では、企業が『国が何とかしてくれる』という受け身の姿勢では到底立ち向かうことはできません。企業×自治体、大学・研究機関といった多種多様な官民学連携がなければ、様々な災害リスクへの対応は困難です。

企業は会社だけでなく従業員の将来に対しても責任を負っているわけですから、長期的なビジョンを持たなくてはいけません。また、企業間においても各社がお互いにもう一歩踏み出して、一致団結して強みと弱みを共有し、地域ごとの経済ブロックを整えることを頭に入れながら戦略を立てる必要があります」と福和氏は提言する。

起きた後ではできない、事前投資による対策を
課題解決のポイントは投資効果の可視化

防災・減災やインフラの老朽化対策において、「事前投資による対策が重要」と語るのは、日本総合研究所(以下、日本総研)のリサーチ・コンサルティング部門で多数のインフラ関連プロジェクトに携わってきた副島功寛氏だ。

「これは一例ですが、過去の水害被害について、事前投資による対策があれば被害額は約5分の1で済んだという試算があります。防災だけでなくインフラの予防保全においても、不具合が起こる前に更新しておくことでリスクを大幅に軽減できます。当社もインフラ事業のご支援にあたっては、予防保全型でライフサイクルコストを抑えるのが基本的な考えです」

日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門
社会・環境インフライノベーショングループ
部長/シニアマネジャー
副島 功寛
民間金融機関で融資やマーケットを担当後、2005年に日本総合研究所入社。環境インフラを中心とした公共サービスの計画策定や官民連携事業のアドバイザリー業務、国内外でのスマートコミュニティー・インフラ事業の事業計画策定、事業化支援など、多数のインフラ関連プロジェクトに従事。
副島 氏

福和氏も「南海トラフ・首都直下地震が起きた後では、(対策は)できない。事前投資なしには未来はありません」と言い切る。

一方、事前の防災投資には課題もある。そう指摘するのは、日本総研の創発戦略センターでインキュベーションに携わる籾山嵩氏だ。

「民間企業においては防災に投じる資金はコストであるという意識が強いのが現状です。高市政権で防災・国土強靱化が積極財政の対象として掲げられているように、今後の我が国において巨大災害対策、防災インフラの強化は主要なテーマとなります。人口減少が進み、成長産業が少なくなっている中、地域防災は誰かの命を救うという社会的価値と企業成長を同時に達成する貴重な成長産業と捉え、企業も積極的に地域防災に投資し取り組んでいくことが重要です。そのためにも、定量化による投資効果の可視化を進めることが必要だと考えています」

籾山 氏
日本総合研究所
創発戦略センター
インキュベーションプロデューサー
籾山 嵩
鉄鋼メーカーで鋼材を利用した耐震補強工法や知財開発などにエンジニアとして従事後、2023年に日本総合研究所入社。ハード・ソフトの観点を組み合わせた災害対策、車載電池の資源循環エコシステムの構築を専門とし、既存インフラの利活用を通じた社会的価値創出、自治体や企業を巻き込んだコンソーシアムプロジェクトなどに取り組む。

こうした考えの下、日本総研では成果連動型民間委託契約方式のPFS(ペイ・フォー・サクセス、※1)や、成果に対して行政が設定した指標に応じた支払いをするSIB(ソーシャル・インパクト・ボンド、※2)といった事業スキームを防災・減災分野にも活用し、事前の防災投資における潜在的な投資効果の把握と可視化に努めているという。これにより、防災インフラ等に対し、公的資金だけでなく、様々なタイプの民間資金による投資を促すことを意図している。

※1:地方公共団体等が社会課題の解決に対応する成果指標を設定した上で、その改善を民間事業者に発注し、民間事業者に支払う対価が当該成果指標値の改善状況に連動する事業方式
※2:民間事業者がPFS事業実施に必要な資金を金融機関等から調達し、その償還を地方公共団体等の成果連動払等の額に応じて行う事業方式

福和氏も効果測定の重要性を説く。

「能登半島地震の際も、仮設住宅や災害公営住宅の建設にどのくらいの費用がかかったのか、事前に投資しておけばいくらで済んだのか、といった検証が不十分でした。企業には短期的に利益を追求する使命がありますが、防災や減災の事業では長期的に戦略を考えることも必要です。企業が防災や減災のプロジェクトにコミットしやすくするためにも、効果測定やそれに連動したリターンは必須と言えます」(福和氏)

自治体と企業が防災・減災で相互補完し合う
官民学連携コンソーシアムが生む事業性・新事業

国土強靱化が急がれる中、日本総研は官民連携を推進することで防災・減災に資する事業創出を進めている。

「自治体は防災の重要性を認識しながらも、人的リソースの不足に加え、物価上昇に伴う事業費の高騰で予算が取れない、ジョブローテーションで知見が継承できないというジレンマに陥っています。民間にアウトソースするという議論もありますが、企業は企業で、業種によってはビジネスとの関係性が見いだしにくかったり、地域防災にコミットしにくかったりと、構造的な課題があります。こうした自治体と企業の弱い部分を相互補完できるのが官民連携です」(副島氏)

