敦賀駅西地区の官民開発拠点、TSURUGA POLT SQUARE「otta」がオープンしたのは2022年9月。「泊」「憩」「食」「知」の4つのテーマに合わせて、ホテル、駅前広場公園、低層棟、複合棟が整備され、加えて立体駐車場が併設されている。複合棟に設置された公設民営書店は「ちえなみき」と名付けられ、独自の選書やハイセンスな内装が市内外からとりわけ高い評価を得ている。
開発のきっかけとなったのは、2024年3月の金沢駅から敦賀駅への北陸新幹線の延伸だ。ottaのオープンは新幹線延伸の1年半ほど前だが、市が西口エリアの開発の検討に入ったのは2015年。現・敦賀市長の米澤光治氏は当時、市議会議員として開発プランの議論に参画していたという。
「もともと敦賀駅の西口エリアは市有地で、2007年頃から土地区画整理事業が進められていました。福井大学敦賀キャンパスがオープンするなどの利活用はあったものの、駅前の一等地が有効活用できていない現状が市民課題となっていたため、議会では北陸新幹線の開業に合わせて魅力的な場に開発すべきだという議論がありました」(米澤氏)
日本総合研究所(以下、日本総研)が、敦賀市から敦賀駅西地区開発事業の支援業務を受託したのは2017年である。敦賀市と日本総研をつないだのは三井住友銀行だ。同行常務執行役員(当時)の髙﨑栄一氏は、当時の経緯をこう振り返る。
「敦賀市が駅前開発構想の検討を始めた翌年の2016年に、地元の金融機関様からSMBCグループの福井法人営業部経由でご相談を頂きました。意見交換や情報提供を進めるうちに構想が具体化してきたため、同じSMBCグループの日本総研を紹介し、プロジェクトが動き始めました。地元の金融機関様との信頼関係をベースに、我々が日本総研とシームレスに連携する『スピード感』はグループで伴走する大きなメリットだと自負しています」
日本総研のリサーチ・コンサルティング部門で地域共創プロジェクトを担当しているシニアマネジャーの山﨑新太氏は、このプロジェクトで同社が担った役割をこう説明する。
「当社が担当したのは大きく2つ。1つは借地した市有地をottaとして開発・運営するデベロッパーを選定して市との契約までを支援すること、そしてもう1つはちえなみきの内装デザインと運営を担当する事業者を選定することです。お話を頂いた2017年からの2年間で、開発コンセプトを立案し、官民の役割分担や収支といった事業スキームを整えた上で、官民が事業契約を結ぶところまでを支援しました」
まずはottaの事業スキーム構築から見ていこう。敦賀駅西地区開発にあたって市と日本総研がコンセプトとして掲げたのは、他地域からの来訪者にとって「玄関口」であることと、住民にとっての「普段使いできる拠点」となること。すなわち、敦賀駅前を交流と賑わいを生み出す場と位置付けることであった。当時は市議会議員だった米澤氏は、それをチェックする立場としてこの提案を了承した。
「敦賀市内には、大鳥居が国の重要文化財に指定されている氣比(けひ)神宮、敦賀港周辺の赤レンガ倉庫、難関突破や恋愛成就にご利益があるとされる金崎宮(かねがさきぐう)など、いくつもの観光スポットが点在しています。北陸新幹線開業に合わせた開発ですから、インバウンドも含めた観光客をこうしたスポットにいざなう役割も重要ですが、同時に市民にとっても憩える場となることがふさわしいと考えていました。提示されたコンセプトは、こうした市の考えを具現化するものでした」(米澤氏)
日本総研が事業スキームを設計するにあたって念頭に置いていたのは、「クオリティと経済性を両立させること」だった。
「事業に着手した当初、市からはできれば民間開発でやりたいという要望がありました。しかし、すべてを民間テナントで投資回収すると、どうしても短期的な収益が優先されてしまい、施設全体のクオリティが損なわれる懸念があります。これを防ぐためにも市がテナントとして関与し、長期的に価値を創造できる場にすべきだというのが私たちの考えでした。とはいえ市の財政にも限りがあります。クオリティと経済性を両立できる最適な形を見つけることがミッションとなりました」(山﨑氏)
敦賀市のような6万人規模の地方都市における開発事業では、明確なスキームがないまま施設だけをつくり、賑わいが長続きせず失敗に至るケースが少なくない。日本総研が収支も含めた事業スキームづくりを重視したのも、持続性を担保するためだ。日本総研が提案したスキームを山﨑氏はこのように説明する。
「選定したデベロッパーが定期借地した駅西地区全体の開発を行い、実際の運営を市と民間が分担する仕組みです。具体的には、憩いと賑わいの場となる駅前広場公園はそのまま市が所有。ホテルや低層棟、複合棟は民間事業者、複合棟に入居するちえなみきは、市がテナントとして賃貸料を支払い、運営は民間に任せるという形を提案しました」
市の立場に立てば、懸念材料となるのは賃貸料という財政負担が発生することだ。そこで日本総研は、テナント料として市が負担する金額と民間事業者が市に対して支払う定期借地料、さらには駅と複合棟の間に建設された立体駐車場の利用料金を収支に組み込み、エリア内でほぼ相殺。すなわち実質的に財政負担が発生しない仕組みを実現した。