事例の一つが、インフラの広域化における官民連携だ。インフラ老朽化に対応するには、更新財源や知見を有する人材の確保が必要になるが、広域化に官民連携で取り組むことにより、スケールメリットを通じて更新財源が生み出され、官民の人材も配置できる。日本総研では、こうした官民連携による「インフラの再設計」を支援することで、防災・減災に不可欠となるインフラ事業での財源・体制構築をサポートしているという。

「民間企業には資金や設備、データといった膨大なアセットがあるので、ここに防災・減災の機能を付加していくことで事業性が生まれます。企業としても利益を生む仕組みができないと持続可能性が確保されないため、我々は新たな事業を創出するという視点で様々な支援に取り組んでいます」(籾山氏)

もう一つの解が、長年のノウハウを生かした官民学連携コンソーシアムの組成プロジェクトだ。日本総研では、シンクタンクの調査部、副島氏が所属するリサーチ・コンサルティング部門、さらに籾山氏が所属するインキュベーション部門である創発戦略センターが連携することで、骨太の政策提言からコンセプト導出、事業化まで一気通貫で支援できる体制を整えているという。

「コンソーシアムの具体例としては、河川を軸に治水による防災と利水による事業性を両立させた『流域DX』があります。流域を単位としたとき、そこには住民や行政、企業、教育機関など、様々なステークホルダーが存在します。流域はいわば“個別最適”の集積であり、複雑な利害関係が存在しています。当社がこれをしっかり整理して、治水(防災)と利水(発電)を一体的に運用することで水資源を最大限に利用しようとする試みですが、シンクタンクでありながらその地域と密接に連携し“全体最適”のプロジェクトを推進できるのは当社の大きな強みだと思います」」(籾山氏)

流域DXのイメージ図

流域DXのイメージ図
国内の具体的な流域をモデルケースとし、多様なステークホルダーと共に、資源をシェアし、新たな価値観や考え方を生み出すことで、地域課題の解決に資する「流域における自律協生社会」を目指している
出典:日本総合研究所 作成

流域DXの詳細はこちら:https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=105451

このような官民連携を推進する上で課題となるのが、責任と役割の切り分けである。自治体と企業では、法制度によって定義される責任の重さに差があるからだ。これについて副島氏は、「責任を切り分けて適切にリスクを管理するのはもちろんですが、公の利益のために双方が事業リスクを取りに行く姿勢を示すことでそれぞれの役割を広げていけば、事業面でのインセンティブも生まれ活動に求心力が生まれます」と話す。

防災・減災は地域に根付いているかが重要
求められるのは組織を超え、つなぐ“コーディネート力”

日本総研の官民学連携コンソーシアムの取り組みについて、福和氏は賛同を示した上で、より一歩前に進めるための注文も提示した。

「先ほどの流域DXもそうですが、官民連携で起点となるのは地域ごとの経済ブロックです。これがあれば、例えば地元企業の製品を防災グッズとして活用する、といった新しいアイデアも生まれ、地域の資源をビジネスとして広げることにもつながっていきます。

私も『シンク・グローバリー、アクト・ローカリー(Think globally, Act locally)』の考えの下、足元の名古屋にて、防災・減災の地域発のモデルケースづくりを地方紙や地方銀行、商工会議所などと連携しながら実践していますが、大切なのは組織を超え、つなぐ“コーディネート力”であると実感しています。そのプロフェッショナルとして、日本総研には多種多様なステークホルダーをまとめ上げるファシリテーターとしての役割を期待しています。

一方、シンクタンクやコンサルティングファームは大都市に一極集中しているので、地域の事情に精通した上で取りまとめができる人材が少ないのが実情です。防災・減災はいかに地域に根付いているかが重要なので、支社のような形で地方に分散する、あるいは各コンサルタントが自分の出身地との二地域居住で地域課題によりコミットするような取り組みがあると効果も大きくなると思います。ぜひ検討してみてください」(福和氏)

籾山氏は今後の展望を交え、福和氏の提言に応える。

「防災・減災の領域はステークホルダーが多いため、誰が旗を振るのかが曖昧になりがちです。単に調整役に徹するのではなく、まさにけん引役として場づくりや構想にまで踏み込めるのが当社の強みですし、私自身もそのようなことに挑戦していきたいので、福和先生の提言も参考にしながら取り組みたいと思います」

副島氏は、官民連携の防災・減災の取り組みを全国に広げていくためのポイントとして、継続性と再現性の2つを挙げた。

「防災や減災、インフラの老朽化対策は、すぐにはリターンを生まない長期的な活動なので、短期・中期のマイルストーンを設定し、適切な指標により継続的に成果を捕捉して外部に対して発信していく必要があります。また、地域にコミットするという福和先生のご意見は、都市部からは見えにくい地域特有の課題を我々が自ら吸い上げる上でも重要だと感じます。高い再現性で防災・減災の取り組みを事業モデル化できれば、各地域に根差した企業にとっても事業性が生まれていくと考えています」

企業にとっての防災や減災は “自社を守る”だけにとどまらず、社会的価値と企業成長を同時に達成する貴重な産業となりうることがこの鼎談で示された。各地域のインフラ事業やコンソーシアム事業の官民連携に参画することで、新規事業の創出につながる可能性が十分にある。企業は今、新たな事業戦略の一つとして防災・減災を捉え直すべきだろう。