この事業スキームは他自治体からの注目を集め、視察も多いという。米澤氏は他自治体の視察の際、施設だけではなくスキームについても時間を割いて説明するという。
「自治体ごとに規模や課題が違うのでカスタマイズする必要はありますが、地方都市が一過性ではなく官民連携で持続性を実現するための基本スキームとして有効だと思います」(米澤氏)
続いて紹介したいのが、ちえなみきが誕生した経緯だ。敦賀駅西地区開発の中でもとりわけシンボルとして注目を集めている同施設だが、プロジェクト開始時点では公設民営書店という明確な形は見えていなかった、と米澤氏は述懐する。
「市民利用を前提とした知育・啓発施設というキーワードは早い段階からあり、図書館やギャラリーといった検討もされていましたが、日本総研から提案いただいたのが公設民営書店でした」(米澤氏)
最終的に書店を提案した理由について、山﨑氏の説明はこうだ。
「静かであることが前提の図書館やギャラリーよりも自由度の高い場所にしたいと考えたのが理由です。地方書店は経営が難しい面がありますが、民間の独立採算制ではなく官民共創だからこそ、交流や賑わいを生み出せるここにしかない書店をつくれるという思いで提案させていただきました」
事業者選定にあたっては、内装デザインを担当する事業者と実際の運営を行う事業者をセットとしたコンペを実施し、他にはない“尖った”書店を目指し、さらに売れ筋のマンガや雑誌はあえて置かないなど、敦賀市内の他の書店と競合しないような配慮もしたと山﨑氏は話す。クオリティと経済性を両立させ持続性を担保するというotta全体の開発思想が、ちえなみきにも貫かれていることが分かる。
敦賀駅西地区開発事業がもたらした社会的インパクトについて、米澤氏は以下のように手応えを口にする。
「市民レベルで多様なイベントも開催されていますし、ちえなみきの選書を目当てに市外からの来訪者も増え、交流や賑わいを生み出すという目的は達成されています。市にとっても“コモンズ”や“知”といった漠然としたキーワードが、実体を伴う“ちえなみき的なもの”という共通言語として定着したのは大きな財産となりました。敦賀市内には魅力的な場所が多いので、ちえなみき的な視点は今後のまちづくりにも寄与すると期待しています」(米澤氏)
日本総研は、敦賀駅西地区開発事業がもたらした社会的インパクトを精緻に分析するための定量調査を行っている。otta開業は新幹線延伸の1年半ほど前だが、この調査によると来場者は当初から30万~40万人で推移しているという。これは、人口6万人規模の地方都市としては稀有な成功例と言えよう。また、詳細な調査結果は、住民の読書量、地域のブランディング、消費活性化の3つの視点でまとめられている。
「読書量については全国的に減少傾向がある中、敦賀市では読書量が増えたと約18%の回答があり、とくに30代以下の若い世代にこの傾向が顕著でした。ブランディング面では、女性を中心に約64%がottaによる市のイメージアップを感じているという結果が出ています。消費についても、敦賀駅エリアに外出する機会が増えたとの回答が約42%、しかもそのうち8割前後の人は同駅エリアでの消費機会が増えたと回答しています」(山﨑氏)
対外的な面では、ブランド力向上により視察や取材が増え、氣比神宮や金ヶ崎エリアといった観光地でもotta開業後と北陸新幹線延伸後の2度にわたって大幅な観光客の増加があったとの調査結果が出ており、相乗効果が生まれていることをデータが裏打ちしている。
この開発事業の入り口として大きな役割を果たした髙﨑氏は、メガバンクの立場から社会的価値の重要性に触れた。
「都市開発では、シビックプライドや住民の満足度を言語化・数値化することが重要ですが、経済持続性や複雑な利害関係などの課題があるのも事実です。そんな中、自治体や住民が投資の合理性を描きやすくするために“外の視点”を持ち込むことこそ、私たちのような総合金融グループのミッションです。今回の敦賀駅西地区開発は成功事例であるとともに、今後の地方都市開発の先行事例にもなっていくと感じています。今後は、脱炭素や地域のレジリエンス(防災力)強化といったテーマでも『社会的価値』の可視化が重要になっていきます。SMBCグループとして、地域の志を形にするパートナーとして、あらゆる領域で日本の再成長に伴走したいと思います」(髙﨑氏)
その先行事例のスキームづくりを担当した山﨑氏は、開発事業に頭を悩ませる自治体に向け、「限られた税収の中で公共が投資する際、短期的な効果を追うのではなく、長期的な価値とは何かを考えて取り組んでいただければと思います」とのエールを送る。
米澤氏は、日本総研や三井住友銀行といった外部パートナーの力を借りることの意義を語る。
「財政負担を抑えながら持続性も担保する官民共創の事業スキームを構築するのは、市だけの力では実現できなかったと思います。まちづくりや地域開発に悩む自治体の皆様には、コンサルティングやファイナンス面で外部の力を借りることも、課題を乗り越えるための選択肢になり得るという点はお伝えしたいと思います」(米澤氏)